幕話
過激派神族と魔族の情報を集め始めて1年と少し……結果は芳しくない
「うーむ。中々尻尾を出さないな」
向こうも自分達が少数と判っているのでなかなか尻尾を出しはしない。私も一応過激派の魔族に分類されるが、情報は殆どなし
(警戒しているんだろうなあ)
まだ動く時期には適していない。だから表立って動かないのだろう、ハヌマンも中々尻尾を出さないとぼやいていたしな……
「ん?」
百合子さんに渡していた直通の電話になる道具が音を立てる、どうしたのだろうか?と思いながら電話の横に置く。これでこの電話は盗聴や録音もされる心配はない
「もしもし?どうなされましたか?」
「芦さん。実はお願いがあるのだけど」
声が固い百合子さん。これは珍しいな、常に自信に満ちている彼女の声とは思えない
「近い内に私は夫と一緒に日本を離れてナルニアと言う国に行く事になります。本当なら忠夫も連れて行きたいところなんですが」
ここで口ごもる百合子さん、私は何を言いたいのかを理解して
「蛍の事もあるので引き離したくないと言うことですね?」
「そうなりますね、芦さんも嫌でしょう?」
嫌に決まっている。血の繋がりは無いとは言え愛しい娘だ。それに横島君も気に入っているので嫌に決まっている
「蛍も悲しみますしね。私としては横島君を日本に置いて行ってくれるのはありがたいですね」
しかしそれで電話をしてきたということは、何か私に頼みがあるのでは?と尋ねると
「私と夫が日本を離れている間。忠夫の事を見ていてもらえませんか?一応今暮らしている借家は会社の持ち家なのでそのままにしておくのも難しいので、近くに新しく家を借りてあげるつもりなんですが、もし出来るなら忠夫の保護者をお願いできませんか?」
断る理由も無いので2つ返事で引き受ける。蛍も喜ぶとおもうしね
「ありがとうございます、生活費などはこっちである程度は見ますのでよろしくお願いします」
そう言って電話を切る百合子さん。私は受話器の近くに置いていたカードを拾いポケットにしまいながら
「あ、いつ日本を発つのか聞き忘れた」
芦優太郎、いやアシュタロスはかつては豊穣神イシュタルであり、そして男神になった今でも女神時代の呪い「うっかりEX」はばっちり継承されていたりするのだった……
高校1年も終わりに近づいた春。蛍のおかげでなんとか留年せずに進学できると安心した日の夜
「ほえ?ナルニア?」
会社の都合でナルニアに行くというお袋と親父の言葉に目が丸くなる。まさか俺もナルニアに行くとか無いよなと内心焦っていると
「お前は日本に置いていく。芦さんが保護者になってくれるといっているので迷惑をかけないように」
芦さんと言うと優太郎さんだな。蛍の親父さんで、超がつく美少女の蛍の父親だけ会って彫りの深い、まるで彫像のようなイケメンだった。そして俺を見るなり握手をしてきたので正直面を食らったのは記憶に新しい
「それにタマモも日本の方がいいだろしね」
「クウ?」
最近漸く尻尾が3本になったタマモはそれを器用に振りながら揚げを食べている。タマモは日本の妖怪なので海外はきっと合わないだろう
「芦さんのビルの近くに丁度良い借家があるからそを借りる。光熱費と学費はこっちで見るが、小遣いはそんなにやれん。蛍さんと出掛けたいならアルバイトでも探せよ」
アルバイトか。それはしたほうがいいかもしれない、たまには俺が蛍におごってやりたいと思っているし
「それと高校を留年や退学なんてしないこと、良いわね?成績が出たらこっちに郵送する事。あんまり酷いと仕送りを減らすから」
うっ、これはまた蛍に色々と教えてもらわないと行かんな……無事進学できたのも蛍の力が大きいわけだし
「それでいつナルニアに行くんだ?」
こうして話をしたことを考えるともうすぐのはずなんだよなと思いながら尋ねると
「今週末になるわ。だから土曜に引越しをするから、荷物を纏めておきなさいよ。それと蛍さんに新しい家の場所をちゃんと伝えるのよ」
一つ一つの注意をするお袋に判ってるよと返事を返し、食事を終えて膝の上に昇って来たタマモを抱っこして部屋に戻るのだった
「最近籠ちょっと小さいか?」
部屋の片づけをしながらタマモにそう尋ねる。つい2日前に3本目の尻尾が生えた(?)のだが、そのせいで
「クー」
「うん、狭いんやな?判るで」
その3本目の尻尾のせいでお気に入りの篭から若干はみ出ているタマモが切なそうに鳴く。1年近く寝床にしていた篭だから愛着もあるだろう
(うーん。だけどこれ以上大きい篭は無いしなぁ)
家に有る篭の中ではこれが一番大きい。九尾の狐なので少なくとも後6本は尻尾が生える(?)訳で
「明日篭探しに行こか?」
「コン!」
嬉しそうに鳴きながら尻尾を振るタマモ。一応俺の言ってる事は理解しているらしく、ナンパをしようとすると噛み付いてきたり、引っかいてくるけど、基本的には可愛い子狐だ。なんでも少しの霊力を使って尾を1本に見えるようにしているらしく、今の今まで問題なんて何一つ無い
(あ。たまに蛍と喧嘩するのは問題か)
蛍に噛み付いたり引っかいたりするのだけは問題やなと思いながら、とりあえず教科書類と漫画を全部縛り。ある程度部屋を片付けてから
「おいで。篭狭いからこっちで寝ればいいで」
「コーン♪」
あんな狭い篭で寝かせるのも可哀想なのでベッドの中に寝かせる。普段は洗濯が面倒だからお袋も駄目だって言うけど、引越しが近いから多分今日は怒らないと思う
「クウ♪クウ♪」
小さく鳴きながら擦り寄ってくるタマモ。春とは言えまだ若干肌寒い、子狐のタマモの体温は中々心地良い。ちょっとした湯たんぽみたいで暖かい……のだが
「ガジガジガジ」
「痛い……お前何の夢を見てるんや?それとも俺を食おうとしてるんか?」
タマモは眠ると何故か周囲の物を噛む癖がある。だから篭もタマモの口が来る所はボロボロだ、一応ある程度は意識してくれているのかは判らないが、甘噛だが長時間噛まれると痛い。だから少し引き離す
「スピー」
噛むのをやめて寝息を立てて丸くなるタマモの頭を撫でながら
「はふ……おやすみ」
最近は破魔札ではなく、体捌きとでも言うのだろうか?近接の訓練を重点的にしているので結構疲れている。俺は大きく欠伸をしてから眠りに落ちるのだった
「んじゃ。お袋小遣いありがとな」
「タマモのベッドを買うんだからね。無駄遣いするんじゃないよ」
判ってると返事を返し、タマモを頭の上に乗せて俺は街に出かけるのだった。本当は鞄とかの中にタマモを入れたいんだけど、タマモは頭の上を気に入っているので、頭の上から降ろすと泣くので頭の上に乗せている
「ペットショップは嫌か?」
「コン」
まぁ一応確認程度から仕方ないな。タマモはそのうち人間に変身出来る様になるらしいのでペット扱いは嫌やろうなあと思いながら歩いていると、突然タマモの毛が目に掛かりそれを振り払った瞬間。誰かとすれ違った
「うん?」
妙な懐かしさを感じて振り返る。だがそのすれ違った人は既に曲がり道を曲がってしまったらしく、俺が見えたのは長い亜麻色の髪
「……うーん。まぁいっか」
ただすれ違っただけでこれだけ気になるって事はきっと美人なんやろうなあ。ちゃんと見ておけば良かったなあと思いながら
「んじゃあ家具専門店に行くか?」
「コン♪」
嬉しそうに尻尾を振るタマモを頭に載せたまま、家具専門店へと足を向けたのだった……
「きーやん。いま邪魔したやろ?」
魔の最高指導者であるさっちゃんが隣の神の最高指導者であるきーやんをジト目で睨む。きーやんは柔和な笑みを浮かべながら
「ええ。今このタイミングで横島さんと美神さんが出会うのは得策ではないので」
「そんなん言うてももうカウントダウンしてるんちゃうんか?」
逆行してきた複数の魂の管理に横島のトトカルチョの調整で何日も寝ていない。きーやんとさっちゃんの目の下には濃い隈がある
「ええ。確かにカウントダウンしてますよね、もうタイムスケジュール的にはギリギリですしね」
逆行は本来なら世界の抑止力からの影響を受けるが、今回は逆行前の世界を複製するという裏技でそれを回避したが、そのせいである程度複製された世界にそって動かなければならないという制約が存在している。少しずつ歴史を変えることにより最終的には結末を変えることが出来るが、今の段階では歴史にそって動かないといけない
「横島さんと美神さんが会うのは美神さんがアルバイトを募集すると決めた段階です。今の段階で下手を打ってこれを変えてしまうと全て崩れてしまいますよ?」
この世界の歴史は横島さんと美神さんがある程度基点になっている。今の段階で蛍さんと九尾の狐というイレギュラーが存在しているのに、これ以上狂わせるのは危険だとキーやんは判断したらしい
「あーそういうことかあ……ほんならしゃあないなあ……あー終わったで」
さっちゃんが机の上に倒れこむ。それはきーやんとさっちゃん。そしてアシュタロスが胴元になっている横島と誰がくっつくかのトトカルチョの参加者を纏めたリスト。神魔の中でも最高位に属する存在はある程度記憶を持っている。しかしその記憶が
「自分の眷属とか娘が惚れてる記憶だけってどないせいちゅうねん。龍神王ぱないで」
「それはなんとも言えないですね」
横島さんは今はまだ力に目覚めていないが、今代の英雄と言う立場が約束された世界の抑止力の化身とも言える存在だ。人間であるが故に成長する事が続き。最終的には文殊に目覚める事が約束されている。そんな存在と思う娘と眷族がいると知った神族と魔族がどうするか?そんなのは言うまでも無く自分の陣営に引き入れようとする。魂を重要視する神族と魔族にすれば横島さんの魂は綺麗で欲するのに充分に価値のある魂だからだ
「龍神王いくら入れました?」
「0が9桁や」
桁が違いますね。さすがは道教の神。小竜姫を一押ししているだけはあります、ヒャクメに少しだけ賭けているのは保険程度でしょう
「まぁまだ始まってないで、一番人気はやっぱり蛍やな。アシュタロスの同僚のソロモンの連中がこぞって賭けてるわ」
「それはきっと彼にとって嬉しい誤算でしょうね」
今のソロモンの魔神の多くは魔界の政治に顔を出さず、裏から見ているだけだ。だからこそ賭けの一覧が送られている。
「きーやんの方は?終わったか?」
ググーと背伸びをするさっちゃん。残念ながら人間と神族の一部の魂の処理しか終わってないですねと言うと
「しゃーないな。じゃあ魔族のほうは引き受けたるわ」
「助かります」
魔族の逆行者の魂を現代に認定するための書類を引き渡す。神族・人間と比べて少ないが
「……むっちゃ魂こいやん」
「仕方ないです」
魂の密度がとんでもない事になっているので顔を引き攣らせるさっちゃん。だけど私も神の魂の処理には苦労してるんですからと小さく呟き
「それじゃあ準備を続けましょうか。最高の喜劇を作り出す世界の準備を」
「へーへー。なんか嵌められた気もするけどなあ」
そう苦笑するさっちゃんを無視して私は魂の処理とこの世界のタイムスケジュールの確認を始めるのだった。今はまだ準備期間だったが、もう動き始める。逆行してまでも自分の想いを叶えようとした女性達と英雄となる事が確約された少年の物語が……幕を開ける……
なお英雄となることは約束されている少年はといえば
「ガウウウウッ!!!」
「NO-ッ!!!!ワイのお宝ーッ!!!」
引越しをするという事でタンスや天井裏に隠してきたR-18の規制がかかる雑誌の数々をダンボールの底に隠そうとしていたのだが、それをタマモにビリビリに引き裂かれムンクの叫びの用に絶叫していた。なおこの時のタマモは正直若干焦っていた
横島のお宝の本の系統が1年前の「巨乳・お姉様」から「貧乳・お嬢様系」に変化しつつあり、本来の姿に戻ったタマモは恐らく前者になるわけで、このままでは駄目かもしれないというのに気付き、横島の本を紙くずにしたのだった。もしも狐火が使えていたら、全て聖灰になっていた可能性もあったりする
「プイ」
「ああー御免。ごめんなあ」
一時はお宝を紙くずにされた事で嘆いていたが、そっぽを向き自分に近づきもしないタマモの機嫌取りに必死になっている所を見ると生粋のお人好しなのは言うまでも無いだろう
「ほら、リボン。新しいの買ってやったから」
「コン?」
そして最終手段としてタマモのお気に入りの赤いリボン(刺繍入り少々お高い)を取り出し、その首に巻いてやる横島は
「よーし、可愛くなったぞタマモ」
「コーン♪」
機嫌を直してくれたようで安堵しながら新しいタマモのベッドを作る作業に戻るのだった……
リポート3 GSのアルバイトを始めよう! その1へ続く
今回はインターバルなので短めです。次回から原作に入って行きますが、いきなりは第1巻の内容に入っていけないので少しだけオリジナルの話をやっていこうと思います。それでは今回の更新もどうかよろしくお願いします