外伝リポート 外史からの来訪者 その3
「ノスフェラトウだって?」
今日の夜から再封印に向かうという悪魔の名前を聞いて、私は驚いた。ノスフェラトウかぁ……
「夜に行くのは正直お勧めできないなあ」
「そんなに厄介な相手なの?」
蛍の問いかけに頷きながらノスフェラトウについて簡単に説明することにする
「ノスフェラトウは種族的には吸血鬼だが、その本質は私のような魔神に近い。吸血鬼の突然変異がノスフェラトウだ」
ピート君やブラドーとは異なる進化を遂げた固体だ。最上級神魔とはまでは言わないが、少なくとも中級神魔レベルの力はあるだろう
「それにガープがあちこちに仕掛けた結界の基点となる蝙蝠。それをもし支配下に置いているとなると手の打ちようが無くなる」
殆どビュレトと私で駆逐したが、全てを倒しきったのは言い切れない。もし生き残ったガープの使い魔を支配下に入れているとなるとガープの魔力も取り込んでいることになるので相当危険だ
「復活したのなら速やかに撤退。更に流血をしないように気をつけるんだ、特に横島君、彼の血液だけは絶対に駄目だ」
手帳にメモしていた蛍は少し驚いた顔をしてから、その理由が判ったのかハッとした顔になって
「横島の潜在霊力ね?」
うーん、それもあるんだけど、それだけじゃないんだよなあ
「小竜姫と天竜姫の竜気もあるし、シズクの神性とかもあるからね。下手をすると東京壊滅するよ?」
もしかすると日本も不味いかもしれないねと呟く、まぁそうなったら私が出るつもりだが
「封印できそうに無いなら撤退、更に流血をしないように細心の注意を払う事。良いね?」
私の助言を聞いてありがとうと言って部屋を出て行く蛍の背中を見送りながら
「うーん、一応メドーサに連絡を取っておこうかなあ」
でも今は妙神山にいるから連絡を取ると不味いかな?使い魔を出すか、開発中の兵鬼を護衛に出すかな?最悪の結果を想定し、そうならない為に使い魔と兵鬼を蛍に内緒でつけることにした私は蛍が部屋に入って来たことで机の中に隠した物を取り出した
「さてさて、これをどうしたものか」
神宮寺くえすの結界に閉じ込められ沈黙している、蒼い眼魂を観察する。こうして見ているだけでも判る……この中に封じられているのは私と同じソロモンだと、しかしその反応はとても弱く消滅する寸前にも思える
(うーん誰だったか……)
魔人大戦の際に何人かのソロモンが消滅し、復活を待っているのは覚えているがいかんせん数が多い。ガープは伊達君にはバルバトスの鎧の一部に残った僅かな霊基を基にガープがバルバトス足りえるだけの情報を再生し、狂神石にその情報を読み込ませ伊達君の生命の危機や闘争本能の肥大をトリガーにしてバルバトスを復元する実験を行った。結果は一時はバルバトスが顕現し、復活したかと思ったが伊達君の精神力がバルバトスを上回り、自力でバルバトスの憑依を解除した。いや、バルバトスが伊達君の身体を使い潰すことを良しとしなかったのかも知れない。あの男は魔神ではあったが、己の正義を持ちそれを貫く事を良しとした。例え、本来のバルバトスとは比べるまでも無い粗悪な復元だったとしてもその意思は残っていたのかもしれない、伊達君と性格的に似ているからこそ、自力で憑依を解除することが出来たのかもしれない
「お前には誰の魂が眠っているんだ?」
問題はこっちだ。メドーサ・アスモデウス。そして誰かも知らぬソロモン……その3つの情報を持った陰念君から横島君によって強制除霊され、眼魂に封じられた魂。外見ではとてもではないが、誰か判らなかった。私は結界の中で沈黙を続けている眼魂にそう尋ねたのだが、やはり眼魂は何の反応も返すことは無かったのだった……
チビとタマモそしてモグラちゃんを家に残して、美神さんの事務所に行くと既に唐巣神父にピート、蛍と全員揃っていて、俺とシズクが一番最後だったので
「遅れてすんません」
時間よりも少し早めに来たつもりだったが、あの変な幽霊の子の事もあり少し遅れてしまったと思い謝ると
「全然大丈夫よ、まだ集合時間じゃないからね」
蛍がそう声を掛けてくれる。じゃあなんで外で待っていたんだろうか?と首を傾げていると美神さんが
「はい、これを身に着けておきなさい」
渡されたのは何かのペンダント。首をかしげながら受け取ると唐巣神父がそのペンダントについて説明してくれた
「ノスフェラトウは強力な吸血鬼だ。復活の為に血液を求めている、最近多発している動物の変死も恐らく関係していると私は見ている」
動物の変死?それは知らなかったけど、散歩しているときに犬はあんまり見なかったなあとふと思い出した
「そして霊能者の血には大量の霊力が込められている、ノスフェラトウには喉から手が出るほどに欲しい血液だろう。触れられないようにと聖句で精霊石を強化してみた、そこまで頼られると不味いけどある程度は効果があるはずだ」
へーそんな事も出来るのかぁと感心しながらペンダントを首から下げる。吸血鬼と言うとシルフィーちゃんだけど、それよりも怖いのかなあと考えていると心眼が
【心配することは無い、我もついている。霊的な防御は恐らくこの面子の中ではお前が最強だ】
え?そうなの?と美神さんと蛍を見ると苦笑しながら頷き
「タマモとシズクの加護に小竜姫様の竜気。間違いなく、霊的な防御は私よりも上ね」
「でもあんまり過信しちゃ駄目よ?そう思っていると何処かに隙が出るんだから」
美神さんと蛍に忠告され、判りましたと返事を返す、俺みたいな小心者が己を過信するなんて事はありえないけど……油断するかもしれないのでしっかりと肝に銘じることにした。特に今回はチビ達が居ないので気を緩めることは出来そうにない。無論普段もしているわけではないが
「じゃあ目的を再確認するわよ。ノスフェラトウの再封印、もしそれが出来ないのなら即座に撤退して増員を要請する。深追いも無茶な行動もしない。良いわね」
俺を見て言う美神さんにうっすと返事を返す。今までめちゃくちゃな事をしてきたので念入りに注意される理由も判っているので素直に頷く
「宜しい。じゃあ行くわよ。それと……シズク。今回も頼りにしてるから」
「……まぁ、横島を守るついで程度には助けてやる」
それでいいわと返事を返し歩き出す美神さんの後を追って、俺達は光秀の槍から放たれる光に導かれるようにして夜道を進むのだった……
「ここね……」
光秀の槍が案内したのは新都庁だった。こんな街の真ん中に本当にノスフェラトウの封印がされているのだろうか?
【うーん。でも変な感じがしますよ?なんかこう……包み込むような……見られているようなそんな不快な感じです】
おキヌちゃんがそう呟く、うーんそう言われるとそんな気もするけど……本当にここなのだろうか?蛍や唐巣神父の目つきが鋭いから、間違いではないと思うけど……そう思って辺りを見ていると美神さんが手にした槍を構え直し
「横島君。良く見てなさい」
美神さんが何も無い場所を槍で突くと、そこを起点にして目の前の空間が割れて、薄暗い森が姿を見せた
「凄まじい結界ですね。ブラドー島と同レベル、もしくはそれ以上……」
どうもピートも気付いてなかったようで、驚いたような顔をしてそう呟いている
「……邪気に満ちているな……これはもしかすると手遅れかもしれない」
シズクが森の中を見つめてそう呟く。シズクの言葉を聞いた唐巣神父と美神さんは少し考え込む素振りを見せてから
「ぎりぎりで間に合うかもしれないわ。もし復活しているならゾンビがあふれ出てくるだろうし……」
「ああ、私も同じ考えだ。復活が阻止出来る可能性があるならそうするべきだ。無理と判断したら直ぐに撤退すればいい、それにもしかすると封印に使った術式を見ることが出来れば再現する事だって不可能じゃない筈だからね」
危険ではあると思うが、進むと言うことになったので俺達は暗い森の中へと足を進めるのだった……
重苦しい雰囲気ね……私は光秀の槍を手にしながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。進めば進むほどにその重苦しい雰囲気は強くなり、そして邪気が強まっているのが判る
「……今なら引き返せるぞ?」
シズクが険しい顔をして私にそう言う。確かにここまで邪気が強まっていると再封印する為の霊力にも反応し、復活する危険性がある。だけどノスフェラトウの事を考えると、この程度の邪気ではないはずと言うのが、私と唐巣先生の出した結論だ。だから進もうと言うとピートが険しい顔をして失礼しますと前置きしてから
「先生、無礼を承知で進言します。引きましょう、ここの月は危険です」
ピートが視線を上げるので、同じように視線を上げると真紅の満月が浮かんでいた
「この月がどうかしたのか?」
横島君がそう尋ねるとピートは眉を顰める、良く見ると閉じられたピートの口から牙が顔を見せていた
「吸血鬼の力が異常に活性化しています、シルフィーが居なくて良かった。きっと暴走していたから」
ピートの話によるとブラドー島と違い、吸血鬼の力を抑えるのではなく、開放する結界が展開されている。これでは復活したばかりだとしても全盛期の力を震えるのは間違いない。だからここは撤退するべきだと、味方を増やした所で勝てる見込みは無いが、今の段階では負けるのは確実だと進言するピート……
「そうね、ここは撤退しましょうか」
ここまで来て撤退するのは正直癪だが、復活したばかりならまだ勝機もあると思っていたが、吸血鬼の力を解放する結界の中とすると復活したばかりで弱体化しているというのは正直期待できない。だから撤退することに決めた瞬間
【美神さん!森の奥から何か来ます!】
【邪気の塊が突っ込んでくるぞ!気をつけろ!】
心眼とおキヌちゃんの警告の怒声が響く、とっさに神通棍を構えると同時に背後からゾンビと化した大型犬が飛び出してくる。
「どうやら撤退は許してくれそうに無いわね!」
神通棍を振り突っ込んできたゾンビを殴り飛ばす。どんどん姿を見せるゾンビ犬に追いたてられるように私達は森の奥へと追いやられていくのだった……
「かすり傷1つでも奴らの仲間入りよ!絶対に噛まれたり、引っ掻かれたりしないで!蛍ちゃんと横島君は下がって」
かすっただけでも致命傷になる。神通棍を使えるけど、あんまり得意ではない蛍ちゃんと集中に時間の掛かる陰陽術と、制御できない霊力の拳が武器の横島君では圧倒的に分が悪い。だから後ろに下がるように指示を出しながら、私自身も下がりながら向かってくるゾンビ犬と対峙していた
(このままだと不味いわね)
どんどん邪気の中心に追いやられている。ノスフェラトウ自身は復活していないが、奴の部下が復活していて、それがゾンビ犬を操っているのかもしれない
「ヴァンパイヤオーバーへッドッ!!」
【ぎゃいん!】
ピートが派手な技でゾンビ犬を蹴り飛ばしているのを見て、私は即座にピートを怒鳴った
「そんな大技してないので真面目にやりなさい!」
着地の隙にゾンビ犬がすり抜けていくのを見てそう怒鳴る。しまったと言う顔をするがもう遅い、霊波砲や聖句が使えるのだからそれで私や唐巣先生を援護してくれればいいのに、どうして前に出てきたのか?それは若さと言えばそれまでだが、余りに未熟
「……消えろ」
鋭い風切り音の中でも冷酷な響きを伴ったシズクの声が響く、それから遅れて
「い、犬の首が目の前で4個と、とんだ……」
「横島!?横島しっかり!」
【駄目だ!横島の意識が途絶えそうだ!】
かなりショッキングな映像を見て脳がオーバーヒートしたのか呻いている横島君の頬を叩いている蛍ちゃんの悲鳴が聞こえてくる
「……ギロリ」
鋭い眼光でこっちを睨んでくるシズク。私が悪いんじゃないのに、思わず謝ってしまった、それだけの迫力がシズクにはあった
「すいません」
「もっと冷静に考えなさい」
ゾンビ犬の攻撃が散発的になってきたが、それでも戻ることはさせないのか包囲網を作って迫ってくるゾンビ犬の群れ。攻撃が無い間に体勢を立て直そうと森の奥と進む間に近づいて謝ってくるピートにもっと冷静になれと叱っていると
「う、これは酷いわね」
凄まじい邪気を放つ祠とその周りで倒れている犬の死骸。どれも干乾びている点から血を吸われて捨てられたのだろう
「こ、これマジで復活してないんですか?」
横島君が不安そうに尋ねて来る。復活しているか?居ないかでは間違いなく復活はしていない。もし復活していれば動物だけではなく、もっと人間に被害が出ているだろうから
「今の内に再封印できるか確かめよう」
唐巣先生が祠に足を進めた瞬間。祠に刻まれた悪魔の目が光る
「シズク!横島君と蛍ちゃんのガードよろしく!」
咄嗟にそう叫び、神通棍を振るう。倒れていた動物の死骸が置きあがり向かってくるのを見て、私はノスフェラトウの部下が復活しているのを確信し、撤退しても、ここで血を奪われてもノスフェラトウが復活すると言う事態になっている事に気付き、小さく舌打ちするのだった……
30分近く美神さん達が戦って、やっとゾンビ犬の動きが止まった。アリスちゃんのゾンビと違って明確な殺意を感じた
(こんなにも違うものなのか)
アリスちゃんのゾンビの犬や猫はまだちゃんと生前の姿をしていて、大人しかったが目の前のゾンビは身体が腐敗して、そしてこっちを殺そうとしてきた。操っている存在が違うとこんなにも違うのかと思っていると
「横島君と蛍ちゃんは唐巣先生の指示に従って、私とシズクで祠の様子を見てくるから。唐巣先生、念のために結界をお願いします」
再封印できるのかどうなのか?それを見てくると言う美神さんとシズクの背中を見ながら隣で座っているピートに
「普通の結界札で封印出来るのか?心臓に杭とかじゃないのか?」
吸血鬼と言えば心臓に杭だと思い尋ねるとピートではなく、唐巣神父が教えてくれた
「ノスフェラトウは吸血鬼として既に上位種に進化している。既に肉体は無いんだ」
肉体が無い?それってどういうことなんだ?余計に訳が判らなくなって混乱していると今度は心眼が
【自身の持つ霊力や魔力で身体を具現化させることが出来るのが、神魔族だ。死んでも、期間を置けば復活できる】
え、じゃあ小竜姫様も同じなのか?と尋ねようとしたその瞬間。美神さんとシズクが走ってくるのが見えた
「先生!結界の展開準備を!手遅れです!!」
「……急げ!爆風が来るぞ!」
美神さんとシズクが結界の範囲に入ったと同時に目の前に光の壁が出来るのと、とんでもない爆発が起きるのは全く同じタイミングだった……
【がっはははは!!我!復活ッ!!!!】
爆風が晴れると同時に高笑いしている日本人離れした大柄の男の姿が見える、それを確認した瞬間手足が震えて立つ事が出来ず、思わずその場に蹲る
「横島。落ち着いて、深呼吸して……ゆっくり、ゆっくりよ?」
蛍に背中を撫でられながら、言われた通りゆっくりと深呼吸を繰り返す。だが息苦しいままだ、なんだこれどうなっているんだよ
【す、凄まじい霊力です……私も……辛いです】
おキヌちゃんの姿がブレているのが見える。こんな影響が出るほどにノスフェラトウは強いのか?そんな相手に勝てるのか?と言う不安が頭を過ぎる
【落ち着け横島。ノスフェラトウのプレッシャーに呑まれているぞ。蛍の言うとおり、深呼吸を繰り返せ、干渉してくる霊力に負けるな】
干渉してくる霊力って言われても何の事か判らない……心臓がバクバクする。それに手足の先から冷えてくる
(なんだこれ……俺、このまま死ぬのか)
深呼吸をしても酸素が入ってこない、手足に力が入らない。こんなに近いのに蛍と心眼の声が良く聞こえない
【ん?その槍は……】
復活したというノスフェラトウの視線が美神さんが手にしている槍に向けられる
【我を殺したあの悪霊払い師の……目障りだな】
ノスフェラトウの手がこっちに向けられた瞬間、俺達を水のドームが包み込む。ま、まさかこれは……美神さんと蛍の顔が引き攣っているのが判る
「……緊急手段だ。全員衝撃に備えろ」
悪夢のミズチタクシー再び。俺達は上下左右あらゆる角度から襲ってくる衝撃にもみくちゃにされた物の、ノスフェラトウの特大の霊波砲から逃れることに成功したのだった……だがその対価は非常に大きかった
「「「「……は、吐く……」」」」
ジェットコースターなんて非じゃない、凄まじい上下左右のシェイクに俺含め全員が酷い乗り物酔いの状態になり青白い顔でその場で暫く蹲り動く事が出来ないのだった……
【逃したか】
姿の見えない美神達を見てノスフェラトウは少し落胆したような素振りを見せたが、直ぐにマントを振るい周囲の砂煙を弾き飛ばしてから
【蘭丸】
【ここに】
蘭丸と呼ばれた白い着物を纏った男の姿を確認してからノスフェラトウはくっくっと笑いながら
【すばらしい、1度封じられる前よりも遥かにパワーアップしている】
拳を握り締めたノスフェラトウ。それに呼応してかノスフェラトウの周囲に強大な霊力の柱が発生する
【蘭丸。今度こそ世界を手中に収めるぞ】
【はっ!全ては親方様の為に】
高笑いしながらノスフェラトウと蘭丸は闇の中へと消えていくのだった……
外伝リポート 外史からの来訪者 その4へ続く
ノスフェラトウは性格改変をしております。原作の名古屋弁はとてもではないですが、私には使えないので……っとそんな理由でノスフェラトウは割と性格改変とパワーアップをしております。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします