リポート2 ナインテール・フォックス その5
鬼に横島が殴り飛ばされて、私もその衝撃で横島の腕から放り出されて地面を転がった。身体が凄く痛かったけどそれよりも
(横島が……私のせいで)
横島が怪我をしているということの方がもっと痛かった。横島は馬鹿をやるけど、優しくて私の場所を作ってくれて……私がずっと傍にいたいと思えた居場所なのに、今その場所が壊されようとしていた
「さーて……勇半分ずつな。俺は足を食うからお前頭食えよ」
「良いのか兄貴!最高だ」
動く事の出来ない横島を掴みあげながら下卑た笑い声を上げる鬼。
止めろ……
止めろ……
馬鹿でも判る。このままだと横島がどうなるかなんて……あの優しい横島がこんな屑に喰われて殺される。そんなの認められるわけが無い……
(だけど私じゃ何も出来ない)
新月の夜……そして今の霊力も何もかも足りない私では何も出来ない。横島の身体が宙を舞い、鬼が大きく口を開いたのを見た瞬間自分の中で何かが切れるのを感じ。そして視界が一気に高くなり、見慣れた毛で覆われた腕が白い陶器のような肌になる
(止めろッ!横島に手を出すなッ!!!)
両手に赤黒い炎が集まる。それを考えるよりも早く投げ飛ばし鬼は苦悶の声を上げながらのた打ち回る
「フー!フーッ!!!!」
この馬鹿達は横島を殺そうとした、許さない……ユルサナイ……ゆるさない……潰してやる、切り刻んでやる、燃やしてやる
「ア、アアアアアアアアアアッ!!!!!!!」
もうなにも考えられない、判っているのは横島を殺そうとしたこの馬鹿鬼を殺すことだけ……私はそれだけに突き動かされるかのように、怯えた顔で扇と剣を構えている鬼へ飛び掛ったのだった……
「あーもう!!!何よこの結界!どれだけ複雑なのよ!!!」
そう怒鳴りながら何とか結界を解除する事を考えるのだが……
(魔族払い。しかも最上級の神気と竜気……これは不味いわね)
仮に結界を解除したとしても、その中に入れば私も動きを大幅に制限される。横島とタマモを襲っている鬼はまだ辛うじて神気が残っているから抵抗が無いのだろうけど、半分魔族とも取れる今の私では結界の中に進入出来たとしても戦えないと結界を突破する事のできないの2つしかない。こうしている間も横島が危ないって言うのに……
(直接転移できる札でも作っておけばよかった!!)
転移札の出口となる札を横島に持たせておけばそのまま転移できると言うのに……焦る中でも必死に自分に出来る事を探していると
「な、なに!?この妖力は!?」
結界の中からでも感じる凄まじい妖力。結界越しでもこれなら中はどれほどの自体になっているのだろうか?
(そ、そんなことを考えている場合じゃないわ)
今のは間違いなくタマモの妖力。しかしそれは今のタマモの出せる力ではない……
(このままだとタマモが消える!)
今のタマモは自分の存在を維持する妖力しかない。それなのにこれほどまでの力を使えば間違いなくタマモの霊基構造は深刻なダメージを受けてしまう
(戦えなくなるけど仕方ない!)
タマモが消えてしまえば、横島の心に深い傷を残す事になる、そうなれば私を見てくれなくなる可能性も充分に考えれる……ううん。そんなのじゃない、私がタマモに消えて欲しくない。蛍の時は色々とタマモさんにも色んな事に教えて貰った……恩人とも言える存在が消えるのはどうしても納得できない。それに
(タマモと遊んでる横島はとても可愛いし……)
あれほどほにゃっとした顔の横島が見えなくなるのは私としても惜しい、私は結界のほころびを見つけて、そこから結界の中へ潜り込んだ
(うっ、これは予想よりもきつい)
封印具を外せば何とか普通に行動できるだろうけど、今の九尾の狐の霊力でもしかすると神族が動くかもしれない。そう考えるととてもじゃないけど、封印具を外せる状況ではない。身体にかかる神気と竜気の圧迫感に眉を顰めながら歩く
(なんとか霊波砲くらいならいけるかもしれないわね)
ソーサーは殆ど紙程度だけど少しは使えるはず……とりあえず周囲を警戒しながら進んでいると
「アアアアアアアーッ!!!!」
魂を軋ませるような怒りと憎悪の雄叫びが聞こえてくる。この声は……タマモ!
「あっちね!」
今の声が聞こえてきたほうへ走り出す。時折聞こえてくる爆発音と鬼の悲鳴……それと禍々しいまでの妖力……
(完全に暴走してる)
怒りと憎悪で暴走しているのだとわかる。九尾の狐は神族と魔族の両陣営からスカウトを受けるだけの大妖怪。どちらになる事も出来る妖怪だ。そして今のタマモは私と横島の知ってるタマモではなく間違いなく
(玉藻前になっているのかもしれない……)
憎悪と怒りのあまり、前世の姿になっているのかもしれない。下手をすると戻ってこれなくなる可能性がある。少しでも早く暴走を止めなければ
「はやくとめないと!」
厄珍から買った妖怪捕獲用の護符。これで何とかなるかは判らないけど、これに賭けるしかない!私は霊力の残滓と聞こえてくる爆発音を頼りにタマモと横島を探して結界の中を走るのだった……
(これはとんでもないですね。これが九尾の狐の力)
蛍は気付かなかったが、既にこの結界の中には小竜姫が潜り込んでいた。神気と竜気の複合結界。龍族である小竜姫ならば何の抵抗もなく入れるのは当然の事だ。では何故蛮勇兄弟と戦わないのかと言えば
「よくも!よくもよくもよくも!!!横島をッ!!!!」
完全に怒りに我を忘れて暴走している九尾の狐の事を考えてだ。武神として名を馳せる小竜姫でも完全に暴走している九尾の狐と戦うのか危険だと思わせるほどの霊力と妖力を放っていた。その膨大な力は放電していて近づくのも危険だと思わせるレベルだった
(しかしあの力はいつまでも続かない)
怒りによる暴走はいつまでも続かない。それは膨大な霊力と妖力を持つ九尾の狐と言えど同じだ
「ひいいい!兄貴!兄貴!!!!」
「逃げろ勇!捕まったら殺されるぞ!!!」
悲鳴を上げて逃げ回る蛮勇の鬼兄弟の兄。蛮の手の中の龍牙刀を見て
(酷い……刃こぼれに皹が入ってる)
天界1と言われた龍牙刀は竜気の無い鬼に使われてるからか、刃こぼれも皹も修復できずその姿をボロボロにしていた
(もう見ているだけなんて無理です)
九尾の狐に襲われる可能性はあるけど、このまま無理やり使われたら龍牙刀が折られてしまう。私は妙神山から貸し与えられた神剣を鞘から抜き放ち、切り込むタイミングを計っていると
「タマモー!!!止めろ!俺は……俺は大丈夫だから!もう止めるんだ!」
赤いバンダナを巻いた少年が足を引きずりながら九尾の狐の後を追いかけて来ていた
(あ……)
今まさに飛び出そうとしていたのにその気が完全に無くなってしまった。夢の中でしか会う事のできなかった少年が目の前にいることに完全に気勢を削がれてしまった……
【ああ、やっと。やっと会えた……追いかけないと、今はまだ会えない……だけど顔をもっと見たい】
普段は頭痛共に感じるあの声。だけど今は頭痛を感じる事もなく、自然に私の耳に届いた。抜いた神剣を鞘に収め私はその少年を追いかけて家の屋根から屋根へと飛び移りながら追いかけていくのだった……その途中どこかで見かけた黒髪の少女を見て
(知ってる?私はあの人を知っている?)
【どうしてここに、まだ居ない筈なのに】
嬉しいような、憎いような、安心したような、不安なような、そんな色々な感情が混ざり合った複雑な気持ちを感じながらも私は屋根を蹴って少年を追いかけていた。けどどこか心の中に引っかかっていた何かが取れたような気がして、少し安心するのだった……
くそ、タマモどこに行ったんだ!痛む足を引きずりながら追いかけてきたが完全に見失ってしまった
(九尾の狐とか言ってたよな……)
話に聞いたことはあるがそんなのは俺にとってはどうでもいい。タマモはタマモ。それでいい
「横島!」
「蛍!?どうして……つう……」
ここに居ない筈の蛍の声に振り返るまでは良かったのだが、痛めていた足では踏ん張る事が出来ずそのまま転んでしまう
「大丈夫!?」
駆け寄る蛍は見たこともないくらい焦った顔をしていて、俺に護符を当てながら
「ごめんなさい!こんな事になるなんて思ってなかったの!タマモが狙われてるのは知ってた、すぐに助けに来るつもりだったんだけど結界が邪魔で」
泣きながら言う蛍。つまり蛍はこうなるかもしれないってことは判ってたのか……
「怒ってる?」
不安そうに尋ねてくる蛍。怒っているか?と言われると返事に困る。蛍は俺とタマモの事を考えて行動してくれていた筈だ。少し計算外の事があったから助けに来るのが遅れたのだろう
「ああ。怒ってる「ごめ……」だからタマモを無事に保護したら、また遊びに行こう。今度は遊園地に行こう」
「え?」
驚いた表情をする蛍。護符の効果で漸く痛みが取れてきたので立ち上がりながら
「蛍は最善を尽くしてくれたんだろう?ただ鬼が予想外に強かった。そうだろ?」
こくりと頷く蛍。何でもかんでも計算通りにいかないのは当然のこと……今回もそうだっただけ
「俺は蛍を信じる。だけど今回見たいのは困るから、今度からはそう言うのは教えておいてくれよ?」
教えてもらっておいても何も出来ないんだけどな。今の俺だと……霊力も何も使えないんだから
「横島……」
「あとあれな?お弁当頼むぜ。1度で良いから女子の手作り弁当を食べてみたいんだよ」
俺が笑いながら言うと蛍も小さく笑う。今するのは後悔する事じゃない、タマモを助ける事だ
「約束するわ。タマモを助けて、3人で出かけましょう」
「おう!行こうぜ!」
蛍のしたことは多分正しい、ただ少し計算外のことがあっただけ、俺もタマモもまだ無事だ。なら怒る必要も責める必要もない
「横島。これを」
走りながら渡された護符を見る。今まで練習で使っていた物とは違う、何か特別な護符だと判る
「これはなんや?」
「妖怪捕獲用の試作用の護符らしいけど、試してみたら霊力と妖力をある程度吸い取る物だと判ったわ。これでタマモの力を吸い出せば元に戻るけど……」
「けどなんだ?」
蛍は少し考える素振りを見せてから
「タマモが九尾の狐の力を取り戻すのに時間が掛かるかも」
タマモが九尾の狐と言うのはあの鬼から聞いた。言い換えればタマモが九尾の狐だから襲われたってことだから
「それメリットちゃうんか?タマモが安全になるんちゃう?」
「……そういえばそうね。これはデメリットじゃなくてメリットね。その間に私か横島がGS免許を取れば保護妖怪に出来るし」
デメリットは無いと言う結論になった俺と蛍は頷きながら走る速度を増させた。タマモが力を使いきる前に早く見つけないと……
2人で結界の中を走っているとすぐにタマモの姿は見つかった
「ア、ア……ウアアアアアアアアアッ!!!!!」
頭を抱えて絶叫する女性。黒い着物にナインテールとでも言うのだろうか?奇妙な髪形をした女性は自分の身体に纏わりついてくる黒い闇を振り払うかのように炎を待ち散らし、長い黒髪を振り回し暴れていた
「いけない。暴走した時の霊力で周囲の雑霊を吸収しすぎたんだわ……このままだとタマモが危ない」
近くにあの鬼はいない。自分達が手出しできる相手じゃないと理解して逃げ出したようだ
「どうするんや……?」
今タマモがいるのは公園だ。確かに広い場所だが、タマモが出鱈目に放っている炎のせいでとてもじゃないが近づける雰囲気じゃない
「近づいて札を貼るしかないんだけど……「アアアアアアアッ!!!」っこれだもんね!」
蛍に向かって飛んできた炎。蛍はそれを手の平に霊力の盾を作り出し防ぐ
(あれ?なんでわいにとんでこないんや?)
俺と蛍の立っている場所は殆ど同じ、見ている間で4つは蛍に炎が飛んでいるが俺には向かってきてない
「蛍!それ霊力なくても使えるんか?」
「つ、使えるけど!ああ!もう!この結界鬱陶しい!!!」
蛍の話では、あの結界のせいで今の蛍は殆ど力を使えないらしい。だからいつもの余裕な態度はなく必死そうだ
「俺が何とかする!」
蛍の手の中の護符を奪い取ってタマモの方に走り出す。それを見た蛍が
「横島!?」
悲鳴にも似た声を上げる蛍。だけど俺には何故か判っていた、タマモが俺を狙ってない事を……蛍には今も炎が放たれているが、俺には炎は疎か火の粉すら届いていない……
「あ、アアアア……」
頭を抱えているタマモの顔を見る、あの狐がこんな美人になったなんて思えない。でる所は出ているし、切れ長の目もクール系の美人と言うのが良く判る……
「タマモ……もう良いんだ。ほら、お前のおかげで俺は怪我無いぞ」
両手を広げて怪我をしてないのを見せる。あの時タマモがあの鬼を攻撃してくれたことで俺は無事だった……
「ア……ああ……」
ゆっくりと手を伸ばしてくるタマモ。その爪が頬に刺さって少し血が出るけど大丈夫
「もう大丈夫なんだ。ありがとうタマモ。お前のおかげだ」
タマモの背中に伸ばして抱きしめる。自分よりも背が高いからタマモの着崩した胸元が顔の前に来る。普段ならお姉様とか言うが……今はそんなことをしている場合ではない
「ヨ、ヨコ……シ……マ?……ケガ……シテ……ナイ?」
「ああ、大丈夫だ。全部お前のおかげだ……だけど、お前が怪我をしたら俺は悲しい」
霊力と妖力のせいで肌から血が出ているタマモの姿はとても痛々しい……
「ヨコ……シマ……カナシイ?」
「ああ、悲しいぞ。タマモ……折角会えたんだ、いきなりさよならは悲しいさ」
タマモが九尾の狐とかどうかは関係ない、タマモはタマモ。それでいい、俺は蛍から預かった札をタマモの額に伸ばそうとすると
「イヤ……イマナラ……ワタシは……アナタヲマモレル……チカラノナイ……スガタニモドルノハ……イヤ」
首を振り嫌だ、嫌だと言うタマモ……少ししか一緒にいなかったけど、こんなにタマモは俺の事を思っていてくれたのか
「それはあんまりにもみっともないだろ?俺が強くなるよ、そりゃ痛いのも辛いのも嫌だけど……」
離れた所で見ている蛍と目の前のタマモを見る。狐の時に何度か見た瞳の色と違う。確信はないけど今の目の前にいるのは……
「女に護られるのは余りにも情けないぜ?だから俺が強くなるよ、タマモも蛍も護れるように。だから今は眠ってくれ、それでまた今度会おうぜ。玉藻前」
これはただの直感。目の前のタマモは玉藻前でタマモじゃないって俺には判った、なんとなくだけど玉藻前は一瞬驚いた顔をしたが、小さく微笑んだ
「……ワカッタ……マタコンドアイタイ」
そう笑う玉藻前の額に蛍から預かった札を貼ると、玉藻前の背中の9尾が一本ずつ消え、周囲の炎も消えていく。これで終わりか……
「オマエ……キライ。ヨコシマは……ワタシの……ううん……ワタシノモノ」
玉藻前はそう宣言すると俺の額に軽く口付けをすると同時にぽんっと乾いた音を立てて狐の姿に戻った……
「よこしま?」
離れた場所にいたはずの蛍がいつの間にか俺の目の前にいた、前髪で目が隠れていて非常に怖い
「……俺のせい!?俺のせいなんか!?」
鬼の様な形相をしている蛍は正直、さっきまで俺を追いかけて来ていた鬼よりも恐ろしく。
「いっぺん死んでみようか?」
「い、いやあああああああ!?」
悪魔のような顔をして俺を見下ろす蛍を見て、心のそこからそう絶叫するのだった……
リポート2 ナインテール・フォックス その6へ続く
蛮勇がどうなったのかは次回で判明します。今回はタマモがメインだったので、次回でナインテール・フォックスは終わりですね。
リポート3から少しずつ原作に向けて動いていこうと思います。額にキスでも嫉妬するくらい、蛍はやきもちやきです。やきもち焼きのヒロイン可愛いですよねそれでは次回の更新もどうかよろしくお願いします