リポート2 ナインテール・フォックス その4
蛍と出かける約束をしていたのだが、約束の時間よりも大分早く着てしまった俺は、蛍が来るまでの間タマモをリュックの中に入れたまま
「お嬢さん!僕とお茶をしませんか!」
「顔を洗って出直してきなブサイク」
「君のためなら死ねる」
「かってに死ねば?」
だがその結果は予想とおり惨敗。そして……
「ヨ・コ・シ・マ?」
地獄のそこから聞こえてくるかのような蛍の声にブリキのように振り替える。そこには前髪で目を隠している蛍……
「か、かんにんしてええええ!!!ぐぎゃあああああ!?」
無表情で機械的に拳を振り下ろしてくる蛍の姿がトラウマとして心に刻まれたのは言うまでもないことだろう
「反省してる?」
「ハイ。真に申し訳ありませんでした」
街の往来の中で土下座。もうなりふり構わず蛍の機嫌を取らないと次の訓練で死ぬ、それを確信していた俺はもう土下座外交をするしか手段がなかった
「ガルルルルル」
タマモが思いっきり頭に噛み付いているけどそれも我慢だ。俺が全て悪いのだから
「判ったわ。今回だけ見逃してあげるから行きましょうか?」
「蛍!温情どうもありがとうございます!」
良かった良かったと思いながら、立ち上がった俺に蛍は会心の笑顔で
「次の訓練は厳しくするけどね?」
世の中そんなに甘くないと俺は理解した。何故なら目が全然笑ってないからだ……会心の笑顔なのに目が笑ってない、それがどれほどの恐怖か判るだろうか?俺は次の訓練の事を考え滝のよう涙を流しながら
「……はい」
ぺしぺしと俺を慰めるように頭を叩くタマモの優しさが心に染みた春だった……
「それで横島。私の上げたお札はちゃんと持ってる?」
クレープを齧りながら尋ねてくる蛍。なお言っておくが、蛍の金は使っていない。お袋に話をしてちゃんと小遣いを貰ってきているからだ
「持ってるぞ?これとこれだろ?」
首から下げるお守りとポケットの中に入れている札。蛍が言うには霊能力を思い通りに使えない霊能者は悪霊に狙われやすいらしい。念のためのお守りとして持っておくように言われている
「それはちゃんと持ってないと駄目だからね?」
「判ってるよ。何回も言われたからな」
絶対に身につけていろと何回も言われている。いくら俺が馬鹿でもここまで言われたら忘れるはずが無い、それに……
(色気は無いけど、初めてもらったプレゼントやしなぁ)
お守りと言う事で色気は無いけど初めて女性から貰ったプレゼント……言われなくてもずっと身につけているに決まっている
「所で今日タマモ元気ないわね?どうかしたの?」
リュックの中から顔を出しているタマモを見ながらそう尋ねてくる蛍。俺は首を傾げながら
「判らないんだ、普段は揚げを5枚は食べるんだけど、今日は1枚だけ。それにずっと寝てるし……」
なんか調子が悪いみたいだから連れて来たくはなかったんだが、足に噛み付いてはなれないので連れてきた。だけど病院にも連れて行けないのでどうしようと思っていたというと
「新月だからよ。妖怪って月の満ち欠けに大分影響されるのよ。タマモは子狐だから妖力をうまく調整できないのね」
新月?そういえば今日はそうだった気がする。じゃあ
「明日になれば元気になるのか?」
「なるわよ。新月の日だけだからね」
良かった病気とかだったらどうしようかと思っていたからだ。これで一安心した
「それじゃあ今日はどこに行くんだ?」
「特に予定は無いわ。横島と一緒なら何をしてても楽しいし、特に予定なんてなくても大丈夫よ」
蛍が俺の顔を見て笑いながら言った。その顔はとても綺麗で思わず見惚れてしまったのは言うまでも無い……
(ごめんね。横島)
だがその笑顔の裏で蛍は横島に謝っていた。新月の夜、蛍と優太郎の予想では蛮と勇の鬼兄弟が動く夜。しかし蛍がいては襲ってはこないだろう。だから横島とタマモにお守りの護符を持たせて囮にする方法しかなかった
(心が痛いわ……)
横島とタマモの安全を護るためとは言え、一時的にでさえ横島を危険に晒す事に蛍は心を痛めているのだった……
「それじゃあ、何かプレゼントする!アクセサリーとかどうだ」
そんな蛍の気持ちを知らない横島は純粋に蛍と出かけれることを喜んでいた。それがまた蛍の心を締め付けるのだった……
蛍が表面上は笑い、内面で泣きながら横島と一緒に過ごしているころ。妙神山では
「蛮勇の鬼兄弟を見つけた!?本当ですか!ヒャクメ」
久しぶりに遊びに来ていた友人のヒャクメの言葉を聞いて、一瞬で頭に血が上り
「ほ、ほほほ……本当なのねえ!お願いだからふりまわさないでええええ」
ヒャクメの声に我に帰る。私はヒャクメの襟首を掴んで振り回していた……
「すいません」
「けほ……べ、別に良いなのね」
けほけほと軽く咳き込むヒャクメ。だけど長年探していた蛮と勇の情報を聞いて冷静ではいられなかった
(やっと、やっと……取り戻す事ができる)
父の遺品「龍牙刀」その名の示すとおり龍の牙を鍛えて作った剣であり、神剣だ。本来は私が父から引き継ぐ予定の一族の家宝だったのだが、蛮と勇が龍神王の酒と小判を盗んだ事件の折。私用に打ち直されるために宮殿に預けられていた龍牙刀も奪われてしまった
「だけどちょっと不味い状況なのね?」
「不味い状況とは?魔族と結託でもしているのですか?」
蛮勇は本来は人食い鬼だ。だけどその鬼の本能を押さえ込む事ができる知性とその強大な力を認められ、馬番として神族に迎えられた鬼だが、職務怠慢を咎められ再び鬼に戻されると聞いて窃盗をし、逃げ出した鬼だ。魔族と結託していたとしても驚く事ではない
「九尾の狐を殺してその殊勲で神族に戻ろうとしているのね」
その言葉に呆れた。既に神気も全て抜け落ち、邪気に満ちているあの二鬼が今更神族に戻る事なんてできはしない
「九尾の狐の場所は確認しているのですか?それならばすぐに許可を取って人界に下りますが?」
九尾の狐は保護対象の妖怪だ。その強大な妖力と霊力。そして知識……どれをとっても妖怪の枠に収まる存在ではなく、神でも魔にもなる妖怪として保護対象になっている
「人間に保護されてペットとして過ごしてるのね」
「は?」
一瞬ヒャクメの言った言葉が判らなかった。九尾の狐といえば人間不信で有名だ。そんな九尾の狐が人間と一緒にいるなんて信じられない
「これを見るなのね」
ヒャクメが写真を数枚差し出してくる。それを見て私は
「また心眼を悪用しましたね?」
ヒャクメの心眼は心の中を覗くだけではなく、道具を併用すればどんな場所でもどんな結界でもすり抜けてその場を盗撮する事が出来る。だがその殆どを自分の好奇心を満たすために使い謹慎を申し付けられたのは記憶に新しい
「そ、それとこれは別なのね!あくまで身辺警護のためなのね!」
慌てた様子のヒャクメを見ながら差し出された写真を見て
(この人は!?)
黒い学生服に赤いバンダナ姿。夢で見る青年と瓜二つの容姿をしている少年の膝の上で伏せている2尾の狐。それは力が足りないから本来の数の尻尾を作り出すことの出来ない九尾の狐だと判る
【どうして……どうして私よりも先にタマモが】
「つうっ!!!」
夢の中で聞こえる声が突然頭の中に響く、そして激しい頭痛が私を襲うと同時に言いようの無い焦りと焦燥感とどろどろした暗い感情が胸の中に広がっていくのが判る
「小竜姫!?どうしたのね?
突然の私の変化に気付いたヒャクメが心配そうにそう尋ねてくる。私は大丈夫ですと小さく呟き
「それでこの少年と九尾の狐はどこに?今日は確か新月のはずですよね?」
蛮勇兄弟が動くのは九尾の狐の力が一番落ちる新月の夜しかない。子供とは言え九尾の狐と戦うのはリスクが高い
「東京なのね、場所ももう調べてあるのね。だから後はお願いするのね」
ヒャクメの言葉に頷き、私は妙神山を後にした。許可自体は既に下りているので特に問題はなかったのだが、私は龍牙刀を取り返したいから蛮勇兄弟と戦うのか、それともあの少年に会いたいから人界に降りるのか?それが判らなかった、それに
(最近頭の中の声が大きくなってきてる気がするんです)
前は寝ている間しか聞こえなかった声も今は何かのきっかけで聞こえてくる。その声はあまりに暗く、そして自分をその闇の中に引きずる込もうとしているのが判る、だけど
(それが落ち着くって……思うのは何故なんでしょうか)
その闇の中に居るほうが落ち着くと思う自分がいる。確かに闇の中に落ちるが、その代わりに求め続けた何かが手にはいるような気がする……
(私はどうしてしまったのでしょうね)
最初は不快だったはずなのにそれが今や心地良い……その奇妙な感覚に自分がどうなっていくのかの不安と奇妙な安心感。相反する2つの感情を抱きながら私は人界に降りたのだった……
小竜姫が人界に降りた頃。とあるビルのフロアに事務所を構える女性がその整った顔を歪めていた
「人間を食い殺す……普通に考えれば妖怪だけど……残った霊力の残滓で考えると……」
浮浪者5人が食い殺された事件の依頼を受けた凄腕のGS。美神除霊事務所所長「美神令子」は眉を顰めながら集めてきた遺留品を見て
「これは4000万じゃ全然足りないわね。もっと要求しないと」
腕は確かだがそのがめつい性格のせいで、魔族よりも凶悪と言われる彼女だが、その腕は業界NO1と謳われるだけあり非常に凄腕だ
「鬼……しかも結構強い鬼ね」
最初は何かの獣の人食いでは?と予想を立てていたが、獣の妖怪では人間の骨ごと噛み砕くなんて真似を出来るのはそうはいない。そして慎重に調査をして見つけたのだが
「現場に残る足跡……どうみても鬼よね」
歩幅2メートル。足のサイズ90センチ強……これから推測されるのは鬼か獣人方の妖怪しかありえないが、東京なんて場所に獣人が出るわけも無い。必然的にその妖怪は鬼と推測される
「他のGSにも協力を求めるしかないかもしれないわね。あーとんだ散財よ!」
鬼しかも足跡は2組。鬼は龍族と比べれば弱い妖怪だが、それでも脅威となる存在だ……それを知っている美神令子は頭をガシガシとかきながらイヤイヤと言う素振りを見せながら、協力してくれるであろうGSの事務所を回る為に事務所を後にしたのだった……
日が落ち、月が昇った頃……
「はぁ!はぁ!くそ!どちくしょおおおお!!!俺が!何をしたって言うんだよおお!!!」
悲鳴を上げながら逃げ回る。腕の中に居るタマモをしっかり抱きしめる
「クウ……」
心配そうに頭を胸に擦り付けてくるタマモに
「大丈夫だ、心配すんな」
蛍と別れた後家に戻る途中で気がつけば周囲の人間の姿は消え、何の音も聞こえなくなり。何かやばいと思った俺の前に現れたのは2匹の鬼。片方は右目がなく、もう片方は左目の無い鬼は何も言わず俺を襲ってきた
「げっははは!こうして逃げる人間を追いかけるのは最高に楽しいぜ」
「そうだな。捕まえて食い殺すのが楽しいんだ」
凄まじい足音と鬼の言葉を聞いて顔を青褪めさせる。捕まれば殺される、それが判ってるから1度も止まらず走り続けてきたのだが
「遊びはそろそろ終わりだ。人間」
「そういうこった」
いつの間にか俺の前に回りこんでいた鬼を見て、慌てて立ち止まる
「その狐を寄越せ。そしたら一思いに一口で殺してやる」
「そうだぜ。痛いのは一瞬の方が良いだろ?」
下卑た笑い声を上げながら言う鬼。霊力も使えない、札も無い。どう考えても死ぬ……それが判っていたが
「やだね。お前なんかに可愛いタマモを渡すかよ!!!」
俺が走りながらそう叫ぶ。だが今度は逃げ出すことは出来ず
「言っただろが?遊びは終わりだってな」
「げはっ!?」
扇で強打され思いっきり殴り飛ばされる。それでもなおタマモをしっかり抱き抱えていると目の前の鬼が
「その狐が何なのか知ってんのか?あの九尾の狐だぜ?傾国の大妖怪。そんなんを庇う人間は罪人だよなあ?}
「そうだぜ兄弟。こいつはきっともうあの妖怪に騙されてもう狂ってるんだぜ」
俺からすれば手前らの方が狂ってるぜ……と言ってやりたいが、今の一撃で禄に息が出来ず、視線だけで抵抗するのが手一杯だった
「罪人は殺しちまおう」
「そうだな。殺しちまおう」
嬉々とした表情で扇と刀を振りかぶる鬼。タマモを抱き抱えて小さくなると同時にその一撃が放たれた……だがそれは俺に届く事はなかった
「あ?結界?」
「ただの人間じゃなくて、退魔師か!こいつはご馳走だ」
蛍がくれたお守りから淡い光が放たれその攻撃を防いでくれた、だがそれは2匹の狂った鬼にはただの破壊して遊ぶ玩具程度にしか感じられず、何度も何度も扇と剣を叩きつけられて。それはあっけないほどに砕け散り
「ごぼお!?」
返す刀の柄で思いっきり顔面を殴られ。俺はサッカーボールのように吹っ飛ばされ、その衝撃で腕の中に抱え込んでいたタマモを手放してしまった……
「クウ!クウ!!」
前足で俺の顔を叩くタマモ……ずしずしっと重い足音を立てて近づいてくる鬼。逃げなければと思うのに身体は動かない
「さーて……勇半分ずつな。俺は足を食うからお前頭食えよ」
「良いのか兄貴!最高だ」
俺の身体を持ち上げて笑う鬼。タマモはふうううっと尻尾を立てて威嚇しているが、その鬼達はそんなのを気にした素振りも見せず、俺を投げ飛ばし大きく口を開く。
(ああ。死ぬのか……)
あっけないほどに死ぬという事実を受け入れてしまった。みっともなく泣き喚く事も逃げようとおもう気にもならず……俺の中にあったのは
(悔しいなあ……)
何にも出来なかった自分に対する言いようの無い怒りと妙な悔しさ。それと蛍とタマモのこと……何もかもがゆっくりに見える中……俺の耳に飛び込んできたのは
「フウウウウッ!!!」
憎悪と怒りに満ちたタマモの唸り声
「「ギギャアア!!!」」
鬼達の苦悶のうめき声。俺は鬼に放り投げられた勢いのまま地面に叩き付けられ、その衝撃で意識を飛ばされかけながらも見たのは
「フーッ!フーッ!!!」
漆黒の着物に身を包んだ紅い目の女性の姿、その目は怒りしか映しておらず、その背後には半透明の9本の尻尾が揺らめいていたのだった……
リポート2 ナインテール・フォックス その5へ続く
小竜姫はおキヌちゃんの次くらいにヤンデレが似合うと思うんだ。違うと言う意見は聞かないのであしからず。情けない横島をかきたいのに少しかっこいい横島になってしまう謎。これが解決する日は来るのでしょうか?そして最後のは言うまでもなくタマモちゃんの暴走です。次回はそこから始めていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします