リポート23 フィルムの中の剣士 その5
モンタージュの除霊を終え、研修としてのCランクの除霊を終えてから俺は美神さんに言われて自宅療養していた。俺自身は全然平気なのだが、モグラちゃんに押し潰されたことを考慮して様子見をしろと怒られてしまった。もちろん美神さんだけではなく、蛍とシズクとおキヌちゃんにもこっぴどく怒られたので、こうして炬燵に入ってのんびりとしているのだが
「うきゅ」
とてとてと部屋の中を歩き回るモグラちゃんをさっきから見ているのだが、時折その姿がぶれて、大きくなったり小さくなったりしている。楽しそうに鳴いているのを見ると調子が悪いのかどうなのかの判断がつかないのでちょっと近くによって来たタイミングで
「まだ調子悪い?」
大きくなると言っても精々大型犬くらいの大きさなんだけど、見ている間にこうも身体の大きさが変わるのを見ていると心配になってくるのでそう尋ねると
「きゃーう」
こてんと首を傾げるモグラちゃんだが、さっきから一定の距離を保ったまま近づいてこない
(やっぱ気にしてんのかなあ……)
映画の中で俺を押しつぶしたのを気にしているのか、前みたいに近寄ってこない
「モグラちゃん。おいでー」
手を叩いて呼んで見るが、モグラちゃんはやっぱり近寄ってこない……捕まえようと手を伸ばすと
「うきゅ」
とてとてと離れて行ってしまう……炬燵に足を突っ込みながら溜息を吐きながら
「なーチビ。モグラちゃん呼んできてくれる?」
「みーむう……」
机の上でみかんを頬張っていたチビに頼むが、小さく首を振る。モグラちゃんと仲良しのチビが言っても駄目と言うことは相当気にしているみたいだな……あれは事故だから仕方ないのに……
「……あのモグラはモグラでデリケートだからな。まだ子供だから」
急須と湯飲みを持ってきて、炬燵の中に入りながら呟くシズク。でもなぁこうして一緒に暮らしているのだから、距離があるのは良くない。それに……
(昨日もなぁ……)
昨日寝ている時に寒かったのか、チビとタマモが俺の布団の中に潜り込んできたのだが、モグラちゃんは潜り込もうとして、そのまま自分の籠の中に深く潜って行くのを見た
(なんとかしてやらんとなあ……)
とは言え、どうすればいいのか思いつかない、炬燵の上のチラシを見ながらあーでもない、こーでもないと考えていると
「ん?」
ふと視界に止まったのはホームセンターのチラシ。【特売】と書かれているそれを見てこれだ!と思い。煎餅を齧っているシズクに
「シズクさん、少しお金をくださいな」
今我が家の財政を完全に把握しているシズクにそうお願いする。シズクがばきっと煎餅を齧り
「……無駄遣いは駄目だ」
……流石我が家のロリおかん様やな。その威圧感とこのきっぱりとした口調……お袋を連想してしまう、だがこれは決して無駄遣いなどではない。俺が手を合わせ続けていると、ふうっとシズクの溜息の音が聞こえ。机の上に置かれた4枚の野口さん
「……足りるか?」
「十分!じゃ、ちょっと行って来る」
4枚の野口さんをポケットに入れて立ち上がると、チビがその背中の小さい翼を羽ばたかせ顔の近くまで浮かんでくる
「みーむ」
一緒に行ってもいい?と言ってきてるような気がするけど、今出掛けるのはちゃんとした店だから
「お留守番。タマモとモグラちゃんと一緒」
日当りの良い所で丸くなっているタマモと大きくなったり小さくなったりしながら歩いているモグラちゃんを指差して言うと
「みーむう……」
若干ふてくされた様子で炬燵の上に戻るチビ。元々表情豊かだったけど、最近は更に表情がころころ変わるようになったなあと思いながら、俺は下駄箱の近くに置いてある自転車の鍵を取って家を出るのだった……
横島がモグラちゃんに押しつぶされた事を考慮して、横島に自宅療養を言い渡した美神さん。それ自体は当然の事だと思うんだけど……
(かなり丸くなっているらしいのよね)
前の美神さんだったらそんな事で休ませてあげたりしなかったですけどね。と言うおキヌさんの言葉もある……逆行の影響か、それとも横島が前の時間よりも能力が高いからか……可能性はかなりの数あるけど……優しいってのは悪くないから、別にそこまで深く考えることも無いか
【せえいっ!!!】
気合の入った沖田さんの声。どうやら最後の悪霊を切り倒したようだ、モンタージュ事件の依頼料と横島とモグラちゃんへの医療費。そして迷惑料……その合計1000万を返済する為に現在沖田さんは私や横島よりも下の見習いとして雇われている。映霊としての特性やたまには映画の中に戻らないと霊力が回復しない為、利子などは無いがその代わり払われる給料も少ない為。返済には相当苦労する事になるだろう……そんな事を考えながら刀を鞘に納めている沖田さんを見ていると
【沖田さん!大勝利!身体は……かふっ!?】
Vっと大きくピースサインした後に勢い良く吐血して倒れる沖田さん。私は隣で見ていた美神さんに
「これ、大丈夫ですか?」
依頼人の家に思いっきり吐血の後。これ賠償金とか請求されないですか?と尋ねると
「どうせリフォームするでしょ?だから関係ないわ」
……優しくなっているのかな?私的には大分判断に悩む美神さんの言葉に思わず小さく苦笑するのだった……
【はー……はー……本当監督ってなんで私にこんな呪いを……なんか恨みでもあったんですかね】
美神さんが買い与えた安物の霊刀を手に荒い呼吸をしている沖田さん。なんでも加州清光を使っていては除霊見習いとして他のGSの事務所に出すことが出来ないからともっともらしい事を言ってたけど
(担保って感じ……)
いざとなったらそれを売却してお金に変えそうな気がする……
【お疲れ様でーす】
【ふぎゃっ!?】
そして沖田さんを踏みつけながら姿を見せるおキヌさん。ゼンゼンキヅキマセンデシターと白々しい顔で言っているおキヌさんを見て
「……あれ大丈夫ですかね?」
おキヌさんが私に見せるよりも数段酷い敵意を沖田さんに見せている。これはきっとあれだ。自分と同じ幽霊だからとか、雰囲気的な物で自分の敵だと感じ取っているのだろう
「大丈夫なんじゃないかしら?ま、腕はいいし、これならエミとか冥子にも紹介出来るわね」
……大丈夫かなあ……今まで見たことないくらいどす黒い気配を放ってるんだけど
【なんで沖田さんを目の敵にするんですかぁーッ!】
【シリマセン~♪】
がーっと叫ぶ沖田さんを見ながら、白々しい口調で笑うおキヌさん。美神さんは大丈夫と言うけど、私は不安を感じずには居られないのだった……
「じゃ、沖田ちゃん。この地図の所に私の知り合いのエミって言うGSが居るから、今日はそこで仕事ね」
沖田さんに手紙を渡している美神さん。様子を見て助っ人として送り出しても大丈夫だと判断したんだと思うんだけど
(大丈夫かしら?)
能力は確かに高いし、長時間の除霊は蓄えている霊力を使い切ってしまうので、駄目だがそれでも霊力を扱う術にも長けている。だが沖田さんは映画の住人だ。そうなると彼女を演じた女優が居るわけで……
「騒ぎになるんじゃないんですか?」
竹刀袋を背負って走っていく沖田さんを見ながら尋ねる。すると美神さんはくすっと笑いながら
「蛍ちゃんの考えている事は判るわよ?でもちゃんと対策は取ってあるから心配ないわ」
対策?変装をしているわけじゃないし、着ている服だって映画のポスターにもあった桜色の着物……どこにも対策なんてしてないように思えるんだけど……
「なんかカオスが今度売り出す。認識阻害の呪を込めたアクセサリーのテストさせてるから」
……いや、それってどう考えても対策って言うか、只の実験台じゃあ……そもそもなんでそんなものを……
「最近ね、GSの事務所の近くで待ち構えてる馬鹿共が居るらしいからその対策。素人が除霊現場に来たら危ないでしょ?」
あー確かに最近除霊しているとカメラを構えている人をたまに見るっけ
「そう言う場合の損害もGSが払わないといけないからね。それって理不尽でしょ?だから認識阻害で私とかエミとかって判らないようにするわけ」
まっ今はテストの段階だから、私達が使うのはもう少し先になるけどねと笑う美神さんを見ていると
【美神さん。色々貰ってきましたー♪】
沖田さんが居なくなったので、いつもの雰囲気に戻ったおキヌさんが紙袋を抱えて姿を見せる
「なにそれ?買い物でも行ってたの?」
かなり大きい紙袋を抱えているので思わずそう尋ねると美神さんが
「ああ、あれね?除霊現場に紛れ込んできた馬鹿の排除をおキヌちゃんに頼もうと思ってカオスと厄珍に道具を用意させたのよ」
【はい!まずはこれ!ライオンも気絶する吹き矢です!】
……まぶしい笑顔で危険な物を取り出したおキヌさん。思わず美神さんを見ると首をぶんぶんと振っている。厄珍が悪乗りして持たせたのだろうか
【ふふふ、これで横島さんを……「はい、没収」ああ!私の希望~~~!!】
吹き矢を手に怪しい笑顔で笑っていたおキヌさんからそれを取り上げてへし折る。この人は本当に自分の欲望に忠実すぎて困る
「美神さんももうちょっと考えてから頼んでくださいね?」
「……うん、ちょっと厄珍に苦情の電話するわ」
壊れた吹き矢を見て涙目のおキヌさんを見ながら、私はソファーに腰掛けふと壁に掛けられたカレンダーを見た。
(もうそんな時期なのね)
GS試験受付開始日と赤い○が付けられた日がもう近くまで来ていたのだった……
ホームセンターで買ってきた物を庭に並べて準備する。買ってきたのは在庫処分の夏のレジャーグッズのキャンプシートや、簡易寝袋と言った物だ。定価の半額以下で買えたので、お釣りが来たのが正直ありがたい
「うーさむッ!?」
冬場なのでバリバリ寒いが、それもあと少しの我慢だ。べりべりと包みを剥がして庭に広げていく
「みーむ?」
何してるの?何してるの?と言いたげに頭の上で鳴いているチビ
「もう少しだからなー。ちょっと静かにしててなー」
レジャーシートを広げて、防寒用の布団を広げてっと……良し、こんなもんだろ
「……何をするつもりだ?」
窓を開けて部屋の中に入ってきた俺にそう尋ねてくるシズクに
「んー?モグラちゃんとな」
部屋の周りを歩いていたモグラちゃんを見つけて、咄嗟にヘッドスライデイングを決めて逃亡しようとしたモグラちゃんを捕まえる
「うきゅい!うきゅー!」
手の中でじたばたと暴れているモグラちゃんを逃がさないように捕まえたまま、また庭に戻って
「モグラちゃん。大きくなってくれるか?」
「うきゅ?」
レジャーシートの上にモグラちゃんを置いて、大きくなってと言うと不思議そうにしながらも大きくなっていくモグラちゃん
「もっともっと」
犬くらいの大きさじゃなくて、もっと大きくなってと言うと初めて会った時の小山のような姿になる。よしよし……俺はレジャーシートの上に伏せているモグラちゃんを見ながら靴を脱いでレジャーシートの上に乗って
「よいしょ」
「うきゅ」
その小山のようなモグラちゃんの巨体に背中を預けて寝転がった。大きいだけあって暖かい
「モグラちゃんは暖かいなー」
寒さ避けの布団はきているが、それでもうちの中よりも全然暖かい。モグラちゃんの毛並みを撫でながら
「あったけえなあ……ほんと」
ぽかぽかと暖かいモグラちゃんの体温に目を細め、その毛並みをゆっくりと撫でながら
「あの映画の中のは事故だからな?モグラちゃんだって俺を押しつぶしたい訳じゃなかったんだろ?」
「うきゅ!!」
当然と言いたいのか力強い鳴き声で返事を返すモグラちゃん。その毛並みを撫でながら
「じゃあ気にすること無いだろ?俺は避けられて寂しいぜ?」
前まで膝の上とかに登ってきていたのに、それが無くなって呼んでも近づいて来ないのは正直言って寂しいと思う
「……うきゅ……」
「怪我してるわけじゃねえし、そんな事で俺はモグラちゃんを嫌いにならないしな?だからもう気にしなくて良いんだよ。チビもタマモもそう言ってる」
いつの間にか部屋の中から出てきたタマモと俺の頭の上のチビがモグラちゃんを叱るように
「みーむう!みみむー!!」
「クオーン!」
と鳴いている二匹の鳴き声を聞いたモグラちゃんが初めて俺のほうを向いた
「うきゅう……」
その余りに弱々しい声。でも俺にはごめんねと謝っているように聞こえて、思わず苦笑しながら
「だから良いって、気にすんなよ」
良し良しと頭のほうを撫でてやるとうきゅうっと鳴いてぽろぽろと涙を流すモグラちゃんの涙を拭ってやりながら
「だから気にしなくて良いんだよ。なっ」
その巨体だから抱きしめてやることは出来ない、それでも出来ることとしてモグラちゃんのほうを向いてその頭に抱え込むようにして背中を撫でてやると
「うきゅー」
すりすりっと擦り寄ってきたモグラちゃん。頭のサイズが大きいから少しだけ痛いけど……モグラちゃんの気の済むようにしてやろうと思って耐えていると
「うきゅ……うきゅー……」
すぷーすぷーっと寝息を立て始めるモグラちゃん。もしかすると気にするあまり夜も寝てなかったのかなと思っていると
「ふわあ……俺も眠くなってきたなあ」
どうせモグラちゃんを大きくして一緒に昼寝するつもりだったし、このまま昼寝するかぁ……モグラちゃんが暖かいから風邪をひく事も無いだろうし……そう思って目を閉じようとするとぼすっと重みを感じて驚きながら目を開く
「っとと!?シズク?」
俺にもたれかかるようにして座っているシズクの背中が見え、若干驚きながらその名を呼ぶと
「……たまには良いだろ?それとも私は迷惑か?」
いや、別にそう言うんじゃないけど……まぁ良いか。たまに甘えたい気分の時もあるだろうと思い、布団の中にシズクも入れてまたモグラちゃんに背中を預ける
「クフ」
「むーむう」
モグラちゃんの周りが暖かいのか、チビとタマモも丸くなって眠る体勢に入っている。冬だけど、たまには外で昼寝するのもいいなあと思いながら俺は目を閉じて眠りに落ちるのだった……なお蛍が夕方に夕食の準備をするまで俺達は寝ていたのだが、シズクを抱きかかえるようにして寝てたとかで、ロリコンと言われたのがかなりハートブレイクになる一言だったが
「うきゅー♪」
前みたいにモグラちゃんが甘えて来てくれるようになったので、プラスマイナスなし……だと良いなあ……
横島が蛍の機嫌を直そうと必死になっている頃。夜の山中を必死で走る少年の姿があった
「はぁッ!はぁっ……」
額からは滝のような汗を流し、着ている胴着はあちこちボロボロの上に鮮血が滲んでいる部分もあった。満身創痍そんな言葉で片付けることが出来ないほどボロボロの姿をした少年はそれでも走る事を止めない
「うっ!?」
だが夜に加えて山中と言う事もあり、木の根っこか何かに足が引っかかりその場に倒れこむ。それは疲弊しきった今の少年にはこれ以上に無い不幸だったが、その不幸が少年を救っていた
【【ギギイイイイッ!!!】】
倒れた少年の頭上を飛んでいく黒い翼を持った異形。少年はあの異形から逃げる為、そして自分を逃がしてくれた先輩の為。ボロボロになった身体のまま必死に駆け続けていたのだ
「はぁ……はぁ……」
走らなければ、立ち上がって前に進まなければ。そう思っているのに、少年は倒れたまま立ち上がることが出来なかった。時間にして4時間。4時間の間全力疾走を続けていた少年にはもう立ち上がるだけの体力は残されていなかった
「うっ……うっうっ……」
倒れたまま涙を流す少年。こんな所で倒れている時間も涙している時間も無い……そう判っているのに、立って走らなければ、伝えなければいけない事がある。それなのにもう立ち上がる事が出来なかった。もうこのまま目を閉じて眠ってしまえば楽になれる……目を閉じようとしたその瞬間
「せ……せん……ぱ……い」
身体を張って自分を逃がしてくれた先輩の姿が脳裏を過ぎる…遠方から霊力があると言って東京に修行に出てきたが、その修行先として向かった白龍会では落ちこぼれと馬鹿にされ、ろくに霊力の扱いも教えてもらう事が出来なかった……そんな自分を唯一認めて、面倒を見てくれた。口は悪いし、殴られる事もあった。だが決して自分を見捨てることが無く、そして今もまた諦めかけた自分を励ましてくれた
「い……陰念……先輩……を……助け……るんだ……」
消えかけた瞳に再び色が宿る。強い想いは時に肉体の限界を超える
「お……おおおおああああああッ!!!」
雄たけびを上げながら少年は……落ちこぼれと馬鹿にされ続けた「東條修二」はさっきまでの弱々しい表情から一転し、闘志に満ちた勇ましい顔つきへと変わっていた。空中から執拗に追いかけてくる異形から必死に逃げ、もはや歩く気力すらない。そんなボロボロの姿だったが、東條はやり遂げた異界となっていた山を降り人が居る街中までたどり着いた……だがそれが彼の限界だった……
「絶対……助け……るんだ……」
目的地にたどり着くことなく倒れた東條。早朝と言う時間帯もあり、このままでは追っ手に殺されるまでもなく、疲労と出血で死ぬそんな状態の東條だったが
「ふむ。唐巣に呼ばれて来て見れば……いやはや、行き成りこのよう場面に出くわすとは……」
真っ黒のカソックに身を包んだ男性が倒れている東條を見つけ、にやりと笑い
「これは救えと言う神のお告げなのだろう。それならば……」
だがその男性は東條の側に近寄らず、代わりにカソックの中に手を入れ、そこから何かを取り出す
「これから行う殺戮もまた、神がお許しになられたと言う事だ」
【【【ギギイイッ!!!】】】
空中から襲撃してきた異形目掛けて腕を振るった瞬間。その手から投じられた何かが変化し、鋭い刀身を持つ剣となり3体の異形のうち2体の頭を貫き、残る一体はその翼を引き裂き地面へと落下させる。そして
「ふっ!!」
まるで交通事故のような轟音が響き渡り、異形の胴体に穴が開く
【ぎ、ギガア……】
「脆い……脆すぎるな」
異形を貫いていた拳を引き抜いた男性は足元の道路を見て
「ふむ。少しばかり力加減を間違えたか……」
地面に大きな穴を開けた自身の踏み込みの跡を見て修行が足りんなと呟き
「さて、行くとしようか?少年」
今にも死にそうな顔色をした東條を肩に担ぎ、堂々とした様子で早朝の街を歩き出すのだった……
「シルフィー君。それとピート君、今日の掃除は少しばかり念入りに頼むよ」
珍しく先生から掃除をしっかりやってくれと頼まれた。普段はそんな事は絶対に言わないのに……
「唐巣先生?誰かお客様でも来るんですか?もしかして先生の彼女さん?」
にやにやと笑うシルフィーの頭に拳骨を落とす。先生相手になんて失礼なことを聞くんだ
「あはは。いや違うよ、残念なことに私にはそう言う女性の知り合いは居ない。もしかすると近い内に私と同じく破門された神父が尋ねてくるんだ」
破門された神父……それってもしかしてたまに先生の昔ばかりに出てくる神父様?
「先生に八極拳を教えてくれたって言う……」
「その通りだよ。ピート君、彼は神父だが、健全なる精神は健全なる肉体に宿ると言ってね。神父とは思えないほどに筋骨隆々の男だよ」
会うのは何年ぶりだろうねえと笑う唐巣先生。だけど僕とシルフィーは小声で
(私そんな神父様に懺悔したくない)
(僕もだよ)
僕とシルフィーの中の神父像が今一良く判らなくなった……まぁ良いや、唐巣先生の友人ならそう酷い人じゃ……そう思った瞬間教会の扉が吹き飛ぶ、何事か!?と振り返ると
「すまん。唐巣、急病人だ。至急ベッドを用意してくれ」
朝日の光が差し込む中。蹴りを放った姿勢のまま、死んだ目をした無表情な筋骨隆々な大男が気絶した青年を担いで仁王立ちしていて
「「人攫いだああッ!?!?」」
これはどう見ても人攫いか何かにしか見えず、僕とシルフィーは思わず絶叫してしまうのだった……
「ふむ。唐巣。お前の弟子は少しばかり失礼だな」
「すまない。言峰……気を悪くしたかい?」
「ふっ、別に気にしてはいないさ。少々人相が悪いのは自覚しているのでね」
僕とシルフィーは唐巣先生の本気の拳骨を喰らい、涙目で蹲っていた。す、すっごく痛い……
「それでその青年は?」
「判らない。私が見つけた時は既にこの有様だった。魔族に追われていた所を見る限り、どこかから逃げてきたと思うのだが……胴着の上が破けているのでな……特定できない」
教会の椅子で寝かされている青年は黒い胴着のズボンをはいているが、上半身は肌着だけになっている。魔族に追われているうちに破けたか、焼かれたかした可能性がある
(それにしても酷い傷だ……)
吸血鬼の僕でもこれだけの怪我を負えば動けなくなるレベルの重症だ
「ピート君。シルフィー君、悪いが厄珍の所で薬を貰って来てくれ。流石にこの時間では病院にも連れて行けない」
時刻は早朝5時。緊急病院に運ぶにしても止血をしなければ、運ぶ前に彼が死んでしまう
「最悪代金を置いて薬を持って来てくれても構わない」
唐巣先生の言葉に判ってますと返事を返し、僕とシルフィーは教会を後にし、厄珍へと向かうのだった
「酷い怪我だな。どこで見つけたんだ?」
「寺がある山だ。遠目から見ては判らんが、念入りに結界を張られている。恐らく異界と化しているだろう」
シルフィーとピートが居なくなった所で唐巣と言峰が、気絶している青年の手当てをしながら話し合いを始めていた。
本来言峰は霊力による怪我や霊障を治す事に特化した神父であり、除霊および自身の信条として身体を鍛え上げてこそいるが、その本質は神父と呼ばれるに相応しい能力を持った人物だ。
「異界……私が気付かないとは……相当上位の魔族か」
「間違いないな。恐らく単独で相手をするのは不可能に近いだろう」
いつの間にか東京に紛れ込んでいた上級魔族。それにどうやって対応するか?を話し合っている2人の声が聞こえたのか、気絶していた青年が目を覚まし、唐巣と言峰を見て
「た……助けてください!……先輩を……皆を……たす……けて」
弱々しい声で仲間を助けてくれと懇願する青年に言峰と唐巣は
「任せなさい、詳しく話を聞きたいが、今は休みなさい」
「その通りだ。出血死寸前だったのだから無茶をするな」
今にも死に掛けなのだから大人しくしていろと言われた青年だが、かなり興奮しているようで、言峰が額に手を置いて意識を刈り取って、強制的に眠らせることにしたのだが、青年はもう1度気絶する前に
「……が、ガープ……」
そう呟き再び眠るように意識を失った……そしてその名前を聞いた言峰と唐巣の顔色は変わり
「唐巣。急げ、GS協会。それと神族に連絡だ。この少年は私が見ている」
「判った!頼むぞ!」
ガープ。ソロモンに名を連ねる強大な魔神。無論そんな存在が本当に動いている確信は無いが、それでもGS試験を間近に控えたこのタイミングでガープの名を名乗る魔族が近くに潜んでいる事が判り、唐巣神父は慌しく電話を手に取り、各所に連絡を取り始めるのだった……
別件リポート 闇の胎動へ続く
マーボー神父をログインさせました。これからたまに出てくると思います、外見は第5次ですが、中身は第4次のほうですので愉悦には覚醒してません・愉悦に覚醒させると敵になっちゃうのが確定なので(笑)次回からは視点を変えて3種の別件リポートとなります、それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします