リポート23 フィルムの中の剣士 その4
「出来た……」
なんとか最後の3着目の羽織にモンタージュ避けの呪文を刻み込んだ所で周囲の景色が歪み始める
「横島君!モグラちゃん達の近くに!離れたら駄目よ!蛍ちゃんもモグラちゃんの側に!」
場面が切り替わる事で皆少しの間、前後不左右になる、これでもしモグラちゃん達と逸れたら合流するのは難しくなる。私自身も目の前に置いていた刀と羽織を掴んでモグラちゃんの側に駆け寄る
【来ます!皆集まってください!】
【一番モンタージュと戦うのに適したシーン……池田屋襲撃です!】
沖田ちゃんと土方さんの声が聞こえると同時に周囲の景色が歪み、再び映画の場面が切り替わった
【火の用心~】
満月の浮かぶ夜の街と何処かから聞こえてくる、カチカチっと言う音……若干重い頭を振りながら
「皆い……る?」
場面の切り替えで逸れてないかと思い確認のために振り返って絶句した……
「お、重い……しむう……」
【ふぐう……こ、これは……不味い】
「うぎゅー」
横島君と土方さんが目を回しているモグラちゃんに押しつぶされて白目を向いていた……
「し、シズクーッ!!!早く!早くモグラちゃんをどけて!横島が潰れる!」
「……判ってる!今やってる!」
水でモグラちゃんを動かそうとしているが、シズクの蓄えている水が少ない上にモグラちゃんが気絶している上に身体が大きいので全然動く気配がない
【むむむー!!!ぷはあっ!だ、駄目です!重すぎて動きま……がはっ!?】
【ああー!?お、沖田さんまで!?】
慌ててモグラちゃんの下から横島君達を助け出そうとした沖田ちゃんが吐血して倒れて、横島君と土方さんが泡を吹いて痙攣している姿を見て、モンタージュを除霊出来るのか激しく不安になるのだった……なおチビとタマモはと言うと
「みーむ!みみーむ!!」
「クオーン!」
周囲にモンタージュが居ないかしっかりと監視してくれているのだった……なんかもうチビもタマモも家の職員みたいになってるわねと小さく苦笑しながら、神通棍を伸ばして
「てこの原理でひっくり返すわよ!」
「は、はい!もう少しだから頑張ってね!」
気絶しているモグラちゃんと地面の間に差し込んで、シズクの作ってくれた氷を台にしてモグラちゃんをひっくり返す為にこっちに駆け寄ってくる蛍ちゃんとシズクと協力してなんとかモグラちゃんをひっくり返すことが出来た……しかしその代償として神通棍がくの字に折れてしまい、更に戦力が落ちたことに私は思わず溜息を吐くのだった……
お、重かった……死ぬかと思ったぞ……ぜーぜーっと蹲り大きく深呼吸を繰り返す
「大丈夫?」
心配そうに尋ねてくる蛍に大丈夫と返事を返そうと蛍のほうを見ようとして……止めた
(あかんやん)
思わず心の中で慣れ親しんだ大阪弁の呟きが零れる。スカート姿で目の前に立つのはちょっと……顔上げれねぇし……立ち位置的にスカートの中が見えないのは判っているが、それでも顔を上げることが出来ない
「本当に大丈夫?」
俺のそんな姿を見て更に近づいてきて尋ねる蛍に
「ウン、ゼンゼンダイジョウブデスヨ?」
自分でも信じられないくらい固い声が出る。俺ってこんな声出せたんだと自分で感心するレベルの声だ
「ほんとう?」
お願いだからこれ以上近づかないで欲しい、溢れる若さ(鼻血)とか出そう……
【あざといなー、スカートで蹲ってる横島さんに近づくなんて凄くあざといなー】
おキヌちゃんの言葉にどうして俺が顔を上げないのか理解した蛍がスカートを抑えて後ずさりながら
「見た?」
「見てないです」
だから顔を上げなかったんだし見てないと言うと、そうと呟き蛍はそのまま数歩更に後ずさりしてから
「大丈夫?立てる?」
しっかり顔を上げないで、視界の中に蛍の足とか靴が見えないのを確認してから顔を上げて立ち上がる
「ちょっと身体は痛いけど、大丈夫」
すぐに助けられた事もあり、身体の痛みはそう酷くない。俺の声が聞こえたのかチビが俺の頭の上に着地して
「みーむう?」
だいじょーぶ?と言いたげに尋ねてくるチビに大丈夫だと繰り返し、返事を返し足元に近寄ってきてたタマモを抱きかかえ
「モグラちゃん大丈夫?」
「うーきゅー」
ちょっと離れた所で地面に伏せているモグラちゃん。若干間延びした返事だが、さっきよりかは若干声に力強さが混じっていて、体調が少し回復してきている様子に安堵の溜息を吐いていると
「わぷっ!?」
行き成り背後から何かの布を掛けられて驚いていると
「……モンタージュ避けの呪文が書かれてる。ちゃんと着込んでおけ、それと私は今回はついていけない。自分の身は自分で守れ」
シズクの言葉に驚いて、頭に掛けられた布……良く見ると誠と書かれた羽織だ。それを手にしながら
「ついていけないってどういう……」
シズクが家に来てから、除霊についてこない事は殆ど無かった。こう言ってはおかしいが、シズクが側に居てくれるのは蛍と一緒に居るのと同じくらい当たり前になっていた。そんなシズクのついて来ないと言う言葉に驚きながら尋ねると
「……水が足りない。今の私ではきっと……」
きっとなんだ……?突然黙り込んだシズクが心配になり、一歩近づくと
「あいだ!?」
急に足を蹴られて蹲る、な、何だよ……俺が何をしたって言うんだ……
「……足手纏いになる。チビとタマモを連れて行け、私はモグラちゃんを見ている」
そう言ってモグラちゃんの側に近寄っていくシズクを見つめていると
【うーむ……幼い恋心……「……黙れ」はうあっ!?】
何かを呟いた沖田ちゃんの額にシズクの投げた氷手裏剣が突き刺さり頭から血を噴出す沖田ちゃん
「ふぁああああ!?」
距離が近かったからその噴水のような血を見て、俺は思わず絶叫してしまうのだった……
【痛いです……】
頭を押さえて涙目の沖田ちゃん……あれは本当に痛いんだよなあ……
「こほん。横島君と蛍ちゃんは……ちゃんと羽織を着たわね。じゃあこれお守り代わり」
美神さんに差し出された刀を蛍と一緒に見つめる。行き成り刀を差し出された事に2人して困惑していると、美神さんは俺と蛍に刀を押し付けてその理由を説明してくれた
「破魔札とかの効果は殆どないからね。今回はこれで戦うしかないけど……行き成り使いこなせるなんて思ってないわ、あくまで護身用。映画の脇役に襲われた時に使いなさい、沖田ちゃんは横島君と蛍ちゃんの護衛。行けるわね?」
俺と蛍には当然刀を使う心得なんて無い。襲われてもまともに振り回せるとは思えない
【はい。大丈夫です、これでも新撰組ですから!横島君と蛍ちゃんはちゃんと沖田さんが守りますよ!】
どんっと胸を叩く沖田ちゃん。頭から血を出しているけど、頼りにしてもいいんだよな
【大丈夫です!私もちゃんと護りますから!】
自分の周りに刀を浮遊させるおキヌちゃん、なんかすげえ怖いけど味方だから大丈夫だよな
「みーむう!」
バチバチと放電するチビも居るし、きっとなんとかなると思う
「所で沖田ちゃん。羽織は?」
【それがどっか行っちゃって……土方さん、知りません?】
【知るか、たわけ】
……だ、大丈夫かなあ……何で羽織着てないのかなって思ったけど無くしていたと言う驚愕の事実を知って、頼りにしていいのか激しく不安になってしまうのだった……
横島君と蛍ちゃんを護るのが私の仕事……大きく深呼吸を繰り返し自分の身体に問いかける。大丈夫、今はまだ大丈夫発作の気配は無い……腰に挿した加州清光の柄を握り
【行けるか?】
【問題ありません、行けます】
自分の中で何かが切り替わる感覚がする。ここからは剣士として……新撰組としての私だ。迷いも躊躇いも無い、敵は斬る。それだけだ……
「さて。じゃあ土方さん、行きましょうか。狙いはモンタージュ、私と土方さんで仕留めるわよ」
【心得た……では参りましょう!】
土方さんのGOサインが出た瞬間。私は一歩前に踏み出し、池田屋の扉を蹴り開き
【御用改めである!!】
モンタージュとの戦いに土方さんが集中出来るように、そして横島君と蛍ちゃんを護る最善の一手。それは
【【幕府の犬め!返り討ちにしてくれる!!!】】
派手に暴れて周囲の長州浪士を私の側に集めること、問題は1つ……
(最後まで持つかな……)
斬新な新撰組と言う事で監督が考えた私は病弱な女性剣士。私はその役に当て嵌められている。剣の腕、そして技術は確かに私は沖田総司だろう。だが更に与えられた……呪いとも言える設定。それがいつ顔を出すか判らないだから
【長くは持ちませんよ!急いで!】
土方さん達にそう怒鳴り先に行かせ、私は背後の横島君達を見て
【お2人はそこで見ていてください。新撰組一番隊長の力って物を見せてあげますよッ!】
階段の上から飛び降り、その勢いで上段の一撃を叩き込んできた浪士の一撃を躱し、胴で両断する即座に消える浪士の遺体
(まぁこれはこれで良いですかね……)
まだ子供の2人に斬殺死体を見せる事が無かった事に安堵し即座に刀を構えなおし
【戦場に事の善悪なし……ただひたすらに斬るのみ】
ただ斬る。土方さんがモンタージュを倒し、この映画を1度リセットするその時まで斬り続ける。ただそれだけを考え、向かってくる浪士を次々と切り裂くのだった……
「つ、強い……」
沖田の独擅場を見ていた蛍が信じられないと言う様子で呟く。少しは自分と横島のほうに来ると思っていたのだが、只の1人も横島と蛍の前に立つ敵は居なかった
「沖田ちゃんすげえ……」
横島もまたその凄まじいまでの力を見て驚愕と言う感じで呟いた、新撰組の存在は知っていたし、沖田総司の名前も当然知っている。だがその強さがまさかここまでの物とは想像もしてなかったのだろう……
「この調子ならすぐに終わるんじゃないか?」
頭の上で放電していたチビもその放電の勢いを緩め、タマモは既に丸くなって終わるのを待っていた
【ですね、美神さんと土方さんもモンタージュを追い詰めているみたいですし】
ポルターガイストで刀を浮かべていたおキヌちゃんももう終わると判断し、刀を地面に落とした瞬間
【まだまだいけますよ!……コフッ!?】
さっきまで絶好調だった沖田が急に吐血し、よろめいたのだ。目の前に刀を振りかぶった浪士の目の前で
【貰ったぁッ!】
劣勢だった浪士がその隙を見逃す訳も無く、刀を構えなおし上段に構えたその瞬間
「沖田ちゃんッ!!」
咄嗟に飛び出したのは横島だった。霊感のささやきとでも言うのだろうか?何か嫌な予感を感じていた横島は美神に渡された刀を持ち直していた。タマモもチビも積極的に護ろうとするのは横島だけであり、蛍もおキヌちゃんも完全に気を緩めてしまっていた。本来なら除霊現場で気を緩めるなんて愚策はしない、だがそうしてしまうまでに沖田は強かった。そしてこう考えてしまっていた
『映画が最初に戻れば怪我は治る』
あくまで沖田も土方もこの映画の人物だ。モンタージュにやられなければ、また生き返るし怪我も治る。だから自分達を護れば良い……そう思ってしまった。その横島と蛍達の考えの違い、そのほんの少しの考えの違いが行動の違いになった
「横島!?」
【横島さん!?】
蛍とおキヌちゃんの制止の声も聞かず、横島は真っ直ぐ走り、手にした刀の柄を握り締め
「でやあッ!!!」
【えっ!?】
真っ直ぐに刀を抜き放ち、それを振るった。それを間近で見た沖田は困惑した、何故ならそれは余りに稚拙、そして未熟だったが……抜刀のタイミング・体重移動・そして刀の握り……その全てが自分の物と同じだったから……だがその困惑も一瞬。横島が作った僅かな時間。その一瞬で体勢を立て直し
【シッ!!!】
渾身の気合と共に突きを放ち、浪士を吹き飛ばした……そしてその瞬間世界が大きく揺れ、池田屋が消え去ったのだった……
モンタージュを両断した瞬間。世界が揺れて、そして気が着いたら私は白い空間に浮いていた
「横島!なんて無茶をするの!」
「だ、だってさ!沖田ちゃん危なかったし、蛍もおキヌちゃんも動く気配が無かったから、俺が動くしかないだろ!?」
ちょっと離れた所で口論している蛍ちゃんと横島君。何かあったのだろうか……
【助けて貰っちゃった……なんか、こういうの初めて……】
沖田ちゃんもなんか呆然としているし、本当に私が見てない間に何があったのだろうか
【本当にありがとうございました。これでモンタージュに喰われた映画も元に戻るでしょう】
刀を鞘に納めて笑う土方さんに苦笑しながら
「内容が変わっちゃたかもしれないけどね」
モンタージュの影響は大きい、もしかするとフィルムに影響があるかも?と言うと土方さんは小さく笑いながら
【それもまた良いでしょうな】
中々豪胆な人ねと苦笑していると、頭上を大きな影が過ぎる。何だろう?と思って顔を上げると
「うきゅーうきゅー♪」
元気になったのかモグラちゃんが前足と後ろ足を器用に動かして、まるで泳ぐように横島君の方に向かっていた。その背中にはシズクが腰掛けているのが見える
「モグラちゃーん!元気になったのかー!!」
「うきゅーん♪」
巨大な姿のまま横島君に擦り寄って嬉しそうにしているモグラちゃんと、その巨体に埋もれるようにして笑っている横島君。その和やかな姿に思わず笑みが零れてしまう
(なんか平和って感じでいいわね)
除霊なんて言う非日常の世界に身を置いているからか、こういう平和な日常を見るととても穏やかな気分に……
【貴女は敵……私の……敵ッ!】
【なんでえ!?沖田さんが何をしたって言うんですか!?】
おキヌちゃんがポルターガイストで沖田ちゃんを追い回しているのを見て
(ああ。また横島君か)
それで納得してしまうほどに、横島君の人外キラーは強力だ。沖田ちゃんも一応は幽霊の分類だからしっかりと効果が出てしまっていて、それをおキヌちゃんが危惧して襲撃していると言う所だろう
「……土方。あの水の場所を」
【あ、ああそうでしたな。ここに】
土方さんが紙に何かを書いてシズクに手渡す、それを受け取ったシズクはあんまり見たことないような笑顔を浮かべて、その紙を大事そうにポケットの中にしまっていた。きっと神社に湧いていると言う水の場所のメモを貰ってご機嫌なのだろう。年相応と言える笑顔を浮かべているシズクを見て
(こんな顔も出来たのね)
普段は眉を寄せて顰め面か、無表情でいるシズク。そんなシズクの笑顔を見るのは稀な事だ、まぁ、相手が竜神なのだからこんなことを考えるなんて普通はありえないんだけどね
「それで契約の報酬はどうするの?」
今ここで報酬を貰うことはできないし、でも報酬はちゃんと貰わないと困るのでそう尋ねると
【我らもこの世界から出る事が出来るので、しっかり働いてお支払いします。ただあんまり長い時間外に居ることはできないので、利子などは勘弁してもらえると嬉しいのですが】
まぁここは仕方ないか、ちゃんと払う意志があるなら利子をつけて無理やり取り立てる必要もないし
(護衛として紹介すればいいしね)
土方さんも沖田ちゃんも剣士としては間違いなく一級品だ。冥子とか、エミとか、琉璃に紹介してお金を貰うのもいいかもしれないわね
【では外の世界にお戻します。今回は本当にありがとうございました】
「依頼だからね。ま、今回見たいのは止めて欲しいけどね」
行き成り映画の中に取り込まれるのはもう止めてね?と念を押してから皆に帰るわよ!と声を掛け、私達は映画の世界から外の世界に戻るのだった
なお後日
「美神さん。可愛い動物が出て、女の子の沖田総司が出て、他にも女性メンバーが居る斬新な新撰組ってすごい評判ですよ」
雑誌を持ってきた横島君が苦笑しながらその雑誌を差し出す、どうも私達が映画の中に入ったことで映画の中身が変わってしまったらしい、可愛い動物は間違いなく、チビ達だろうし、女性メンバーは私や蛍ちゃんだろう。後は横島君は気にしてないみたいだけど、もう1つ
(本当自分の評価が低いんだから)
横島君も動物と心を通わせ、若い割りにいい殺陣(たて)役者として今後注目と雑誌には書かれていた。役者じゃなくてGSなのにねえ……まぁ映画の中身が変わったから仕方ないかと苦笑しながら
「まぁ仕方ないんじゃない?」
私は机の上に置かれた映画雑誌を置いて、更に新撰組を撮った映画監督からのオファーの依頼の手紙を破りながら返事を返す
「良いんですか?映画の件」
手紙の内容を知っている蛍ちゃんが花瓶の水を替えながら尋ねてくる。私はその言葉に当然でしょ?と返事を返し
「だって私はGSで、映画女優じゃないし、そんなのになるつもりもない。さっ!今日も仕事よ、張り切っていきましょうか!」
はいっと返事を返す蛍ちゃんと、出来る限り頑張りますという横島君の声に続いて聞こえる。チビやモグラちゃんの鳴き声に苦笑する、いつの間にか本当私の事務所の人外率がとんでもない事になってるわね……まぁにぎやかでこういうのも楽しいんじゃないか?と思うけど、正直映画の件は確かに報酬も大きかったけど、その代わり何ヶ月も下手したら映画に付き合わされる、そうなったら今度のGS試験には間に合わないし、それに何より私はこのGSと言う仕事が好きだから、あんまり余計な仕事を増やしたくないって言うのもある
「今日はCランクの除霊だからね、私はあんまり協力しないから蛍ちゃんと横島君でなんとかするのよ」
それに今は弟子を一人前にするのに精一杯だ。それにこの騒がしい日常のままが良いって言うのもある。だから映画になんて出て有名になるのはめんどくさいと思ったのだ。うっすと返事を返す横島君達を連れて、除霊現場へと向かうのだった……
リポート23 フィルムの中の剣士 その5へ続く
次回は少し日常系とかの話にして、別件に入ろうと思っています。沖田とか、唐巣神父の話をやりたいと思います
それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします