リポート23 フィルムの中の剣士 その2
突然スクリーンが光ったと思ったら、俺はさっきまでスクリーンに映されていた建物の中に居た
(嘘だろぉ……)
今までいろんな不思議なことは体験してきたと思っていたが、今回のこれはかなり極め付きだと思う
【ううー!横島さーん!心細かったです~!!!】
半分泣きながら、しがみついてきたおキヌちゃんに大丈夫っと声を掛けながらその背中を撫でる
「美神さん。こんな事があるんですか?」
蛍が自分達を見て驚いている観客を見て、小さく呟く。あれ?もしかしてこれリアルタイムなの?外の声も聞こえてくるし……でも既に撮られている映画なんだからリアルタイムって事は無い……よな?
「みーむー♪」
「うきゅー♪」
外から見られているのが気になるのか、スクリーンの前でモグラちゃんを抱えているチビ。そして外から聞こえてくる
【【かわいー♪】】
可愛いという黄色い歓声。うん、間違いないですね。これリアルタイムですわ……子供の時TVの中に人が居るって思ったことがあったけど、まさか自分がリアルでスクリーンの中の住人になるとは思ってなかった
「映画って言うのは大勢の人間の想いの結晶だから魂が宿っても不思議じゃないけど……実際自分が体験して見ると驚くわね」
やっぱり美神さんでも驚いているんだ……まぁこんなことはありないよな、普通……
「……とりあえずこいつをぶちのめせば良いんだろう?」
シズクが右手に氷の刀を作り出して、こっちを見ている羽織を着た男性を睨むと、その男性は腰に挿した刀を足元に置き
【待たれよ!これはやむを得ない事情があったのだ!どうか!どうかお許し願いたい!】
シズクに向かって土下座してそう叫ぶ。たぶんシズクが見かけ通りの存在じゃないことを悟っての行動だと思うんだけど
(なあ?蛍。あれどう思う?)
外見は10歳と少しと言う感じの幼女の前で土下座している男性
(アウトね。なんか見てて痛々しいわ)
だよな。なんか見ていて絶句する光景だと思う……幼女の前で土下座している男性。普通なら即通報のレベルだと思う
「……まぁ良い。話は聞こう……」
【感謝します】
シズクがドン引きした顔をしている!?普段絶対に表情を掛けない鉄面皮のシズクの顔に嫌そうな表情が浮かんでいることに驚く
「クフッ♪」
そしてそんな顔をしているシズクを鼻で笑っているタマモ……なんかいつも通りの雰囲気と言えば俺達らしいんだけど
【なんか凄く笑われてますね】
そう、そこだ。スクリーンの外から聞こえてくる楽しそうな笑い声。俺が普通だと思っていた日常はもしかすると第三者から見ると笑い物になる内容なのだろうか?ゆっくりと目の前の男性が立ち上がり口を開こうとした時襖が弾け飛び
【土方!奴が来たぞ!】
【こ、近藤さん!?】
そして開かれた襖から、青い顔をして飛び込んできた近藤を追いかけて来たであろう異形がゆっくりと姿を見せた。
【ギッヒヒヒ♪】
不気味に笑うシルクハットとタキシード姿をした口だけの妖怪を見た蛍と美神さんが声を揃えて
「「モンタージュ……」」
不味いことになったと言いたげな口調でそう呟くのだった……
タキシードとシルクハットと言う紳士的な姿をしているが、その顔は目も鼻もない口だけの妖怪「モンタージュ」本来ならたいした事のない妖怪なんだけど
(不味いわね……今の状況は不味すぎる)
モンタージュと言う妖怪は普通の人間には大して害の無い妖怪だ。だがこれはあくまで普通の人間にとっての話だ、これが芸術家や演出家にとっては最悪の妖怪と言える
【うっぎゃああああ!?!?】
襖を破って転がり込んできた男性がモンタージュに吸い込まれるようにして消えていく
【こ、近藤さーんっ!?】
土方と近藤……その名前を聞いて、この映画が新撰組に関する物だと判ったのだが、それが判った所で何も変わらない
「横島君!おキヌちゃん!こっちへ!早くモンタージュから離れて!」
今こうして映画の中に取り込まれてしまっている私達もモンタージュからすれば、餌に過ぎない。しかも喰われたら最後どんな手段を使ったとしても助けることは出来ない、だから早く離れるように叫ぶが……
【ギヒッ!】
さっきの男性を飲み込んで爪楊枝を咥えたモンタージュは自分の近くを見た横島君の方を見て、にやりと笑う
「うひい!?こっちみたあ!?」
モンタージュが近くに居た横島君の方を見て、その口を開く、さっきの光景を見て足が竦んでいる横島君、咄嗟に神通棍を構えようとしたがそれよりも早く
「うぎゅうううっ!!!」
横島君の危機を感じ取ったのか、自身を抱きかかえたチビを振りほどきモンタージュの方に飛んだモグラちゃんの身体が一瞬大きく巨大化し、開かれた口から凄まじいまでの炎が吐き出される
【ギヒイイイイッ!?!?】
モグラちゃんがその身体を震わせて炎を吐き出した。最近マスコット的な姿ばかり見ていたけど、流石は竜種その力は私の予想を遥かに超えてる。モンタージュのほうも、こんな小さい動物があんな炎を吐くと思っていなかったのか、防御も避ける事もせず、直撃でくらい火達磨になって転がっているモンタージュにとどめを刺すべく神通棍を伸ばして殴りかかるが
「えっ!?」
振り下ろした先にモンタージュの姿は無く、更に言えば、さっきまでどこかの建物の中に居たのに、いつの間にかどこかの河川敷の真ん中に立っていた。これは……もしかして映画のシーンが変わった?
「場面が変わったってことですか?」
その瞬間移動にも似た状況に変化に驚いた素振りを見せながら、蛍ちゃんが土方さんに尋ねると
【うむ。その通りだ】
ここは映画の中だ。目まぐるしく光景や場所が変わっていくのは当然のことだ。だが実際に体験して見ると、かなり驚いた。それに……
「しくじったわね」
神通棍を元の長さに戻す、さっきのは大チャンスだった。あれだけの好機を逃したことに思わず舌打ちする。あと本の数秒時間があれば倒せないにしても致命傷を与えることが出来たのに……恐らくこれで怪我が回復するまでモンタージュが動くことは無いだろう、モンタージュはあの外見に騙されやすいが、非常に知能の高い妖怪でもあるのだから……
(早めにけりをつけないと……)
モンタージュに吸い込まれれば、私達は当然ながら死んでしまう。これが映画ではなく、美術館などにモンタージュが現れてくれれば楽に退治する事が出来たんだけど……映画の中に吸い込まれてしまった以上状況は圧倒的に不利だ。どれほど追い詰めたとしても、今のように場面が切り替わることでモンタージュは逃げることが出来、更に言えば場面の切り替えを利用して奇襲を仕掛けてくることも可能だ。状況的には圧倒的にこっちの分が悪い
「モグラちゃん。凄いなー!いつの間に火炎放射を覚えたんだ?」
「けぷっ……」
口から煙を吐き出しているモグラちゃんを抱きかかえて褒めている横島君を見ながら
「シズク。ここの水って取り込める?」
目の前を流れている川を見てシズクにそう尋ねると、シズクは片手を川の中に入れながら
「……無理だな。水は水だが、これは映像だ。実態じゃない、だから私には取り込むことが出来ない」
となるとシズクに水を吸収させて、大量の氷と水で押さえ込むのは無理か……試しに精霊石を取り出して霊力を込めて見るが……精霊石は何の反応も示さない
「美神さん。なんで精霊石が光らないんですか?」
私の様子を見ていた蛍ちゃんがそう尋ねてくる。確信は無いけど……
「霊力のバランスが外と違うのが原因だと思うわ。そもそも蛍ちゃん、ここが本当に映画の中だと思ってるの?」
いまだに煙にを吐き出しているモグラちゃんが心配になって来たのか、水を飲ませたり、シズクの所に連れて行っている横島君を見ながら言葉を続ける。本当は横島君にも話を聞いて欲しかったけど、ぐったりしたモグラちゃんを見て、動揺しているその姿を見ると、今話をしてもきっと頭の中に入らないと判断し、蛍ちゃんだけに話をすることにする
【流石と仰るべきでしょうか。この世界が何なのか理解しておられるのですね】
感心したという様子の土方を見ながら、私はこの世界が何なのかを理解していないであろう蛍ちゃんにこの世界の説明をすることにした
「映画の中に入り込むなんてありえないわ。そもそも映画はフィルムに保存される物でしょ?」
フィルムと言う物体に保存されている物の中に人間が入り込むなんて不可能だ。仮に魂だけなら可能かもしれないが、それでもその可能性は極めて低い
「でも、こうして実際に私達は映画の中に……「けふっ!けふ!!!」「ああああーッ!?シズク!シズクウ!?モグラちゃんが!モグラちゃんが苦しそうにしてるうう!」「みむううううう!?」「……うるさい!静かにして、連れて来い!今様子を見てやる!」
話の途中で横島君の絶叫が聞こえてくる。モグラちゃんが心配なのは判るけど、今真面目な話をしているのだから少し静かにしていて欲しい
「そもそもね、映画や鏡の世界なんてありえないのよ。ファンタジーじゃないんだから」
そもそもそんな世界があるのなら、モンタージュはもっと力の強い妖怪として警戒される妖怪となっているだろう。何故なら映画を見ている人間を全て映画の中に引きずり込んで魂を喰らえば、必然的にその力は取り込んだ数に応じて強くなっているのだから、でもそうじゃない。あくまでモンタージュは芸術家達に恐れられているだけのそうまで強力な妖怪ではない、まぁ知能の高さはそれなりに厄介だけど、あくまでCランクかDランクを行ったり来たりしている、そんなレベルの妖怪なのだ
「ここは映画の中じゃなくて、映画をベースにした一種の異世界、そうね結界に近い何かかしら?。そして貴方達は役を演じた役者の姿を借りた存在って事でしょ?さしずめ……映画の幽霊で映霊かしら?」
私が指差しながら言うと土方はその通りですと言って頷く。ある程度は予測だったけど、当ったみたいで何よりね
「異世界……こんな事もあるんですね」
「かなり珍しい事案だとは思うけどね」
そもそも外の世界の人間を自分達の世界に引きずりこむ。それは口で言うほど簡単な話ではない、そもそも映画の中の登場人物の姿を借りて具現化した一種の人造幽霊だ、本来はそこまでの力は無い、では何故今回は私達を自分達の世界の引きずりこむ事が出来たか?その答えは単純だ
「それだけ役者と製作サイドの想いが詰まっているってことね」
こうして明確な意志を持ち、更に外の世界の人間を自分達の世界に引きずりこむ事が出来る。それだけ作った人達の想いが篭っているからこそできた技だろう。こっちにしたら良い迷惑だけど
【流石有名な霊能力者でござるな。左様我らは所詮造られた存在、ですが多くの人間の魂や努力によって生み出され、人々を楽しませる為に存在しております。それをむざむざ妖怪に喰われるなど誰が納得出来ましょうか】
ま、気持ちは判るけど、出来れば私達を巻き込まないで欲しかったってのが本音ね
(モンタージュの賞金と制作会社からギャラを貰えばいいか)
なんとかしてモンタージュを倒さないと、私達も外に出られないのだからなんとかして全員無事で脱出できるように作戦を立てるべきね
「じゃ、土方さん。この映画で場面の長いシーンと、その場所を教えて」
【うむ、心得た】
さっきみたいにトドメをさせる段階でシーンが切り替わってしまってはいつまで経っても倒すことは出来ない。ちゃんと長いシーンの所でモンタージュを見つけて倒す必要がある
【長いシーンとなると、少し先の池田屋襲撃のシーンが丁度良いかと……】
池田屋襲撃か……新撰組となるとやっぱりそこらへんのシーンに重点を置いているのは当然ね
「それで土方さん。新撰組で残っているのはもう土方さんだけなんですか?」
一緒に話を聞いていた蛍ちゃんがそう尋ねる。味方は多い方が良いけど、さっき食べられていたことを考えるともう殆ど残ってないんじゃ……
【あと1人だけ生き残っています。沖田総司が】
「へえ。良いのが生き残ってるじゃない」
その言葉に思わず笑みを零す。沖田総司と言えば天才剣士と言われた新撰組1番隊長。味方に居るなら頼もしい味方と言えるだろう
【まぁ……その少し問題はあるんですが、ええ、剣の腕は間違いないのですが】
もごもごと言いにくそうにしている土方さん。どうしたのかしら?沖田総司なら間違いなく戦力に……
【土方さーん!沖田さんが来ました……かふっ!?】
聞こえてきた声に振り返ると、鮮やかなピンク色の着物に身を包んだ美少年ではなく……少女が手を振りながら走ってきて、突然吐血してそのままの勢いで原っぱを転がって行く
「……え?まさかあれ?」
【はい、監督が斬新な新撰組と言う事で、沖田を女子に……】
目元を押さえて深い溜息を吐く、うん。色々言いたいことはあるけど
「斬新って意味を監督は履き違えてると思うわよ?」
【拙者もそう思います】
はああっと深い溜息を吐く土方さんを見ていると
「って横島あぶなーい!!」
「えっ?」
【あーれーっ!】
「うわあああああ!?なんだああ!?」
【横島さーん!?一体何が!?】
「……今一瞬何か見えたような?」
横島君の背中に沖田(?)が衝突し2人してごろんごろん転がっていく姿を見て、こんなんで大丈夫なのかな?と激しい不安を抱かずには居られないのだった……
「横島ぁッ!!!」
ダダっと坂を駆け下りていく蛍ちゃんにも若干の頭痛を感じつつ
「とりあえず合流しましょうか?」
今この段階で場面が切り替わって分断されれば、大変な事になりかねない。だから合流しましょう?と言うと
【重ね重ね申し訳ない……】
深く頭を下げる土方さんに仕方ないわよと呟き、私もゆっくりと坂を下っていくのだった
「あたたた……なん……ふぁーっ!?」
急に背中に激痛を感じたと思ったら、坂を転げ落ちていた。腰と頭を強か打ちつけ、その痛みに顔を歪めながら目を開くと
美しい顔立ちの美少女が目の前に居て思わず絶叫する
(な、なんだあ!?なにが起きて)
目の前の美少女とその美少女に押し倒されていることに気付き混乱していると
【あいたたた、すいませ……かふっ!?】
「いやああああ!?」
突然咳き込んで大量の血を吐き出す、押し倒されているので避けることも出来ず全部服に掛かる。ぬるぬるした感触と血なまぐさい匂いに思わず絶叫したが
【あう……】
「ちょっ!?大丈夫かー!?」
力なく倒れてきた少女の肩を掴んで引き離し、原っぱの上に横にする
【けほっ!こほ!】
咳き込む度に血を吐くその姿に何かの病気なのだと判断する。とは言え俺に医療の知識なんてないので、その病気が何なのか?なんて特定する事など出来るわけも無く
「えーとっ!えーと!確か、こう!」
GSの勉強をしているときにちらっと見た。負傷時の応急手当の事を思い出し、その少女の身体を横にして血が喉に詰まらないようにしてゆっくりと背中を撫でながら
「シズクー!急患!急患だーッ!こっち来てくれー!!!」
このままだと死んでしまう。そう判断して叫ぶと
「……そんなに怒鳴らなくても聞こえてる」
どうやらシズクも坂を下って来ていたようで、直ぐ近くから声が聞こえたことに安堵する
「……モグラの様子を見てろ。大分無理をしたようだ」
シズクに差し出されたモグラちゃんを受け取る
「……う、きゅうー」
「も、モグラちゃん……大丈夫か?」
さっきの火炎放射を使ったことが無理だったのか……俺を助ける為に……こんなに小さい身体で……弱々しく鳴くその姿に泣きそうになりながら抱きしめると
「うきゅーうきゅー」
すりすりと頬を摺り寄せてくるモグラちゃん。大丈夫だよと言っている様に思えるが、俺はまた自分の無力さが、あの時咄嗟に逃げることが出来なかった自分に苛立ちを覚えずに入られなかった
「みーむぅ」
「クウ?」
肩の上に着地してそんなに思いつめないでと言いたげに頬を撫でるチビ。そして足元で俺を見ているタマモにモグラちゃんもその円らな目で俺を見上げている。今俺が後悔していても、チビ達に心配をかけるだけだ
「大丈夫や、大丈夫やで」
こういう時使い慣れた大阪弁が出てしまうほどに、今の自分が弱っていることを理解していたが、ここで弱気になるとチビ達がまた心配するので大丈夫だと笑い
「シズク。その子は?」
「……問題ない。血は吐き出させたし、でも今は動かさないほうがいい。美神達と合流してからどうするか考えよう」
凄まじい勢いで坂を下ってくる蛍とその後ろを飛んでくるおキヌちゃん、そして更にその後ろから慎重に坂を下ってくる美神さんと土方さんの姿を見ながら、俺の手の中でぐったりしているモグラちゃんを落とさないようにその場に座り込み、その小さい身体をゆっくりと撫でながら、蛍達が降りてくるのを待つのだった……
リポート23 フィルムの中の剣士 その3へ続く
次回は沖田さんをメインにしてモンタージュ対策の話を書いていこうと思います。後はモグラちゃんの不調の詳しい話も書いて見ようと思っています。予定では後2話でリポート23を終わらせて、別件を入れて飛ばしている話も多いですが、GS試験の話に入っていこうと思っています。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします