リポート21 ああ、騒がしき日常 その2
2月13日……お菓子企業の策略と言われるバレンタインを控えたその日。仮にお菓子企業の策略だとしても、それは乙女にとってとても大事な日なのだ。それは芦蛍も例外ではなく
「うーん、今一。作り直し」
出来たチョコを頬張るが納得の行く味ではなく、そのまま冷蔵庫の中に戻す
(簡単に出来ると思っていたけど、甘かったわ……)
横島が良く食べているチョコレート。砕いたピーナッツを混ぜ込んだそれを作ろうとしているのだが、思うように固まってくれないのは何故だろう?
(ピーナッツを混ぜ込んだから?)
料理はよく作るけど、お菓子は全然作ったことが無いから失敗する理由が判らない。本を見てもこれで完成とあるだけで何か足りてないわけではないし……
「うーん。フリーザーを作りましょう」
うん、きっと冷蔵庫が駄目なのね。まだ一日あるし、強力な冷凍庫を作りましょう。我ながら名案と言わんばかりにキッチンを後にする蛍だが、何かが致命的に間違っていたりする。チョコを作るべきなのに、冷凍庫を作るあたりが特に……実に残念である、別の料理の本を見ると言う道は無かったのだろうか?と思わざるを得ない
「もぐ、美味しいでちゅ……あ、そうだ。ヨコチマにあげよー♪」
なおその後冷蔵庫に入れられて放置されていたチョコはあげはが喜んで食べた後。勝手に横島の家に遊びに行ったあげはによって横島の手に渡っていたりする……
カチャカチャ……キッチンに金属と金属がぶつかる音が響く
「姉さん、これもっとガーって出来ないの?」
「駄目ですよテレサ。チョコレートの湯煎は丁寧に行わなければ」
私はテレサと並んでチョコレートを作っていた、2月14日。バレンタインデー。本来は男性が女性にプレゼントを送る日ですが、日本では女性が男性にチョコレートと想いを伝える日……でもまだ私には告白する勇気もないし、まだそこまで横島さんと仲良くも無い。だからせめてチョコレートだけでも作ろうと思いこうしてテレサと一緒にチョコレートを作っている
「感謝の思いをチョコと一緒に渡すかぁ……面白い風習だよね?」
……テレサにはまだ誰が好きとか嫌いとかが理解できないので判りやすく説明する為にそう教えたのですが
「んーシズクにはあげないと、いっつも色々教えてくれるから。あとカオスと姉さんと横島と……んーとチビってチョコ食べるかな?」
チョコレートを湯煎しながら楽しそうに尋ねて来るテレサ。その邪気の無い笑顔が嬉しいと思うと同時に
(ドクターカオス、私は説明を間違えてしまったかもしれません)
もう少し私は言葉を選ぶべきだったかもしれませんと心の中で小さく呟いてから
「チビは甘い物が好きなのできっと食べると思います」
それに1度横島さんからチョコを貰って美味しそうに食べていたのを見ましたし……きっと食べると思いそう返事をすると
「だよねー。モグラちゃんはどうかなー?」
モグラちゃんですか……モグラちゃんも雑食ですし、食べると思いますが
「モグラちゃんにお世話になっているのですか?」
私がそう尋ねるとテレサはえへへと笑い
「最近良く懐いてくれて、手の上とかに乗って来てくれるから、手乗り文鳥じゃなくて手乗りモグラちゃんになるかなって?」
て、手乗りモグラちゃんですか?いやまぁモグラちゃんは確かに人懐っこくて可愛いですが、手乗りモグラちゃんって
(ドクターカオス。私はテレサが良く判りません)
手乗りモグラちゃんって何なんでしょうか?私はテレサが天然なのか、何かのテレビで手乗り文鳥を見たからそんな事を言い出したのか?なんにせよ、少しだけテレサが判らなくなるのだった……
「おキヌちゃん、楽しそうね?」
【はい!とっても楽しいです】
キッチンでチョコを作っていると美神さんがキッチンに入ってきてそう尋ねるので笑顔で返事をすると
「横島君にあげるの?」
冷蔵庫からワインを取り出そうとするので駄目ですよ?と注意してから
【もちろんです♪横島さんに喜んで欲しいですから♪】
本当はハートの形にしたいけど、流石にそれは恥ずかしいので丸とか四角の形をしたチョコレートを作り冷蔵庫に入れていると
「……そうね。横島君が喜んでくれるといいわね」
美神さんが少しだけ暗い声色で呟く。今私は幽霊だから私の想いが叶うことが無いとわかっているからこそ少しだけ同情してくれていると思うのですが
(大丈夫です、生き返れますから)
小さい声でそう呟く。まだ私は生き返ることが出来ないけど、もう少しすれば生き返ることが出来る。だから私の願いが叶う可能性がある
(蛍ちゃんには負けないんですから)
その為に300年待った、だから後数ヶ月待つくらい全然余裕なんです。それに幽霊って言うのも、中々悪いものじゃないですよと心の中で呟くと
ピンポーン
「お客かしら?ワイン飲まなくてよかったわね」
【ですね、お茶を用意しますね?】
電話で連絡してくるお客さんも居ますけど、急な除霊依頼でアポなしで来る人も居るので今回はそれかな?と思いながらお茶を用意していると
【紅い目の女性なのですが、もう通してしまいましたが大丈夫ですか?】
紅い目……?もしかして神代さんでしょうか?人工幽霊壱号の言葉を聞いて、2人分お茶を用意してから所長室に向かうと
「はぁーい♪元気してた?」
【まぁ幽霊ですけど元気ですよ】
幽霊に元気って尋ねるのはおかしいわねとくすくすと笑う神代さんは美神さんの前に座って
「良い事務所ですね。場所を紹介出来なくて気になっていたんで、本当に安心しました」
「事務所の方から来てくれたんだけどね」
【その通りです、美神さんは良い霊能者なので私のオーナーになって貰いたくて】
天井から人工幽霊壱号の声が聞こえると神代さんは
「本当美神さんのところ人外増えましたね」
お茶を飲みながら呟く神代さんに美神さんは苦笑しながら
「大体全部横島君のせいだと思うけどね」
「違いないですね。横島君妖怪とか引き寄せますから」
そんな世間話をしていた神代さんだけど、飲んでいたお茶を飲み終えてから
「最近鎧武者の亡霊が出るって噂知ってます?」
鎧武者……それってまさか!?美神さんのほうを見ると美神さんは真剣な表情をしていて
「源義経ね?」
あの時横島さんが吹き飛ばした鎧武者。源義経……あれで倒せているとは思ってなかったけど、動き出すのが予想より早かった
「今のところ被害は無いですが、近い内に依頼を出しますのでよろしくお願いします」
「1人じゃ無理だから、エミに連絡しといて、今回は絶対1人じゃ無理だから」
判ってますと返事を返し、お茶美味しかったわと笑って事務所を後にする神代さんの背中を見ながら
【大丈夫なんですか?】
小竜姫様も居ないのに何とかなるんですか?と尋ねると美神さんは
「あの義経。まだ完全に操られてないと思うの、完全に操られる前ならなんとかなるかもしれない」
でもそれはあまりに分の悪い賭けじゃないでしょうか?説得するといってもこっちの言葉が届く可能性も無いわけですし……
「心配ないわ。今エミから手紙が来てね」
手紙する位仲良かったでしたっけ?と首を傾げていると
「私も良い弟子を見つけたって言う自慢の手紙。凄く強力な精神感応能力の持ち主だってさ、それに身体も大きいから前衛も出来る……名前は……」
その人ってもしかして……
「タイガー寅吉。上手くいけば、彼の力を借りて義経を説得できるかもね」
……ものすっごく不安です。美神さん……私を安心させようとして教えてくれたんだと思うのですが、その人の名前を聞いて余計に不安になってしまうのだった……
「お兄ちゃん~黒おじさんと赤おじさんに~」
魔界の暗い空に似合わない楽しそうな声が響く、ガチャガチャと少々乱暴な音が響いているのはご愛嬌という物だろう。なんせこれがアリスにとって初めての調理体験なのだから
「ぐー?」
心配そうに自分を見てくる黒い馬を見て。私はへらを手に
「大丈夫!簡単だからってブリュンヒルデおねえちゃんに貰ったから!」
そう笑う自身のご主人を見る幼いバイコーンは不安そうにしていた、なぜならば
「げぐ……ぐふう……」
「ぜェ……ぜえ……」
味見をお願いされた魔神2人が痙攣し瀕死になっている姿を見れば不安になるのも当然という物
「アリスの好きなお菓子とー。ジュースとも入れよー♪」
溶けたチョコレートに自分の好きなお菓子とジュースをどぼどぼ投入する姿を見て
「ぐー……」
なんでも食べれる自分だけど、あれを食べたら死ぬ。動物の本能に従い、幼いバイコーンのぐーちゃんはそのまま周り右し馬小屋へと逃げていくのだった……
「出来たー♪、ふふふ、お兄ちゃん喜ぶかなー♪」
なお普通のチョコが出来るようになるまでかなりの時間を有し、その中で
「ぴくぴく……」
何度かネビロスにチョコを口に突っ込まれたべリアルが灰になりかけ、痙攣していたりするのだった……
~~2月14日~~
「バレンタインかー俺には縁の無い話だなー」
仕事があるかもしれないと美神さんに聞いていたので自宅待機をすることになったので、チビやモグラちゃんの毛並みを整えながら呟くと
「……バレンタイン?なんだそれは?」
煎餅をばりばりと齧っているシズク。なんと説明すればいいのか?
(お菓子会社の策略とか……喪男の悲劇の日……うーん)
なんと説明すればいいのか?と悩んでいるとチャイムの音が鳴る
「見てくるからちょっと待って」
これ幸いと考えを纏めるために玄関に向かうと
「どうも横島さん」
「やっほー」
マリアとテレサが揃って尋ねて来ていた。テレサはよく来るけど、マリアは珍しいなと思っていると
「どうぞ横島さん。日ごろの感謝の気持ちです」
差し出されたラッピングされた小箱……ま、まさかこれはテレサとマリアの顔を見ると
「バレンタインのチョコは感謝の気持ちを伝えるんだろ?いつもありがとう」
にこっと笑うテレサにチョコを受け取るが、その数が多い、1・2・3・4・5
「5つ?」
「そ、横島とチビとモグラちゃんとタマモとシズクに」
そっかーみんなの分を作ってきてくれたのか、差し出されたチョコを受け取り
「ありがとな。マリア、テレサ。凄く嬉しい」
たぶん義理チョコだけど初めて貰ったからとても嬉しい
「喜んでもらえると嬉しいです。では横島さん失礼します」
「今度また遊びに来るね」
頭を下げるマリアと手を振るテレサに手を降り返しリビングに戻る
「……テレサとマリアだったみたいだが、何のようだった?」
何の用事だったのか?と尋ねてくるシズクにテレサから受け取ったチョコを渡す
「……なんだこれ?」
首をかしげているシズクを見ながらチビとモグラちゃんの小さい包みを開けて、チビとモグラちゃんに差し出すと
「うきゅ?」
「みむ?」
なにこれ?と言わんばかりに首をかしげていたチビとモグラちゃんだけど、匂いを嗅いで危険は無いと判断したのか、ガブッと齧り
「みむー♪」
「うきゅー♪」
美味しかったのか嬉しそうに鳴いてもくもくと食べている姿に笑みを零しながら、シズクにバレンタインを説明すのはこれが一番いいかもしれないと思い
「今日は女性が世話になっている男性にチョコを上げる日だから」
告白とかされるわけ無いと思いながら、そこの部分をぼかして言うとシズクは
「……ん」
煎餅をずいっと差し出してくる、シズクの顔を見ると
「……知らなかったから今回はこれで」
なにこれ可愛い!?普段無表情なシズクが若干赤い顔で煎餅を差し出してくるその姿がなんか可愛いと思うのだった
ピンポーン!ピンピンピンポーン!!!!
凄まじくチャイムを連打する誰か、うるさいなあと思いながら玄関に向かおうとすると
コンコンコン!!!
窓を連打させる。もう一体誰……振り返ると
「お兄ちゃん開けてー!寒いー!!!」
「うおおお!?早く!早く入って!!!」
アリスちゃんが青い顔をして窓を連打していたので慌てて窓を開けて部屋の中に招き入れるのだった
「うう、人界は寒いよ」
コタツに入ってぶるぶる震えているアリスちゃんに
「魔界は暖かいの?」
疑問に思ったことを尋ねると、ココアをふーふーっと冷ましながら
「熱くもないし、寒くも無いよ?幽霊がいつも飛んでるけど」
……魔界って怖いところなんだなあ……熱いとか寒いとか無いのはいいけど、そう言うところは怖い
「何しに……「はいおにいちゃん!バレンタイン」
にぱーっと笑うアリスちゃんに差し出されたチョコレート、今日だけで3つ目……
(モテ期が来たか!?)
今までくれたのは皆人間じゃないけど、正直嬉しいので受け取ると
「美味しいから食べて食べて♪」
期待に満ちた表情でこっちを見ているアリスちゃんに頷き、チョコを頬張るが
(あ。甘い!?むちゃくちゃ甘い!?)
思わず吐き出しそうになるくらいの激甘だ。今までこんなに甘い物を食べたことが無いほどに甘い
「美味しいでしょ?」
キラキラとした目で見ているアリスちゃんの手前吐き出すことも出来ず、そのまま飲み込む。なんかちゃんと歯を磨かないと虫歯になりそうな気がするな、このチョコ
「美味しかったよ?」
「やたー!頑張ったから嬉しい」
コタツに入ったまま嬉しそうに笑っているアリスちゃんを見ていると
「……ん」
目の前に湯のみと煎餅が置かれる。本当シズクって気が利くよなーと思いつつ差し出された煎餅を齧るのだった
「もーぐもーぐモグラちゃん」
「うきゅーううきゅーうきゅきゅー♪」
部屋の隅でモグラちゃんと謎の歌を歌っているアリスちゃん。まぁ楽しそうだからいいんだけど
「っと?」
急に足に何かまとわりついてきた感触がして、コタツの中を見ると
「クウ……」
寒いのか俺の膝の上で丸くなっているタマモが居て、コタツの中から甘えた視線でこっちを見ている
「あーよしよし」
丸くなっているその背中を撫でる。狐って寒いのが好きってイメージがあったけど寒いの駄目なんだ……
「……ただ甘えているだけ。この呆け狐」
「グルルル」
「止めて!喧嘩駄目!」
なんでこう喧嘩ムードになるかなあ、皆仲良くしてくれるのがいいのに……
【横島さーん、こんにちわー】
「あ、おキヌちゃんいらっしゃい」
壁からスーッと入ってきたおキヌちゃん、最初は驚いていたけど最近はなんか当たり前になってて驚かなくなった自分が居る、おキヌちゃんは俺の目の前で浮いたままもじもじしている
「どうかしたんか?」
普段のおキヌちゃんらしくない反応に思わず俺がそう尋ねると
【これ!横島さんに!じゃあーさよならーですー!】
俺に箱を差し出してぴゅーっと飛んで行ってしまうおキヌちゃん。包みを開けるとやっぱりチョコレートで
(今年の俺チョコ貰いすぎやな……死なへんかな?)
今まで碌にチョコなんて貰ったことが無いのに今年は4個も貰えた。俺はこれが天変地異の前触れなんじゃ?と思わずにはいられないのだった……
「あー結局蛍はチョコくれへんかったなあ……」
それ所か今日は1回も顔を出してくれなかった。正直少しだけ期待していた分だけ悲しい……
コツコツ
「ん?」
もう寝ようと思い布団に潜り込もうとした時窓ガラスに何かが当る音がする。最初は気のせいかな?と思ったのだが、しばらく時間を置くとまたコツコツと何かが当る音がする。どうしても気になり窓の外を見ると
「ほ、蛍!?」
首にマフラーを巻いた蛍が小石を俺の部屋の窓にぶつけていた。俺は慌ててGジャンを着込んで皆を起こさないように家の外に出るのだった
「あ、起きてたんだ。良かった」
時間が時間だからもう寝ちゃってるかな?っと不安だったけど、玄関から横島が出てきて安堵の笑みを零すと
「こんな時間にどうしたんだ?」
うう。午前中にチョコを持って来ようと思ったんだけど、いざ渡すとなるとなると恥ずかしくて、家に逃げ帰ってしまって結局こんな時間になってしまったのだ
「ちょっと色々立て込んでてね?でも今日の内に会いに来れて良かった」
ポシェットからチョコレートの包みを取り出して
「はい、横島。ハッピーバレンタイン」
チョコレートを渡すとふえ?っと驚いた顔をしていた横島だったけど
「ありがとな!めちゃくちゃ嬉しい!」
その包みを抱えて嬉しそうに笑う横島。その笑顔を見ただけでもチョコレートを作った意味があるわね
「じゃ、時間も時間だし、そろそろ帰るわね」
本当は食べている所とか、味の感想とか聞きたかったけど、これはヘたれていた私が悪いから明日にでも聞きましょう
「あ、蛍」
バイクのほうに歩いていこうとすると横島に呼び止められる
「なーに?」
横島の言いたいことは判っている。今日はバレンタインなのだから、チョコレートを渡された意味は横島だって判っている筈
「えっと……そのこのチョコレートは……」
義理か本命か?それを聞こうとした所で口ごもる横島……きっとここで好きだと言ってしまえば、私が望む関係になる事が出来る……でもまだ早いと思う……だから
「そうね。もう少し横島が強くなったら教えてあげる」
そうウィンクし私は横島に背を向けて、バイクに跨り家へと向かうのだった……残された横島は蛍から受け取ったチョコレートを抱えたまま、空を見上げ……小さくなっていく蛍の背中を見つめながらチョコレートの包みを開けて頬張り
「……ホロ苦ぇ……」
甘いはずのチョコレートなのに、横島には少しだけ苦く感じるのだった……
リポート21 ああ、騒がしき日常 その3に続く
次回はタマモやモグラちゃんなどのマスコットをメインにした話と前のリポートの横島が見た夢。それについての話をして、リポート22に入っていこうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします