リポート18 アリスちゃんと魔法の箒と騒がしき日々 その5
日曜日の朝。蛍とおキヌちゃんとシズクと一緒に朝食を食べながら
「今日ちょっと出かけるな?夕方には戻るよ」
さりげなく流れの中で呟く、俺の後ろでボールを抱えていたチビとモグラちゃんがガボーン!?って感じで落ち込んでいるけど、今度たくさん遊んでやるからなと心の中で呟く
「そう、判ったわ。暗くなる前に帰るのよ」
【あんまり無駄遣いをしたら駄目ですよ】
「……今日は金は無いぞ」
お?案外普通の反応。まぁ蛍とかも良く1人で出かけているみたいだし、俺が1人で出かけても問題ないってことかと無駄に緊張して損したなと思っていると
「コーン!コーン!!」
「なんだ?どうしたんだ?タマモ」
タマモが何か焦った様子で俺の膝の上に乗って鳴いている。タマモのこんな反応を見たの初めてだ、どうしたのだろうか?と首を傾げていると
「タマモー?大人しくしてましょうね」
「クウ!?」
蛍に睨まれて部屋の隅へと下がっていく。今の眼光凄まじかったな……自分に向けられて無いと判っていても恐ろしかったぞ……俺は冷や汗を流しながら朝食を食べ終えて
「んじゃ行ってくるなー」
リビングの椅子に掛けてあったGジャンを羽織り、シルフィーちゃんと待ち合わせした公園に向かって歩き出したのだった……
「さてと。じゃあ私達も行きましょうか」
横島が出掛けてから5分ほど経った所で蛍がワライながら言う。笑いではなくワラッテいるのは昨日の愛子と琉璃とのデートしていたのをシズクに聞き。そして今日もまたシルフィーと出掛けることになっている横島への怒り……ではなく
【ぽっと出には渡しません!】
自分達から横島を奪おうとする琉璃やシルフィーに対する怒りだった。横島は女好きと言うことを知っているので、下手に怒って別の人を好きになられても困るので、そこの所に対しては蛍もおキヌちゃんも寛容さがあった。勿論嫉妬はするけれどもだ
「……横島を確認した。相手はあの吸血鬼の女」
目を閉じていたシズクがゆっくりと目を開きながら呟く。シズクはミズチなので水を媒介にして全てを見ていた、横島がシルフィーと出かけている姿もちゃんと見ていたのだ
「チビ、モグラちゃん来る?」
「みむ♪」
「うきゅ♪」
横島を探しに行くのだと判ったチビとモグラちゃんが嬉しそうに返事を返す、了承を得た蛍はチビとモグラちゃんを抱き抱えた蛍は帽子とサングラスを身につけるという極めて古い変装をして
「さてとあの吸血鬼どうしてくれようか?」
【私が侵入してにんにくを食べさせましょうか?】
「……水で流す。あいつは吸血鬼としての面が強いから泳げない」
「【それだ!】」
どす黒い笑みを浮かべて家を出ていく蛍達とチビとモグラちゃんを見送ったタマモは
「コン」
どうしようもないやつらと言う感じで呟き、いつものソファーの上で丸くなり目を閉じたのだった……
「まだかなぁ……」
私は公園のベンチに腰掛けて手鏡で何度も何度も自分の髪がおかしくないか?服が変じゃ無いか?を確認していた。服装だけでは仕方なしに修道服を改造した服だけど……これなら普通に歩いていてもおかしくないはず……
(横島君はどうしても気になるんだよなあ……)
どう説明すれば良いのか判らないけど、横島君の近くは暖かくて居心地が良い……これも妖使いの才能なのかな?でもそれで行くと私はチビとタマモと同じって事に……
「おーい!シルフィーちゃーん」
横島君の声が聞こえて顔を上げると横島君が走ってくるのが見える。もうこんなくだらない事を考えてないで、今は横島君と一緒に出掛けることが出来ることだけ考えよう
「横島くーん!待ってたよー♪」
手を振りながら横島君の元へと走る。人生初めてのデートだ、嫌な事を考え無いで楽しい事だけを考える。ネガティブになっても碌な事は無い、やはりポジティブ思考が大事だ
「待った?」
「全然待ってないよ♪ほら、早く行こう。この日をずっと楽しみにしてたんだから時間が惜しいからね!」
もしかしたらチビとかタマモとかもついてくるかもしれないと思っていたけど、横島君だけって言うのは凄く嬉しい。私は横島君の手を握り、公園を出て街中へと歩き出すのだった……
「そう言えば蛍さんとかは?今日横島君が出掛けるって知らないの?」
無駄遣いをするわけにも行かないのでウィンドウショッピングをしながら横島君に尋ねる。蛍さんにしてもおキヌさんにしても横島君に近づく女性を相当敵視している。絶対邪魔されると思っていたのに、その妨害が無いことに若干の不安を感じながら尋ねると
「ん?蛍もおキヌちゃんも知ってるぞ?ちゃんと話をしたからな」
楽しそうに笑いながらどうかしたのか?と尋ねてくる横島君。なんでもないよと返事を返しながら、私は内心頭を抱えていた。うーむ、出掛ける事を知られているとなると……
(間違いなく着いて来ているよね……はー仕方ないかあ……)
少しだけ身体の中に魔力を通し、私の中の吸血鬼の面を少しだけ表に出して周囲の霊力を探る
(うわーお……ビンゴぉ……)
蛍さんやおキヌさんの霊力は独特だし、それに水神ミズチの霊力はやはり膨大だ。探し始めて数秒で蛍さん達の居る方角とを特定できた
(全く、折角のデートなのに台無しだよ)
どうして着いて来るかな……横島君のプライベートにそこまで踏み込んで良いと思っているのかな?
「シルフィーちゃん?本当にどうかした?それともやっぱ俺と出掛けるのつまらない?」
しまった!デートの最中に考え事をするなんて……もしかしたら私が探すのを想定して、わざと霊力を隠さなかったのかも……そう考えると罠に掛かった自分が間抜けに思えてくる
「ううん!そうじゃなくてそろそろお昼だから何処で食べようかなあってね。折角街に出てきたんだからパスタとかピザを食べたいなあって思ってね」
唐巣先生の所じゃああんまりピザとかパスタとか食べれないんだ。唐巣先生和食の方が好きだからっと冗談を交えて言うと横島君は顎の下で手を組んで
「そういやあ、最近愛子が駅前に美味しいパスタとピザを出す店があるとかどうとか言ってたな……」
あ、愛子?また知らない女性の名前だ。本当に横島君はモテるんだなあと実感する。やっぱり横島君って競争率高いよね……と若干落ち込みながら
「それじゃあそこに行って見ようか?」
日本のピザやパスタがどこまで本場に近づいているか気になるし、久しぶりに食べることが出来そうだから行ってみようと横島君に言うと横島君が笑い返してくれながら
「おう!俺もあんまりピザとか食べないけど、どんなのかは気になるしな」
そう笑う横島君の腕を抱き抱える。さっきまでは恥ずかしいと思っていたけど、見られているとわかっているならそれを利用して攻撃してやれと思ったのだ。突然腕を抱き抱えられて赤面している横島君に
「さ、行こ♪ご飯食べたら今度は何を見に行こうか?」
「あうあう……」
腕を抱き抱えられて完全に思考が停止している横島君の姿に小さく笑って、私は駅前に向かって歩き出すのだった……
私達は横島に見つからないように距離を取ってシルフィーさんを警戒していたんだけど……少しばかり吸血鬼の索敵能力を侮っていた、シルフィーさんは私達に気付きそして邪魔出来ないのを判っているから見せびらかすように横島の腕を抱き抱えた。
ブシュウッ!!!
「……冷たい。それに炭酸は吸収しにくいから止めてくれ」
思わず手にしていたコーラの缶を握りつぶしてしまい、中身が全部シズクに掛かってしまう。文句を言いながらコーラを吸収しているシズクに
「ごめんなさい、少しばかり頭の血が上っちゃって」
【普通はそれでもジュースの缶は握り潰せないと思うんですけど……】
おキヌさんがぼそりと呟くけど自分だって周囲の物をポルターガイストで持ち上げているし、シズクだって周囲のペットボトルとかの水を炸裂させているんだから私のことは言えないと思う
「うきゅ?」
「みむ」
横島を見つめているモグラちゃんの面倒を見ているチビ。時々横島の方に這って行こうとするのを止めてくれているチビ。どうも私達が思っている以上にチビは成長していたようだ
(それにしてもシルフィーさんって積極的ね……)
こうして見て居るだけでも判るけど、かなり積極的に横島にアプローチを掛けている。ぐいぐいと押されて横島がうろたえているのが判る。私もあれくらい積極的になるべきなのだろうか?それともあれは外人特有の押しの強さなのだろうか……今後の横島に対するアプローチを考えていると
「うわあ!?なん、なんだぁ!?急に椅子がぁ!?」
「こっちは料理のお皿が!?」
あちこちから聞こえてくる悲鳴に思考の海から引き上げられて顔を上げると
【ふ、ふふふふふ……あははは……すっごく……むかつきます】
ブラックモード全開のおキヌさんが宙に浮いていた。一体何がと思い横島の方に視線を向けると、シルフィーさんが横島にあーんをしていて……
「潰そう、あの吸血鬼。白樺の杭を用意しない?」
あの吸血鬼は生かしておく価値がないと判断した。もう消したほうが良いんじゃないかな?うん、元々居なかったんだし、消してしまっても問題ないよね?
「……氷の杭なら直ぐ用意出来るけど……?」
氷の杭か……白樺の杭ほどじゃないけど、効果はあるかしら?吸血鬼の生命力って半端じゃ無いから、もしかすると再生するかもしれないし……
【また移動するみたいですよ?】
どうやら食事が終わったようでまた腕を組んで歩き始める横島とシルフィーさん。その時わずかばかりにシルフィーさんから魔力が零れているのに気づく
「……なにか嫌な予感がする。蛍、水のペットボトルを6Lほど買ってくれ」
シズクもそれに気付いたのか、ペットボトルで水を買ってくれと言う。私もどうせ買って渡すつもりだったので頷きながらシルフィーさんに視線を向ける
(あっちは街外れ……すっごい嫌な予感がするわ)
人が居ない所に横島を連れて行こうとしている、これは絶対まずいことになる……
「チビ、モグラちゃん。先に行って追いかけて?」
机の上でリンゴを食べていた2匹にそう頼むと
「みむう!」
「うきゅう!」
チビがモグラちゃんの背中に乗ると、モグラちゃんは凄まじい勢いで走り出す。なんと言うか世界の中で一番ファンシーな騎乗兵を見たような気がする……
【急ぎましょうか。凄く嫌な予感がするので】
おキヌさんの言葉に頷き、近くのコンビニで2Lのペットボトルを3本買って、モグラちゃんの竜気とチビの魔力を辿って私達は街の中を走り出すのだった……
なおモグラちゃんとチビはと言うと
「み、むうううう!!!」
「うきゅう……」
モグラちゃんが渡れない所をチビが抱えて一生懸命飛んでいたのだが、どうやら果物を食べ過ぎたようで、相当重くなっていたモグラちゃんを苦悶の表情で運んでいたりする……
最後に海が見たいと言うので、シルフィーちゃんと海が見える公園にやってきた。夕暮れ時だから、オレンジ色に染まっている海が美しい
「あー楽しかったねー」
シルフィーちゃんがにこりと笑いながらそう言う。殆どウィンドウショッピングだけで特に何を買ったわけでもないし、映画や遊園地に行った訳でも無いのに楽しかったと言って貰えて一安心していると
(あれえ?)
急に周囲の温度が下がったような気がする。そう言えばそろそろ夜か……
「暗くなると危ないからそろそろ「暗いと危ない?もう、変な事を言うなあ私は吸血鬼なんだから夜の方が調子が良いんだよ?」
ニコニコと笑うシルフィーさんの目が紅く輝いている。それに鋭い犬歯も口から見えている
「今日は本当に楽しかったよ。横島君……かなり長い時を生きてるけど、こんなに楽しくて、面白いと思ったのは初めてだよ」
シルフィーちゃんの口調が変わっているのにこの時気付いた。それに身体が震えるほど寒さを感じている……これもしかしてヤヴァイ?逃げようと思ってるのに身体が動かないんですが……
「なにをするつもりなんでしょう?」
思わず敬語で尋ねるとシルフィーちゃんは犬歯を俺に見せ付けるようにして笑いながら
「横島君ってすっごい良い匂いがするんだ」
良い匂い?おかしいな香水的な何かはつけてないはずなんだけど……
「香水とかじゃ無いよ。なんて言うのかなあ……魔族とか、そう言うのを惹きつける香り?んー魔族とかじゃなくて天使とか妖怪にも効くかも知れないけど、居心地の良い場所なんだよ」
……もしかして妖使いの才能が変な所で発現した?え?つうか匂いってなに?なんでそんな獲物を見るような眼をしてるのでしょうか?
「だからきっと横島君の血も凄く美味しいと思う。だから私に横島君の血を頂戴。10Lほど」
「死ぬわぁ!!!」
10Lも血を取られたら間違いなく死ぬわ!!そもそも10Lも人間の中にあるのか!?1Lでもヤバイんだよな!確か!!!
「まぁ嫌だといっても貰うけどね♪いただきまーす♪」
「ふぁああああああ!?」
がばっと口をあけて俺の首筋に噛み付こうとして来るシルフィーちゃん。あまりの恐怖に絶叫した瞬間
「みむう!」
紫電を纏ったチビが空中からモグラちゃんを抱えて降下して来る
「うきゅーッ!」
その勢いでモグラちゃんを爆弾のように投下する。そしてモグラちゃんは空中で爪を出して回転しながら振るった
「目がぁ目がああ!!!」
どうやらモグラちゃんの一撃は目を抉ったようだ、態となのか?それとも事故なのか?そこが重要だ
「くっ!目が見えない程度で諦める「横島に何をするつもりかしら?」あ。あはははは……」
蛍が俺の前に立ってそう呟く、おおう……今の蛍の背後に後光が見える気がする。と言うかなんでここに居るんだろ?
「チビとモグラちゃんが飛び出していったから追いかけてきたの」
お、俺の危機を感じ取って助けに来てくれのか!モグラちゃんとチビ!明日は奮発してメロンと生ハムだ!!!シズクに交渉してみよう
「くっ!ここは不利!ならば逃げる!月の隠れた夜道は気をつけると良い!私は横島君の【はい、ドーン!】「……沈め」ああああああーーーーッ!!お、溺れる!わ、私泳げない!いやああああああ!!!!」
おキヌちゃんの放った大量のポルターガイストとシズクの水キャノンで押し流されていくシルフィーちゃん。その姿が見えなくなった所でようやく体の自由が戻り
「うわああああん!!!怖かったよーおおおお!!!」
血を吸われて殺されるかもしれないと言う恐怖を感じた俺は号泣しながら蛍に抱きつくのだった……
「よしよし、もう大丈夫だからね。それと今後はシルフィーさんと一緒に出かけたら駄目よ?」
「判った……」
あんな怖い目に合うなら、いくら美少女と出掛ける事が出来ると言ってもお断りだ。今後はシルフィーちゃんとはあんまり係わり合いを持たないようにしよう俺は心に誓うのだった……
【じゃあ帰りましょう?横島さん】
「……時間も遅いから、どこかで何かを食べていくか?」
優しく声を掛けてくれるおキヌちゃんとシズクに頷き、足元で鳴いているチビとモグラちゃんを抱き抱え、俺は蛍達に連れられて、夕食を食べる店を探して歩き出したのだった……
「……コ……ン(お腹減った……)」
そして家で留守番をしていたタマモが空腹で倒れており、それを見た俺は更に絶叫することになるのだった……
そして海へと流されたシルフィーはと言うと……東京湾の三角テトラに引っかかっていた……そしてその上空をまるで意思を持つかのように飛ぶ黒い霧……微弱な魔力を放つそれは吸血鬼の移動手段でもあるバンパイアミストだ……黒い霧はゆっくりと堤防の近くへと向かって行き……
「ふう……やっと着いた」
黒い霧が突然若い青年へと姿を変える、ピートだ。ブラドーの体調もやっと回復したので、日本にこうして戻ってきたのだ。バンパイヤミストで来たのは、もちろん旅費を浮かすためだ。不法入国?しっかりとGS協会に連絡を入れているのでこれも何の問題も無い。さてと唐巣先生の所にでもと呟き歩き出したピートだが、視界の隅に闇夜でも輝く金髪を見て
「し、シルフィー!?どうしたんだ!?」
慌てて三角テトラに駆け寄り、その隙間に引っかかっていた双子の妹のシルフィーを陸へと引き上げる
「わ、私は諦めない……ぜ、絶対に……横島君の……血を……がくっ」
そう言い残し気絶した自分の妹を見て、ピートは深く溜息を吐き
「横島さんと蛍さんに後日謝罪に伺わなくてはなりませんね」
自分の妹が横島達に迷惑をかけたことに気付き、暗い表情でそう呟き、気絶しているシルフィーを背負って唐巣神父の教会へと歩き出したのだった……
なおシルフィーはこの宣言の通り、横島の血を吸うことを決して諦めず、ストーキングや、ピートと違い、邪な目的で高校へと入学し、横島を恐怖のどん底に陥れることになるのだが、当然それを知る者は今は居ないのだった……
リポート18 アリスちゃんと魔法の箒と騒がしき日々 その6へ続く
次回でリポート18は終わりになり、また長編の戦闘メインの話に入っていきます。なんのリポートになるかはお楽しみで
次回はリポート19へ繋ぐ話にしようと思いますので少し短い話になるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。