リポート17 ハメルーンの悪魔 その7
水の槍で貫かれ湖の中に沈んでいく巨大な鼠。それを冷たい視線で見下している黒髪の女性……先ほどバイパーの笛を喰らったのはシズク……だから今目の前にいるのはシズクの筈なんだけど
(なんで大人に……と言うか……)
子供になるはずの笛で何で大人になっているのか?とか色々気になる事はあるけど、何よりも今私が納得していないのは
(なにあの抜群のプロポーションは!?なんであのロリがあんなのになるの!?)
美神さんに匹敵する抜群のプロポーションに進化しているシズク。なんでどうして!?と私が混乱していると
「若返って全盛期に戻った……と言う事ですか。水神ミズチ」
神宮寺がそう呟くとシズクは振り返り、答える義理は無いと返事を返してから、私達を見つめてくる。血の様に紅い瞳に思わず気圧されてしまう……シズクとは随分一緒にいたけど、あんな冷たい目をしているのを見たのは初めてかもしれない。シズクは神宮寺の言葉を完全に無視して指を鳴らす。するとパイパーの身体が沈んで行った場所のみが凍り、一瞬で巨大な氷柱が現れる
「……これで終わり、あの下等魔族は永遠に氷の柩の中……魂までも凍り付いて湖の中で死に絶えろ」
小さく笑ったシズクが小さく湖面を蹴るとその身体は凄まじい勢いで舞い上がり、私達の前にゆっくりと降りてくる
「助かったわ、シズ……「パンッ!」な、なにするのよ!」
美神さんの言葉を遮ってその頬に平手打ちを叩き込んだシズクは
「……これで許そう、横島を危険な目に合わせたのはこれでチャラだ」
シズクの言葉にはっとなった美神さん。振り上げた拳をゆっくりと開きながら
「ごめん。今回のは私のミスだわ」
本来なら一番パイパーの攻撃を喰らってはいけない美神さんが一番最初に子供になり、私達だけで対処しないと行けなくなってしまった。そしてその結果横島も子供になり危険な目に合ってしまった、それがシズクには据えかねているのだ。身体から滲み出るような霊力の凄まじさがそれを物語っている
「まぁまぁ、落ち着かれよ。シズク殿」
重い空気が満ちてきた所でロンさんがそう声をかける、シズクは不機嫌そうに美神さんから視線を逸らして
「……1度は許す。次は無い……」
そう言うと手にしている金の針を手に再び湖面を蹴って、舞い上がり横島の風船の元に向かっていくシズクの背中を見つめている美神さんに近づくと
「とりあえずここから出て話をしましょう。それと今回の件はごめんね、全部私のミスよ」
珍しく弱っている美神さんの姿。今回の事件はパイパーの能力が予想よりも高かった、その一言で尽きる。いくら美神さんクラスのGSとは言え、相手能力が想定よりも遥かに上だったのなら出し抜かれる事だってある
「気にしてるなら、これが終わって無事に帰れたら何か奢ってくださいね」
私があえて軽い口調で言うと美神さんが小さく笑い返しながら
「もう今日はあれだわ。思いっきり奮発するわ!終わったら寿司でも食べに行きましょうか!皆で」
そう笑う美神さんを見ていると、パイパーが凍っている柱を見つめていた神宮寺が
「幽霊!早く出口に案内しなさい!」
顔色を変えておキヌさんにそう叫ぶ。突然怒鳴られたおキヌさんがパイパーの氷付けを見て
【もうパイパーは死んだんじゃ?】
あれだけの氷の中に閉じ込められれば、いくら魔族と言えど致命傷の筈だけど……私も氷の柱を見て、驚愕に顔を歪める。私の中に僅かだけある魔族としての本能がその危険性を感じ取っていた
(な、なにあれ……!?)
神宮寺が何を慌てているのかを理解した。氷の柱の周りにはとんでもない魔力が集まり始めている、いやそれだけじゃ無い、徐々に集まってきている悪霊の姿も見える。美神さんとおキヌさんもそれに気付いたのか
「ロンさん!」
「心得た」
そう声を掛けられたロンさんが即座に巨大なモグラの姿へと変化する。直ぐにロンさんのその巨体に乗り込む。空中のシズクに視線を向けると
「……先に行け。少し時間を稼ぐ」
再び自身の周囲に巨大な水の槍を作り出しているシズク。シズクもパイパーの魔力が異常なまでに増大しているのに気付いてたようだ
「金の針は渡さないでよ!あれはパイパーの力の源だからね!」
ロンさんの背中の上でそう叫ぶ美神さんに判っていると返事を返し、無数の皹が入り始めている氷柱に視線を向ける。
「しっかり捉まっておられよ。壁を掘り進むのでの!!!」
魔力の発生と悪霊によりコースターの進む道が崩れた土砂で塞がれてしまった。だけどロンさんなら何の問題も無い、その鋭い爪を岩と土に向け走り出す。
【こっちです!】
おキヌさんに先導され、その爪を壁に突き立て凄まじい勢いで掘り始めるロンさん。その凄まじい衝撃に眉を顰めながら、私はロンさんの毛を掴んでその衝撃と振動に耐えながら
(どうなってるのよ、これは!?)
今もまだ増大しているパイパーの魔力と集まっていく悪霊の姿を見て、何が起こっているのか、そしてこれから何が起こるのか?が判らず心の中でそう叫ぶのだった……
凄まじい勢いで私の作り出した氷柱に集まっていく魔力と悪霊を見て私は眉を顰めた
(どうなっている)
いくらあのハゲが魔族とは言え、あれだけの魔力を取り込んで無事で居られるはずが無い。下手をすれば自身の霊核を損傷し、自分を失うだろう……そんな事すら判らない馬鹿なのか、それとも自分を失ってまで私を倒したいのか?
(……まだ持つ……か)
あのハゲの笛で全盛期の力を取り戻したのは良いが、今の私では長時間の維持は出来ないだろう……額に浮かんできた汗を着物の裾で拭う
(……鈍り過ぎた……これじゃあ、あの狐を馬鹿に出来ない)
霊力を小竜姫に渡し、自身の存在を維持できるだけの霊力しか残さなかったから、急に莫大な霊力を手にした事に身体がついていかない……これが終わったら少し鍛錬をするべきかもしれないと思っていると音を立てて氷柱が砕け散り、巨大な鼠が姿を見せたのだが
「ギ!グアアアアアアッ!イダイ!?イダアアアアイイイイッ!!!!クルナアア!これ、これイジョウオイラの中にハイッテクルナアアアアアッ!!!」
その過剰な魔力と同化していく悪霊達にそう叫ぶ鼠だった物……その身体は異常に肥大しており、胴体には取り込まれた悪霊達の顔が浮かんでいる。全身から血を流し、苦悶の叫びを上げている鼠。それでも魔力は上昇し、悪霊を取り込み続けている。
「……とっとと逝け。耳障りだ」
ここまで来た以上恐らくもうパイパーと言う魔族の消滅は確定している。あそこまで霊核が損傷してしまえば、いくら魔族と言えど消滅をま逃れることは出来ない。腕を振るい作り出した水の槍を打ち込むが
「……ば、馬鹿な」
私の水の槍さえも取り込んで巨大化していく姿。そして一瞬だけ見えた心臓のように脈打つ紅い宝石を見て
(……あれか!)
あれに魔力と悪霊が吸い寄せられているのだと判断して、水では無く氷の槍を作り出しその宝石目掛けて打ち出す。ピシッと言う乾いた音を立てて皹が入る宝石。やっと魔力の収束と悪霊の発生は止まったのだが全ては遅すぎた……
『【ァッ!アガアアアアアアアアアアアッ!』】
何重にも重なる苦悶の悲鳴と肉が裂ける不気味な音を立てて、その姿を変えて行く鼠を見て自分1人では対処できないと判断し、私もこの地下空間から急いで脱出する事を選んだ
「戻ってきた!シズク……なのか?」
出口の所で私を待っていた横島。元の姿に戻っている事に安堵しながら、横島の腕を掴んで
「……放すな!早くこの場から離れるんだ!」
「うええ!?なに!?どういう事だ!?って言うかなんで大人!?」
混乱しきっている横島に黙れと言って黙らせ空中で横島の胴に腕を回し、落とさないように抱き抱える。腕の中で甘い香りがァ!?とか柔らかい感触が!?とか叫んでいる横島を見て、この姿を維持できるように頑張ろうと思いながら外で待っていた美神達に
「……早く離れろ!化け物が来る!!!!」
何かを感じ取っていたのか即座に走り出す美神達。それと全く同じタイミングで地面をぶち抜いて
『オ。オゴアあああああアア!?!?』
胴体には僅かにあの鼠の名残があるが、その腕は巨大な鋏へと変化し、8本の足を持つ蜘蛛の様な異形が姿を見せる
「ギャーアアアアア!?ば、化け物おおおおお!?!?」
「……うるさいから耳元で叫ぶな!」
あの化け物を見てそう叫ぶ横島にそう怒鳴りながら、美神達の方へと向かうのだった……横島を抱えていては戦うことは出来ないし、それにあれほどの魔力を持っている相手ではいくら全盛期の私でも分が悪い。
(なにがどうなっている)
あのハゲがどうしてあんな化け物になったのか?それは理解出来ないが、今もてる戦力でどうやってあの異形を倒すのか?私はそれを必死に考えるのだった……
地面をぶち抜いて現れたパイパーだった物を見て、私は強烈な吐き気と頭痛を感じて、思わずその場に蹲ってしまった……あれはただの魔族なんかじゃ無い。ここら辺で死んでしまった人達の魂を吸収して変化した化け物だ……
「大丈夫!?琉璃」
慌てた様子で近寄ってくる美神さん。吐き気と頭痛に耐えながらゆっくりと大穴から這い出してくる化け物を見て
「あ、あれに近づいたら駄目です!飲み込まれる……あれは……「合成獣【キメラ】ですわね。しかもかなり悪質なのを核にしている」
私の言葉を遮って言う神宮寺。少しむっとしたが、神宮寺の言っていることは正しい。流石が魔女として名高い神宮寺家の当主だけはある……私は小さく笑いながら
「その通りよ。流石ね……今のあれは周囲の魔力や霊力を吸収して自分の身体を作っている……下手に近づいたら駄目です……私達も取り込まれてしまいますわ」
まだ悪霊が集まって来ているのか私を襲う頭痛が治まる気配は無い。神卸しに特化した神代家の人間はこの手の生物に弱いのだ。その中に閉じ込められた悪霊の思念に感化され、体調を崩しやすいからだ。今にも意識を失いそうだが、歯を食いしばって意識を保つ……対処法だけは言っておかないと
「出来る限り物理で……それと核だけを砕くことを考えてください」
今霊力と魔力で攻撃すれば、あのキメラの成長を助けるだけだ。出来る限り物理で核を砕くことを考えてくれと言うが
「随分と難しい注文ね」
美神さんが苦笑しながら言う、あのキメラの8本の足を掻い潜って近づくのは至難の技所か自殺行為だ。しかもどんどん再生し、周囲の物を取り込んで別の生き物へと変化している。近づけば自分達も取り込まれる可能性が高い、しかしそれしかないのだ。美神さんが溜息を吐きながら
「まぁ、良いわ。何とかしてみる。琉璃は少し休んでなさい。蛍ちゃんも大変だと思うけど手伝って!霊体ボウガンの矢ならある程度効果があると思うから!くえすは銀の弾丸持ってるでしょ!ここまで来たんだから手伝いなさい!」
そう言って私に背を向け、蛍ちゃんと神宮寺に指示を出している美神さん。本当なら私も手伝わないといけないんだけど、もう立っているのも限界な程に頭痛が激しくなって来ている……ついに頭痛に耐えかねて倒れかけると
「大丈夫っすか!?琉璃さん!」
横島君に抱き止められる。本当……気が利くというか……なんと言うか。ここまで女性に優しい面もあるのでなんでモテないのかなあと思っていると横島君は
「離れますよ!えーとそれと先に言っておきます!すんません!」
私にそう謝ってから背中から腕を回して、私を引きずる横島君。一応戦況を見れるように考慮してくれたと思うんだけど、その腕は当然胸元に来ていて、胸に触れてないとは言え……私はこう言わずにはいられなかった
「スケベ」
先に謝ってくれたし、動けない私が悪いんだけど……うん。これは言っても良いと思う。女の子の肌や胸はそう触れていいほど、安い物じゃないのよ?と横島君に言うと
「げは!?わ、ワイは助けようとしているだけなのに!!!おキヌちゃんからも何か言ってくれよ」
【横島さんのエッチ】
浮いていたおキヌちゃんもジト目で横島君を見てそう呟く。助けてくれると思っていたのに、まさかの追撃を受けた横島君は
「まさかの追撃!?ほんと、普段ならまだしも、今こんな状況で煩悩なんか沸くかい!これが普段の行いの悪さなんかー!?」
泣きながらも私を丁寧に運んでいる横島君。しかも胸に触らないように考えたのか、その腕は更に下へと移動している。変な所でフェミニストよね。横島君って……少しだけ顔を上げて泣いている横島君を見て
(横島君って苛めると面白いわね)
私は不謹慎だと判っているが、そう思わずにはいられなかったのだった……だけど直ぐに考えを切り替えて、どうやってあの化け物を倒すのか?それを考え始めるのだった。物理ならある程度効力があると思うけど、あのキメラは只のキメラじゃ無い……絶対何かまだ何かある……私は目を細め、あのキメラの核がどこに隠されているのか?それを必死に探し始めるのだった。まだ完全に姿が整形されていない今なら、きっと核はまだ外に露出しているはずなのだから……
「マリア!テレサ!距離を取って銃撃ッ!一定の距離に近づくな!飲み込まれるぞ!」
「了解っと!姉さん!フォローよろしく!」
「任せてください、テレサ」
カオスの指示で距離を取りながら、パイパーが変化キメラに銃弾を打ち込んでいるアンドロイド。私はそれを見ながら洗礼を済ませた特殊な銀の弾丸を懐から取り出そうとして
(止めておきましょう。勿体無いですわ)
確かに今の銃撃でダメージを与えられているようですが、そのダメージよりも周囲の霊力を吸収して回復しているほうが早い、これでは焼け石に水。なんの効果を見出すことも出来ない
【『グガアアアアッ!!!』】
目の前でどんどん変化を続けているキメラ。最初は蜘蛛のような姿をしていたが、今では巨大な蜥蜴の化け物と言ってもいいだろう……このままほっておけば、更なる進化を遂げる可能性もある。まさかこんな所でこんなキメラをお目にかかることが出来るとは思って無かったですわね……
『ぬう!この化け物がッ!』
【『グギャアアッ!!!』】
ロンと言う竜族が竜へと変化して戦っているからか、それに適応して進化したと考えれば恐るべき成長速度だ
「シズク。貴女が一番近くで変化している場所を見ていたのでしょう?核を見なかったのですの?」
空中に浮いて、水の壁や水の弓矢を用いて私達のフォローをしているシズクに問い掛けると
「……一瞬だけ見えた。紅い拳大の宝石……だけど身体の中に取り込まれている」
紅い拳大の宝石と聞いて一瞬私の頭を過ぎったのは「賢者の石」だが、そんな上等な代物をパイパーが持っているとは思えない……恐らく粗悪な複製品。しかしこれだけの効力を持つとは正直驚きだ。もし上手く倒せて、その石を手にする機会があるのなら持ち帰って研究したい所ですわね……
「くえす!あんたの魔界の炎でなんとかならないの!?これ!」
巨大化されたことで近づくことも出来なくなったので美神令子が私にそう怒鳴る。その怒声に眉を顰めながら
「無論私なら可能でしょうね。あの程度の下等な魔族の精神を焼き尽くすくらいわ」
それならっと笑みを深める美神令子。だけど今すぐ使うつもりは一切無い
「さて、どうしましょうか?私だけなら転移で逃げることも可能ですし?貴女達を見捨てるという選択肢が私にはあるのですからね」
シズクが氷の槍を打ち出しているのを見ながらそう言うと、眉を顰めながら美神令子は
「何が望みよ」
流石美神令子。話が早くて助かる、私は手にしている魔道書を開き、複数の術式を同時に展開しながら、指を2本立てて
「今回の件は私と貴女の共同と言うのを公表しないこと、私の経歴に傷がつくのは不愉快ですので」
まさかあんな下等魔族の攻撃で子供にさせられるとは……正直これは屈辱だ。故に今回の事件の事を公表しないのが第一の条件。神代琉璃にはもう少しそちらに従うと言う事で公表しないで貰う事にしましょうか……
「……判ったわ。公表しない、ちょうどロンさんもいるし、カオスもいる。魔界の炎はあの2人がなんとかしたって事にするわ。それでもう1つは?」
私はニヤリと笑いながら、手にした魔道書に更に魔力を込めながら
「いつか私の頼みを1つ聞いていただきましょうか?」
ぐっと顔を歪める美神令子。私としてはどちらでも良いですけどね?と付け加える。アンドロイドと竜族が善戦しているようですが、周囲の魔力を吸収して無限に進化しているキメラ相手では分が悪い。
「くっ!弾切れか!マリア!テレサ!下がれ!ええい!美神!まだ神宮寺との交渉はできんのかぁ!?」
「くうっ!歳を取った……これしきしか戦えないとは!?」
キメラの4本の腕から放たれた豪腕を回避しながら、美神令子にそう叫ぶ
「判った!その条件飲んだわ!」
このままでは駄目だと判断したのか、顔を歪めながらそう叫ぶ美神令子。ちょうど魔法の術式が完成した
「良い取引でしたわ。では私に任せて頂きましょうか……ここからは私に任せて貰いましょうか」
魔道書を開きながらゆっくりと歩き出すと同時に詠唱に入る……その魔力に反応してキメラが私にその拳を私に向けてくる……しかしそんなゆっくりとした動きなら、態々避ける必要も無い。それにその拳が振り下ろされる前に
「今冥界の門を開かれた……我に刃向かいし愚かなる愚者に死と言う名の裁きをッ!こいつでDeathっちまえッ!!」
目の前に3つ展開された魔法陣から漆黒の炎が溢れ出す……もうチェックメイトですわ
「ケイオスフレアァッ!!!」
私の正面に展開された魔法陣から凄まじい勢いで漆黒の炎の奔流が放たれる
「グ、グギギャアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」
凄まじい断末魔の悲鳴を上げながら消えていくキメラ。その胴体から飛び出してきた紅い宝石を空中で掴むが
(ちっ……やっぱりですか……)
折角手にした何かの魔法石でしたが、手の中で砂となって消えていく。判っていた事ですが、やはり消えるような細工がしてありましたか……私は溜息を吐きながら振り返り、
「約束は守って頂きますわよ。美神令子……ではこれにて御機嫌よう……」
これ以上この場所にいる必要はありませんから、私はその場で転移魔法を発動させ、自分の家へと転移するのだった……
転移魔法を発動させて消えて行くくえす。まぁ元々人の話を聞く様な性格をしていないのでここまで協力してくれただけでもありがたいと思わないと……
(何を要求されるのか判らないけどね)
今は何も言わないと言うのがどうにも気になる。くえすは魔女だから何かとんでもない要求をされそうで怖いわね……
「さてとじゃあ皆帰りましょうか?……所でどうやって帰るの?」
ここまで来るにはロンさんに乗って来たわけで……振り返りロンさんに視線を向けると
「ううーむ。腰が……年甲斐もなく張り切りすぎたようじゃな」
腰を抑えて蹲っている。これではとてもではないが、再び竜に変化して私達を乗せて走るなんて事は出来ないだろう
「マリアとテレサもなあ、有機ボディに換装したからの……オプションが無いと空を飛ぶことは出来ないしなぁ」
カオスが困ったなあと言う感じで呟く……あれ?もしかして私達帰れない?……一番近くの駅まで歩くにしても距離があり過ぎる……そうだ瑠璃に何とかしてもらおうと振り返ると
「だから蛍ちゃん。少し落ち着きなさいよ。横島君は私を助けてくれたのであってね?邪な気持ちがあったわけじゃないのよ?」
琉璃が手を振りながら横島君に悪意は無かったと説明している。まぁあの場合は横島君に運んで貰うしかなかったから仕方ないことなんだけど……蛍ちゃんもそれが判っているからか実力行使に出ていない。
「うう……それでも!納得できない事って言うのはあるんです!!!」
さっき琉璃を運んでいるのを見ていた蛍ちゃんが琉璃の後ろに隠れている横島君に詰め寄ろうとしているのを見て溜息を吐く。今はそんな事をしている場合じゃ無いのに……どうやってここから事務所に帰るかが問題なのに……
「みむう!」
「うきゅう!」
「コン!」
「う、うん!遊びたいのは判るから少し待ってくれな?」
額に青筋を浮かべて横島君を睨んでいる蛍ちゃん。そんな状況でも遊んで、遊んでと擦り寄ってくるチビ達に困ってような表情を浮かべている横島君。なんと言うか、いつもどおりのやり取りで思わず脱力して笑みが零れてしまう
【横島さんは助平ですから、大きい胸が好きですもんねー?】
「止めて!?おキヌちゃんまで俺を苛めないで!」
頭を抱えて絶叫している横島君。本当いつも通りなのは良いんだけど、もう少し今の状況を考えて欲しいわね
「横島さん。私はどうでしょうか?」
「え?私もなんか言うべきなのかい?姉さん?」
少し屈み込んで胸を強調するような姿勢をしているマリアとその隣で頭をかいているテレサ。横島君の頬は紅くなるを通り越して、青くなっている。ここで胸を意識してしまえば、蛍ちゃんに折檻されるのが判っている。だけど反応せずにいられないから困っているんだろう
「カカカ!本当に小僧は面白いのう」
「ですねー。横島君が困っているのを見ているのは面白いですよね」
カオスと琉璃が黒い話をしている。琉璃って案外黒い所があるのねと思っていると
「……仕方ない。私がなんとかする」
このやり取りを見ていて、このままではどうにもならないと判断したのか、まだ大人の姿を保っているシズクが疲れたように呟く。私と同格かそれ以上のプロポーションをしている。昔のシズクって凄かったのねと思ったが、1つ気になったことが
「シズクってもしかしてずっとその姿でいられる?」
もしそうなら、シズクにもGS免許を取ってもらって事務所を開いて貰えば、儲けが増すかも……私がそんな事を考えていると
「……無理。今の私にはこの全盛期の力に耐えれないから、今も辛いけど、まぁ何とか戻るくらいは持たせて見せる」
小さく笑ったシズクは蛍ちゃん達に傍に来るように言うと、着物の胸の部分に手を入れて扇子を取り出して
「……ミズチタクシーの出番」
ミズチタクシーって……何よそれ?私が首を傾げているとシズクは扇子を振りながら
「……ちょっと息苦しいと思うけど我慢しろ」
息苦しい?何をする気なのか?と思いシズクを見ると、手にした扇子が振られる度に凄まじい水が溢れ出して、私達を包み始める
「ちょっとおおお!?何するつもりよ!?」
「大変ですッ!ドクターカオス。私とテレサには泳いだ経験がありません」
「そ、そうだよ!?私泳げるの!?どうなの!?
「そうじゃったあ!?ヤバイ!これはやばいぞぉ!?水泳は想定したことは無いぞおお!?」
「み、水かあ……ワシはあんまり水は得意ではないんじゃがのう……」
「チビ!モグラちゃん!タマモこっち!こっちに!!」
「みむう!」
「コン!
「う、うきゅうう!?」
「ど、どどどど!?どうしよう横島!私泳げない!!!」
「こっこっち!蛍もこっちに来い!!」
私達が慌てている間も私達の回りに水が溢れてきて。もう胸元まで水が来ている。と言うか蛍ちゃん金槌だったの!?涙目で叫ぶ蛍ちゃんを横島君が手を伸ばして抱き占める
「……少し息を止めていろ」
大きく息を吸い込んだ瞬間。私達は頭まで完全に水の中に飲み込まれたのだった……上下左右から凄まじい衝撃を受けながら、必死に息を止めていると、目の前を巨大な黒い影が過ぎる。それは……
【プカア】
「「「がぼぼおおお!?」」」
思わず水中の中で絶叫する。ロンさんが水の中で気絶して、瞬きする間にモグラの姿になって力なく水中に浮かび上がったからだ。その絶叫のせいで全員固まっていたのに、水の中でまるで洗濯物のように水の中で回されていると
「……到着」
永遠にも思える時間。そしてシズクの声が聞こえた瞬間。ザバアっと凄まじい音を立てて水の中から吐き出される。周りを見ると見慣れた私の事務所だ
「え?瞬間移動したの?」
「……水を媒介に移動しただけ」
シズクはそう呟くと事務所に満ちた水を吸収し始める。シズクが多才なのは知ってたけど、まさかこんな事まで出来るなんてね……私が感心していると
「ブバアア!?」
「「「ッきゃああ!?」」」
何かが爆発したような音と同時に部屋の中に生暖かい雨が振る……手の平を見るとそれは水ではなくて鮮血で……ま、まさか!?振り返ると
「た、たえれんです……色っぽ過ぎる……」
その言葉を最後に倒れる横島君。色っぽ過ぎる?その言葉に自分達の身体を見ると、水の中を使って移動したせいか、下着が完全に透けている、咄嗟に両手で身体を隠す。そりゃ水の中を使って移動するんだから、こうなるかも?って思ったけど、シズクがなんとかしてくれると思ったのに……シズクは鼻血を出してひっくり返った横島君を見て
「……横島は意識した。ならこの姿を維持できるように頑張ろう」
着物の前が完全に開けて、胸が見えているのにも関わらず直す素振りを見せないシズクだったが、
「……あーうー」
突然そんな呻き声を上げると、急に小さくなって子供の姿になってへたり込んで目を回して気絶する……
「っきゃあ!?もうなんでこんなことになるのよぉ!?」
「あうあう……最後の最後でこれは無いわ……」
琉璃に至っては巫女服の上が開けて素肌が見えている、蛍ちゃんは下着と身体のラインが完全に浮かび上がっているし、私も下着が水の所為で服の下から透けている。
「こ、これは流石に恥ずかしいです」
マリアはスカートが完全に捲くれ上がっていて、戻そうと苦戦しているし
「恥ずかしい物なの?姉さん?」
完全にスカートが捲れ上がって、しかも服が濡れた所為で身体のラインが浮かび上がっているんだけど、まだ生まれたばかりだから羞恥心が無いのか不思議そうに首を傾げている
「むほう!?「「「見るな!このスケベ爺ッ!!「げぼああ!?」」
最悪のタイミングで身体を起こしたカオスが顔を寄せてくるのを見て、私達は全力でカオスの顔面に拳を叩きこんで意識を刈り取ってから
「は、早く着替えましょうか!?」
今このタイミングで依頼者が来られたらうちの事務所は痴女だらけとか言われそうだ。もしそんな事になったら、仕事が無くなりかねない。私の言葉に何度も何度も頷く蛍ちゃん達を私の着替えが置いてある部屋に案内し、私達は着替える為に部屋の奥へと向かうのだった……なお事務所の床の上でロンさんはモグラの姿のまま白目を剝いて気絶しており
「うきゅ!うきゅうう!」
「みむう!ミミー!」
「コーン!コーン!!」
チビ達が必死でロンさんを目覚めさせようと頬を叩いたり、揺すったりしていた。それが功を奏したのか、ロンさんは目を覚ましたが、憔悴しきった表情で再び倒れこんで眠りに落ちるのだった……
リポート17 ハメルーンの悪魔 その8へ続く
次回でハメルーンの悪魔編は終わりですね。その次はほのぼのメインで魔法の箒の話をメインに色々な話の詰め合わせをやってみようと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします