All I need is beat   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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爪牙の残滓

「さて、まずは君の質問に答えよう。立花響の特異性、それは彼女の肉体が聖遺物と融合しているが故だ」

 

 椅子に腰かけ、机にヒールを置きながら足を組むという尊大な姿勢でフィーネはまるで学校の先生のように話し始めたる。薄いネグリジェの半裸でワインを片手にする先生なんぞいるはずもないが、この場所にそれを咎めるものはいない。影詩はフィーネの身体そのものには興味はないし、クリスが言って聞くこともない。普段は全裸なフィーネにネグリジェを着せるだけでクリスは全力を尽くしたし。

 

「シンフォギアの聖遺物融合症例――シンフォギア装者にその例は存在しなかった。……しかし、聖遺物の融合症例自体が存在しなかったわけではない。シンフォギアは聖遺物の力を装者が引き出す際に、その装者へのバックファイアを押さえるように作っている。これが意味するところは解るか?」

 

「シンフォギアがなければバックファイアが大きすぎて人間には使えない」

 

「正解でもあり、間違いである」

 

「シンフォギアが生まれる前か? ……あぁなるほど、神話伝説か。……男女差は? 女が歌なら男はなんだ」

 

「ククク、お前は賢い」

 

「……お前ら、何の話してるんだ?」

 

 話についていけないクリスであったが、しかし影詩とフィーネの会話は仮定が飛ばされている。互いに言葉の端にある単語から推測を重ねて、含まれている情報と自分が持っている情報とすり合わせて新しい情報を掴んでいるのだ。

 

「適合係数が低かったらシンフォギアが使えない。それはあの緒川とかいうのから聞いた。風鳴翼と昔死んじまった天羽奏、それに雪音の三人。他にどんだけいるのか知らねーけどな。そんだけシンフォギアは人を選ぶし、選ばれなかった時のバックファイアも大きい。適合係数高いっていう風鳴だって絶唱使って死にかけなんだろ? あぁならシンフォギアが生まれる前は? それこそ、聖遺物が聖遺物ではなく現役バリバリの時はどうしてたと思う?」

 

「そ、そりゃあ……歌じゃないのか? 聖遺物はフォニックゲインで反応するんだろ?」

 

「女は、だろ? 野郎がオペラ歌手よろしく歌えってか? いいや、聖遺物の励起を男が行う場合に必要なのは歌じゃない。男には使えないだろって? おいおい、じゃあ神話や伝説の野郎はなんだ? 全員実は女だったとか笑える話は止めろよな、つまり男にゃ男なりの励起方法がある」

 

「その通り。古来より女性が神に捧げるのは美しい歌だ。故にシンフォギアは少女の歌で聖遺物へ干渉し、その力を纏う。そういう風に、作られているんだよ。そもそも男が使う仕様になっていないんだよ」

 

「なんだ、お前さんが作ったのか?」

 

「さて」

 

 問い掛けにフィーネはクスクスと笑うだけで答えはせず、

 

「女が歌――そして男は鼓動」

 

 静かに言う。

 

「詩も旋律も必要ない。男はその命の、魂の鼓動で聖遺物を呼び起こす。益荒男、とこの国では言うだろう。生命力、生き様や精神、欲望、そこから生じるフォニックゲイン。それを聖遺物に注ぎ満たす。それが男が行う聖遺物の励起方法だ」

 

「……そんなのがあったのか? いや……でも、じゃあなんで増えないんだよ。野郎もそれでノイズと戦えばいいじゃねぇか」

 

「これは完全聖遺物の励起方法だからな。シンフォギアに使われている聖遺物の欠片に対しては、シンフォギアの適合以上に難易度が高く、使いものにならない。シンフォギアが作られる前は、欠片を体に埋め込んで融合させたり、シンフォギアのように外付け外装を試したこともあったが、結果は全くダメ。バックファイアが大きすぎるし、精神状態は些か振り幅が大きすぎる。結果として歌の方が安定性が高い故にシンフォギアが使われているわけだよ」

 

「だから、響を拉致ろうとしたんだな? 本来外付け外装のシンフォギアを、融合状態で使っているから」

 

「That's right」

 

 やたら発音の良い英語でフィーネが肯定し、影詩は紫煙を吐き出す。 

 テンポが良すぎて理解できない二人の会話にクリスは頭の痛みを感じる。別に彼女は頭が悪いわけではないし、知能が低いわけでもないが、しかし妙にこの二人が噛み合っているのだ。細く綺麗な銀髪をくしゃくしゃと書きながら二人の話を頭の中で整理する。

 まず聖遺物――完全聖遺物は男女両方に使える。

 女は歌を用い、男は命や欲望といった鼓動で聖遺物を励起させることができた。完全聖遺物は一度励起させればそれ以降は使用にフォニックゲインは必要としない。

 しかし現代で用いられる聖遺物の欠片は違う。使う度に命や欲望やらを聖遺物に注ぎ込めば負担が大きい。シンフォギアのような外付けの兵装も、直接肉体に埋め込むのも割に合わない。だからシンフォギアが使われているということ――らしい。

 なのに肉体に聖遺物の欠片が融合し、シンフォギアを纏う響は異例な存在なのだ。

 

「よし分かった」

 

 煙草を握りつぶした影詩は、大きく頷いて、

 

「俺に聖遺物埋めろよ」

 

「お前はどういう思考回路を組み立ててやがる!?」

 

「なんだようるせぇな」

 

「話聞いて……なかったな! 飛ばし過ぎて箍でも外れたかぁ!?」

 

「お前喋り方なんか変だよな。風鳴といい流行ってんの?」

 

「やかましい!」

 

「アイツの特異性はまぁ言っちまえば聖遺物と融合してることなんだろ? ま、シンフォギアのこともあるだろうけどよ、今んとこ男の融合症例はいないんだろ? だったらそのレア度であいつのこと見逃してくれねーかなぁ」

 

「ククク、是非もない」

 

 笑みを深め、フィーネが立ち上がる。

 背後に幾つかある棚から小瓶なようなものを手にして、

 

「ほら」

 

 影詩に投げつける。

 瓶の中に入っていたのは、

 

「……牙、爪か?」

 

 鋭い牙か爪のような鋭い破片だ。黒曜石に似ているが角も含めて全体が周囲の光を吸い込んでいるような漆黒だ。黒曜石のようではあるが、しかし似ているだけで明らかに違う。影詩の知る物質のどれとも違う気がする。そういう細かい欠片が瓶の中に幾つか収められていた。

 

「――影狼フェンリルヴォルフの爪牙の破片だ」

 

 その名を、告げる。

 終わりの名を持つ者が、終わりを持たす獣の名前を。

 

「北欧の神話に於いて、最終戦争の際に解き放たれる悪名高き狼。その爪牙の化石だよ。それを使うがいい」

 

 フィーネは苦笑しながら肩を竦め、

 

「元々完全聖遺物とはいかずともそれなりに量はあったんだがな。日本では適合者が見つからず、アメリカのある組織に持って行ったがやはり誰も適合せず。仕方ないので砕いて男女関係なく肉体の直接埋め込んでみたが、これまたやはり適合しなくてあとはそれだけ。私の中ではもう終わったものだよ」

 

「その適合しなかった連中はどうなったんだ?」

 

「色々だな。普通に命を落とした者もいれば、狼の化物になって処罰された者も、精神が狂ったものも。皆それぞれ様々だ。大体百人以上は実験を繰り返し――まぁ全員失敗して死んだのは変わらない」

 

「はっはー、じゃなかったら残っちゃいねぇよな。んで? まだ一番肝心なことが答えてくれもらって

ねぇんだけど?」

 

 そう、そもそもの話。

 大上影詩がフィーネの下へ至った絶対目的。

 

「そいつを使えば、響の胸の聖遺物を消せるのか?」

 

 それが肝心なのだ。彼女の身からガングニールの破片を除去できれば、方法も過程もどうでもいし、何を敵に回しても構わない。だからこそ、それだけは確りと確認しておかなければならないのだ。

 答えは、簡単だった。

 

「――解らない」

 

 しかし、

 

「神話に於いて撃槍ガングニールには最高神オルデーンの槍であり、そのオルデーンは黄昏の時フェンリスヴォルフに食われ死んでいく。この繋がり、試してみる価値はあるのではないか?」

 

 さらに、

 

「今の君に、それ以外の選択肢があるか?」

 

「そりゃそうだ」

 

 笑って、瓶の中から爪牙の欠片を掌に落とす。触ったが感じは――普通だ。別にどうということはない。この期に及んでクリスも口を挟むことは無しなかった。何か言ってもこの男は絶対に聞き入れないのだから。

 だからクリスは何も言えず、

 

「ほい」

 

 あまりにも軽いノリで一切躊躇わず、影詩は爪の破片を左胸に突き刺した。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 クリスも、フィーネすらも固唾をのんで影詩の様子を見守り、

 

「…………ぁぇ」

 

 顔を歪めて、

 

「ピーナッツバターとメタルの味がする……」

 

「お前は真面目になれねぇ呪いでも懸かってんのかぁ!?」

 

「ふむ……その感想は初めてだな」

 

「アンタはアンタで真面目に研究するのか!?」

 

「ははは、まぁ俺チンピラだしな――」

 

 笑って、

 

「――ぁ?」

 

 全身の穴という穴から、肌という肌が裂けて噴水のように血を噴き出した。

 

「な、ちょ、おい!?」

 

 思わず飛び退いたからクリスには血が掛からなかったが、しかし糸の切れた人形のように石畳に粘ついた音を立てて倒れ伏す。吹き上がった血は一瞬で影詩の身体がすっぽり収まるほどの血溜まりを作った。

 

「――」

 

 そして血の中に沈んだ影詩は、まるで死人のようにぴくりとも動かない。駆けよって脈を計るが止まってないような、気がするというレベルに弱まっており、明らかに致死に至る出血。胸なんて、破片を突き刺した箇所を中心に、くしゃくしゃにした屑紙みたいに裂傷が広がっていた。

 

「な、なぁ……これ、死んだのか?」

 

「さぁ? それよりもここで使わせたのは失敗だったな。血生ぐさくて仕方がない」

 

「こいつが起きる可能性あるのか……?」

 

「どうでもいい」

 

「どうでもいい、って……」

 

 倒れた影詩を見下ろし、フィーネは言い棄てる。

 

「言っただろう、私の中で終ったものだ。今更フェンリスヴォルフの適合者が現れても意に介することはない。それよりも、だクリス」

 

 視線がズレる。歪んだ笑みは湛えたままに、しかし眼だけは笑っていない。影詩のことは彼女は気に入ってるかもしれない。その在り方に共感さえ抱いているかもしれない。

 けれど、だからこそフィーネにも絶対に譲れないものがあり、それに比べたら大上影詩など路傍の石ころに過ぎないのだ。

 

「デュランダルだ」

 

「っ」

 

「あれさえ手に入れて、励起させれば後は全て些事に過ぎない。解っているだろう? あれが、お前の願いを叶えるには必要なんだよ」

 

「……解ってるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはどこかもわからない虚空だった。

 影詩自身、自己の存在以外は認識できず永遠に暗闇が広がっているだけ。どこに何があるのかも分からず、どういう経緯で自分がそこにいるのかも思い出せなかった。今まさに現実世界で自分が死に瀕していることは全く気づいてない。

 

『――見セヨ』

 

 けれど、確かに聞こえてきた声がある。

 それは影詩の視界の中央、漆黒の世界の中で尚輝き揺らめく黒紫色の燃え立つ炎。それはただの塊であったが、しかし少しづつある形を得ていく。

 狼だ。

 

『――見セヨ』

 

 繰り返すように、その声は響く。

 男のようでもあり、女のようでもあり、どちらでもあって、どちらでもない。声というよりは思念そのものか。それが、影詩に語り掛け、求めてくる。

 

『欲望ヲミセヨ――』

 

 命を、渇望を、祈りを、夢を――そして欲望を。

 狼は影詩へとその欲望の顎を開き、待っている。

 大上影詩の欲望を味わうのを。そしてその味を吟味するのを。

 もしも、狼が気に入らなければその顎で食いちぎるだけ。

 けれど、もしも狼が大上影詩の欲望を受け入れたのならば――。

 

『汝ノ欲望ヲ見セヨ――』

 

 

 




さてはてどうなるのか。

次回はビッキー&未来さんの方の視点でも。

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