All I need is beat 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「――俺をアンタらの仲間に入れてくれよ」
「……ほう」
そう言い放つ大上影詩と歪んだ笑みを浮かべながらそれを受けるフィーネを前にして雪音クリスは背筋が凍る気がした。古城の壁は普段よりも冷たく無骨で人を圧迫する風合いを見せ、けれど彼と彼女は一切意に介すことはない。体の各所に包帯を巻き、顔色も悪い影詩と露出度の高いネグリジェのフィーネが向かい合うというのはシュールな光景ではあるが、影詩は明確な目的がありフィーネの肢体に興味は欠片も抱いていないし、それほどまでの純度の高い想い持っていると解っているからこそフィーネは興味深げに影詩を観察している。
どうしてこんなことに、と雪音クリスは頭を抱える。
けれど影詩を連れてきたのはクリスであるからこそ、どうしていいのか解らなかった
そして思い返されるのは――大上影詩と遭遇した時のことだ。
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「……くそ……あの、ド貧乳が……ッ」
風鳴翼が放った絶唱。それは完全聖遺物であるネフシュタンの鎧を纏った雪音クリスに重大なダメージを負わせていた。翼が命を賭して放ったシンフォギアの奥義は高い防御力と再生力を有するネフシュタンの鎧をも貫いていた。鎧による無理な再生のせいか、既に装着を解いたにも関わらず全身には筆舌にしがたい痛みが残っている。
どこかもわからない大地に体を横たわらせながら、クリスは言葉を吐き捨てる。
「……っつ……くそ……全然ダメじゃねぇか……」
フィーネ――彼女の主とでも表わすべき女性から命じられたのは立花響の拉致だった。フィーネが何を考えているのかはクリスには解らない。けれどクリスの願いを叶えるにはフィーネに従うのが一番だと信じている。
なのにそのフィーネの指示は果たせずに地面に這いつくばっている。
そのことが堪らなく悔しい。悔しくて、涙が出そうになり、
「よぉ、最近会う奴はどいつもこいつも泣きそうだな」
声を掛けられ――スタンガンで気絶させられた。
●
次に目を覚ましたのはどこかのアパートの一室だった。
布団の上に寝かされ、身体には雑だが包帯が巻かれ治療が行われていた。影詩がやったものだったが、問題は服を脱がされていたということ。薄い布団一枚だけで自分が全裸であるということに気づいた時には血の気が引き、羞恥心と恐怖に思考が染められた。
その上両手と両足には手錠が嵌められていたのだから。おまけにネフシュタンの鎧もソロモンの鎧も――首に掛けていたシンフォギアのコンバーターも。残らず影詩の手の中にあった。スタンガンで気絶させらて拉致拘束強奪。紛れもない犯罪である。
貞操の危機を真剣に感じたクリスだったが、しかし影詩はクリスの身体に欠片も興味を見せることはなかった。
代わりに要求を一つ。
●
「それが私との面会……その上でその懇願か」
クリスのボスであるフィーネとの邂逅。それが大上影詩が要求したことだった。既にフィーネが常にいる大広間に連れ込んだ時点で聖遺物はクリスに返還されていた。直ぐにシンフォギアを起動して影詩を取り押さえるか迷ったが、驚いたことにフィーネは彼の登場に対して口端を歪め、迎え入れた。
「二、三聞きたいことがある。何故私の存在に、クリスに上がいることが解った?」
「雪音にボスがいるって確信してたわけじゃねぇよ。別にこいつが単独犯でもよかった。ただ突起物……二課だったか? あれはガチの国家機関なんだろ? そんなのにコイツみたいなガキが一人闘ってるとは思えなかった。仮に単独犯なら、それだけ雪音に力があるってことだしそれもまた良しだ。とりあえず適当に聞いてみれば案の定案内してくれたから結果オーライだ。……流石にこんなお城で優雅にワイン片手にしてる女が仲間一人だとは思ってなかったけどよ」
「あぁ!? てめぇカマ掛けたのか!?」
「うん。お前も大分疲労溜まってたし、焦ってただろ? 別に難しくねぇ」
「なるほどなるほど。では次の質問だ。君は数日前に風鳴弦十郎に襲い掛かり高架から落下して行方不明だった。どうしてた?」
「普通に、逃げたよ。あのおっさんが二課の頭だろ? 否定すんなよ、あんなおっさんより上がいるとか考えたくもねぇ」
「あぁ、彼が二課の司令、長だよ」
「そりゃよかった。その司令殿に殴りかかったんだ。拘束されるかと思ったからな。一瞬意識飛んだけど、悪運は強い方でな。ま、そのあたりはどうでもいい。しばらくは怪我自分で手当てして潜んでた。そしたら? 雪音が現れて風鳴と戦って、ぼろっぼろになってた。こりゃ幸いと声掛けたわけだ」
「声掛けたって私気絶させたよな!? スタンガンで! ごく普通にお縄ものだぞ!?」
「では最後の質問。仲間になりたい、とは? 君の大切な立花響と私たちは敵対しているのよ? クリスが君を連れてきた時、出会い頭に攻撃されると思っていたわ。それなのに、仲間になりたいなんて? どういう腹積もりかしら」
「……雪音はノイズを操ってた。ソロモンの杖だったか? それはアンタのものなんだろ」
「えぇ」
雪音クリスの持っていたソロモンの杖。それは本来災害とされるノイズを自在に出現させ、操っていた。本来人類には不可能とされていたことにも関わらず、当たり前のように行使していた。
それを見て、影詩は考えた。
「聖遺物かノイズに関しちゃお前らは二課連中よりも先を行ってる――違うか?」
「否定はしないよ」
「なら、なぁおい教えてくれよ。連中よりも先に行ってるなら――立花響の胸の破片を除去できないのか?」
「なっ……!?」
「ほう」
大上影詩の目的はソレだけだ。
立花響の胸に埋まったガングニールの欠片、それを取り除きたいのだ。そもそも影詩は響がガングニールを纏って闘うこと自体が許せない。けれど二課には簡単には手を出せない。下手にちょっかいを掛けてまた弦十郎に出て来られれば今度こそ身柄を拘束されるだろう。だから手詰まりだった。
そこに現れたのがノイズを操るクリスだった。
二課に敵対している組織が別にいるのならば、或は響を戦いから遠ざけることができるかもしれないと思ったのだ。
「あぁそうだ、俺も聞きたいことがある。雪音は響を掻っ攫おうとしてただろ? あれの理由はなんだ」
「聞いてどうする?」
「もしもアイツの持ってる要素を俺が代替わりできるのなら、俺を使えよ。なんか色々器具置いてるけど科学者かなんかなんだろアンタ。だったら、俺の身体いじくりまわして勘弁してくれねぇかなぁ」
「ちょ、お前! 自分が何を言ってるのか解ってんのか!?」
ぞんざいな物言いにクリスが声を上げる。つまりそれは自分の身体を実験体として差し出すということだ。立花響というシンフォギアの融合症例の稀有な例。その為にフィーネは彼女を欲しているわけだが、捕まえたらフィーネが響をどんな扱いにするのか解ったものではない。
いや、そもそも。
おかしい。
大上影詩は状況を何一つ把握していない。
これまで影詩の語ったものは仮定に仮定を重ねたもので、確かなものは何一つない。彼の頭の中で状況から読み取れることだったとしても、しかしそれが外れる可能性も戦ったはずだ。いや、しかし彼は外れてもいいとさえ言っていた。
最終的に二課よりも上の技術を持つ者に接触が出来れば、その上で立花響を解放できれば。
その為ならば仮定も、自分がどうなってもいい、そう考えている。
それがおかしい。おかしいし、意味が解らない。
影詩からすればここはアウェイだ。仲間に入れてくれと言っているが、フィーネはそれを受けたわけではないし、そもそも彼は未だフィーネがどういう存在かすらも解っていないはずだ。確かに広間の器具から科学者然としていることは察せるかもしれないが、こんな古城にフィーネとクリス二人だけという状況からまともではないと察せるはず。彼には何も解らないはずだ。
解らないことは、怖い。
なのに彼は何も解っていないのに恐れていない。
雪音クリスはそんな大上影詩が理解できず、故に恐怖を抱く。
一体、何が彼を此処までさせるのか。影詩の行いは目隠しをしたままに断崖へ駆け出すこと何一つ変わらない。断崖の果てにあるのは無慈悲な海かもしれないし、或は灼熱の溶岩か、或は残酷な剣山か。
一寸先の闇に、影狼は一切のためらいを見せずに飛び込もうとしていた。
恐怖を抱かずとも、疑問に思ったのはフィーネも同じだった。
「何故、そこまでする?」
だから問いかける。
「大上影詩、君はどうしてそこまでする? 自分がどうなるか解らないから言っているわけではないだろう。自分がどうなっても構わないと思っているから言ってるし、ここまで来た。何が此処まで、君を突き動かす――立花響と大上影詩には、一体何があった?」
「……」
影詩は、すぐには答えなかった。
何も言わないまま懐から煙草を取り出し咥え火を付ける。
その様子にクリスは声を上げようとした。けれど、気づく。その手や額、首筋に大粒の脂汗が浮かび、身体や手が震えていることに。大広間に煙草の匂いが広がり、たっぷり数十秒間を置いて、
「――二年前だ」
微かな震えを残しながら、口を開く。
「二年前――俺はアイツを見捨てたんだ」
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「私と影詩、それに未来は幼馴染同士だったんです」
風鳴弦十郎の隣、修行の合間に響は彼に自分たちのことを語っていた。弟子入りし、映画を見て、身体を動かして、休んでの繰り返し。その休みの中で彼女はかつてを思い出しながら師に幼馴染のことを告げていた。
スポーツドリンクを口に含みながら、
「家も近くて、昔から一緒に遊んでて。影詩は私たちよりお兄さんだったから保護者っていうか、見守ってくれてたんですよ。……昔の影詩は凄く真面目で」
「……資料では見たな。些か信じられなかったが」
「あはは、ですよね。昔の影詩は髪だって普通だったし、ちゃんと切りそろえてたし。煙草もお酒も飲まないし、学校の成績も素行もザ・優等生だったんです。私と未来も結構勉強教えてもらいましたし」
思い出す。
あの事件以前の大上影詩は絵にかいたような優等生だった。父親は大学教授で、母は医者というお金持ち。両親ともに厳格であったからその分子供の躾も厳しかった。最も別に影詩の行動を完全に拘束するというわけではなく、同年代の子供に比べて少なかったが自由な時間はあった。その自由な時間の間に影詩は響や未来と遊んでいたのだ。
「中学の時は生徒会長だったり、高校入学の時は試験の成績が一番だったり。私も幼馴染として鼻が高かったなぁ。ボランティアとか色々やって地域の人気者だったんですよ」
けど、
「――二年前の事件から、影詩は変わっちゃいました」
思い返す。
あの日のことを。
「響君と影詩君があのツヴァイウィングのコンサートに来たことは当時の資料から解っている……だが、あの時何があったのかは解らなかった。……何があったんだ?」
「私が――影詩からはぐれちゃったんですよ」
●
「一般にノイズに対する『おはし』知ってるか?」
「落ち着いて、走って、シェルターへ」
「そうだ。二年前のくそったれはルールを守るのが大好きだった。人に指示されたことをやるのも、命令にはいはい頷くのもな。だからノイズが現れた時もそいつはその『おはし』に従って、避難誘導の警備員にも従って、シェルターへ走った――響を見捨ててな」
我が身可愛さに影詩は逃げ出したのだ。
誘導に従わないといけないという思いもあった。こういう時こそ、自分よりも目上の相手に従わないと、ルールを守らないといけないと切迫した状況で彼は思ったのだ。
隣に幼馴染の女の子がいることを疎かにして、勝手について来ていると思いこんで。そのことに気づいたのはアリーナの外まで避難した時だった。息を切らして、不意に隣を見た。
誰もいない隣を。誰も握っていない自分の手を。
「一番先に逃げるくそったれとかさ、映画だと一番最初に死ぬだろ? ほら、クローズドサークルでこんなとこにいられるか! とか叫ぶ奴。そういうのって大体死んじまう。ま、様式美っていうかそういう屑は生きてたら邪魔になるからな、仕方ねぇ。……けど、現実はそうじゃなかった」
真っ先に逃げ出した屑はのうのうと生き延びて。
取り残された少女が傷ついてしまった。
「結局そんだけの話だよ。俺はあの時逃げ出した、俺がアイツの手をちゃんと掴んで導いてれば、あんな大怪我をせずに済んだんだ」
だから小日向未来は大上影詩を責めた。
『貴方のッ、影詩さんのせいで! 影詩さんがいたのに、なんで響が傷ついてるんですか! 貴方が、貴方が守ってくれれば響は傷つかなかったかもしれないのに!』
それはある意味本当ではなくて、ある意味真実だった。
そもそもツヴァイウィングに響と影詩を誘ったのは未来だ。けれどその日、家の都合で来れなくなってしまった。思い出すだけで笑えてくる。未来が来ないと聞いた時の影詩は、可愛い幼馴染の女の子と二人きりという状況に緊張なんてしていた。全く、そんな資格ないのに。
未来が影詩を責めたのは、それだけ彼女の動揺していたからだ。自分にも責任の一端はあったと自覚しながら、けれど同時に逃げ出した影詩のことも許せなかった。
後になって、彼を責めたことを未来が悔やんでいたし、今でも悔やんでいる。
だとしても、未来が影詩を責めても責めなくても、影詩自身が自分を許せなかった。
どうしていいか解らなかった。死んで詫びるべきかと真剣に自殺を検討したこともあったが、それはただの逃げだ。けれどじゃあどうすればいいのか解らずに腐っていき、
「ま、それで生真面目少年はトチ狂ってドロップアウトしたわけさ」
そこからも別に大した話ではない。
当然両親は怒り狂って、けれど影詩は言うことを聞かずに家出をして、ほぼ勘当。一年以上顔を見ていない。
かつてルールを守ってばっかりで、それが逃げた原因の一端でもあったら規則を守ることが嫌いになった。そうしてだんだん日常の外側へ。
もう二度と響には関わらないつもりだった。
自分の存在が彼女を不幸にしたのだから、彼女の中から自分を消せばそれでいいと思った。
でも、現実は影詩が思うよりも残酷だった。
天羽奏が死んだノイズ事件の生き残りである響。その治療費やアフターケアは国から保険が降りていたから立花家への金銭的な負担はなかったが――精神的な負担は大きかった。
周囲のくそったれが響のことを批難したから。ツヴァイウィングの奏で死んで、生き残り、国から治療される少女の存在を周囲は許さなかった。迷惑電話や落書き、虐めなんてのは当たり前。家の前に人が集まって罵詈雑言を叩き付けたこともあった。
「――冗談じゃねぇ」
「……っ」
言葉には殺意が宿り、それを聞いたクリスが息を呑むほど。
許せない。
どうして響が批難されないといけないのか。彼女は悪くない。悪いのは自分だ。だけど、連中はそんなことを知らない。響の前に出て、俺が悪かったなんて言っても聞くわけがない。
だから、大上影詩は決めた。
そういう悪意から立花響を守ると。
小日向未来という陽だまりに立花響の心は任せて、自分は影に潜んで悪意を食い破ると。
「自分で死ぬことは駄目だ。だから、アイツの為に生きて、アイツを守る。それだけだ。それが理由だ」
「つまり――贖罪か?」
「さぁな、なんとでも言ってくれ。別に自分の心象に名前付けたいわけじゃねぇ」
「ふむ……ふむふむ」
フィーネは、影詩の話に何か思う所があったのか目を伏せながら数度頷いていた。
数秒程度、けれど永遠にも感じる沈黙が降り、
「――良いだろう」
哂う。
「望んで奈落に堕ちるというのならば止めはしない――歓迎しよう」
「はぁ!? いいのかよ! こ、こんな……こんな奴!」
「ははは、ひっでぇ」
「うるせぇ! なんでだよフィーネ!?」
「簡単だ――愛ゆえに」
「何故そこで愛!?」
ビッキーのガングニールどうにかした!→二課じゃ無理→なんか強そうな敵が出た!→じゃあこっちに付くよ! という謎思考。
大丈夫かこいつ()
数千年初恋こじらせた恋愛処女とメンヘラチンピラのあってはならない邂逅()
「なぜそこで愛!?」←言わせたいだけ
フィーネ側に付いた影詩がどうするかはまた次回ー
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