All I need is beat 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
黄昏に歩くのは好きではない。
ならば朝や昼、夜を歩くのが好きかと聞かれれば影詩は頷くこともないのだけれど。
ただ、少なくとも。黄昏時は確実に嫌いだ。何故ならば思い出したくないことばかりを思い出すから。
およそ二年前、ツヴァイウィングという人気ユニットのライブでノイズの襲撃事件があった。
認定特異災害ノイズ。
どこからともなく現れる極彩色の化物は人間の兵器で斃すことはできず、逆に彼らに触れられたら一瞬で人間は炭素に分解されてしまう。逆光を纏う翼は極彩色の雑音に蹂躙され地に落ちた。
ツヴァイウィングの片割れ天羽奏はその際に命を落としたのだ。
世間一般ではそういう認識だ。それから二年が経って、一人残されたツヴァイウィングの片割れ、風鳴翼は今でも一人ソロ活動を続けている。
その新しいCDが明日発売されるのだが、
「……ホント好きだなおい」
立花響はその為に街を走っていた。
浮かんでいる笑顔は期待によるものだろう。あまりにも嬉しそうで、こちらも思わず笑みがこぼれるほどだ。勢いよく走る背中を双眼鏡で眺めながら、どうせ頭の中は風鳴翼のことで頭が一杯なんだろう。さっきからひっきりなしに影詩の携帯には未来からその旨のメールが届いてくる。
『響がズバババンズバババンうるさい』
『ズバババンってなんだよ』
『翼さん翼さんテンション高いからそういう風に聞こえる』
『嫉妬かよ、雑魚め』
『今度出かける時私の全身全霊を以て影詩さんの参加を阻止してみせる』
『絶対許さねぇ!』
「……あ」
怒りと共に返信をしていたら響が消えていた。
最も、彼女の行動パターンは完全に把握している。二か月間接触はできなかったが、それでも日ごろの様子は未来から連絡を貰っていたし、観察はしていたのだ。だから視界から失っても、存在を見失うことはないのだ。
先回りしようと思い、跨がっている単車にエンジンを入れ直す。
低く唸るようなエンジン音を聞きながら、加えていた煙草を携帯灰皿に潰し込み、
「おっ?」
同時に携帯が振動する。少し眺めのそれは、二つの着信が連続していたからだろう。一つは、ある警報が発令したことによる通知。
そしてもう一つは未来からの返信であり、けれどそれは先ほどのメールとは繋がっておらず、
『響、繋がらない、ノイズ』
「――ざっけんな糞がァ!」
条件反射的に、単車を発進させる。
そして同時に気付いたのは、周囲に人の気配がないということだ。夕暮れの、都市部。それなのに、人が全くいない。響の存在にばかり気を取られていて、周囲への警戒が怠っていたのだ。久しぶりに会えたばかりだったのと、彼女があまりにも嬉しそうに走っていたから気が抜けていた。
そんな自分を、自分で殺したくなりながら単車を走らせ、響が歩いていたであろう道を追い、
「あの、馬鹿が!」
路地への入り口に子供の靴と携帯、そして宙を舞う灰を見つけてしまう。
灰。
それは死を意味するものだ。
ノイズに触れた物質や生物は炭素に分解されて消滅する。それが絶対の結果。その原理は未だに完全には解明されておらず、一般人である影詩は仕組みなど全く解らない。ただ、触れれば灰になるという結果だけはあまりにも明白だ。
二年前――黄昏に舞う、ありったけの灰を目にしたのだから。
落ちている子供靴と携帯から、何があったのかは想像がつく。
恐らく親と逸れた子供を助けようとして、ノイズから逃れて、路地裏に入っていたのだ。逃げるのは間違っていない。子供を見捨てるなんて選択肢が彼女に取れるわけがない。
問題は、彼女が進んだであろう先がシェルターから遠ざかっていることだ。
響や未来が通っている私立リディアン学園の地下にはかなり大規模な対ノイズ用シェルターが備わっている。一般に通り魔に遭遇する程度、一生出くわさない人間もいるであろう災害に対してそこまでの対策がされているのは非常に稀だ。だからこそ、影詩と未来が響にリディアンを勧めたのだ。
なのに、どうして。
いや、そもそも、
「なんでまたノイズなんだよ……!」
どうして。
どうして、と影詩は思う。
どうして、またもや立花響がノイズに襲われなきゃならないのだ。
二年前、あんなにも彼女は傷ついたのに。
二年前から、あんなにも彼女は傷つき続けたのに。
「響……ッ!」
まだ、間に合うはずだ。見失ったのはほんの数瞬前だ。自身の間抜けさには嫌気が指すが、それよりも先に彼女を見つけ、シェルターに叩き込むのが最優先。単車から降りて、路地裏に飛び込む。この先は確か結構道が入り組んでいたはずだ。単車を使うよりも、自分の脚で走った方が速いのだ。
単車に備え付けてあった大きめウェストポーチを掴みながら、路地裏に飛び込みーー視界の端に極彩色を見た。
「――っ!」
判断は一瞬だった。その色を認識した瞬間に、体を飛ばす。無様に地面へ転がり、
「くぉーー!?」
単車が何かに貫かれて、爆発する。
何か、ではない。
ノイズだ。
「ふざけろバイクは爆発させるもんじゃねぇぞ!」
正規のルートで手に入れたものではないが、それなりに苦労の果てに使っているものだし、メンテナンスも手間がかかるのだ。悪態を吐きつつ、平静を保ちながら、ノイズへと向き直る。いつの間に大通りに群れを成しているのはずんぐりむっくりの人型のノイズが五体ほど。その五体ともが影詩へと迫ってきている。
「……くそったれ」
低い呟きはほとんど無意識のものだ。
響の下に行かなければならないのに、これでは下手に動けない。
ノイズとは、基本的に人類へと襲い掛かる習性を持っている。人間だけを襲い、灰に変え、一定時間後に消え去る。そこに一切の意思は読み取れず、交流も不可能。故に、ノイズは災害として扱われているのだ。
原則的に人類にはノイズへと対抗する手段がない。位相障壁に対してあまりにも無力だ。限られた対処方ではミサイルのような大規模破壊兵器で吹き飛ばすか、武術の達人が紙一重でカウンターを食らわすか。けれど、そのどちらもコストパフォーマンスやリスクが悪いし、高すぎる。
その上、影詩は大規模破壊兵器は持ってないし武術の達人でもない。
ウェストポーチの中には警棒やナイフ、違法改造したスタンガン、エアガン。さらには色々な所からちょろまかして手に入れたスタングレネードや手榴弾があるが、どれもノイズに対しての効果は薄い。喧嘩慣れはしてるが、しかしそれも達人と呼ぶには程遠いものだ。
前提として大上影詩にノイズを撃退する能力無い。
だけどそれは、
「何も為せずに、灰へ還ることを良しとしたわけじゃねぇ」
まずは目を見開く。
ノイズの攻撃手段は駆けよって抱き付くか、体の一部を槍状に伸ばして貫くか。
意外にも、前者の危険性は少ない。人間が徒歩で歩く速度とはそこまで大差がない故に、ちゃんと走れば逃げられないこともないのだ。さらに言えば槍状変換も速度はあるが、こちらは機動をはっきりと見れば、これもまた回避が不可能ではない。無論、ノイズ側の数が多ければ多いほど困難になるのだが。
それでも、ノイズと遭遇した人間の多くが灰へ消えるのは――恐怖と意思故だ。
遺伝子に刻まれているかのように、人々は極彩色の雑音に恐怖する。それ故に身がすくみ、足が縺れ、逃亡すら敵わない。また或は、貴い人の意思故でもある。誰かを守ろうとしてノイズに立ち塞がり、身を挺して逃亡の時間稼ぎをする。
それらによって多くの命が雑音に掻き消されてきた。
だから、大上影詩の思うノイズと鉢合わせた場合の対処方法は三つだ。
一つ、恐れず回避に専念すること。
二つ、可能な限り一人で立ち回ること。
そして、
「生きるのを、諦めないこと……!」
叫びながら、身体を動かす。
目前のノイズの一体が体を槍状に変化させて迫って来る。悲鳴は上げないし、眼も閉じない。寧ろ両目を見開き、ノイズの軌道を計算し、予測を立てて、そこから外れる。言うのは簡単だが、しかし実行するのには異常なまでの精神力と生への渇望がなければ不可能。
けれど、大上影詩にはある。
怖くないわけじゃない。
自分にとって一番怖いのはノイズではなく立花響を失うことだ。
どうしても死にたくないわけじゃない。
でも自分が死ねば響はどうなる?
誰かを助けて傷つき、時に傷つけられ、それでも笑って血を流す彼女を残して逝けと?
だから恐怖をさらなる恐怖でねじ伏せ、その恐怖がさらに生への渇望を呼び起こし影狼の動きを研ぎ澄ませる。
ステップを刻み、短く鋭い呼吸を繰り返しながらノイズの接近を避けながら後退する。全身全霊を以て逃亡するというのは無様かもしれないが、それでもそれが唯一にして絶対の生存方法。
「っ、と……!」
同時に三体のノイズが槍状変換で迫る。
けど、見切れないわけじゃない。姿勢を獣の様に低くし、時に地面を転がりながら避け続ける。時間にすれば一分も続かなかった。けれど、極限にまで神経を張り巡らせた一分は永遠にも等しい。
機は、ノイズが再び一か所に集まった瞬間だった。
「おら、よッ!」
ウェストポーチから取り出したのは手榴弾だ。 ピンを引き抜き、集まった箇所に投げつけて即座に反転。姿勢を可能な限り低くさせて、ノイズに背を走り出し――爆風が背を打撃する。
「ぐっ……ぉ!」
衝撃には逆らわない。地面に体を投げ出し、擦り傷が生じるのにも構わず爆破の勢いのままに転倒、そこから姿勢をアジャストしながら即座に立ち上がって、走り出す。爆音による耳への痛みと、転倒からの全身の鈍痛は無視だ。あれでノイズを倒せたわけじゃない。数瞬の足止めが精一杯だろう。
相手にせずに、遭遇した瞬間に反転して逃げるべきだったか、と思わなくもない。
けれど、それですぐに殺される可能性は非常に高いのだ。だから、数瞬とはいえ時間を稼ぐ必要があった。
「はっ……はっ……はっ……響……!」
走り出し、胸を掻き毟るような焦燥と共に思うのは彼女のことだ。多分、子供と一緒に逃げているのだろう。恐らく、靴のサイズからしてかなり幼い子であり、そんな子供とノイズから逃げるということは背負うなり抱きかかえるなりしているはずだ。運動神経が悪いわけではないが、それでもかなりの負担のはず。
何時動けなくなってもおかしくない。幸いというべきか、響が進んだであろう先は海沿いの工場地帯だ。道も入り組んでいて、逃げる場所は隠れる場所も多い。
どうにか、上手く逃げ隠れしていてくれと、切実に影詩は願う。
――俺が、お前を守るから。
そんな、安っぽい漫画のような、けれど影詩にとっては絶対の誓いを胸に雑音が蔓延る路地を駆け抜け、
「――ひ、びき?」
何時の間にか暗くなっていた天にオレンジ色の柱が起立していた。
その色を見て、大上影詩は思った。
暖かくて、懐かしくて。
何より、痛ましいと。
なんか気づいたら超重い主人公ですね!!!!!
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