All I need is beat   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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最愛と共に

 

 戦いが終わった。

 街の各所から煙があがり、大規模な戦闘の爪痕は未だ残っていた。多くの建物や家屋は砕かれているし、道路も大きな穴が空いている場所が多い。荒廃した都市は戦争でも起きた後のよう。

 けれど、そこに剣呑さは残ってはいなかった。ノイズはどこにもなく、シェルターから出てきた人たちは未だ街に残る歌の残滓に驚き、傷ついた心を癒す。

 夕暮れは静かに戦いを終えた世界を包んでいく。

 その中で、

 

「何を、馬鹿なことを……」

 

 フィーネは立花響に運ばれていた。

 つい先ほどまで戦っていたにも関わらず、響はフィーネを気遣っていた。それを止める者はいない。

 

「このスクリューボールが……」

 

 呆れたようにクリスは言葉を零し、他の皆も苦笑気味に響を見ている。

 

「皆に言われます、親友からは変わった子だとかアホだとか……酷いですよねぇ」

 

 あはは、と笑みを零す。

 そんな彼女に反応したのは未来と狼の姿のままの影詩で、

 

「酷い男もいたもんだよ。最低だねッ」

 

「ぐるっ!」

 

 未来がローキックを影詩の前足に叩き込み、鼻先で影詩が未来の腕あたりを軽く小突いていた。

 そんなままの二人を見て響は苦笑しつつ、

 

「……もう、終わりにしましょう了子さん」

 

 力無く大きな石に座り込んだフィーネに語り掛ける。並んで視線に入るのは沈む夕日と街並み。 

 フィーネが壊そうとし、しかし響たちが守った街だ。

 

「私は……フィーネだ」

 

 絞り出したのはそんな負け惜しみ染みた言葉だった。確かにフィーネの身体は櫻井了子のものだが、しかし精神は既に消滅していた。だからそれは事実に過ぎないのだけれど、そんなことしか今のフィーネには言えなかった。

 けれど、解っていた。

 

「でも、了子さんは了子さんですから」

 

「……」

 

 響がそう返すのも解っていた。

 この少女は底抜けの馬鹿で、お人よし。櫻井了子としての記憶がそう告げいてた。 

 了子と呼ぶということは彼女がまだ互いを理解し合えると信じているということだ。

 

「私たち、きっと解り合えますよ!」

 

「……ノイズを作りだしたのは先史文明の人間。統一言語を失った彼らは人々を殺すためにノイズを作りだした。……そんな人間が、解り合えるものか」

 

 吐き捨て、ふらつきながらフィーネは立ち上がる。

 痛みだけが人を繋げるもの。

 そう、今まで信じてきた。歌や心なんかで繋がることなど信じられない。

 響たちに言葉を吐き捨てるその背には、きっとその場の誰にも計り知れないものがある。フィーネは実際に数千年の時を掛けて人の醜い様を目にしてきた。

 だからこそ、

 

「私は――この道しか選べなかったのだ……!」

 

 一つだけを選んで、他のものを蔑ろにして。

 選ぶということは、捨てるということだから。

 ここまで来た。

 ここまで、来てしまった。

 その孤独の歩みは誰にも理解されないし、理解されたいとも思わない。

 かつて胸に芽吹き、いまも尚残る恋慕は誰にも手折られることはないのだ。

 だから、響たちに背を向けていた。けれど、だから彼女が人解り合うことを諦めるならば、きっとこんなことにはならなかったのだろう。

 

「人が言葉よりも強く繋がれること、解らない私たちじゃありません」

 

 それは詭弁でも偽善でもない。

 立花響はその言葉を実現してきたのだから。

 風鳴翼も雪音クリスも始まりは繋がりなどなかったし、向こうから切られていた。だけど響は手を伸ばし続け、胸に響きを届けた。

 小日向未来も大上影詩もそうだ。繋がりはあった、だけど互いを想い合いすぎるばかりにすれ違ってしまった。そのすれ違いを体当たりで彼女はぶつかり、理解しあった。

 傷ついて、傷つけ合って、磨いた絆だからこそ。

 その輝きが何より貴いものだと彼女は信じているのだ。

 

「――あぁ」

 

 息を吐く。

 理解するのだ。

 自分はその響き合う絆に敗北したことを。

 だから、

 

「――ハァッ!」

 

 紫鞭を投擲した。

 

「!」

 

 即座に響が反応し、拳を叩き込みに来る。だけどそれに構わず伸縮自在の刃鞭を天へと伸ばした。響の拳が胸の直前に寸止めで迫るが、

 

「私の勝ちだッ!」

 

 紫鞭は天へと延び――宇宙を超えて月に突き刺さった。

 クリスが逸らしたカ・ディンギルで欠けた月へと。

 

「あ、あ、あ、あ、ーーーーッ!」

 

 そのまま――反転し、背負い引きつける。

 超長距離にて大質量を引くという行為故に莫大な膂力を必要とし、それを発揮するが故に黄金の鎧も大地も彼女の肉体すらも自壊していく。

 そうして引き起こされるのは、

 

「月の欠片を落とすッ!」

 

「!?」

 

「私の悲願を邪魔する禍根はここで叩いて砕く! 例えこの場でこの身が砕けようとも魂だけは永遠に続く! 聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、どこかの場所、いつかの時代、私は何度だって蘇る! 今度こそ、世界を束ねる為に! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女――フィーネなのだからなッ!」

 

 この場では敗北した。

 この場所、この時代、この物語で。それは認めなければならない。

 しかしフィーネという存在は永続する。永遠に続く刹那に潜むが故に、今敗北したとしても次がある。何千年、何万年かけたとしても諦めない。

 その名の通り、世界を終わらせるのだ。

 勝利を確信する哄笑が黄昏を貫く。天に浮かぶ月の破片は少しづつ、けれど確かに地球へと迫っている。あんなものが激突すれば尋常ではない被害は免れない。けれど構わないのだ。例え文明が滅びようとも、また新たな文明が生まれてから再臨すればいい。いいや、フィーネならば自ら文明再生を操ることすらできる。

 故に彼女は笑い、

 

「――」

 

 とんっ、と胸に置かれた拳が止めた。

 痛くは、なかった。

 けれど、静かに風が吹き――胸の中に、何かが響いた。

 

「――うん、そうですよね」

 

 拳を引き離しながら、やっぱり彼女は笑っていた。

 

「どこかの場所、いつかの時代、蘇る度に何度でも私の代わりに皆に伝えてください。世界を一つにするのに力なんて必要ない、言葉を超えて私たちは一つになれるってこと。私たちはきっと未来に詩を紡いで手を繋げられるということ!」

 

 それは、

 

「私には伝えられないから、了子さんにしかできないから!」

 

 永遠に続く彼女にしかできない。

 いや、それ以上に未来を託す言葉に秘められたものにフィーネは目を見開く。

 

「――お前、まさか」

 

「了子さんに未来を託すためにも! 私が今を守ってみせますね!」

 

「――くす」

 

 誓いのような言葉に、フィーネは知らずに苦笑が零れた。

 いいや、それはフィーネではなかった。胸の一番奥に届いた響は、届いたからこそ消えたはずの櫻井了子を呼び戻し、

 

「……本当にもう、放っておけない子なんだから」

 

 響の左胸に指をあてる。

 天羽奏から受け継ぎ、生きることを諦め続けなかった故に世界を繋ぐ歌を生む響きに。

 

「――胸の歌を信じなさい」

 

 そしてフィーネは、櫻井了子は。

 かつての恋心の為に、永遠を続けた一人の乙女は。

 灰となって世界に融ける。

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 闘うべき相手も消えた。

 だけど、全てが終わったわけではない。

 

「……軌道計算済みました、直撃は免れません」

 

 藤堯の絞り出すような声はそのまま地球の滅亡を示している。

 それは誰もが解っていた。

 だから、

 

「――」

 

 一歩、響が足を踏み出す。

 その歩みは連続し、一人だけ離れるように、欠けて落ちていく月へ。

 

「……響」

 

「なんとかする」

 

 未来の呼びかけに、振り返る響の応えは短かった。

 その眼差しもその応えも、それらに込められた想いも。

 心が繋がっているこそ陽だまりは虹の花の決意を悟ってしまった。

 そして、それを理解したのは未来だけではなく、

 

「……るぅ」

 

 鼻を鳴らしながら影詩が四足を踏む出す。ゆっくりした足取りは迷うことなく響の下へと向かおうとして、

 

「――」

 

 途中で向きを変え、未来に向き合って、

 

「……なに――ひゃぁ!?」

 

 頬を舐めた。

 

「ちょ――ん、な――……っ! み、見ました!? 皆見た!? この女の子の顔舐めたよ!? 今ちょいかっこいいワンコだからいいかもしれないけど、中身二十歳前のチンピラだよ!? 犯罪! 犯罪だよ! 弦十郎さん! 逮捕してやってください! それか首輪をください私が責任もって飼いますから!」

 

「がるぅ!」

 

 未来が顔を赤くして叫んで、影詩が吠える。

 その様に他の皆が苦笑し、突っ込まないことに少しだけ居心地の悪さを感じながら影狼へと手を伸ばす。ふさふさと手触りのいい狼毛を撫でながら、

 

「……もう、影詩さん相手だとどうにも言葉が出てこないよ。文句はいくらでも出てくるのにさぁ」

 

「るぅ」

 

 未来は嘆息し、影詩も喉を鳴らす。

 告げた言葉は、一言だけだった。

 

「――お願いね」

 

「がるっ」

 

 吠えて答えて、影狼が未来から離れる。

 もう、振り返ることはなかった。行き先は当然最愛の隣に。

 少しだけ面白くなさそうに唇を尖らせていたのが何だか少しだけおかしかった。

 

「……むぅ、ずるいよ二人でいちゃいちゃして」

 

「わふ」

 

「ちょっと、影詩? 念話で話せるんだからちゃんと話してよ、ずるいよねそれ。照れ隠し?」

 

 返事はなかった。

 代わりに未来と同じように響の頬を一舐め。くすぐったい感触に少しだけ頬を赤くし、

 

「ちょーと行って来るから。生きるのを諦めないで」

 

 背後にいる皆に、笑みを浮かべる未来にそう告げ、

 

「行こう影詩!」

 

「がるぅ!」

 

 影狼の背に飛び乗り、落ちていく月へと飛び出し、

 

≪Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 Emustolronzen fine el zizzl――≫

 

 虹の花の響きが世界に満ち、

 

『RUOOOOOOOOOOO――』

 

 最愛と共に紡ぐ影の詩もまた世界を震わせ、

 

「――響、影詩さん」

 

 月が砕け、流星が世界に降り注ぐ。 

 

 




次回最終回なんじゃよ。

月についてもまた次回。
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