やはりこの世界にオリキャラの居場所が無いのはまちがっていない。   作:バリ茶

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3話 『それ』は未来の暗示

 

 とんでもない爆弾をめぐり先輩に押し付けて暫し硬直した俺は、素早く頭を下げて急ぎ足でその場を去った。赤面していためぐり先輩がもう言葉で表現出来ないレベルで可愛くて卒倒しそうにもなったから、二つの意味で本当に死ぬかと思った。

 

 ――ぁぁあああ!! 何をしているんだぁああ!! 馬鹿か! バカなのか!? 

 本当に頭お菓子ぃ。何なの、脳細胞ハッピーターンで出来てるの?

 やってしまった。いや、これはガチでまずい。予想以上に自分はヤバい事を仕出かしている。「原作介入? しませんよ(*^-^*)」とか言ってた自分を殺したい。

 

 

 ……ちょっと落ち着いて、冷静に考えてみよう。

 実質的にめぐり先輩にフラれる……もといめぐり先輩が俺をフる決心をしてそれを実行に移すこと事態はあまり問題ではない。いや、まぁ大問題なんだけれども。

 

 大事なのはその後なんだ。俺が影響を及ぼしているのは、めぐり先輩以外にもう一人いる。その人はある意味本当はめぐり先輩より関わってはいけない人間……主人公、比企谷八幡。実はめぐり先輩の所へ行く前に、彼に昼食を共にしないかと誘われてしまっている。

 

 ぼっちで友達がいないからこそ真価を発揮するスーパーぼっちのヒッキーが、あろうことか昼飯を一緒に食べるような『友達』が存在しているこの現実を、軽視してはいけない気がする。いや、気がするではなく、してはいけないのだ。

 

 今後奉仕部が直面する危機で、もしヒッキーが俺に頼るような事があったら? それは誰も知らない『未知の領域』にこの世界線が突入してしまうということ。俺の知っている、俺の大好きな『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』という物語が消滅することを意味している。

 

 避けたい。そんなことは絶対に避けたい。だが、これは自業自得というものだ。俺が撒いた種だ。俺がケツを拭かなければ駄目だ。

 この問題の解決には、俺が物語に入らず、俺が関わらなくてもヒッキーが原作通りの動きが出来る為の策を練ることに他ならない。考えよう。元々無い頭をフル回転させるのだ。そして答えを導きだ――

 

「わっ」

「霜月……歩くときは前を見たまえ」

 

 さっきからいろいろ考えてるフリしてたけど、他者から見たらただブツブツ独り言呟きながら下向いて歩いている変態だって事に今気づいた。

 ぶつかったのは独身で三十路の怪力先生。確かヒッキーがこういうこと考えると直ぐに察して制裁を下すエスパー。どうやら俺が考えてることは分からないようだ。

 

「女性の胸に急に頭を埋めて来ておいて、更に失礼な事を考えるとは……君はなかなか肝が据わっているね」

 

 そう言って先生は指をポキポキ鳴らした。バレてーら。……いや、おかしくね? もう本当にエスパーでしょ。何で考えてることが分かるんですかね。読唇術で一儲けできそう。でも読心術すら超越してる感じはする。……読心術。……どくs

 

「あああぁぁッ! や゛め゛て゛せ゛ん゛せ゛え゛ぇえ!!」

 

 俺の顔面を両手で掴んできた。もうメキメキ音が鳴っている。

 

「喧嘩を売っているな、そうだろ霜月? 仕様がないから買ってあげるとしよう」

「こ、殺しに来てますよね!? ていうか何でわかるんですかッ! アイエエナンデ!」

 

 俺が逝きかけたところで頭から手を離し、平塚先生は軽くため息をついた。個人的に、この人は一番溜め息が似合う女性だと思う。

 

「まったく……君は自分の思考が言葉になって口から漏れていることに気づいていないようだな」

「そ、そんなバカな……」

 

 それただの頭おかしい人やん。いや、まぁ、自分が頭おかしいのは知ってたけど、無意識にゴニョゴニョ呟いてラノベ主人公ごっこしてるなんて思わないよ。事実、それをしていたことに気づいた今、正直驚いてる。そんなことをしていた自分に気がつかないとか、どんだけ疲れてんだよ俺。

 

 自分に呆れて溜め息をついた俺の頭を、平塚先生は乱暴に撫でて、そのまま俺の横を通って行ってしまった。先生はもう呆れを通り越しているのかもしれない。キモい一人語り聞かせてすみませんですた。

 今度からは気をつけます(出来るとは言ってない)

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 教室に戻ると、ヒッキーの姿はどこにもなかった。帰りが遅くて、呆れて何処かへ行ってしまったのだろう。

 わざとらしく肩を落とすと、珍しく腐女子代表格の海老名氏から声がかかった。

 

「霜月殿、もしや比企谷君をお探しですかな?」

「そうなんや。海老名どん、もし知っているなら比企谷はんがどこ行ったか、教えてくれへんかいな?」

 

 変な喋り方に対抗心を燃やして、それっぽいけど確実に間違ってそうな関西弁を使った。海老名さんはちょっと引いてる。しもつきの こうげき! こうかは いまひとつの ようだ……。

 

 まぁ別段仲が良いわけでもないし、そもそも話したのは初めてだ。当たり前の反応だし、寧ろ逃げなかったことに俺は感動している。あぁ、腐女子って良い人ばっかりなんやなって……(勘違い)

 海老名さんはまた直ぐに表情を戻し、悪そうな笑みを浮かべた。

 

「財布の中身を確認しながら、教室出ていったよ。パンは持ってたし、多分1階の自販機とかに行ったんじゃないかな?」

「そっか。じゃあ俺も行ってくるわ。サンキューね、海老名さん」

「いえいえ~。楽しい昼休みを~……ぐ、ぐふふ」

 

 両手で顔を隠してるけど、声が漏れてるんですねぇ……。

 え、なに、もしかして、はやはちから俺と比企谷――つまりしもはちに標的変えたの? 俺達いつの間にか、腐女子ネタの恰好の餌食にされていたのか……。そのうち盗撮されそう。比企谷の隣に俺がいる写真とか、何の需要も無いんで破り捨てといてくださいね!

 

 俺が何か言ったとしても、きっと海老名さんは俺ら二人をストーカーするつもりだろうから、ここは敢えて何も言わないことにした。

 

 弁当を持って教室を出ようとしたとき、一応教室全体を見渡してみる。いつもの場所で海老名さんはあーしさんと話しているし、どうやら今回は大丈夫そうかな。…………多分。

 

 とりあえず教室を出て、俺は急ぎ足で階段を駆け下りた。一階に着いたと同時に腕時計を見て気づいたが、昼休みの時間は案外残っている。そこまで急がなくても大丈夫そうだが、ヒッキーとのすれ違いが怖い。やっぱり急ごう。

 

 自販機が見えると共に、その近くにある人影も見えた。その人が誰か分かるや否や、直ぐに声をかける。

 

「比企谷ー!」

 

 俺の声に気づいたであろうヒッキーは、肩を一瞬びくつかせて驚いた。猫みたい。

 

「し、霜月、何でここに」

 

 焦っているようなヒッキ―の口から出たセリフは、見事に俺が言いたいセリフだった。教室で待っててくれと言ったのに、どうして、と。それを言葉にしたい気持ちはあったが、ここは抑えることにする。

 

「いや、まぁ、ここにいるんじゃないかと思って。それより、お前の今日の昼飯………随分と豪勢だな」

 

 苦笑いする俺の目線を追うように、ヒッキ―は俺から自分の懐へと視線を移した。そして「……あぁ、えっと……」と口籠る。

 

 ヒッキ―がマッ缶大好きなのは知っているんだが、昼にマッ缶を二本か。流石に糖分摂取し過ぎな気がする。糖質中毒目指してるのかしら。イライラしやすくなっちゃうから、やめようね!

 

「………これはっ、お、お前のだ」

「へ?」

 

 つい間抜けな声を出してしまった。

 

「えっなにそれは」

「だ、だから俺が二本飲む訳じゃなくてだな。このもう一本は、お前にやるって。い、いっつもマッ缶飲んでたろ」

 

 俺から目を背けながら、懐の一本を俺に片手で差し出してきた。

 何だろ、何か、何だろうね、この感覚。凄くね、何かね、ムズムズする。ムズムズリズム。

 

「いつもって……お前、まさか!」

「ばっかちげぇよ! 俺の斜め前の席だし、たまたま目に入るだけだ!」

 

 驚いたような態度を大袈裟にやると、ヒッキ―は必死に弁解してきた。特別Sという訳ではないが、あれこれ躍起になってストーカー疑惑を否定しているヒッキ―が、何だかちょっとかわいいと感じてしまう。やだ、私、本当にホモだったの……?

 

「だ、だから――」

「わーった、わーったよ。落ち着け。どうどう」

 

 まぁまぁと片手を前に開いて、ヒッキーを落ち着かせる。多分今、心の中で「俺は牛じゃねぇ」とか思ってそう。

 俺はとりあえずヒッキーからマッ缶を受け取り、持ってきた弁当をチラつかせて彼を見る。

 察しがいいヒッキーは、こっちだと言って自分のベストプレイスである場所へ俺を案内した。

 

 

 駐輪場近くの、数段程度しかない階段。もはや階段というよりただの段差レベルのこの場所が、ヒッキーのベストプレイス。

 

 二人並んでそこに腰を落とした。俺は弁当箱を開き、彼はパンの袋を開ける。

 漸く落ち着いて昼食を食べるころには、昼休みの時間はもう長くはなくなっていた。

 缶を開ける音が重なり響き、二人同時に缶に口をつける。双子もびっくりのシンクロに、俺が微笑を浮かべた時、涼しい微風が頬を撫でた。

 

 朝方は海から吹き付ける潮風が、まるでもといた場所へ帰るように陸側から吹く、だったか。確かに心地の良い風だ。ヒッキーがここをベストプレイスにした理由が、垣間見えた気がする。

 

 食べ終わった弁当をしまっていると、ピロリと携帯の着信音が鳴った。電話ではなくメールの、短い音。俺の使っているものとは違う着信音だったため、すぐにヒッキーのものだと気づき、彼の方へ視線を移す。

 ポケットから取り出して画面を見たヒッキーは、面倒くさそうな顔をした。

 

「どした?」

「ああ、妹に帰りにアイスとお菓子買って来いって頼まれた」

「………なんか、羨ましい」

「は?」

 

 このヒッキーのマジで何言ってんだコイツって感じの声音な。多分ヒッキーにはわからんのよなぁ……。

 

「うちの妹、かなりドライでさ。そうやって俺にメールしてくれたこと、一回もねぇ」

「一回も無いって、それは流石に………」

 

 俺の諦めたように笑っているのを見て、ヒッキーは言葉の続きを紡がなかった。

 

「………まぁ、諦めずに接してりゃ、なんとかなるだろ」

 

 俺の肩に手を乗せ、口角を釣り上げた。励ましているつもりなのだろうが、君はやっぱり作り笑顔がぎこちないね。

 

「比企ガエル君にしては、珍しくポジティブシンキングなのね」

「雪ノ下みたいだなそれ」

「心の声漏れてるぞ。てか男の前で他の女の話すんじゃねぇ」

「女の前で、だろ。お前は俺の彼女か何かか」

 

 俺は口を隠すように手を添え、わざとらしく照れて視線を泳がせる。

 

「……た、タイタンなのねっ」

「大胆の間違いな。ブラックサタンの幹部じゃないから俺」

 

 今日のヒッキーは妙にノリがいい。ていうか、こんなに声に出してツッコミをする子だったかしら。

 彼の様子を窺うと、わずかな間だったが確かに笑顔だった。これは俺が魔法カードのスマイル・ワールドを発動したからに違いない。多分お互い攻撃力が200アップしてる。

 

 くだらない事を考えつつも、俺自身も笑っていたことに気づいた。こんなに純粋に楽しい昼食は、ずっと無かったから、かもしれない。

 

「あっ」

 

 自分の腕時計に視線を落とすと、昼休みはもう終わりを迎えようとしていた。

 弁当を風呂敷に包んでゆっくりと立ち上がると、ヒッキーも俺に続くように立ち上がった。

 そしてすこし遠くにある金網のゴミ箱を見つけると、中身がなくなったマッ缶を持って彼の方へ向いた。

 

「比企谷」

「なんだ」

「あそこにゴミ箱あんだろ? ここから投げてどっちが入るか、勝負しようぜ」

「おう、いいぜ。これで勝った方が最強のお兄ちゃんな」

 

 ヒッキーの言葉に、思わず吹いてしまう。そんな俺を見ているヒッキーも、どこか楽しそうに笑っていた。

 目標を定めて、隣同士で並び、構える。

 

「「せーのっ」」

 

 

 投げた缶は円を描くようにゴミ箱へ落ちて行った。

 そして二つの音が鳴り響いた。

 一つは金網のゴミ箱に入り気持ちのいい音を、もう一つはコンクリートに落ち鈍い音を。

 

 

 ()()、入らなかったのは、俺の缶だった。

 

 

 

 





夢のことに触れられなかったので、それは次回。
あと、今回は話の進む速度が早かったので、次からはしっかりとした地の文を書きたいです。


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