やはりこの世界にオリキャラの居場所が無いのはまちがっていない。   作:バリ茶

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亀どころじゃない





2話 自分から墓穴を掘っていくスタイル

 

 

 気づいた時には、すぐそこには二人の男女の後ろ姿があった。お揃いの黒いパーカーでフードをかぶって、手を繋いで歩いている。男は至って普通に、女は見るからにウキウキしているようで、繋いでいない方の手をわざとらしく大振りしている。

 

 傍から見れば「ラブラブだアレ」とか「リア充爆発しろ」とか様々な言葉をぶつける格好の餌食だが、それでも誰の目にも仲睦まじいカップルに見えることは想像に難くない。俺も見ていてそう思った。……そう思ったのは、ほんの一瞬だったが。

 

 ――何かおかしい。何がおかしいのかは皆目見当がつかないが、俺はあの二人を見ていると妙な寒気がした。恋仲の男女への嫉妬でもなく、見せつけるような様子が気に食わないでもなく。……なんか同じこと言ったような気がする。

 しかし虫唾が走った。アレは普通ではないと本能が察知していた。分からない。何なんだアレ。

 

 俺は分からない何かに怯え、体から力が抜けていくように、思わずその場で尻餅をついた。

 男女を見ると、いつの間にか二人は足を止めていた。しかも向かい合っている。顔も近いし、まるで今にもキスをするぞ、とでも言うような姿だ。

 男が女のフードを掴み、そっと後ろに倒す。ずっと見えていなかった女の顔が見えた。

 

 ウェーブのかかった茶髪に童顔。女はどこをどう見ても『由比ヶ浜結衣』だった。

 え、何で? デート? 誰と? その疑問が湧いて出た瞬間、俺の目線は直ぐに男の方へ向いた。

 

 となれば、アレは葉山? それともヒッキー? 俺の中で由比ヶ浜結衣の隣に並ぶイメージが出来るのは大天使戸塚とその二人くらいだ。うむむ……。まぁ、どちらかと言えば結果は分かっている方だ。

 

 無論だが、俺以外でもあの男女二人を見ればもう片方の男が誰だかは大抵は想像出来るし、寧ろ確信に至れる。

 あれは絶対に比企谷八幡だ。間違いない。今更理由など語るまい。

 

 その確信と共に、疑問が一つ浮かんだ。ならば、何故自分はあの二人を見て恐れたのか。ネットのどこでも見たことがあるお似合いのカップル。いつもの自分ならそんな姿を見れば「俺ガイルが目の前にある」とか「ガハマかわいい」とかくだらない事を考えて、それでも嬉しくて仕様が無いはずだ。――なのに、何で?

 

 男は自分のフードに手をかける。ゆっくりと、ゆっくりと、素顔を隠している布を後ろに倒していく。

 

 顔が少しずつ見えてくる度に、自分の心臓の鼓動が早くなっているのを感じた。妙な寒気が再び襲ってくる。

 何なんだ、この感じは。アレは比企谷だ。絶対にそうだ間違いない。フードをおろせば比企谷の顔が出てくるはずだ。疑っちゃいけない。

 

 だって、由比ヶ浜の隣に立つ男なんて、比企谷以外に誰がいる? 戸塚? 葉山? そんなわけない。いつだって彼女の隣にいた男は比企谷八幡だ。

 

 男はフードをおろした。そしてその顔が露わになった。

 予想通り、頭のアホ毛に加えて目の腐っている、まちがっているラブコメの主人公―――

 

「…………は?」

 

 ―――では無かった。黒い髪で、澄んだ瞳をした、異様に顔が整っている男……、あれ? 誰だあいつ。見たことねぇぞ。おい、ちょっと待て。待てよ。待てって。誰だ。誰だよ。全く知らねぇ。どうなってんだよ、比企谷じゃないぞ。

 

 ちょっとガハマさん、何してんの? 何で目閉じてそいつを待ってるの? サブレ助けたのそいつじゃないよ? クッキーの依頼を受けてくれたのはそいつじゃないよ? 奉仕部にいないよ? ねぇ、そいつヒッキーじゃないんだよ?

 やめろ、由比ヶ浜に顔を近づけるな。お前にそんな資格ないだろ。何してんだよ。おい。

 

「――おい! おい、よせ! やめろ!」

 

 声を張り上げた。絶対に聞こえたはずだ。なのに何故止めようとしない?

 

「やめ――――――」

 

 俺の言葉を意に介さず、ついに二人は唇を重ねた。

 唖然としている俺を余所に、数秒後に二人は口を離した。由比ヶ浜はうっとりとした表情を。男は此方を見て、酷く歪んだ笑みを浮かべていた。嘲笑するような、勝ち誇ったような笑みを――

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 

「……っぁ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げ、勢いよく上半身を起き上がらせた俺の意識は完全に覚醒していた。夏ではないというのに、寝間着は汗でびっしょりだ。

 

 ――酷く悪い夢を見た。人生の中で一番恐ろしい悪夢。内容はハッキリと覚えている。いけ好かないすけこましの王道ラノベ主人公みたいな見た目の奴がガハマさんを寝取る……といった感じか。厳密には、彼女を【彼女】、つまり自分の女にしていたと言った方が正しいと思う。

 

 昨日から修学旅行編の彼らの物語にウキウキしていた気分がぶち壊された。

 あんなの見るなんて、私ちょっと疲れてるのかしら。……うぇ、結構ガチで気分悪い。

 

 着替えをクローゼットと箪笥から出し、覚束無い足取りで部屋を出る。目指す先は洗面所。嗽して顔も洗わないと駄目だ。めっちゃ気持ち悪い。

 

 洗面所で顔を洗って鏡を見てみると、自分の顔がかなり窶れていることに気が付いた。当然と言えば当然なのだが、いつもの地味な顔立ちがもうちょっと酷いことになっていた。例えるなら、出来損ないのヒッキーか。何かもう眼が凄い感じのアレ。これ以上的確な表現が見当たらん。

 

 リビングに行くと、寝ぼけ眼でもそもそと朝食を食べている妹の姿が見えた。よく見ると俺の分もある。俺も対面側に座り、朝食に手をつける。米に味噌汁と卵焼き。なかなか美味しそうですね。

 

 そこでふと、気になることがあった。今日は休日で親は熟睡中……。

 

「……そ、そういやさ。まだ母さん達寝てるよな?」

「は?」

 

 確認取ろうとしただけなのに、メンチ切られた。妹怖ひ……。最近の会話だと何かに付けて、この子「は?(威圧)」しか言わないの。お兄ちゃんお前と話す時、割りと本気でビビってるんだよ……。

 

 このまま怯んで会話をぶっ千切るのもアレだし、飲み物で喉に詰まった白米を流し込み、再び言葉を切り出す。

 

「す、すまん。……えーと、この朝メシ誰が作ったのかな〜……なんて」

「……美味しくない?」

 

 予想の斜め上を来た。会話にならぬ。どうしたらよいでござ早漏。漢字が違うで候。卑猥でござ早漏(復唱)

 

 でもよく考えてみたら、親は起きてないし、この朝食は妹が料理したのではないのだろうか。という考えに辿り着く。……あ、なるほど、感想が訊きたかったのね。

 

「いや、旨いぞ? 寧ろ最近食った飯で一番旨いまである」

「大袈裟過ぎてキモい」

 

 あれぇ? 褒めたのにいつの間にか俺貶されてる? こりゃ一体どういうことなんじゃ。俺にはさっぱりわからねえ。こいつの思考回路はとりあえず何かにつけてお兄ちゃん貶すって感じなのかな。なにそれこわい。いずれ殺されそう。

 でもお兄ちゃん折れない。だってお兄ちゃんだもの。慈愛の心を持って接するのよ!

 

「と、とにかく、結構美味しいぜ」

「……ふーん」

 

 多分ラノベかギャルゲーの妹なら今の言葉でちょっと俯いて照れながらも嬉しそうな表情をして読者兼プレイヤー兄貴達を萌え殺しにかかるのだろうが、残念ながらここはラノベながらも現実の世界。

 

 妹はとことん興味の無さそうな反応を示しましたとさ。めでたし。うむ、それでこそワシの血を受け継ぐ者よ……。少しドライなところは俺に似たのね。出来れば受け継がないで欲しかったなぁ、というお兄ちゃんの心境はきっと分かってくれません。寂しい。

 まぁこんな感じなら葉山とかでさえも俺の妹を攻略することは絶対に不可能だな(確信)

 

「ごっつぉーさんでした」

「……お粗末様」

「………」

「何?」

「な、何でもありません!」

 

 まともな返答をされたのがあまりにも久しぶりだったもんで、少しの間硬直してしまった。この子はツンツンしてて、ガチでデレの欠片も無い。と思いきや此方が期待していない時に限って、こうやってちょっと照れくさそうな小さい笑顔で不意討ちしてくるから怖い。そういうところ大好きだよ!

 

 妹が俺の妹だったこと(矛盾)に犇々と感動していると、いつの間にか俺の使っていた食器も台所へ持っていってくれた。優しみ!

 

「ねえ兄貴、そろそろ行こっか」

「一体どこへ行こうと言うのかね」

「私一回部屋戻るから、ポリ袋と軍手出しといて」

 

 食器を水に浸けてタオルで手を拭き、妹はさっさと二階の部屋に行ってしまった。

 えーと、うーんと、なーんだっけ。………ああ、今日は町内清掃だったか。忘れてたんこぶ。

 

 他にも忘れていたことがあったから、二階の妹にも聞こえるよう、結構大き目な声で階段から呼びかけることにする。

 

「家出る前に歯磨きしとけよー」

 

 二階から返事は帰ってこなかったが、多分聞こえただろう。

 俺もさっと歯磨きと着替えをすませ、二人分の軍手とポリ袋を持って家を出た。そのあと先に行くなと妹に殴られた。

 

 

 家を出て早3分。妹が近所の友達とどっか行っちゃったけど、黙々と真面目に作業に徹する姿は清掃員の鑑だって賞賛の声を浴びてもいいくらいには一人でゴミ回収続けてる。そこ、友達いないとか言わない。お兄さん怒ると怖いよ。

 

 今まで割とポジティブシンキングで生きてるけど、一人でゴミ回収とかやっぱりつまらないし寂しい。何が悲しくて誰かのポイ捨てを回収しなくちゃいけないんですかね。もう落ち込みまクリスティ。

 

 ポイ捨ては悪だな、とか思いながら公園のペットボトルを拾って、それが昨日自分が捨てたゴミだと知って更に落ち込む。やっぱりポイ捨てって悪だわ。

 くだらないことを考えながらも意外に作業は進んでて、本気で自分が真面目だなぁとか思いつつ袋を縛り、ベンチに腰を下ろす。

 

 遠目に自動販売機が見えたので、袋を置いてすぐに重い腰を上げた。幸い財布は持ってきているから、ここで一息つくことにする。

 

「迷うな~」

 

 そんなこと言っても指はマッ缶一直線に進んでた。俺ちゃん嘘つき。

 出てきたマッカンを取り出し軽く振り、ベンチに戻ろうと思ったとき、後ろに気配を感じた。どうやら他にも休憩したい人がいたようだ。

 少し急ぎ足で自販の前を退き、並んでた人の顔を確認してみる。

 

「……ぇえっ」

 

 あまりにも衝撃的だったもんだから、裏返ってしゃがれた声が出てしまった。それが聞こえたのか、並んでたその人もこっちに顔を向けた。

 

「あ、確かサッカー部の人だよね? おはよ~」

「ど、どうも……」

 

 家を出たばかりの引きこもりみたいな挨拶をしてしまった自分を恥じる。

 普通なら馴れ馴れしく感じるこの言葉使い、でも全然間違っていない。この人からしたらこれが普通だ。だってこの人は先輩で、俺は一つ下の後輩だから。

 

「……えっと、城廻先輩、近所でしたっけ……」

 

 やせいの めぐりんが とびだしてきた!

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 今俺は絶頂している。そして極度の緊張に襲われている。マッ缶握ってる右手はずっと震えてるし、目線はあっち行ったりこっち往ったり。心臓も鷲掴みされてるような気分だ。

 

 何故かさっきの会話の流れから、この公園でめぐり先輩と一緒に休憩することになった。しかもベンチで隣同士で。

 なななななぜぜぜぜ……や、や、やばい。動揺は隠せているか。本当に隠せているのか。隠せていないと挙動不審の変態って感じで通報される。それぐらい(どれくらい)俺は今の自分の状況を把握しきれていなかった。

 

 いや、何でこうなったかが分からないわけではない。言ってしまえば、ただ単にこの今の自分の現実を実感することが出来ていないのだ。

 い、意味不明だ。何故俺がこんなおいしい展開を迎えることが出来ている!? わからん、わからんぞ! でも幸せだ! 生きてきた中で今この瞬間が一番幸福だ! 

 

 ヒッキーが言っためぐめぐめぐりん☆めぐりっしゅ効果(主な効果はリザレクションとデトックス、お姉さん属性の付与に加え、たまに見せる大人びた雰囲気にあどけない仕草の追加効果を得る。相手は死ぬ)は嘘じゃなかったようだ。寧ろこの言葉じゃ足りないまである。縮めてめぐレックス効果とか名付けてみようか。

 

 あとこっちにいた理由は、近所の友達の家に泊まっていたかららしい。俺はその友人様を崇め奉って神様と呼ぶことにする。

 

「あのー……霜月(しもつき)くん?」

「……へっ、は、はい、ごめんなさい」

 

 話しかけられてようやくこっちに戻ってきた。あのままじゃ多分いろいろ妄想するうちに爆死するところだった……危ない危ない。

 

 めぐり先輩に呼ばれて思い出したのが、自分の名前。俺は霜月大悟(だいご)! 普通の高校生さ宜しく!

 朝のHRは寝てるから出欠の返事はしてない。ようするに先生に毎日呼ばれてるはずの自分の名前を聞いてないので、それ以外で呼ばれる機会のない自分の名前を忘れていた。ぶっちゃけどうでもいいんだけどね!

 

 それより、遂に今世紀最大の会話が始まってしまった。なんとか嫌われないよう、名前を言えば顔ぐらい思い出せる程度にはめぐり先輩の記憶に俺を残したい。下手な会話は出来ん。慎重に行けよ! おう!(自問自答)

 

「缶、つぶれてるけど……」

「え!?」

 

 手元を見て、自分が興奮のあまりいつのまにかマッ缶を握りつぶしていたことを漸く理解した。手は液体まみれ。バカかよ俺……もう失敗した。終わりだぁ。嗚呼……。

 

「て、手ぇ洗ってきます……」

「あ、これ使って」

 

 笑顔で差し出してきたのは、すごくもの凄く超絶アルティメットハイパーいい匂いがしそうな綺麗で薄い桃色のハンカチ。

 感動のあまり涙が出そう。てか多分もう出てる。めぐり先輩驚いた顔してるし。ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 こんなの惚れて舞うやろ。言葉の通り舞いそう。先輩のために全力でダンスしちゃう。

 しかし一瞬勘違いしてしまいそうにもなった。こいつ俺のこと好きなんじゃね? と。おいおい馬鹿かよ。本気で死ね。善意を好意に挿げ替えんなよ。ああ、先輩と別れたら、この後どっかで自分を100回くらい殴ろう。

 

「……ちくしょー」

 

 手を洗いながら、こんなことを思う。本当に何でこんなときでさえくだらない事を考えて失敗してしまうのか。

 

 めぐり先輩は優しくしてくれているが、あの人の中できっと俺は「頭がかわいそうな男子生徒」になってしまっているに違いない。それなら寧ろ忘れて欲しい。主にめぐり先輩のために。だって多分間違っていないし。

 

 めぐり先輩のハンカチで手を拭き、ベンチまで戻る。そして隣に座ることなく、立ったままにすることにした。

 

「すいません先輩。これ、洗って返します。学校で」

「気にしなくていいよ~。私もそれ使うから」

「で、でも……」

 

 なんかハンカチを返そうとしない変態みたい。でも実際どうしたらいいんだこれ。俺如きの手を拭いてしまったハンカチが、そのままめぐり先輩の手に触れてしまってもいいのだろうか。

 

 本来ならそんなはず無いが、このハンカチはめぐり先輩の物。返すのが筋だ。でも俺使っちゃったし……どうしよう、どうしよう。ああ、どうしよう――

 

「……あ、じゃあ洗って明日返して! 昼休みに、私の教室で――」

「……へっ」

 

 めぐり先輩は手元まで伸ばしたパーカーの袖で、軽く俺の頬を擦るように触れた。俺はその動作を、いつの間にか本当に流していた涙を拭うためのものだとは露知らず。

 

「待ってるね♪」

「……は、はい」

 

 そっと触れた自分の頬がまだ微かに湿っていたことで、それをやっと理解した。

 

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 家に帰って、後悔をして、一体何回自分を殴っただろうか。馬鹿野郎……俺の馬鹿野郎。何で失敗してんだよ。全部ゴルゴムの仕業だ。ゆ"る"さ"ん"。

 

 結局、あの後は城廻先輩のご厚意で、隣に座らせてもらい、更にお話までしてくださった。本当にあの人は天使……いや神様……いやめぐりん様……(ループ)

 とにかく俺に優しくしてくれた。あの優しさに触れて、堕ちない男子はいない。もしいるとしたらそれはヒッキーくらいだ。やっぱり主人公ってバケモノだわ。本当に彼は理性の化け物ですね。

 

 話は変わって、そろそろ昼休み。実は今からハンカチを返しに行くところだ。めっちゃ緊張する。昨日からずっと返す時のシミュレーションをしていたのだが、全く良いイメージが湧かなかった。

 

 無難な返し方はお礼と謝罪を言って丁寧に渡して、さっさとその場を立ち去ることだ。俺があの人の近くに、長く居ていいはずが無い。居ていい男子は主人公だけだ。

 

 チャイムが鳴った。数回深呼吸して椅子を立つと、横から声がかかってきた。

 

「な、なあ、霜月」

「比企谷? どした」

 

 なるべく冷静を装って返事を返す。まさかヒッキーから話しかけてきてくれるなんて、思っていなかった。

 そこでまた、思わぬ言葉が飛んでくる。

 

「今日……さ。い、一緒に飯食わないか?」

「え、あ……」

 

 本当にそんな言葉が飛んでくるとは思ってなかったので、一瞬動揺してしまった。そのせいか、ヒッキーの顔がすこし引きつったように見えた。おっと、別に嫌なんかじゃない。寧ろ嬉しい。だからそんな顔をしないでくれ。

 

「えーと、少し用事あるから、教室で待っててくれるか? すぐ戻ってくる」

 

 なるべく笑顔で言うと、ヒッキーは少し安堵したように見えた。心配させてすまないね、少年。

 

 教室を出て、上の階を目指す。城廻先輩の教室は一つ上の階だから、少し距離がある。そのせいか、少し足取りは重かった。寄り道して時間潰そう、とか考えそうになり、その思考を吐き捨てる。迷っちゃいけない。

 

 それと、さっきのヒッキーを見て分かったのが、予想以上に自分が原作に介入してしまっていることだ。今はヒッキーだけだが、城廻先輩にも影響を与えてしまうかもしれない。本当にそれだけは避けたい。

 

 修学旅行後のヒッキーと奉仕部の動向はなんとか干渉せずやり抜こう。なんせいろはすが一番輝く時期だ。俺みたいなクソザコナメクジが関わっていいはずもない。

 ――やっぱり余計なことを考えてしまった。今は城廻先輩にどんな言葉をかけるのか、それだけを考えよう。

 

 

 もう教室の前まで来てしまった。高まる鼓動を深呼吸でなんとかしようとするものの、止まる筈は無かった。時間稼ぎはもういい、腹を括ろう。

 近くの先輩に声をかけ、城廻先輩を呼んでもらった。程なくして、城廻先輩が教室から出てきた。

 

 気を使ってもらって、ハンカチを貸してもらって、涙を拭いてもらった。返しきれない恩はこれから陰からこっそり返して行こう。そう決めて、口角を上げ、微笑の表情を作り出した。

 

「あの、城廻先輩……これ」

「あ、もう持ってきてくれたんだ。ありがと~」

 

 う、眩しい。目が、目がぁああ!!

 だ、だが、ここで怯むわけにはいかん。

 

「ハンカチありがとうございました。それと公園の時のこと、すいませんでした」

「えっ、謝らなくていいよ! こっちこそ何か気に触れるようなことして、ごめんね?」

 

 まさか自分が俺を泣かせたとでも思っているのかこの人は。なんじゃそりゃ。優しすぎるでしょうよ。やめてもっと好きになっちゃう。

 

「と、とにかくありがとうございました。城廻先輩」

「めぐりでいいよ~。それに、戻るときにゴミ袋持ってもらったし、こっちもありがとう~!」

 

 笑顔で両手を合わせてお礼を言ってきてくれた。あんなことでさえお礼を言ってくれる……。もう死んでいいかな、俺。

 き、切り上げよう。話を切り上げて、この場を離れよう。

 

「それじゃあ……」

「うん! またね~」

 

 ああ、笑顔だ。凄く笑顔だ。優しくて暖かい。天使だ。女神だ。言葉じゃもう表せねえ。ああ先輩、先輩――

 

 

 

 

「好きですめぐり先輩」

「―――え?」

 

 

 

 無意識に出たその言葉を理解したその瞬間、もう一度脳は機能を停止した。

 

 

 

 





感想とお気に入り登録いただきました。ありがとうございます。
更新はマイペースです。早かったり遅かったりします。
完結はさせるつもりなので、どうかお付き合い頂ければ幸いです。

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