やはりこの世界にオリキャラの居場所が無いのはまちがっていない。 作:バリ茶
年始の初詣帰りの電車はそこそこ混んでいた。といっても運よく空いた席を見つけたので自分は座っていたため、混雑はさほど気にならず。
隣に座っている子連れの女性の肩にぶつからないよう、深く座り込んで体を力ませる。子供と楽しそうに談笑してる時に隣の人と肩が触れ合ったら雰囲気が悪くなると思う。個人的な見解だけど。
暖かい車内で少しウトウトしつつ、ここ最近の事を思い出してみた。
といっても別段何かあった訳では無い。神様だとか天使だとか、まともに考えたら頭が変になりそうな連中による超常的な力で、身体の損傷が全て完治しきって退院しただけだ。
医者の先生たちも混乱していたが、それもそうか。回復スピードおかしいものね。仙豆食べたZ戦士並みの早さですよ。
初詣は家族全員で行ったが、俺がトイレに行ってる間に皆先に電車乗って帰った。どぼじでぞんなことずるのぉ゛。
というわけで一人寂しく電車に乗っているわけだが、ここで問題がひとつ――
「そういや、こっち方面でよかったのかよ」
「……えぇ」
――目の前にゆきのんと八幡がおります!
あ、いや、狙った訳では無くてね? 本当に偶然なんだよな。
初詣なんて行く人は沢山いるわけだし、それに電車で奇跡的に乗り合わせる可能性だって砂粒程度しかないと分かってたんだけども。
もはや何か特別な力に導かれている可能性すらある。スタンド使いはスタンド使いに引かれ合うからね、しょうがないね。
「居ても居なくてもいいって楽だし、誰も困らせてないだろ? 世の中いるだけで雰囲気悪くする奴いるし……」
「それは自己紹介かしら?」
「そうそう、だからなるべく人に接しない様に生きてきたんだよ」
「ふふっ」
俺は今喋っている二人の後ろの席に座っているためその表情は窺えないが、まあ二人とも微笑を浮かべている事でしょう。たしかアニメ2期の10話だっけこれ……。
久しぶりに俺ガイルって感じの光景をみて心が豊かになった。いいよね、語彙力なくなるよね。
って、俺の降りる駅ここだ。
――あ? 待ってね。降りるには目の前のドアから出ないと間に合わないんだ。それで目の前には今降りようとしているヒッキ―がおる。そんでここはドアが閉まる直前に「比企谷くん。今年もよろしく」てやる大事な場面なのよ。
……せんせぇ、ぼくどうやっておりればいいですか。
迷っているうちに、いつの間にか俺の隣に居た親子も降りていた。やばい、間に合わない。
そうこうしている間にドアは閉まり、俺は帰ることが叶わなくなってしまいました、めでたしめでたし。
「ふぅ。―――あっ」
ゆきのんが振り返った瞬間、別れ際の二人をじっと見つめていた俺と彼女の目が合ってしまった。ひぃ……無理、原作ヒロインの圧がすごい……。
「……ど、どうも」
◆ ◆ ◆
「……そう、体の調子はもう大丈夫なのね」
「まぁ、はい、おかげさまで(?)」
空いた隣に座ってきたゆきのん相手にテンパってよく分からない返答をした俺をよそに、彼女は意外にもホッとしたような表情になっていた。
修学旅行の時の記憶は、この世界の輪から外れた連中が介入した影響で、ゆきのんの中ではあやふやになっている。
簡潔にまとめると、ガハマさんが変態に襲われそうなところを庇ったと思ったら、名前も知らない同級生の男子生徒が飛び込んできてなんやかんやあって二人が車両に跳ね飛ばされた後、よく分からないけどそれは一旦置いといて戸部が海老名姫菜に告白する現場に直行した、という状況なのだが、神様だかなんだかに記憶を誤魔化されたせいで違和感を感じていない。
つまり彼女の操作された記憶の中で俺は「友人を助けてくれたような気がするナイフで刺されて車に引かれた名前も知らない同級生」ということになっているらしい。情報量が多すぎるッピ!
俺がそんなことを考えていると、ゆきのんが優しい声音で語りかけてきた。
「あの時は本当にありがとう。私、勢いよく飛び出しておいて、その後の事は何も考えてなかったのよ。貴方がいなかったら、きっと私も直ぐに退かされて由比ヶ浜さんを守れなかった」
「いやいや、凶器を持った人間の前に出れるなんて、相当凄い事ですって。俺はアイツの事を前から知っていたけど、急に出てきた不審者に対してあんな行動とれる雪ノ下さんの方がよっぽど……」
なんとか言葉を紡ぐが、そもそも今のゆきのんの修学旅行時の記憶は無理矢理パズルのピースを押し込んだような歪な形で成立しているので、あまりあの時の事を掘り返さない方がいいだろう。まともに考えたらあの状況は普通じゃ無さすぎる。
なんでもいいから話題を変えよう。
「それより、奉仕部の方はどうなんですか? なんか、クリスマスにイベントやったとかなんとか」
「それは……ええ、恙なく進行できたわ。それからは特に依頼も無いわね」
「あ、そ、そうですか」
会話が終わり、沈黙が訪れる。不思議とゆきのんは居心地の悪そうな顔はしていないが、俺はもう限界寸前だ。
無理ーーーー!!! 話すような話題も無ければ共通点も無いので!! いわば「別に仲良くはないけど何回か話したことはある知り合いの知り合い」みたいなもんだぞ……どうしろってんだ。
ポーカーフェイスをなんとか保ちながら頭の中はトルネードのごとく混乱している俺に、ゆきのんは思わぬ質問を投げかけてきた。
「貴方は……その、比企谷くんの友人なのかしら」
「へ? な、なんで」
「部室で何回か霜月というワードが彼の口から出てきたから。彼、小町さん以外の人の話は滅多にしないのよ。そんな彼がわざわざ言うくらいなのだから、もしかしたら……と思ってしまって」
考えるような表情をしながら言うゆきのんに対して、なんと返していいか分からない。ハッキリと友達ではないと断言するべきなのか、それとも濁した方が良いのか。
ようやく転生者とかいうよく分からない連中の騒動が鳴りを潜めたので、俺を原作には存在しない「比企谷八幡の友人」としてゆきのんに定着させるのはまずいのでは。
無理無理かたつむり。今の俺では考えを纏めることは出来ない。
「えっと……ひ、比企谷が友達だって言うなら、友達……なのかな?」
俺がそう言うと、ゆきのんは小さく笑った。え、なに。
「貴方のその穿った見方、比企谷くんに似てるわね」
それだけ言うとゆきのんは立ち上がり、ドアの近くに立った。どうやらこの駅で降りるようだ。座ったまま見送るのは失礼かと思って立ち上がった俺に、ゆきのんは優しく微笑みかけてきた。
「学校で会うことは滅多にないでしょうけど、困ったことがあったら頼って頂戴ね」
「え? それってどういう――」
俺が言いかけた瞬間にゆきのんは電車を降り、振り返りざまに返事を返した。
「
電車のドアが閉まり、俺はそれ以上彼女の表情を窺うことは叶わなかった。
気を許していない他人にはあまり柔らかく対応しない彼女だが、俺にあんな親切心を見せてくれたのは、やはり歪ながらも友人の命の恩人だから、だろうか。
なんだかそれは、自惚れている気がしなくもない。俺はただ、自分と同じ状況の犯罪者と、醜い小競り合いをしたにすぎないのだから。
……待って、ゆきのんの俺に対する好感度が上がってしまったのでは??(イキリ)
◆ ◆ ◆
年明け最初の昼休み。資料運びの手伝いをさせられている影響で職員室を出入りしていると、見覚えのある人物を目撃した。
ただその人物とはあまり話さない方が良いというか、話す勇気が無いと言うか。
なんとか気づかれない内にその場を後にしようと思ったが、先生に呼び止められてしまった。ちょ、お礼の缶コーヒーとかいらな―――あ、気づかれた。
「霜月くん?」
「お、お久しぶりです」
やせいの めぐりん が とびだしてきた!
仕事が終わった後、彼女――城廻めぐりに導かれるままに、校庭が見える外のベンチに腰を下ろした。
彼女は少し暗い表情をしているが、その真意はまるで分からない。
俺が彼女を避けたかったのは、文明崩壊レベルで気まずくなるからだ。
実の弟が刺したひとつ下の後輩で、しかも前から面識があるときた。もうこれ以上考えられる最強の気まずいシチュは無いだろう。
一応、意識を取り戻した俺がまだ病院のベッドに居る時に、お互いの家族を交えて話はしたのだ。聞きたくない謝罪の言葉はこれでもかというほど聞いたし、うちの家族の怒気を孕んでいる妙に落ち着いた声も沢山拝聴させていただいた。
あの場で特に居心地が悪かったのは先輩だろう。もはや謝罪以外に何を言いえばよいのかすら分からず、弟の責任を自分たちで背負う羽目になっていたのだから。
そのあたりで、俺は死ぬほど申し訳なくなった。
何せ、あの優希は生前からヤバいヤツだったのだ。この世界での教育が影響で歪んだ訳では無く、転生前から倫理観の外れた奴がそのまま成長しただけので、城廻一家には何も落ち度はない。あいつと同じ世界出身として申し訳ないばかりである。
なので彼の家族からの謝罪は聞きたくないし、直接会えばまたそれを聞くことになるだろう。しかもそれが城廻先輩の口から出るとなると、もう耐久力が紙になってしまう。
( 0M0)<
そして今、ふたりでベンチに座っているわけだが、これからどうなるのか見当がつかない。
再び城廻先輩に謝られるのか、それとも「よくも弟を……!」と首を絞められながら復讐されるのか。……ちょっと興奮してきた。
「霜月くん、前に……さ」
「ま、前? ――あ、もしかして……あのときの?」
伏し目がちなめぐり先輩が言っているのは、もしかしなくてもあの時の事だろう。
『(めぐり)先輩、好きッス!』って言った時のあれだ。ちょっと誇張した。
勢いだけで告白したあの時。
いや、今考えても頭おかしいな。大して付き合いもないし、前日に話しただけの関係なのにアレは無い。
結局答えが出される前に俺は逃げて、今に至る。
ということは、今返事がもらえる、ということだろうか。
「うん、そう、それ」
「せ、先輩、あれは……その、その場の勢いというか、なんというか」
「ごめんね、返事がこんなに遅くなっちゃって」
苦笑いした先輩が、一呼吸置いてから口を開いた。
今世紀最大に心臓が脈を打っている、いやまぁ、答えは分かってるんだけど、如何せん目の前で言われるとなると、やはり緊張してしまう。
構える。答えを貰う準備は出来た。
「やっぱりあの気持ちには、答えられない……です。ごめんなさい」
「……は、はひ」
死ぬほど申し訳なさそうに謝る城廻先輩を見て、思わず噛んでしまった。
わ、分かってた、分かってたさ……。落ち着け、自分が今までやってきたことを思い出せ。
ひとつでも彼女から好かれるような事をしたか、いやしてない。寧ろマイナス補正がかかるような事しかしてない。弟を車両衝突に巻き込むとかその最たる例でしょ。当たり前の結果なんだ、よなぁ。
「俺の方こそ、その、いろいろ申し訳ありません。先輩、あんなに苦労してるのに」
「あまり謝らないで欲しいかな。私、返事をしたかっただけだから」
先輩は俺に微笑みかけると、校庭でサッカーをして遊んでいる生徒たちへと視線を変えた。
俺も釣られるように生徒たちを見て、元気だと感心してしまう。まだ一月で寒風もやまないのに、あんなに元気にはしゃげるのは素直に羨ましい。俺なんて既に手がかじかんでいる。
手を擦り合わせて温めていると、何か違和感を感じた。少し周囲が、温かくなったような、そんな気が。
―――っと、あれ、まって? 先輩、さっきより距離近くない?
隣に座っているといっても、サッカーボール一つ分くらいは両者の間に隙間があったのだ。だから少しは緊張せずに話せていたつもりだったのだが、いつの間にか肩が触れ合いそうなくらいまで距離が近くなっている。
?????????????????(音割れポッター)
ちょっと、ほんとに……! 何で!?!? めぐりんなに!?
ハッ、まて。
もしかして俺が自然と距離を詰めていたのか? だとしたらやばい、早急に距離を開けなければ。
ずりずりと左へとゆっくり体をずらす。よし、これで距離が離れ―――
「……んしょ」
――てないですね何ででしょうね。
離れた分めぐりんが距離をまた詰めましたね。
もう少し離れれば――あれ、もう左にずれる場所が無い。手すりがあるのみで、更にめぐりんが距離を詰めてきたので結局二人の間の空間はほとんど無くなってしまった。詰めた分距離を詰められる。これは無限ループか? 実は俺、死に戻りして……!
流石にもう逃げられない。俺が横に詰めてさらにめぐり先輩が俺の方に詰めてきたので、もはやめぐり先輩の反対側にはもう一人座れるくらいの隙間が出来てしまった。
どゆこと?? 何でさっきのフラれた流れでこうなってんだ??
もしかしてまた神様だか天使だかが介入したのでは――
「ねぇ、霜月くん」
「は、はい!」
逡巡に陥る隙すら与えてくれず、めぐり先輩は俺に話しかけてくる。
「こんなこと聞くの、きっと凄く最低なことなんだけど……」
「な、何でしょうか……!」
「―――まだ、私のこと好き?」
微笑を浮かべたまま、めぐり先輩は俺の眼を見ながらそう言った。
言葉を無くす、とは、こういうことなのだろうか。
先輩の意図が読めない。
何故いま、そんなことを聞くのか。俺のことふ、フッタンデスヨネ?
思わず固まってしまい、直ぐに返事を返せなかった。
しかしめぐり先輩は少しも動かず何も言わず、俺の返事をじっと待った。
その好意に甘えて、俺は先輩からを目を離せないまま、自分の気持ちを考え始めた。
城廻めぐりというキャラクターはもともと好きだった。出番はさほど多くないが、存在感を放っていて、悪い印象も受けない。生徒会に奉仕部のメンバーがいれば……なんて話をした時には「え、うわぁ、エモ……無理……すき……」となり語彙力が三歳児まで戻ったほど。
そしてこの世界に来て、外からは分からなかった彼女の優しさに触れた。
転生前とは違って見えたし、実際に話してみて「うわぁ、エm(略」となった。
つまり好きで。
相手の事は考えないで一方的に好意を押し付けたゴミみたいな俺に、未だに優しくしてくれている。天使か。
未来永劫、この気持ちが変わることはないだろう。俺は俺ガイルが好きだし、城廻先輩が好きだ。
でもこの先の『原作云々』の事を考えれば、俺は今ここで「嫌いです」とハッキリ言ってすぐに立ち去り、金輪際彼女とは話さないのがベストであることを知っている。
だから、俺はそれを言葉にする。彼ら彼女らが活躍するこの
口を開き、言葉にする。もうあなたのことは――
「すきですめぐり先輩」
「えっ、本当に?」
―――????????????????(脳がオーバーフローを起こし爆発)(死亡)
何言ってんの?
「あ、あれっ? あの、先輩っ」
「そうなんだ……そっかぁ」
自分の発言を信じられずに滝のごとく汗を流して狼狽している俺をよそに、先輩は少しだけ赤くなりつつも笑っていた。かわいい。は? 違う、そうじゃない。
なんで反対の事言ってるんだ俺は。嫌いだって、そう言えば全てが丸く収まるのよ?
なんだか頭の中がバグってる。もう間に合わない。なんか、いけない気がする! 敗北の方程式は決まった!
めぐり先輩は再び、もはや言葉が出ずに固まってしまった俺の眼を見た。
「私ね、負い目があったの」
「……お、負い目?」
「うん。その……弟の事でいろいろあったから、霜月くんが言うなら、何でもしてあげようと思ってた」
ん? いまなんでもするって―――待って、冗談かませる雰囲気ではない。今は彼女の話を聞かなければいけない、真面目に、うん。
「でもそれだと、霜月くんに余計重荷を背負わせるんじゃないかって思って。弱みを利用して誰かをずっと思い通りに出来るほど、きみは強い人じゃないから」
「お、俺、弱いですか……?」
「ふふっ。だってきみ、すぐ泣いちゃうじゃない」
いたずらっぽい笑みを浮かべるめぐり先輩にドキッとした。すき。
これは俺が墓穴掘った時の話か。妄想のしすぎでいつの間にか缶ジュースを握りつぶして、めぐり先輩にハンカチ貸してもらって、もう情けなさすぎて涙がこぼれた時の。今思い出しても泣けてくるな。
「だからそういうのは止めておこうと思って、ハッキリと私の意志を伝えました。結果的には私に都合のいいようになってしまって……」
「ちょ、その、謝らないでください! あの、それより……なんで俺に聞いたんですか? その、好きかどうかなんて」
「……んーと、それはねー」
めぐり先輩はまた少し距離を詰めてきた。
もう肩どころか腕同士がくっ付いてしまっている。
「私のさっきの返事は、きみに告白された何ヶ月も前の、あの時の私の気持ちでね」
「は、はい」
「もし、今もまだ、きみの気持ちが変わっていないのなら―――」
―――まだチャンスはあるかもねって、伝えたかったから
耳元でそう囁かれ、俺の身体は地蔵のごとく固まった。
そして機を見計らったかのように、昼休みの終了を告げるチャイムが校庭まで鳴り響いた。
「じゃあ私、もう行くね」
「―――」
そう言って、先輩は校舎の中へと姿を消した。
生まれて初めて女性に耳元で囁かれて、しかもそれがめぐり先輩だったことによる衝撃で未だに体を動かせないままでいると、右手に違和感を覚えた。
右手を見てみると、そこには小さく折りたたまれたメモ用紙が一枚。
焦ってそのメモ用紙を広げると、そこには英数字の羅列とメッセージが一行。
『私のメアド』
い、いつの間に――って、体を寄せてきた時か。
何回も何回もメモ用紙を凝視し、夢ではないのかと頬を抓る。とても痛いので夢じゃない。
ついにめぐり先輩のメールアドレスまで手に入れてしまった。なんということだ。
めぐり先輩は俺に『チャンス』と言った。
被害者の立場を利用して彼女を思い通りにするということを、俺が出来ないと分かったうえで。
しない、ではなく、出来ない。それは確かにそうかもしれない。
俺はあのもう一人の転生者をダシにして城廻めぐりを利用するなんて、考えてもみなかった。
もし俺が転生前の記憶を保持していない状態であの状況に陥っていたら、もしかすれば彼女にたくさんの罪滅ぼしを要求していたかもしれない。
だが、今回の事は俺と優希だけの責任であり、彼女に罪なんてものは無い。俺はそれを理解している。
城廻めぐりは被害者だ。そして優希を刺激して犯行を悪化させた俺は加害者で、犯罪を犯したとはいえ大切な弟を大怪我に追いやった事実は消えはしない。
そのうえで、先輩はチャンスをくれた。これは彼女なりの罪滅ぼしなのだろうか。それとも―――いや、分からない。
要約すると「したいようにすればいい」ということだろうか。それで自分が振り向くかは俺次第だ、と。
めぐり先輩の中で、霜月大悟という存在は『弟を大怪我させた張本人』というだけのものではない、ということなのだろうか。数か月前の俺との交流は、彼女にとって意味のあるものだった……のか?
卑劣な人間になりきれない俺を案じて、彼女はあの発言をしたのかもしれない。
いやでも―――と、つまるところ、俺はめぐり先輩の真意を測りきれない。俺には理解できないのだ、彼女の考えを。
それでもこれは、その名の通りチャンスなのだろう。上手くいけばめぐり先輩と――という。
マジで? なんか、えっ、そんなチャンス貰っていいのか。
「えー、うそ、どうしよう!」
我慢できずに、つい声が漏れ出てしまった。やべっ。
あ、いや今は昼休みが終わって5限目が始まった時間だ、周囲には誰もいない。はず。
……心配なので周りを見渡してみる。
んー、誰も居な、い、いな、あっ……(察し)
「ヒッキ―……」
「……あっ」
自販機でマッ缶を買っている比企谷八幡を発見。しかも目が合ってしまった。て、てめぇー、見やがったな。
俺はすぐさま立ち上がって彼の傍まで走って行った。ヒッキ―が若干狼狽しているが、知った事では無い。
「比企谷、お前いつからそこにいたんだ」
「い、いやっ、ついさっきだ。お前の声のデカい独り言なんて聞こえてないから安心しろよ」
「聞こえてんじゃねーか! 忘れろ!」
「そう言われてもな……」
明らかに面倒くさそうな顔をするヒッキ―。
我ながら少し大げさすぎたかもしれない。
鬼気迫るような表情を崩し、俺も一本マッ缶を買い、二人で並んで移動することになった。
俺は手のひらでマッ缶を転がしつつ、隣の主人公くんに問いかけた。
「もう授業始まってるけど、お前何してたの?」
「いつもと同じく外で昼飯食ってたんだよ。ほら、担当教員が休みだから今日の数学自習だろ。だから急ぐ必要もねぇかなって」
「あー、そういえばそうだった」
相槌を打ちながら、缶を開けて非常識な甘さのコーヒーを口の中に流し込んだ。
釣られるようにヒッキ―も缶を開けて、いつもの味を噛みしめている。
そういえば、と、以前ゆきのんに言われたことを思い出した。
比企谷の友人なのか。あの言葉が頭の中でグルグルしている。答えになっていない答えは彼女に返したが、結局のところ俺はヒッキ―をどう思っているのか考えてみた。
前からそこそこ仲の良いヤツで、そこそこ一緒に昼飯を食う。彼にとって俺は材木座や戸塚のような気の知れた知人という枠に入っている人間なのかどうかは分からないが、俺は彼を―――友達だと、思っているのかもしれない。
確かに彼は物語の主人公だ。俺の知っているキャラクターだ。
だが、しかし。今自分の隣にいる彼はれっきとした人間で、物語の中では無かった諸々を俺は知っている。
思うに。
俺は彼をいちキャラクターではなく、隣を歩く友人として、認識しているのだろう。
それはやはり間違っているのだろうか。
原作どおりに、アニメどおりに、そんなことを言っていても俺は彼と知り合った。
俺の中にある彼に対するこの感情は、ただ見守る対象へ向ける物では無いと理解している。
俺はこの世界に生まれ落ちた。たまたまそこには自分の知っている物語があって、たまたまそれを覚えていた。
覚えていた、だけだ。俺にとって比企谷八幡は、出会うべくして出会った高校時代の『友人』で、それがたまたま昔の世界で知っていた物語の主人公というだけなんだ。
彼を色眼鏡で見るのは、人間として扱っていないも同然だ。そんなことをするのが、本当に友達と呼べるのか?
俺はこの友達より、昔の世界のこだわりを優先させるのか?
―――ふと、少しだけ熱が冷めた気がする。自分はいったい何に必死になっていたのだろうか。
ここは、俺の生きる世界だ。彼ら彼女らの物語が終わったとしても、この世界は終わらない。俺は消えたりしないし、美加も、優希も、父さんも母さんも、奉仕部の二人も、いろはすも、めぐり先輩も、隣にいるこの比企谷もその存在はこれからも紡がれていく。
ここは「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」という物語が存在しているだけの世界で、彼は誰かが描いたキャラクターではなく、俺やこの世界の皆が知っている比企谷八幡というただ一人の人間だ。
彼の知り合いには、霜月大悟という存在がいる。俺がいる。そしてその存在はこれからも有り続ける。
もう、いいんじゃないか? 俺は俺の人生を生きても。俺はこの世界の異物じゃない。この世界に生まれた一人の人間なんだ。
あの物語に固執して、彼ら彼女らを色眼鏡で見るのはもう止めよう。ただ一人の友人として、彼と接して行こう。ただ一人の生徒として、奉仕部を頼ろう。
……だ、だって、もう遅いじゃん。めぐり先輩のメアドは貰っちゃったし、ゆきのんにも頼ってねって言われたし、ヒッキ―とだって長い付き合いになっちゃったもん!
もうここは俺の知っている俺ガイルじゃあないから。俺という存在が完全に食い込んじゃってるから。
転生者じゃなくて、霜月大悟として生きていく。ヒッキ―の友人として生きていく。そうすることで誰かに咎められる訳では無い。だって、ここは、俺の生きる世界なのだから。
ま、待って。もしかしてヒッキ―が俺のこと、別に友達だと思ってなかったら……あぁ、うわ、俺ってかなり悲しい奴ってことになるな。
今の状況、俺が勝手に友達面してるだけだし……。
不安になってしまった! もう本人に聞いてしまおうか??
一気に缶の中身を飲み干し、彼が歩くのを止めさせるかのようにずいっと彼の前に出る。
ヒッキ―は困惑している。が、今だけでいい、聞いてくれー! 悟空ー!
「ひっ、比企谷、あのさっ!」
「……え、なに、告白されんの俺? ちょ、そっちの方向には興味が無いといいますか……」
「ち、ちげーよ! なんでそうなるんだよ!」
「じゃあ、何なんだよ。いったい」
あ、ええっとね、ヒッキ―、その、あのっ……え、なにこれ!? ラブコメ!?
「放課後ぉっ、さ、サイゼ行こうぜ!?」
「何でそんなテンション高いんだよ」
面倒くさそうに後頭部をかく彼をよそに、俺はその場で返事を待った。ごくり。
「いや、別にいいけどよ。今日は部活ねぇし」
「マジで」
「おう」
当たり前のように返事を返してくれた彼を見て、俺は呆気にとられてしまった。
あ、いや、そりゃそうなるよな。前の世界で友達に「俺たちって友達だよな?」なんて聞いたことなかったわ。
放課後にファミレスに一緒に行く。これって、友達だよな。
「ていうか霜月」
「な、なに」
「流石にそろそろ教室戻らないとまずいんじゃねーの?」
彼の言葉でハッとした。確かに!
「走るぞヒッキ―!」
「由比ヶ浜みたいな呼び方やめろ……っておい、待てって!」
廊下を駆け抜ける俺とヒッキ―。
数十メートル先に平塚先生が見えたような気がするけど気にしないぜ!
―――俺たちの戦いは、これからだ!!
「止まれ馬鹿ども」
「「ヒィッ」」
気が付けば1話初投稿から3年半。本当は半年かからずに終わらせるつもりだったんですけども。
これにてヒッキ―によるオリ主攻略ルート小説は終わりとなります。
お気に入り登録や評価、感想や誤字脱字報告なども頂けて嬉しかったです。
とてもここだけでは伝えきれませんが、本当にありがとうございました まる