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相変わらず騒がしい学園の廊下を、零校未来は颯爽と歩いていた。しかし教室の前で一度立ち止まる。
そこで一息つき、彼女は引き戸を開いた。
「おはようございます!零洸さん」
杏城逢夜乃が、満面の笑みで未来を迎え入れる。
「逢夜乃、もう身体は大丈夫なのか?」
「元々、そんなに問題ありませんでしたの」
逢夜乃は、零洸が席に向かうのに付いて来る。
「色々怖いものは見てしまいましたが…今は平気です」
「そうか。本当に良かった」
「逢夜乃!」
未来から少し遅れて、早馴愛美も教室に入ってくる。彼女は目を輝かせながら逢夜乃の手を握る。
「逢夜乃、大丈夫だったって未来から聞いてたけど…もう退院したの?」
「ごめんなさい、昨日連絡しようとしたのですけれど、携帯をまだ直していなくって」
「ま、元気ならいいよ。でさ、逢夜乃。先週出された宿題、やった?」
「もう!ご自分でやってくださいまし」
「えー、やだ」
「ホント、愛美さんったら」
「…ふっ」
「どーした?」
思わず笑った未来に、愛美が問いかける。
「いや。皆元気そうで何よりだと思っただけだ」
「皆さん、と言いますが…彼は?」
逢夜乃の表情が曇る。それにつられるように、愛美も不安げに未来を見る。
「あいつは――」
「おはようございます」
教室の扉が開かれ、1人の男子生徒が入ってくる。
「あ…」
愛美は、その男に目を奪われた。彼女の視線は、彼に向けられたまま動かない。
それに気づいた彼は、すぐに愛美のもとに駆け付けた。
「早馴さん…この度は本当に――」
「ニルっ!!」
彼女は彼――ニル=レオルトンの身体に抱きつきかけたが、途中で我に返り、止めた。
「その…えっと…」
「ちゃんと、帰ってきましたよ」
「…約束、守ってくれたんだね」
「はい」
「もう…心配させないで」
「善処します」
「次心配させたら、殴るから」
「ご勘弁を」
「ふふっ。まぁまぁ」
逢夜乃は、愛美の両肩をぽんぽんと叩きながら、彼女を席まで送っていった。ニルはそれを追うようについて行き、自らの席に座った。
「……」
そんな光景を目にしながら、未来は何度も自分に対して言い聞かせた。
――――これで良かったのだ、と。
未来は自分の手のひらに視線を落とした。
「私は、守れたのだろうか…」
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私――ニル=レオルトンは戻ってきた。この緩慢な“日常”に。
宿題を見せろと偉そうに言ってくる早馴。
それを真面目に言い咎める杏城。
2人に囲まれる私に、突っかかってくる草津。
それを遠巻きに見て愉快そうにしている樫尾と早坂。
そして、そんな光景を静かに見守る零洸。
私は、小さな“賭け”に勝利し、この場に居座っている。
あの夜、1つの決着がついた夜を超えて。
―――――
―――
――
「……何故、ですか」
私は瞼を開く。ソルのブレードは、私の首筋に触れんばかりのところで、止まっていた。
「……私には…キミを殺すことは出来ない」
彼女は光に包まれ、その姿は零洸未来に戻っていた。
そして力なく笑った。
「私には、キミという存在が分からない。狡猾な侵略者にも見えるが、それ以上に…どこか普通の人間のようにも感じる」
「人間のように?」
「そう…無茶だと分かっていても、何もせずにはいられない。そんな人間に見える」
「それは…早馴さんのことを言っているのですか」
「愛美、か」
「何故かは分かりませんが、バルタン星人たちに囲まれた時に、ふと思い出したのです。私をグロルーラから助けようとした愛美さんのことを。その時の彼女の気持ちが、何となく分かった気がして」
「……ますます、キミが分からない。私には」
零洸は私から一歩離れた。
「キミを理解できない私には、キミの“居場所”も命も奪う権利は無いみたいだ」
「それじゃ――」
「ただ1つ、言わせてくれ」
零洸は顔を見せまいとしたのか、急に背を向けた。
「愛美の…皆のことを傷つけるようなことがあれば、私はキミを殺す」
彼女は振り返らないままフェンスに向かって歩きだし、それを軽々と飛び越えて闇夜に消えていった。
私は、来た時と同じように警備員の目を盗みながら、時間をかけて学園を後にした。
街は街灯や看板の光に照らされて、夜なのに明るく感じられた。その街を抜けて、私は再び自宅に入る。数日ぶりだが、どこか懐かしい感じがした。
私は椅子に座りこみ、深く息を吐いた。
……零洸未来、いや光の戦士ソル。貴女は甘すぎる。他の光の戦士ならば、すぐに私を抹殺していたことだろう。
その結果私は、零洸を利用して監視者の疑いを解くことができた。
沙流学園の屋上や校内には恐らく、GUYSの何者か――恐らく星川聖良あたりが仕掛けた監視カメラがあると考えられる。
彼女は学園生徒の洗脳騒ぎがきっかけで、私が普通の人間ではないという疑いをもった。しかも長瀬唯がゴーデス細胞に侵された時、私は一緒に居た可能性がゼロではない。そうなれば私の活動場所である沙流学園に監視カメラを設置して正体を暴こうとするはずだ。
その事実を零洸が知っていたかは、この際どうでもいい。
重要なのは、ソルという脅威、星川聖良という証人を前にしても、私が宇宙人の能力は露わにしないことだ。こうすることでソルに対しては敵意の無いことを示し、星川に対してはその疑念を払しょくすることが出来た。死ぬかもしれないという窮地に立ったにしては、まずまずの成果であろう。
もちろん、全てが計算づくだったわけではない。ソルが私を斬らないという確信は最後まで出来なかった。だから最後に私は、ソル――いや零洸ならば私を斬れないという予感に賭けた。彼女は何よりも“護りたい存在”を優先している。その一人である早馴が私を失ったことで不幸になるのを、零洸が認められるわけがないのだ。
そう、もはや『ニル=レオルトン』は確固たる私の“居場所”であり、それを必要とする人間すら居るのだ。
それにしても……今夜の私の“演技”はとても見れたものでは無い。歯がゆい台詞を捲し立てている私は、いかにも滑稽だ。
しかしそれでいい。どんな形であれ障害を乗り越えた私のやるべきことは1つ。
「地球は、私の物だ」
――
――――
―――――
「ニル?」
「早馴さん。何でしょう」
「そろそろホームルーム。鞄、片付けたら?」
「そうですね」
私は鞄から教科書や文房具を出した。その間に、大越担任が教室に入って来た。
「杏城もレオルトンも無事帰ってきて、先生は胃潰瘍にならなくて済みました。ところで、今日転校生が来ます」
突然の言葉に、あの男が叫ぶ。
「先生ぇ!! それは女の子ですか!? 女性ですか!? 女子ですか!?」
草津の言葉を皮切りに、教室中がどっと沸いた。
「どんなコだろ~」
「イケメーン? イケメーン!?」
「俺は女子と見た!」
「次も男の子がいいよねー。愛美もそう思わない?」
「別にどっちでもいいや。あ、次の授業の課題やんなくちゃ」
前の席の女子の言葉を軽くいなし、早馴は参考書を前に唸り始めた。
転校生と聞くと、自分がここに来た時のことを思い出す。あの時も教室が信じられないぐらいに騒がしかった。こんな些細なことにも感情を爆発させる人間というのは、やはり面白い。
それを完全に理解するまで、私の観察は終われそうにはない。
「転校生は女子です」
担任の一言に、男性陣の盛り上がりは最高潮を迎えた。
「いやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「今日は祭りじゃぁぁー!!」
「おなご! おなご! おなご!」
「止めないかお前たち! これでは俺が目立たん!」
草津がブレザーを脱ぎ、何故か立ち上がっていた。私が来た時はあんなに大人しかったというのに。
「じゃあそろそろ入って来てもら――」
担任が声をかけようとする前に、その女子生徒は大股で教室に入って来た。
「へぇ……随分狭っ苦しい所に居るのね。人間っていうのは」
銀色の髪をなびかせる彼女は、何か矮小なものを見るような目でこちらを見回した。
彼女と私の目が合う。
彼女は面白いものを見つけたような、愉快そうな表情を、私に向けていた。
―――17話に続く
みなさん読んでくださってありがとうございました!!
感想・評価もたくさんいただけて、正直とても驚きました笑