Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第9話  自然な笑み

 必勝をもって挑んだはずの聖杯戦争で、いきなり日本武尊の召喚に失敗したという情報は上層部を大いに賑やかした。無論、悪い意味で。

 日本武尊を確実に招聘するため、上層部はかなり無理して熱田神宮から『聖遺物』を借り受けていた。それが失敗したとなれば帝国陸軍の面目が潰れるだけでは済まない。もしも聖杯戦争が表沙汰にならない裏の闘争でなければ、首相の辞任問題にまで発展していてもおかしくはなかった。

 不幸中の幸いだったのは、戎次が『日本武尊』の召喚に失敗した理由が早々に分かったことだろう。

 

『聖杯戦争のシステムは西洋魔術が基盤になって作り上げられている。だから〝聖杯〟っていう概念を持っていない、日本を始めとした〝東洋〟の英霊は基本的に呼べないのさ。

 天草四郎みたいにキリスト教と縁の深い英霊や、西洋・東洋の境が曖昧になってきた近代以降の英霊はどうか分からないけどね。ともかく日本武尊なんて、逆立ちしたって呼べないよ』

 

 サーヴァントは現世での活動に支障がないよう、現代の知識と聖杯戦争についての知識を与えられるというが、今回はそれに助けられた形である。そしてライダーから原因を聞きだした戎次と鬼柳大佐がとった行動は、フランチェスカへ銃口/刀を向ける事だった。

 

「あれれれれれ? どうしたのかな、いきなり青筋浮かび上がらせながら殺気を向けちゃって」

 

「とぼけるな。貴様……知っていたな。東洋の英霊が呼べんことを」

 

 眉間から銃口を1㎜も動かす事無く、鬼柳が問い詰める。

 そもそも帝国陸軍が聖杯戦争に参戦する事になった切っ掛けは、フランチェスカが『冬木の聖杯』についての情報を陸軍上層部へ齎したからだ。他の者ならいざ知れず、彼女が冬木の聖杯では東洋の英霊を呼べない事を知らない筈がないのである。

 

「知らなかった、なんぞ法螺はつくな。斬って捨てるぞ」

 

 前門の虎後門の狼。フランチェスカに逃げ場はなかった。フランチェスカがこの期に及んで嘘を吐くか、抵抗する素振りを見せれば、即座に彼女の『肉体』は死を迎える事になるだろう。だがフランチェスカも自分の死程度で慄くほど生易しい相手ではなく、逆に向けられた殺意に恍惚感すら抱いているようで、蕩け切った表情を浮かべた。

 

「もちろん知ってたよ。でもさ、東洋の英霊が呼べない制限って、あくまで理論上はそうだってだけで実際に誰かがやって試したわけじゃないでしょ? 東洋の英霊を呼べない聖杯で、もし東洋の英霊の聖遺物を触媒に召喚したらどうなるのか。試してみたくならない? だから試してみちゃった!」

 

 悪びれもなくフランチェスカは言った。

 

「事前に色々と予想はたてたんだよ? 触媒の縁の強さ大勝利で理論無視して召喚成功しちゃうか、英霊の皮を被っただけの亡霊が呼ばれるか、名前を押し付けられた別人が出てくるか、まかり間違って未来の英霊が呼ばれるか、それとも触媒そのものがノーカウントになって全く関係ない英霊が呼ばれるか。結局一番平凡な結果が出ちゃったけど。偽物の聖杯の癖して全然偽物っぽい歪みがないからツマラナイよね? 私はやっぱりもっと汚れた聖杯じゃないと疼かないかな」

 

「……つまり貴様は帝国陸軍を実験台にしたということか? 舐められたものだ」

 

「騙したなんて人聞きが悪いなー。単に聞かれなかったから応えなかっただけだよ? 悪意があったことは否定しないけどね」

 

「要しゅるにきさん。斬り捨てられてよかっちゆうこつだな?」

 

 鬼柳大佐が目配せで合図をするまでもなく、戎次が刃をフランチェスカの首筋に押し当てた。後は腕を引くだけでフランチェスカの首は、ポトリと落ちるだろう。

 

「酷いなぁ」

 

「減らず口を。酷いんのはどっちだ?」

 

「ん? 分かり切った質問するね。そんなの君達に決まってるじゃん。だって君達がさっきからしてるのって召喚に応じてくれたサーヴァントの前で『お前なんか呼ばれなきゃ良かった』って話しているのと同じでしょ」

 

「――――む」

 

 この場で最も正しさと程遠い女から正論を指摘され、戎次は固まってしまう。

 癪だがフランチェスカの言う通りである。自分達は日本武尊の召喚に失敗したことを嘆くばかりで、召喚されたライダーの心を完全に無視していたのだ。

 

「……ライダー、すまなかった。俺はにしゃんマスターっちなる男なんに、にしゃば無視しよった」

 

「別に構わないよ。私だって自分が日本武尊より弱いくらいは自覚してるしね。失望はこれからの頑張りで取り返すとするさ。程々にね」

 

 能力は未知数のライダーだが、性格の方は合格点だったらしい。特に嫌な顔せずにライダーは戎次の謝意を受け入れた。

 

「うんうん、それで正解。失敗は前向きに受け止めて、未来を見据えていくのが正しいマスターだからね」

 

「元凶である貴様が何を言うか」

 

 自分を棚上げにしたフランチェスカに、鬼柳大佐は冷ややかに突っ込みを入れた。

 

 

 

 最初の躓きに決着をつけた戎次だが、鬼柳大佐含めた当事者が納得しようとも上層部はそういうわけにもいかない。日本武尊の召喚に失敗したという報告を受けた陸軍上層部には暗い影が落ちていた。

 日本最強の英霊たる『日本武尊』を呼び出せば勝利は手に入れたも同然。日本武尊という破格の英霊に対して向けられていた信仰は、それが失敗に終わったことで深い絶望に反転したのである。上層部の将校の一人など『こんなことなら織田信長を呼ぶことを進言しておけば或は』と漏らし、暗鬱とした表情を隠すことをしなかった。

 確かに〝織田信長〟は〝日本武尊〟とは違いキリスト教とも縁の深い英霊である。もし織田信長を選んでいれば、召喚が成功した可能性も大いにあった。

 だがどれだけIFを語ったところで結局は後の祭り。魔法でも使うか、聖杯でも用いない限り時間の流れは不変である。今更何を言おうと戎次のサーヴァントがライダーである事実は動かないし、英霊の途中変更もまた出来ないのだ。

 だが上層部が暗い雰囲気の一方で、戎次は特に気にしてはいなかった。

 日本武尊を呼び出すことに失敗したのは残念である。ライダーにはすまないが、これが偽りのない本音だ。けれどライダーとて決して弱いサーヴァントではない。

 白兵戦能力こそ低くても、それを補って余りある特殊能力と宝具があるし、相手によっては日本武尊よりも驚異的なサーヴァントになるだろう。多少困ったところはあるが、サバサバとした性格にも好感が持てる。

 聖杯戦争の勝敗を決するのはサーヴァントの強さではない。それも重要なことではあるが、それだけで勝てるほど『戦争』は甘くないはずだ。

 帝国陸軍には戦場が『日本国内』であるという地の利と、数多くの支援要員があるという人の利がある。これらを上手く活用すれば天の利――――即ち、サーヴァントの強さ程度は幾らでも覆せるだろう。

 それにサーヴァントの強さが劣るのならば、自分の強さでそれを補えばいい。

 魔術師としては二流の域を出ないが、戦闘力に関してのみならば歴代最高と噂される本家当主をも凌駕するのが相馬戎次である。敵が万夫不当の英霊といえど、大人しくサーヴァントの背に隠れているつもりは微塵もなかった。

 しかし前向きな思考で聖杯戦争に臨もうとしている戎次にも、不安要素というものはある。それというのが、

 

「ねぇ戎次ぃ~~。もうお酒なくなっちゃったぁ~。おかわり持ってきてよぉ~」

 

「阿呆、家にあっけんもんは昨日いまぁ日でじぇんぶにしゃの飲んじまったちゃ。そいつばのケツん一本だ」

 

「天下の中尉様がそんなんでどうするのさ。英雄、酒を好むって諺を知らないのかい?」

 

「そればゆうなら色だ」

 

「おや。戎次は酒より色がお望みかい? だったらたっぷり満足させてあげるから、代わりに――――」

 

「近寄るな。斬るぞ」

 

 胸元をはだけさせて誘ってくるライダーを、戎次は腰の妖刀を抜き放って威嚇する。

 戎次は口調こそ粗野なものだが、根は生真面目な軍人だ。

 毎日のように吉原をふらふらしている本家の当主と違って女遊びなどしたことがないし、男女七歳にして席を同じうせずという教えを糞真面目に守ってきた。

 恋愛経験皆無の戎次にとって、ライダーは色々な意味で危ない相手だったといえるだろう。

 

「つれないねぇ。本当は興味津々な癖に。据え膳は食べないと男が廃るよ」

 

「………………サーヴァントは、」

 

「うん?」

 

「サーヴァントっていうのは、お前ぇみたいな奴ばかりなんか?」

 

 ライダーみたいなものが他に六人もいることを想像した戎次は、顔を真っ青にして言った。

 暴露すればライダーだけでも健全な男子として不味いことになっているのに、これが六人に増えれば耐えられる気がしない。

 

「んー、英霊と一口に言っても性格なんてバラバラだからねぇ。正義感に満ちた騎士もいれば、戦い大好きな武人もいるだろうし、侵略戦争を起こした暴君だっているはずさ。けどまぁ私は英霊としては特殊なタイプだし、そもそも他の六人全員が女ってことはないと思うよ」

 

「そりゃそうか」

 

 男の英雄であれば幾らでも思い浮かべられるが、女の英雄は余り多くは思い浮かばない。これに『戦いに強い』という条件が加われば更に少なくなるだろう。

 戎次は女性蔑視の思想をもっているわけではないが、世の英雄豪傑に男が多いのは統計上の事実だ。となれば聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントにも男の方が多い可能性が高い。

 

「まぁ私は相手がどんな奴だろうと、マスターの望むがままに戦うだけだよ。それがサーヴァントっていう形で呼び出された私の役割なんだろうしね。健気な女だろう? 惚れてもいいんだよ」

 

「誰の惚れるか。婚姻ば結ぶわけばってんなか相手に」

 

「ああ。戎次にとっての恋とか愛はそういうものなんだ。この初心さというか幼さは、ある意味では箱入りだねぇ。

 これは従順で忠誠心溢れる貴方のサーヴァントとして進言するけど、戎次はもっと軽く生きることを覚えたほうがいい。なんでもかんでも重く考えちゃ人生だるいよ」

 

「むむむ……」

 

 反論したい戎次だが、これは〝戦友〟の忠告だ。頭ごなしに否定するのは、ライダーという戦友を否定する行いだ。故に大いに不満はあるが、取り敢えず忠告を容れる。

 

「そーいや。俺は御国んために聖杯ば獲るの、にしゃぇはどげんするんだ? にしゃぇも聖杯の欲しかっちんなら、おれから大佐に言うておくぞ」

 

「うーん、特にないねぇ」

 

「なか? サーヴァントは聖杯の欲しかから召喚に応じるんやちゃがんか? 大佐はそー言いよったったいぞ」

 

「他の英霊がどうだかは知らないよ。もしかしたら他の英霊には聖杯から戦いに参加するかどうかって問いかけがあって、それに答えたら召喚されるのかもしれない。だけど少なくとも私はそうじゃなかった。

 気付いたらこんな姿で魔法陣の上に立っていて、ライダーっていう役職に現代と聖杯戦争に関する知識が流れ込んできて、目の前には未熟そうなご主人様がいたわけ」

 

「俺は数百人ん首級ば獲っちきよったぞ。初陣はとうとやっちる」

 

「そうじゃないよ。殺し屋とか兵士とかじゃなくて、人間的に未熟ってこと。あんまり多くを経験してないとも言うね。まぁ私はそういう子の方が好きだけど」

 

 くすくすと口元を着物の袖で抑えて妖艶に笑う。ゴクリと思わず戎次は生唾を呑み込んだ。どれだけ国を守る戦士に徹していようと、戎次とて一人の男。そういった欲望を消し去ることはできない。

 

「とまぁそんなわけで、気付いたらいつのまにか戦いに参加することになっていた私は聖杯が欲しい理由がないってこと」

 

「良くがとからねぇのたぶんがとかった。やいなしけん戦っちるんだ? やる気ねぇならしゃっしゃっち元来よるっちこに帰っちまえばよかんやちゃがんか。俺はおおじょうするばってん」

 

 サーヴァントがマスターに従うのは『令呪』という絶対命令権以上に自らも聖杯を欲するからに他ならない。しかし聖杯を求めぬライダーには、戦いに参加する必要もなければ、生きている理由すらないのだ。

 だというのにライダーはマスターである戎次に対して、変な悪戯は度々してくるものの、比較的従順である。よもやライダーという英霊に限って騎士道精神や武士道精神に目覚めたということもないだろう。ならば一体どういうことなのか。

 ライダーはまじまじと戎次を見ていると、やがてなにがどうしたのか唐突に笑い始めた。

 

「ははははははははははははははは!」

 

「なにが可笑しい?」

 

「あはは、はははははははっ。やっぱり戎次、アンタは未熟だよ。戎次ってさ、生きてる人間には生きる理由がないと生きていけないって思ってる?」

 

「良く分からねえ」

 

 相馬戎次にとっての『生きる理由』とは考えるまでもなく『国を守る』ことだ。相馬家の男子は代々そうやって生きてきたし、戎次もそうなるよう生きてきた。他の生き方なんて考えた事などなかったし、これからもする気はない。

 だが他の人間にとっての『生きる理由』がどういうものなのかは知らないし、稀に愛国心の意味を履き違えた馬鹿がするように『国を守る』という理由を他人に押し付けようとも思わなかった。

……いやきっとこれがライダーが未熟と言う理由なのだろう。相馬戎次は普通の人間より遥かに強いが、普通の人間より遥かに人間を知らないのだ。

 

「私は色々な時代の色々な人間を知ってるけどね。誰もが皆、アンタのように明確な『生きる理由』をもって生きているわけじゃないんだよ。

 自分のやりたいことはあるけど、諸々の事情でやれない。ただ惰性のままに毎日生きている。細かいことは考えず、生きてるから生きてる。大抵の人間なんてね。そんなものなんだよ。

 実のところ、こうしてここでサーヴァントなんて形で存在している私も同じ口でね。サーヴァントとしてこうやって生きているわけだから、なんとなくサーヴァントとして従ってるのさ」

 

「そいにしちゃ少々自由過ぎやしちゃがか? 俺んかたん酒じぇんぶ飲み干しゅし」

 

「特に興味もない聖杯のために命を張るんだ。このくらいの役得があったっていいだろう? ああ、それじゃあこうしよう。戎次と一緒に酒を飲む。私はそのために聖杯戦争に参加してるんだ」

 

「随分と適当だな」

 

「いいんだよ、適当で。私は適当なものなんだから」

 

 ライダーは自然と微笑んだ。

 


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