Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第6話  聖と狂

 その時のセイバーことローランの心中は饒舌に尽くしがたいものだった。

 魔術師が聖杯を望むように、呼び出されるサーヴァントにも聖杯に託す祈りがあり、聖杯を欲する理由がある。ローランも例に漏れず聖杯を欲する願いがあって自分を呼ぶ魔術師の声に応じたわけであるが、よもや最初に目にするのが狂気に冒された自分自身とは思いもよらなかった。

 

「■■■■■■」

 

 そういう意味で狂戦士(オルランド)は幸いだったかもしれない。理性が蒸発して複雑な思考回路を喪失している彼は、目の前に素面の自分がいても特に驚くようなことなどないのだから。

 クラスこそ違うが彼は真実バーサーカー。戦うだけの獣であり、悩みもしなければ迷いもしないのだ。

 

「そ、そうか! まさかお前――――」

 

 狂気に満ちた自分を凝視していたローランは、天啓のように閃いたものにポンと手を叩いた。

 

「お前が俺のマスターなんだな!?」

 

 完全に斜め上の解答を言い放った。これにはイレギュラーな召喚に様子を伺っていたルネスティーネとリリアリンダもずっこける。

 

「まさか俺を召喚したマスターが俺自身だったとは。オリヴィエが聞いたら驚くだろうなぁ。ん? 俺自身がマスターということは、この俺は魔術まで使えるのか!? 凄いな俺!! 俺の癖にやるじゃないか!!」

 

 興奮したようにローランはドッカンドッカンと狂戦士(オルランド)の背中を叩いた。ローランがスキンシップのつもりでやっているその行為には、軽く鉄を粉々にするパワーが込められていたが、狂戦士(オルランド)の金剛石の肉体はビクともしない。

 元々深く考えることが苦手なローランは、召喚した際に自分がいるという異常事態すらなんとなく受け入れ、既に『納得』してしまっていた。その呑み込みの早さは聖杯戦争においては長所となりうるが、だからといって呑み込んだ情報が間違っていたのならば仕様がない。

 

「はぁ、そんなわけないでしょ……」

 

 自分の呼び出したサーヴァントの余りの馬鹿さ加減に頭痛を抑えながら、リリアは呆れながら言った。

 

「おっ。中々に美人な淑女(レディ)が二人。そういえば俺自身がマスターっていうことに驚いてうっかり忘れていたが、マスターの近くにいたお嬢さん方は何者なんだ? もしや敵のマスター?」

 

「馬鹿ね。召喚の際に一番近くにいた『魔術師』が誰かなんて普通は考えるまでもないことでしょう。私はリリアリンダ・エーデルフェルト。貴方のマスターよ、セイバー」

 

「え? だって俺のマスターはそこの俺のはずじゃ――――」

 

「貴方は阿呆ですか。いいえ、馬鹿なんですわね」

 

 ルネスティーネが呆れを通り越して、諦観すらしながら断定する。

 如何に召喚者といえど自分より遥かに弱いマスターに『馬鹿』呼ばわりされたローランはしかし、怒るどころか何故か感動していた。

 

「す、凄いな、名前も知らないレディ! 俺の仲間内での渾名を初見で見抜くなんて! まさか貴女が噂に聞く世界にえーと……指の数だけいるとかいう凄い魔法使いなのか?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 シャルルマーニュ十二勇士最強の騎士ローランには一つ致命的な弱点があった。それが御覧の通りのお頭の悪さである。

 幼馴染で十二勇士きっての騎士たるオリヴィエが知勇兼備の将であるのに対して、ローランは強さこそ比類ないものの武勇一辺倒で蛮勇の徒であった。彼の伝承には彼自身の迂闊さと馬鹿さからくる失敗談が非常に多い。

 だから呼び出したローランが馬鹿なのは彼女達にとっては予想の範囲内だった。彼女達にとって予想外だったのは、ローランが想像以上の大馬鹿だったことだろう。

 

「違いますわ。エーデルフェルトは魔法使いの弟子の家系ではありますが〝今は〟魔法使いではなくってよ。貴方の渾名を見抜いたのは―――――あー、偶然ということにしておきますわ」

 

「成程、そうなのか。じゃあ赤いほうのお嬢さんが言う通り二人が俺のマスターだったんだな。あははははははははは! そりゃそうか。オリヴィエならまだしも、俺が魔術なんて分かる訳がないものな! 前にマラジジの持ってた魔術書とやらを見たことはあるが、何を書いているのかまったくチンプンカンプンだったし」

 

 ルネスティーネとリリアリンダはこんな馬鹿を臣下にしていたシャルルマーニュと、こんな馬鹿のストッパーだったというオリヴィエに深い同情の念をもった。

 きっと二人もこの馬鹿のせいで相当の苦労を強いられていたに違いない。

 

「あれ? けど貴女達が俺のマスターなら、そこにいるもう一人の俺は一体なんなんだ? それにマスターっていうのは一人なんじゃないのか?」

 

「やっと思考がそこまで至ったのね。遅すぎるわよ」

 

「まぁ。私達が『天秤』のエーデルフェルトであることや、二つに分割されている令呪、そして何故かセイバーが二人呼び出されていることを考えれば答えは自ずと出てきますが」

 

「俺にはまったく分からんぞ。どういうことなんだ?」

 

 二人のマスターに分割された一つの令呪。そんな特異なマスターが召喚したサーヴァントが『二人』だったとなれば答えは明白。この場で状況をまるで理解できていないのはローランだけだ。

 ルネスティーネは仕方なく子供に言い聞かせるように優しい口調で説明する。

 

「いいですか? マスターが召喚できるサーヴァントは原則的に一人のみです。マスターを失ったはぐれサーヴァントと再契約する形で、同時に二人以上のサーヴァントと契約することも私のような優れた魔術師であれば可能ですが、召喚できるのは一騎が限度です。

 ではどうして私達が召喚したサーヴァント――――つまり貴方は二人いるのか? 簡単ですわ。ローランという一人の英霊が、聖騎士ローランと狂戦士オルランドという別々の側面から召喚されたからですわ。

 貴方も、隣にいるオルランドも『セイバー』というクラスに納められた『一騎』のサーヴァント。一つの『器』を二等分しているだけで、質量そのものは不変。

 こんなことは聖杯戦争の資料にも全くのっていなかったイレギュラーですが、恐らく私達エーデルフェルトが『天秤』という特異な属性を持つが故に起こったことでしょう。パスを確認した限り私の方は狂戦士(オルランド)の、リリアの方は聖騎士(ローラン)と繋がっているようですわ」

 

「?」

 

「…………おバカな貴方にも分かり易く簡単に言うと、要するに貴方が分裂して召喚されただけですわ」

 

「なるほど! 理解したぞ!」

 

「私も理解したわ。馬鹿なサーヴァントには、物凄く簡単な説明じゃないと通じないようね」

 

 聖騎士の方のローランのマスターになってしまったリリアは頭を抱えた。馬鹿な敵であれば容赦なく叩き潰せば済む話だが、馬鹿な味方はどう対応すればいいのかまったく分からない。

 いや単に馬鹿なだけなら切り捨てるまでなのだが、ローランには馬鹿という欠点を補って余りある武勇という長所がある。これだけの強力なカードを馬鹿だからといって切り捨てるなど、それこそ馬鹿の所業だ。

 

(絶対に付け上がるから言わないけど、ルネスが羨ましいわ。狂戦士の側面で呼ばれている分、魔力供給は私のローランより激しいだろうけど、少なくとも従順ではあるだろうし)

 

「浮かない顔だな、マスター。大丈夫だって。良く分からんが俺が二人いるということは、強さも倍ということだろう? これなら他のサーヴァントにだって負けやしないさ」

 

「…………そう上手くはいかないわよ」

 

 一見すると一つの陣営で二体のサーヴァントを従えているにも等しい状況。だが現実はそう上手くはいかない。

 ルネスティーネが言った通り、ローランとオルランドは一つの『(クラス)』を二等分して現界している。謂わば霊格も二等分されているわけで、全体のパラメーターやスペックも低下していることだろう。

 その証拠にマスターの権限で見たローランのスペックは、そう出鱈目に強いものではない。かろうじて上級サーヴァントのレベルには留まっているが、最上級サーヴァントには及ばないだろう。

 ルネスティーネのサーヴァントたるオルランドは狂化で能力値が底上げされているお蔭で、そこそこのスペックをもっているが、やはり何かが欠けているように思える。

 

(これは)

 

(やっぱり)

 

 聖杯戦争に勝ち抜くには、出来るだけ早く『英霊ローラン』のフルスペックを取り戻す必要がある。

 ルネスティーネとリリアリンダはお互いを横目で見詰めながら同時にそう思考した。

 


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