Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第44話  戎次の出征

 規模の大小はあれど、戦争の基本の一つは情報収集だ。

 より多くの正しい情報を得た側が有利になり、逆に情報を得られなかった側は窮地に立たされる。過去にも多くの名将が情報戦を制することで大局を支配し、自らの武勲としてきた。

 そして第三次聖杯戦争において『情報戦』で優位に立っているのはナチス暗部の秘密組織である『結社』だろう。過去には時計塔随一の謀略家と知られていたダーニックの頭脳に、人造英霊達が保有するスキル。それらを駆使して短期間で帝都に高度な情報網を作り上げることに成功している。ただしベルンフリートを始めとして『結社』は一枚岩ではなく、迅速で統率された行動がとり難いのが弱点とえるだろう。

 だが情報戦に秀でている勢力が、『結社』以外に二つある。

 一つは神代閖夜と遠坂冥馬のマスター二人に監督役である言峰璃生を加えた連合軍。この勢力は基本七クラス中で最も情報収集に適したキャスターを擁していることに加え、監督役によって統率された運営スタッフがついている。尚且つ『結社』とは違い迅速な行動がとれるので、立ち回りによっては『結社』を倒すことも可能だろう。

 そしてもう一つが帝国陸軍。

 この国の軍隊である帝国陸軍にとって、帝都は自分の庭も同然。聖杯戦争開始前から情報網は出来あがっているし、開始後は更に強化されている。恐らくは『情報力』という一点において、帝国陸軍は『結社』に次ぐ勢力といっていい。

 ただし情報を握っているのは責任者である鬼柳大佐で、彼の命令がなければ、現場指揮官は独断では動けない。そのため『結社』ほどではないがやや動きが遅い。

 しかし命令がなくては動けないというのは、逆に言えば命令さえあれば、その範囲内で自由に動けるということでもある。

 帝国陸軍特務部隊指揮官、その名を相馬戎次。

 京にて蘇った怪力乱神を鎮めてみせた――――――生きた英霊である。

 

「――大尉」

 

「…………」

 

「相馬大尉(・・)!」

 

「……ん、おお。俺のことか? 大尉なんて呼ぶから気のつかいなかったぞ」

 

「慣れて下さい。此度の任務に従事するにあたって昇進されたのですから」

 

「こまめちゃんゆうな。ついこん前まで曹長やったてぇんに、異動したばい途端に准尉ば飛ばして少尉。更にっちんっちん拍子で大尉様だ。正直まだ実感の沸かん」

 

 士官学校の卒業者が大尉になるのはそう難しいことではないが、下士官から大尉にまで昇進するのは本当に難しいことなのだ。

 戎次の職務は特殊なこともあるのかもしれないが、それにしてもこの昇進速度は異常である。政治には疎い戎次だが、ここまでくれば上が余程『聖杯』とやらに執心しているのだろうということは察しがついた。

 

「それだけの功績をたてられたのです、大尉は。聞いておりますよ。二年前、嘗ての帝国陸軍曹長だった神代閖夜とかいう男が起こした反乱を――――」

 

「やめんか」

 

 連絡係の額を小突いて、話を強制的に中断させる。

 

「昔話ばしにきよったわけやねぇやろ。本題ば言え」

 

「し、失礼しました。……大佐よりの御命令です。教会へ攻撃を仕掛けろと」

 

「もしや三丁目にあっけん矢鱈っちでかい教会か?」

 

「は……はい。その通りです。どうしてお分かりに?」

 

「前にいしょこの聖堂教会んもんっち聞いたこつのちゃてなぁ。いっちは勘だ」

 

 大佐との連絡係からの問いに答えながら、戎次は刀を手に取る。多くの士官が携える軍刀とは格の違う、数百の時代と屍を重ねた正真正銘の妖刀。これこそが相馬戎次の武器だった。

 鞘に納められて尚も漂う禍々しさに、連絡係は生唾を飲み込んだ。

 

「大佐の命じてきよったっちこつは敵んマスターが陣取っちんやろ。敵はくるつだ? クラスはなんや?」

 

「分かりません」

 

「そうかい。では、のっぺらぼうを討ちに行こぉか」

 

 敵の戦力が分からないなら分からないで構わない。命令されたのなら何がいようと斬って殺すまでだ。

 悪名高い『古巣』にいた時は、当日いきなり上海へ行けと命じられ、大陸の道士集団を一人で相手取ったこともある。それに比べれば楽な仕事だ。

 

「お、お待ちを!」

 

 だが戎次が教会へ赴こうとすると、慌てて連絡係が止めてきた。

 

「なんだ?」

 

「大佐の命令はそれを探ることなのです!」

 

「探るぅ?」

 

「ええ。教会にマスターとサーヴァントがいることは掴んだのですが、それが何者かまでは結界に阻まれ出来なかったので――――」

 

「突いて引っ張り出しぇっち? 討っちはいかんんか?」

 

「いえ。ただ無理はするなと」

 

「…………承知した」

 

 鬼柳大佐はどうも慎重な人物らしい。少なくとも三回に一回は特攻命令を出していた前の指揮官よりは余程。

 敵戦力を探るための威力偵察であれば、ライダーの『宝具』などといった切り札は控えた方がいいだろう。通常攻撃の範囲内でいける所までやって、討ちきれない場合や命が危うくなれば退く。そんなところだろうか。

 戎次はちらりと数十人いる自分の部下達へ視線を向ける。

 

(ちょー前までは命令のあいば突っ込んでいっち、気ばつけるんはオレん命だけで良かんやけどな)

 

 退くにせよ特攻するにせよ、今日からは部下のことも気にしていかなければならない。彼等は頑丈ではないし、これまで通りの感覚で物事を決めていては部隊を全滅させることになりかねないのだから。

 戎次は一兵卒であった頃は知らなかった士官の気苦労を噛み締める。大尉でこれなら鬼柳大佐や、道を違えた嘗ての戦友はどれほどの苦労を背負っていたのかと想像しながら。

 

「(――――なぁ戎次)」

 

 耳ではなく頭に直接届いた声。ライダーがラインを通じて念話をしてきているのだ。

 

「(どげんしたライダー? まどろっこしい方法で話しかけたりして)」

 

「(いや、ちょっと気になったからさ。なんでアンタ、あのキリュ~とかいうのより遥かに強いのに、そんな律儀に言うこと聞いてるんだい?)」

 

「(阿呆。腕っ節ん強しゃ弱しゃで軍ん階級は決まらん。上官ん命令に従うんは軍人っちして当然んこつちゃろうの)」

 

「(そういう事じゃなくて。アンタさ、この聖杯戦争に勝ったら『聖杯』をキリュ~とかいうのに渡すつもりなんだろ?)」

 

「(大佐に、じゃない。国に、だ)」

 

 これから起こる戦は、日露以来の皇国存亡を賭けた大戦となるだろう。そして任務の都合で海外へ行くことが多かった戎次は、他の者よりも米国の強さを知っていた。

 米国の強さは底が知れない。学問には疎い戎次でも分かるほどだ。きっと自分より遥かに頭の良い鬼柳大佐なら、この国が米国と真っ向から戦えばどうなるか具体的なビジョンをもっているだろう。

 自身を超える敵とまともに戦って勝てる筈がない。勝とうとするならば、まともではない方法を使うしかないのだ。

 

「(同じようなもんさ。だって万能の願望器なんだよ。使えばこの国の王様にだってなれるし、巨万の富も不老不死も思うが儘だ。国になんかに渡さないで、自分で願いを叶えちゃおうとか思わないのかい?)」

 

「(おれは政には疎いし、学問もしゃしてできん。こぎゃんおれに王なんぞなれるもんか。金は生きんしゃいくるがとだけで十がと、人生は普通に老いて生きよったい。――――国ば護る、国で生きる皆ば護る。これの……これだけのおれん望みだ。ならおれの聖杯ば使おうっち、渡したばい国の使おうっち同じちゃろう。

 そいで鬼柳大佐も同じく国ば護ろうっちしんしゃっとる。なら我の剣ば大佐ん命で振るうんになんん迷いもなか)」

 

「(だったら――――)」

 

 もしも鬼柳大佐が国にとって害となると判断したのなら、その剣を上官に向けるのか。喉元まで出かかった言葉を、ライダーは寸前で呑み込む。

 戎次もライダーが何を言おうとしたかなんとなく察しつつも追及することはなかった。

 

(こぎゃんおれば見ればにしゃぇは嗤うんやろぉなぁ。の、構わん。これのおれん道ちゃ。なら死ぬまで進むまで)

 

 命令に従い『教会』へ赴くため足を踏み出す。その拍子に踏んだ木の枝が、真っ二つに割れた。

 


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