Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第35話  神殿

 懐かしい空気が満ちていた。

 懐かしい香りが満ちていた。

 懐かしい気配が満ちていた。

 懐かしい、とても懐かしい、本当に懐かしい――――神代(かみよ)の息吹が、此処にはある。

 英霊の頂点に君臨する英雄王の引導。

 魔導の叡智を支配した魔術王の消滅。

 これらによって終焉を余儀なくされた神代の世。それが帝都にあるこの屋敷には、名残をそのままに再現されていた。

 現代の魔術師が作り上げる『工房』とは(ランク)の違う神殿。

 極東の島国となんの縁も縁もないスペルビアがここへ帰還する際に、まるで故郷へ戻ったかのような錯覚を覚えるのは、それが原因であろう。

 同盟国とはいえ他国にこれほどの要塞――――いや〝神殿〟を築き上げ、完全に外界からは隔離せしめたジュリアス・カイザーなる男。やはり只者ではない。アルビノの優男の薄気味悪い笑みを思い出し、スペルビアは警戒を深めた。

 

「早く行きますわよ。マスターとその御仲間達の皆様が首を長くしてお待ちです」

 

「ったく。連中を皆殺しにしてこいって命令したかと思えば、次には直ぐに帰ってこいだからな。英霊使いの荒ぇマスターだことで」

 

「――――いやははははは、それはすまない」

 

 館に入ったスペルビアとインウィディアの二人を出迎えたのは、二人の共通のマスターであるロディウス・ファーレンブルクだった。魔術師といえば引きこもりの偏屈者というイメージだが、ロディウスの笑い声にはそれと正反対の真っ当な快活さがある。本人曰く、人体実験がバレたことが時計塔を追われた切っ掛けだそうだが、とてもそういう風には見えない。

 ロディウスは椅子から立ち上がると、申し訳なさそうに額に手を当て。

 

「イレギュラーが一つだけなら私も撤退しろなんて野暮は言わなかったのだがね。八人目のルーラーだけじゃなくて、ほら、ルクスリアまで死んでしまっただろう?

 ルクスリア一人が脱落しても、『結社』の戦力はまだまだ十分に余裕があるが、それに胡坐をかいて慢心するのも宜しくない。相手がルーラーなんていう未知のサーヴァントなら尚更さ。グーラの奪還という目的は果たしていた訳であるしね」

 

「は。正論だな」

 

 ランサーであるトバルカインは結社側で、アインツベルンのアヴェンジャーは脱落済みとはいえ、ルーラーも合わせて未だに正規サーヴァントは6騎も残っている。

 敵が同じサーヴァントである以上、ただの一騎であろうと油断はできない。大英雄と呼ばれるサーヴァントの中には数騎を同時に相手して勝利しうる怪物もいる。ロディウスの言う通り慢心して勝負を急いだところで百害あって一利なしだ。

 理屈ではスペルビアにも分かる。だが嬲り甲斐のある美女との逢瀬に横槍を入れられたのだ。納得できても腹が立つのは仕方のないことだろう。

 

「それに……私はまだいいとしても、君はそう簡単に脱落できないだろう」

 

「別に。聖杯にも二度目の生にも興味なんてねえよ。マスターはテメエなんだ。好きに采配すりゃいいさ。気に入らねえ命令だろうと従ってやるよ。文句は言うがな」

 

 自分が駆け抜けた人生に全く未練がないかと問われれば、それはNOだ。もし叶うのならば、と思う願いもあるにはある。

 しかしそれは聖杯で叶えられる類のものではない。ジュリアス・カイザーの『新天新地』に到達すれば、どんな願いすら叶えられるそうだが、彼がどれほど優れた魔術師だろうと聖杯に無理なことが魔術師程度にどうこうなるはずがない。

 

「それより他の奴は全員揃ってんのか?」

 

 この屋敷はロディウスだけの拠点ではなく『結社』全員の居城だ。ベルンフリートという異端者を除けば、全員がここを帝都における活動拠点としている。

 だからスペルビアは確認のために尋ねたのだが、

 

「いいや」

 

「す、すみません……わ、私の憤怒(イーラ)がまだですぅ……」

 

 ロディウスの言葉に続けるように、部屋の片隅で小さくなっている女が応えた。

 闇色の軍服にぶかぶかの軍帽は、ロディウスやダーニックと同じ旗に集った同志であるという証明。

 一切の混じりのない純銀すら霞む銀色の髪と、穢れない白い肌。叙事詩の妖精にも等しい美しさを持ちながら、男好きする体とありとあらゆるものに怯えるような卑屈さが、彼女の美しさというものを曖昧で不安定なものにさせていた。

 例えるのならば砂の城。城壁に囲まれた豪華絢爛な城は、王侯貴族の住まう場所としての威厳を醸し出しているが、それはたった一回波がきただけで脆くも崩れ去る。嗜虐趣味のある者が彼女を見れば、きっと自ら砂の城を踏み潰して凌辱する欲求を抑える事は難しくなるだろう。

 名をイザベラ・グレーシア・フォン・シリングス。親衛隊少佐にして、結社の魔術師。ジュリアス・カイザーの下に集った四人のマスターの最後の一人だ。

 

「道中、そいつ(インウィディア)からキャスターに弓を奪われたときいたが、他にも手酷い痛手でも負わされたのか? とっくに帰ってると思ったぜ」

 

「なに、大したことはあるまいよ! (イーラ)は余と一緒で空を飛べんからな。大方追跡の目がないか警戒しながら、わざと遠回りでもしてきておるのだろうよ」

 

「……強欲(アウァーリティア)

 

「だが惜しいなぁ。余もイーラと共に偵察へ赴いていれば、キャスターめの首を逆に圧し折ってやったものを。あのライダーめは戦い方が狡くてどうも満足できなかったからな!」

 

 イザベラのソファの後ろには、アウァーリティアが生肉を片手に立っていた。

 動いて消費した分のカロリーを摂取している、というわけではない。人造英霊もサーヴァントと同じく魔力さえあれば食物の摂取は不要だ。アウァーリティアが肉を頬張っているのは、酒や煙草などの嗜好品を嗜む感覚に近いだろう。

 結社のマスターがジュリアスより与えられし人造英霊は二騎。スペルビアはインウィディアと共にロディウスに仕えているように、彼は憤怒(イーラ)と同じくイザベラをマスターとして現界しているのだ。尤もランサーのマスターであるダーニックは、例外的に暴食(グーラ)一騎しか与えられていないが。

 

「スペルビア、なんでもあれからルーラーとやらと一戦交えたそうだな? まったく酷い奴だ。サーヴァントという極上の獲物を縊り殺し、滴り落ちる血で喉を潤す至高悦楽…………それを味わうために従ってやっているというのに。こうも目の前でお預けばかりでは、昂ぶる余り誰彼かまわず食い殺してしまいそうだ」

 

 野卑に生肉を貪るアウァーリティアは、猛禽類染みた視線をイザベラへと向けた。常人であれば睨まれただけで失禁しかねない暴力的殺意。しかしそこは『結社』に迎えられるほどの魔術師。イザベラは平然と耐えて――――くれるわけがなかった。

 

「ひぃぃぃぃぃ! ゆ、許して下さい! ごめんなさいごめんなさい! ちゃんと出来る限り頑張りますから、食べないで下さい! 私なんて食べても生臭いだけですからぁ!」

 

「……む。そこまで怯えられるとは、申し訳ない。そう怯えるな。余とてお前の人造英霊であるという自覚は少しはあるとも。食い殺すというのは冗談故、殺しはせん」

 

 流石のアウァーリティアもマスターの余りの醜態にばつの悪い顔で弁解する。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「うむ。余は皇帝であるからな、嘘は吐かんとも」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

「なぁスペルビア。余は礼を言われるようなことをしたのか?」

 

「知るか」

 

 真っ当過ぎて逆に胡散臭いロディウス・ファーレンブルク。

 言動が胡散臭いダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 存在が胡散臭いベルンフリート・V・D・ローゼンハイン。

 この三人と違いイザベラには胡散臭さはないが、代わりに凄まじいまでに鈍臭いのが難点だ。胡散臭いのと鈍臭いのと果たしてどちらが厄介なのか判断に困るところである。

 

「おや、戻ったのかい」

 

 そうこうしているうちにイーラが帰参したらしい。ロディウスが整った眉を動かした。

 帰参したイーラは何よりも先ず直接の主君たるイザベラの下まで進み出ると、騎士らしく傅く。

 

「マスターより偵察の任を受けた身でありながら、己の分を弁えず、独断で敵マスターに対して攻撃を仕掛け、あまつさえ敵サーヴァントを仕留め損ない再契約を赦してしまったこと。全て弁解のしようもなく臣の失態にござる。如何なる処分も覚悟しております」

 

「え? い、如何なる処分も……私が、下すんですかぁ!?」

 

「……はっ」

 

 驚愕したようにイザベラが後退る。あの様子ではとても人造英霊に罰を下すなんて無理だろう。

 

「じゃあ私が死んで欲しいって言ったら、死んでくれるんですよね?」

 

「――――!」

 

 そんな予想を裏切るようにイザベラは、アウァーリティアの眼光に醜態を晒していた女と同一人物とは思えぬ発言をした。

 驚いてイザベラを見ると、その瞳には汚泥のような黒々とした闇が浮かび上がっている。

 彼女のような臆病な人間がどうしてこのような場所にいるのか、その理由の一端がそれなのだろう。

 

「マスターが我が首級を望まれるのであれば」

 

 剣を抜いたイーラは、迷いなく白刃を己の首筋に当てる。

 イーラは本気だ。イザベラが死を命じれば、令呪を使うまでもなく自らの命を断つだろう。

 

「止めろ、イーラ。それとイザベラ少佐、ジョークにしては少しばかり笑えんよ」

 

 幾らなんでもこのまま黙っているのは危険と判断したか、ダーニックがここで二人に割って入った。

 

「イーラ。罰を下す云々の前にまずは報告が先だ。我々の命なく攻撃をしたのはどういう理由があってかな?」

 

「兵法書に曰く。将、外にあっては君命も奉ぜざるありと申します。生き物のように千変万化する戦場にあっては、時に主君の命に叛くことであろうと、勝つ為に決断を強いられることがあります。

 この度、私が許可なく仕掛けたのは敵マスターとサーヴァントを仕留める絶好の好機だった故。結果的には失敗しましたが、私は自身の判断を悔いてはおりません。もしも再び同じ場面に遭遇すれば、私は同じ決断をするでしょう」

 

「…………君は自分の判断は正しいと思っていながら、死ねと命じられても構わないのかね?」

 

「正しき決断は、必ずしも正しき法に則るものではありませぬ。私は法よりも自らの決断を重んじ行動した。それで失敗したのだから、軍規に則り裁かれるのは至極当然のこと」

 

 イーラは清廉な将軍のように潔くマスターの裁きを待つ。

 清純な人間なら自らの騎士にこれほどの態度を見せられれば、多少なりとも心を動かしただろう。とはいえ人間としてどこか螺子の狂ってしまったイザベラには、もはやイーラの清廉さに感動する心などはなく、不思議そうな表情を浮かべるばかりであったが。

 

「君の考えは分かった。だが我々は現場の判断を信じられぬほど狭量ではないつもりだ。此度のことは不問にするべきだと考えるが…………彼のマスターである君はどう思うかね、イザベラ少佐」

 

「は、はいぃ! わ、私が中佐様の御考えに文句なんて言うはずないじゃないですか。えへへへへへ……」

 

 事実上の命令でありながら、表面的にはマスターであるイザベラを立てることで、イーラに対しての気配りも忘れない。やはりダーニックとイザベラでは役者が違っていた。

 イザベラは自分より弱い立場の者には強気になり、強い立場の者には弱気になるという、清々しいほどにテンプレートな卑屈な性根の持ち主である。魑魅魍魎たる時計塔で口先三寸で大派閥を躍らせ『八枚舌』と呼ばれるようになったダーニックに、会話で優位に立つことなど不可能だ。

 

「というわけだイーラ。今後とも緊急時の場合は一々我々の指示を待たず、独断で動いてもらって構わないよ。私とイザベラは君の将としての見識を高く評価しているからね。今後とも期待しているよ」

 

「御意。然らばこのイーラ、汚泥を被ったまま醜く生き足掻きましょうぞ」

 

 若々しい顔に好々爺めいた笑みを浮かべると、次にイーラはランサーへと向き直った。

 

「というわけだ、ランサー君。これからも戦わねばならんから、弓の修繕を任せたぞ」

 

「って、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 見るも無残に破壊された弓に絶叫したのは、言うまでもなく生みの親であるランサーだった。

 

「おい貴様。これは矢生成、回復阻害の呪詛、炸裂、魔力殺しなどを含めた全十七のギミックを仕込み、貴様の技量の全てを引き出すように調整まで加えたとっておきの仕上がりだったんだぞ。それを……初陣でいきなり壊すとはどういうことだ?」

 

「すまんすまん。キャスターに斬られそうになったので、つい盾にしてしまってな。今度は聖剣の斬撃を喰らっても壊れない強度で頼む」

 

「こちらの苦労を知らんで好きに要望を出してくれる。まあ叶えてみせるが。それと事情が事情だからこれ以上とかやく言わんが、私の作品はもっと大事に使えよ。命の次くらいにな」

 

「努力しよう」

 

「さて。また新しい仕事が増えてしまったが、知っての通り私は無償の奉仕というのが大嫌いだ。ダーニック」

 

 言外に報酬を寄越せというランサーの視線に、ダーニックは嘆息する。

 

「お前の報酬は『結社』の財布で出す許可は得ている。女に酒に薬に、なんでも好きにしろ。ただし程々にな」

 

「やはり持つべきものは理解あるマスター(クライアント)だな。おう、ではロディウス。お前が執心していた花魁とやらを抱きに吉原へ赴くとしよう。仕事はその後だ」

 

「任せてくれ! 入念な下準備は今日この日のため。ちゃんと店ごとに指名用の写真を貼った独自ファイルも制作済みさ。全て遠き着物郷(アヴァロン)が私を待っている!」

 

「大佐!! 貴方まで何をやっているのです! プライベートな趣味に口を挟みたくはありませんが、せめて聖杯戦争が終わってからにして頂きたい! 今はそんなことより重要な話があるでしょう!!」

 

「そうですわ、マスター。確かにわたくし嘘を吐かないで欲しいと先ずお願いしましたし、これまで約束は守って頂いていますけど、嘘を吐かなければそれ以外の不貞を許すだなんて言ってはいませんよ。

 愛人を作るのではなく、遊女との一夜だけの関係なら浮気にならないというのは、殿方の抱く勝手な幻想。(天照)も許しませんし、わたくしも許しません」

 

 ランサーと一緒に聖杯戦争そっちのけで遊びに行こうとしたロディウスに、ダーニックとインウィディアがすかさず止めに入る。インウィディアなど今にも宝具まで使いかねないほどの怒気を滲ませていた。

 正直馬鹿らしいがこんな下らない諍いでマスターを殺される訳にもいかない。万が一インウィディアが暴走しても対処できるよう、スペルビアはいつでも動けるよう気を張らせる。

 だがスペルビアの懸念は杞憂だった。何故ならばダーニックは愚かインウィディアの怒気すら木っ端のように吹き飛ばす、圧倒的過ぎる気配が現れたからだ。

 

「おう。全員揃っておるな」

 

 何度か顔を会わせ、言葉を交えたこともある間柄だというのに。その男が現れた瞬間、マスターと人造英霊の垣根なく全員が恐縮する。

 イーラやアケーディアのような正英雄のみならず、反英雄に属するアウァーリティアまでもが敬服して姿勢を正した。

 190㎝以上はある身長と見事な体格。なによりも目を引くのが威容にして異様な眼。

 一つの眼に二つの瞳を宿した重瞳子。それは東洋世界において聖王貴人たる者の証とされる身体的特徴だ。

 襟にある階級章が示すのは、この場の誰よりも上位である少将の位。

 姿を消していることが多い幻人たるジュリアス・カイザーに代わり、結社の司令統率を司る者。ジュリアス・カイザーと最も近く、最も遠い存在。それがこの男だ。

 司令代行は〝向ける〟だけで人を圧倒する双眸で周囲を見渡し、

 

暴食(グーラ)がおらん。奪還したのではなかったのかいのう?」

 

 と、言った。

 

暴食(グーラ)は例の問題が依然解決しないため、奪還して直ぐに再度封印処置を施しました。努力はしていますが、この分だと今次戦争中の運用は厳しいと言わざるを得ないかと」

 

「然様か。彼奴がいれば百人……いや万人力だったんじゃが、そういうことなら是非もないのう」

 

 ダーニックから暴食(グーラ)の参戦は厳しいと告げられ、司令代行は明らかに落ち込んだようだった。

 

(ま、無理ねえな。俺だって同じ気分だ)

 

 実験の失敗により狂乱の檻に囚われているが、暴食(グーラ)の正体は世界に知れ渡った大英雄。轡を並べて戦うのも、直接刃を交えるのも栄誉という存在だ。

 あれほどの英傑が戦いに参加することすら出来ないなど、惜しいどころの話ではない。

 

「おい代行。我等が上級大将様の姿がねえが、どうしたんだ?」

 

「スペルビア。代行相手に不敬――――」

 

「良い、ダーニック。俺もジュリアスめの神出鬼没っぷりには辟易としておるのでな。スペルビアの不満は俺も同意見じゃ」

 

「その口振りだとジュリアスの居場所はアンタも知らねえみてえだな」

 

「うむ。ジュリアスは毎度の如くどっかに雲隠れしておる。行方は知らんし、心当たりもない。前に会った時は英雄王がどうの花の魔術師がどうのと訳の分からんことを言っておったよ」

 

「英雄王に花の魔術師…………ギルガメッシュにマーリンのことか。随分な大物の名だが、まさか此度の聖杯戦争にその二騎が招かれたと?」

 

 アケーディアの疑問に代行は首を横に振った。

 

「そうではないようじゃ。まぁ彼奴が意味の分からん事を言うのは毎度のことじゃ。一々気にしても疲れるだけぞ」

 

 代行はジュリアス・カイザーと最も付き合いの長い一人である。それだけにその発言には嫌な重みがあった。

 ロディウスにせよダーニックにせよ胡散臭い連中ばかりの『結社』のマスターだが、ジュリアスは存在全てが胡散臭い胡散臭さが呼吸して歩いているような男である。

 自分のマスターがジュリアスでなかったことは、この聖杯戦争における最大の幸運だっただろう。

 

「ジュリアスの奴がいない以上、この戦の采配は俺がとることになる。異論はないかのう」

 

 誰も異論を挟まない。この男を敵に回したくないという打算的なものもあったが、それだけの理由では小人は兎も角、英雄と呼ばれた者達まで従わせることは出来ない。

 この男以上にこれだけの面子を束ねられる器を持つ者はいない、そう本能で理解するからこそ無言の肯定が成り立つのだ。

 

「良し。なら、軍議を始めようぞ」

 

 鍵十字(ハーケンクロイツ)の御旗に集いし魔術師と英霊達。

 迎え撃つは聖杯(ヘブンズフィール)に集いし魔術師と英霊達。

 魔術師と魔術師、英霊と英霊。人類史上最大最悪の戦乱の訪れを告げる始まりの狼煙。

 余りにも凄惨で、壮大で、壮絶な未曽有の殺し合い――――第三次聖杯戦争は、これより本格化する。

 盤上を俯瞰していた蒼金の男は、漸く訪れたその時を笑みと共に迎え入れた。

 


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