Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第33話  内通者

 空想電脳。

 此度の聖杯戦争に招かれた七代目ハサン・サッバーハが編み出した御業は、頭部に呪いを送り込み、脳味噌を爆弾に変えるという呪詛だ。暗殺に短剣も毒も不要。ただ頭に『触れる』だけで、アサシンの暗殺は完了する。

 一撃必殺ならぬ一触必殺。アサシンに触れられてしまえば、如何な幸運の持ち主であろうと死は不可避だ。頭部に宿った死の運命(アズライール)より免れる者がいるとすれば、それは並はずれた呪いへの耐性を持つ者か、もしくは頭を吹き飛ばされた程度では死なない化物だけである。

 とはいえ必殺の御業も聖杯戦争においては決して強力とは言い難い。魔術師相手ならまだしも、サーヴァント相手に急所たる頭に触れるというのは恐ろしく難易度の高い仕事だ。特にアサシンより遥かに白兵に優れた三騎士クラス相手となると、限りなく不可能に近いだろう。

 今回はターゲットであるルクスリアが片腕と刀を失った状態だからこそ成功したが、そうでなければアサシンはルクスリアに触れることも出来ずに両断されていたはずだ。

 だが敵が万全であったらだとか、正面から戦っていればだのというIFはアサシンにとってなんの意味もない。結果としてアサシンはルクスリアの暗殺に成功したのだ。その事実さえあれば、なんの問題もない。戦いの過程を誇るのは武人だけ。暗殺者が誇るものは過程でも結果でもなく、自らの腕のみなのだから。

 

『――――アサシン。よくやってくれました』

 

 楚々とした少女の声が、アサシンの頭に反響する。

 ラインを通じてマスターからの念話に、アサシンもまた応えた。

 

「恐縮。御主君の命じられた務めは滞りなく完了した。人造英霊(エインヘリヤル)ルクスリアなるものの首級、確かにこの世から消し去った」

 

『ところでルクスリアは死んでからどうなっていますか?』

 

「それはご自身の目で確かめた方が早かろう。私は魔術については然程詳しくない故」

 

 至近距離での爆発を受けて、ルクスリアの胸から上は吹き飛んでしまっている。残っている胸から下は、煙をあげながら転がっていた。

 サーヴァントとマスター間の視界共有により、その光景はアサシンのマスターであるエルマ・ディオランドにも映る。

 

『普通のサーヴァントなら倒された後には何も残らない。幻のように跡形もなく消え去るだけ。なのに……そう、人造英霊は死体が残っているなんて。やっぱりサーヴァントとは違うようですね。

 アサシン。その死体、直に調べてみたいので持って帰ってきて貰えますか? もし重いようなら自律人形にやらせますけど』

 

「不要」

 

 平均身長の半分もないアサシンの背丈は、小柄を通り越して小人である。これは肉体を暗殺に最適化するための肉体改造の成果であって、身体のスペックまでが小人というわけではない。

 速さを重点的に尖らせているため、純粋な腕力は歴代の当主たちに劣るが、それでも並みの人間より遥かに力持ちだ。死体の一人や二人、軽く運べる。

 

『分かりました。では』

 

「待たれよ、御主君」

 

『なにが問題でも?』

 

「肯定。どうやら死体の引き取り人が来たらしい」

 

 アサシンが白貌を上げてみれば、闇に潜んでいた蝙蝠達が一斉に飛び立つ。蝙蝠はアサシンのことを小馬鹿にするように、かさかさと羽音を鳴らしながら、ぐるぐると飛び交う。

 明らかに人の意思に沿った不自然な飛び方だ。魔術師によって使役されている使い魔の類だろう。

 魔術師が偵察目的のような使い捨ての使い魔として最も愛用するのは、捕獲が容易く人目についても怪しまれない烏だ。態々蝙蝠を使っているのは術者の趣味か、魔術属性故か、或は。

 アサシンがそこまで思考を巡らせたところで、蝙蝠達が屋根の上に集まりだすと、それが人の形を作り出した。

 先ず見えたのは血濡れた双眸。次いで蝋のように白い肌。

 現れたのは〝怪物〟だった。英雄にとっての倒すべき宿敵にして、人間にとっては自分を餌とする天敵。人ならざる死徒(怪物)だ。

 

「へぇ。隠れるのが得意な蜘蛛は、隠れた怪物を見つけるのも得意なんだね。泥棒対策を一番熟知しているのは泥棒っていうのは本当らしい。君のためじゃなくて、君の目を通してオレを見るマスターのために自己紹介をしよう。ベルンフリート・V・D・ローゼンハイン。他に幾つか名前はあるけど、ナチスではそう名乗っているからそう呼んでほしいな」

 

「……ここに現れたということは、ルクスリアの主人とは貴様だったのか、死徒」

 

「暗殺者風情に自己紹介したつもりはないけれど、よくオレが死徒だと分かったね」

 

「忘れはせん。嘗ての大戦(おおいくさ)に現れた混沌の化外を。貴様の放つ臭いは奴のそれと同一だ」

 

 アサシンが『結社』の魔術師と人造英霊を目にしたのは、二日ほど前。意図したものではない、偶発的なものだったが、それでも一目見てそこに死徒(ベルンフリート)が混ざっていることは分かった。

 それだけアサシンの記憶に、人ならざる死徒の猛威は焼きついている。

 

悪魔数字の混沌(ネロ・カオス)と同一視されても困る。あれは混沌の果て(結末)を識ろうとする探究者、自らの結末へ疾走するオレとはベツモノだ」

 

死徒(怪物)に余計な区分は不要。強いのか、恐ろしく強いのか。その二つで十二分」

 

 人の世の暗殺者であるアサシンにとって、怪物退治は本来専門外。しかしこちらの領域(テリトリー)に踏み込んだ何体かを、この手で爆死せしめたことは数度ある。

 あの混沌の化物程の埒外となると厳しいが、並みの吸血鬼ならば料理のしようもある。

 

「へぇ。逃げないなんて意外だな。暗殺者ってのは闇に隠れないと命を狙い臆病者だと思っていたけど。ふふふふふふ、薄汚い暗殺者風情が、背伸びして英雄の真似事かい? もし山の翁を廃業するなら興味を覚えるけど」

 

「戯言。山の翁が任を終えるは己の死によってのみ。仮初の生とはいえ再びこの地に現界した以上、私が暗殺者でなくなることはない」

 

「あ、そう。ちょっとでも期待したオレが馬鹿だったみたいだね。やっぱりお前達は下らない暗殺者で下らないサーヴァントだ! ははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」

 

 サーヴァントであるアサシンを見下しながら、ベルンフリートは月を背に狂笑する。

 人を塵芥のように殺す怪物の傲慢。その傲岸さが生み出す油断は、暗殺者にとって絶好の狙い目だ。

 無音で跳躍したアサシンは一気にベルンフリートに近付くと、その頭に指先で『触れ』る。

 死徒は人の血を吸い続ける限りにおいて不老不死だが、彼等とて不滅の存在ではない。サーヴァントと同じように頭や心臓は急所として機能する。

 二度目の宝具の真名解放、マスターからの許可は得ていた。後は呪詛の名を紡ぐのみ。

 

空想電脳(ザバーニア)

 

 闇が、爆ぜた。

 無数の人間を息をのむ間もなく即死せしめた呪いが、ベルンフリートの脳を爆弾にして消し飛ばす。

 人造英霊であるルクスリアすら死を免れなかった呪いだ。一介の死徒風情が逃れられるはずもなく、死を迎えた――――筈だと言うのに。

 

「自信満々に挑んでくるものだから、ちょっとばかし期待したオレが馬鹿だったよ」

 

「――――!」

 

 爆煙が晴れると、そこには脚だけとなったベルンフリートの体があった。

 アサシンの呪いは間違いなくベルンフリートの脳を爆弾に変え、その肉体を消し飛ばしたのだろう。しかしそれだけだった。ベルンフリートの肉体を吹き飛ばせても、命まで吹き飛ばすことは叶わなかった。

 飛び散った血が集まり出し、時間が巻き戻るようにベルンフリートの姿が復元されていく。復元呪詛と呼ばれる死徒の能力の一つだとアサシンは知識として知っていたが、ベルンフリートのそれは並みの死徒とは比べものにならない復元速度である。

 完全に元のベルンフリートに戻るまで一分も掛かりはしなかった。

 

「やっぱりね。例え聖杯戦争に召喚されたサーヴァントだろうと、所詮は汚らわしい暗殺者。どう着飾ろうと汚泥は星になれない」

 

 圧倒的な失望を漂わせながら、ベルンフリートはアサシンを見下す。

 

「いいかい? これは聖杯戦争なんだよ。オレのような愚かで醜くて汚れた怪物の対極。星のように輝き、どんな困難も勇気と頭脳で乗り越える……そんな英雄達の舞台なんだ!

 英雄同士が誇りを賭けて凌ぎ合い、自らのマスターを導き、そして新たな英雄とその物語を生む。それが聖杯戦争の在るべき形だよ」

 

 ベルンフリートの全身から血が噴き出し、それが無数の血杭となって滞空する。

 

「そこに暗殺者(アサシン)の居場所なんて要らない。星のように輝かしい英雄を背中から襲って、その歩みを止めさせる人類史の無粋者。それが暗殺者だ。

 故に死ね。串刺しとなって死ね。滅びろ、消え失せろ――――報いを受け入れろ」

 

 滞空していた血杭が一斉にアサシン目掛けて殺到し、地面からも針山地獄のように血杭が生えてくる。奇しくも合計666本――――神を否定する数の杭が、竜の顎のように上下からアサシンを喰らいにきた。

 

「――――!」

 

 アサシンが跳ねるように飛んだ直後、血杭は着弾した。

 断続的な破砕音が響き渡る。

 完全に獲ったタイミング。けれど全ての杭が放たれた後、そこにアサシンの姿はどこにもなかった。

 跡形もなく消滅したわけではない。杭が命を奪ったのなら、その感覚がベルンフリートにも伝わる。

 

「逃げられたようだな、ベルンフリート」

 

「らしいね、怠惰(アケーディア)

 

 いつからそこにいたのか。ベルンフリートの背後に現れた男が、そう声を掛けてきた。

 怠惰という罪の名が示す通り、この男もまた人造英霊の一人。ベルンフリートに与えられた二人目の大罪(エインヘリヤル)である。

 

「アレから逃れたあたり、あのアサシン――――まだ隠し玉があるみたいだ」

 

「問題はない。内通者だったかもしれないルクスリアを餌に、厄介なアサシンを釣り上げ、その能力について知れたのだ。十分な成果だろう」

 

「……ちょっと待ってよ。オレは内通者だって君が断言するから、ルクスリアを処分するのに頷いたんだけど」

 

「疑わしきは罰せよ。内通している確たる証拠がないからと、放置していては手遅れとなろう。疑惑があるだけで、それは十分に罪なのだ。反乱の芽は早々に摘み取るにこしたことはない」

 

「ははははははっ。それじゃ仕方ないな」

 

 平然と仲間を罠に陥れたアケーディアも、死んだルクスリアもベルンフリートにとっては〝英霊〟である。

 ルクスリアは薄汚い暗殺者に殺されたのではなく、同じ英霊の策謀によって死んだ。そちらの方がベルンフリートにとっては好ましいシナリオだし、なにより美しい。

 ベルンフリートが指を鳴らすと、彼から分離するように現れた無数の蝙蝠達がルクスリアの残骸を持ち上げる。

 

「さ。それじゃ帰ろうか」

 

 なんでもスペルビアの方は、ルーラーのサーヴァントなるイレギュラーと遭遇したらしい。これは一刻も早く事の次第を聞き出さなければならないだろう。

 ベルンフリートとアケーディア、帝都に潜む怪物と英霊は共にその場から立ち去った。

 


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