Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
ライダーの一言で気を張りつめる戎次とは正反対に、非戦闘員である少佐たちは目に見えて慌て始めた。
「さ、ささささサーヴァントって本当なのか!?」
「馬鹿な……どうしてこのタイミングで襲撃が……」
少佐は相変わらずのビビりようだったが、戎次の脅しにも平静さを取り繕い続けた柳瀬もこれには顔を青褪めていた。
「くそっ! サーヴァントが二体ってなんなんだよ! 冗談じゃないだろうな!?」
内心ではサーヴァントの事をマスターがいなければ存在を保てぬ『使い魔』と見下している少佐も、魔術師として馬鹿ではないのでサーヴァントの強さについては正しく認識している。
だからサーヴァント二騎が襲ってくるという事が、どれほどの脅威か把握してしまっていた。
士官にとって臆病さは慎重さに繋がるため美徳となりうるが、少佐の場合はそれが過ぎている。生来のヘタレぶりと正しい現状把握が合わさって、少佐は完全にパニックに陥っていた。
「こんな時に冗談言ってどうするのさ。まぁなんとなくサーヴァントと微妙に感じが違うから、エインヘリヤルってやつの方かもしれないけど」
「うわあああああああああああ! こういう時は気を利かせて嘘でしたって言ってくれよ! どうすればいいんだよ、私達は!」
「…………私が言うのもあれだけどアンタって魔術師でうちのマスターの上官なんだろう。ちょっとは毅然としたらどうだい?」
「私は研究専門なんだよ! 戦闘みたいな野蛮な行為は専門外だ! ひぃ!」
少佐たちの恐怖を煽るように破壊音は最下層へと近づいてきている。
魔術師の魔術工房が外敵を殲滅するための要塞となっているように、この地下監獄も侵入者撃退の防備は万全だ。腕利きの魔術師が百人がかりで襲撃してこようとも耐えきれるだろう。
しかしどれほどの護りとはいえど所詮は工房級である。超常の存在であるサーヴァントを堰き止めるなら、最低でも神殿級の要塞でなければならない。
状況から考えて敵の狙いは先ず間違いなく『
「そ……そうだ柳瀬! この最下層には緊急用の非常出口があったな!」
「は? そのようなもの、私は知りませんが」
「あああああ! そうだった! これは一部の幹部しか知られない重要機密だった! お前等このことは忘れろよな! ええぃ、とにかく私があると言ったらあるんだよ!そこを使って逃げるぞ!
相馬大尉とライダー! お前達は私達が逃げ切るまで死ぬ気で
「……了解」
少佐はパニック状態のままだったが、我が身可愛さから上官としての体裁をギリギリで保つ命令を下すことに成功した。
戎次としても反論はない。少佐達を守りながらでは思うように戦えないし、『
「だが、お前はちょっと待て」
「――は? え、ぎゃぁぁああーー!」
刀は納刀したまま戎次が微かに薬指を動かす。それだけで音もなく柳瀬の左脚が切断された。
少佐と一緒に逃げようとしていた柳瀬は、走り出した勢いのままに地面に転げ込んだ。
「ひぃぃぃぃぃぃ! 相馬まで血迷ったァ~!? もうおしまいだ、おしまいだこん畜生ぉぉぉおおおおおおおおお!」
遂に恐怖が脳の容量を超えてしまった少佐は、涙を滲ませながら脱兎のごとく非常脱出口から逃げ出していく。
戎次はそれを黙って見送りながら、左脚の付け根から血を流しながら悶え苦しむ柳瀬に近付く。
「そ、相馬……大尉……なにを、され…」
「しゃっきんにしゃん発言……こんタイミングで、っちはどげんゆう意味だ? まるで最初からここに襲撃のあっけんこつば知っちいたちゃうな口ぶりじゃなかか」
「そ、それは……ただの……こ……言葉の、綾です! 痛い……痛い……誤解ですから、大尉。早く……治癒魔術を……」
柳瀬の求めは無視する。そもそも戎次は治癒魔術など使えない。それにこうやって死にかけたことで、薄汚れた仮面が剥がれかけて腐臭が漏れてきている。
戎次の嗅覚は知っている。これは〝裏切り者〟の臭いだ。
「にしゃ……裏切ったな? 敵っち内通したばいな?」
内通者には制裁を。裏切りの咎はただ死をもってのみ雪がれる。それが軍組織の鉄則だ。
脅しではなく本物の殺意を宿らせて、戎次は刀を抜き放つ。
「ひ、ひぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! た…助け……わ、私だって騙されたんだ! なんでこのタイミングなんだ! 奴らは明日襲撃するって言っていたのに!
あ、ああそうだ! 私にも事情があったんです! か……金が必要だったんだ! 病気の母がいて、その治療費が……ね? ほら、可哀想でしょ? 同情して下さいよ!」
「知ったこつか」
首を刎ねる。
裏切り者の裁きに問答は不要。言い訳はあの世ですればいい。もし柳瀬の言っていたことが本当なら、きっと浄玻璃鏡が白日と晒してくれるだろう。
尤も柳瀬の腐臭の度合いからして99パーセント嘘だろうが。
「物的証拠もなしに容赦ないね。法律ってのは疑わしきは罰せずが原則じゃないのかい?」
「聖杯の与える知識っちゆうんは範囲の広いな。そいちゃりも……きんしゃーぞ」
天井に蜘蛛の巣状の亀裂が入っていく。恐らく上の階から床をぶち抜こうとしているのだろう。
スマートさの欠片もない力押しだが、この地下牢獄への侵入方法としては悪くない。地下監獄へかけられた呪詛や魔術は優に千を超える。それらを一々正攻法で突破していては、例え破壊工作に秀でたキャスターやアサシンでも半日はかかるだろう。力押しによる反則的ショートカットは、限りなく正解に近い選択肢といえる。
何度目かになる衝撃音。それで最堅を誇る最下層の天井にも遂に限界がきた。
崩れ落ちる天井。真上より降ってくるのは二人の魔人。
白磁のように透き通った肌と、猛獣めいた紅い双眸をもつ伶人。
巌のような隆々とした肉体と、野獣めいた眼光を放つ巨漢。
二人が共に身を包むのは漆黒の軍衣にハーケンクロイツの腕章――――確信する。この二人は『
「おいおいどうなってやがんだこりゃ? おめおめと敵に確保されやがった
「余も知らんぞ。これはもしやダーニックめに一杯食わされたのではないのか?
「確かにあいつは信用ならねえが、こんな序盤も序盤でンな舐めた真似しやがったんだとしたら良い度胸過ぎて怒るを通り越して愛らしいぜ。たぶん違ぇだろ。俺は単なる偶然の一致とみるがね」
「ほほう、偶然とな?
「一人で盛ってんじゃねえよ。ま、気分は分かる。つまらねぇ仕事に一気に色が出てきたじゃねえか。おう、お二人さん。お宅ら……聖杯戦争に参戦した正規のマスターとサーヴァントなんだろう? 聖杯戦争中に英霊同士が邂逅したら、やることなんて一つだけだよな」
口元から覗くのは人ならざる竜の牙。恐らくスペルビアには竜種の血が流れているのだろう。
竜は幻想種の中でも頂点に君臨するものである。
だとすれば竜種の力を宿したスペルビアは、間違いなく最上位クラスの英霊だろう。
(竜ん力ば宿したばい英雄か。真っ先に思いつくんはジークフリートばってん、まだ決め打ちしゅるには情報の足らんな)
よもや聖杯戦争が始まってすぐこのような局面を迎えるとは予想だにしなかったが、こういう時こそ冷静さを失ってはいけない。
「
「ク、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 極東の平たい顔の蛮人と見下していたが、流石にその程度の情報くらいは引き出せる能はあったか!
うむ。そこまで分かっているなら隠しはすまい。然り、余等こそさる外法によって招かれし
「結社……と?」
その名はつい先日大佐より聞いたばかりだ。
曰く、ナチスドイツの最深にして最奥。ナチスに組する魔術師の中でも更に一握りのみが名を連ねる事を許される秘密組織。
こうして人間と変わらずに動いて喋る
「おいテメエ、アウァーリティア。喋り過ぎだ」
「はははははは! すまんすまん。今の余は一人の戦士として召喚されている故、細かい事は考えない事にしているのだ」
「ほう。まるで生前は深く物事を考えてたような口ぶりじゃねえか」
「手厳しいな。図星なのが更に――――ところで、そろそろ始めても良いか? 極上の敵を前にして余の槍は抑えが利かなくてな。昂ぶっておるのだよ」
アウァーリティアはその巨体に合った巨槍を担ぎながら、野獣の眼光で戎次を見聞するように見つめる。
「ふむ。ライダーは任せるから、あの東洋人は余にくれんか? おっと勘違いはするなよ。厄介なサーヴァントを押し付け、組み易いマスターを相手しようなどと言う匹夫の思考をしたのではないぞ。ただ余の本能があちらの方が楽しめると囁いているのでな」
アウァーリティアは生粋の戦闘狂だ。聖杯にかける願望など端からなく、純粋に殺し合いを愉しむ為にこの戦いに参戦している。
そんな彼にとって宝具と特殊能力を武器とするライダーよりも、自らの武を頼りとする戎次の方がそそられる敵だった。
「――――駄目だ。あっちのマスターは俺がやる。テメエはライダーをやれ」
だがスペルビアはあっさりとアウァーリティアの提案を却下する。
「な、何故だスペルビア!」
「同じ理由だよ。あっちの小僧相手の方が楽しめそうだ」
「むぅ。最初に目をつけたのは余の方だぞ!」
「あ? おいテメエまさか――――三下英霊の分際で、俺に意見するつもりじゃねえだろうな」
アウァーリティアの眼光が野獣ならば、スペルビアのそれは鬼か竜のものだった。
完全に〝気力〟で押し負けたアウァーリティアは渋々と頷く。
「うむ。分かった、お前の方が
英霊としての矜持などなく殺し合いのみを目的とする
けれどそんなアウァーリティアだからこそ、自分より強い人間には敬意を表するし従うだけの度量もあった。
同時にそれは相馬戎次が、スペルビアという化け物と戦う運命を強いられたことでもある。
「構えな小僧。せめて腹八分目程度には満足させろや」
スペルビアは壮絶な笑みを浮かべた。