Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第22話  遺言

 弧を描いた血の濁流が、石畳に血溜まりを作る。少し遅れて宙を舞ったルクスリアの腕が血溜まりに沈み、手より零れた刀は地面に突き刺さった。

 武器を振るう腕と、武士の魂たる刀。その両方をいっぺんに失ったルクスリアはしかし、怒るでも哀しむでもなく泰然自若とした態度を崩さない。口元にはどこか愉快げな色すら垣間見える。

 

「功夫が足りんとは、いやはや耳が痛い。如何にもその通りだ。志士として恥じぬよう生きたつもりだが、剣士としては私も修行不足……いや、経験不足だったか。

 だがまさか魔術師ですらない神父が英霊の守りを崩すほどの使い手とは夢にも思わなんだぞ。お蔭で腕を失くした」

 

「こっちも高い代価を払ったんだ。腕の一本くらい奪わないと赤字だっての」

 

 パリンッという音が鳴ったかと思うと、冥馬の持っている刀の刀身に皹が広がっていく。皹が刀身全てにまで達すると、役目を終えるかの如く刀は砕け散った。

 宝具であるルクスリアの刀と激しく打ち合い、更にはサーヴァントの魔力放出にも匹敵するほどの風を刃に纏ったのである。刀身が砕け散るのも当然のことであった。

 

「高かったのに台無しじゃないの。聖杯戦争で賠償金とかとれるのか? 1$=4兆2千億レンテンマルクになるくらい」

 

「それは止めてやれ。私の主人達は兎も角、無関係のドイツ人達が余りにも不憫だ。というより私の腕は刀一本と等価とは。これは安く見られたものだと怒るべきなのかな?」

 

「安い? 十分高いだろうが。サーヴァントだろうと人造英霊だろうと、お前たちが今こうして生きているのなんてオマケみたいなものだろう。オマケの腕と、メインの刀。どっちの価値が上かなんてもう明白じゃないの」

 

「これでも私、この国の偉人なんだが……もうちょっと扱い良くても罰は当たらないんじゃないかな」

 

「知らん。ああ、それと俺の刀壊れたから前の貰うぞ」

 

 冥馬はルクスリアの返事も聞かずに地面に刺さった刀を抜き取る。

 真刀・火隕。古の鍛冶師がこの国の刀に刺激を受け、精魂込めて鍛え上げた傑作中の傑作。その出来栄えは彼の輝煌の聖剣(デュランダル)にも劣るものではないだろう。その刀を遠坂冥馬は期せずして手中に収めた。

 優れた武器は優れた使い手を選ぶ。

 世に現存する宝具は幾つかあるが、それらの殆どが宝物庫で埃を被っているのは、宝具の性能を引き出すことのできる使い手がいないからというのが理由の一つだ。

 幾ら最高峰の鍛冶師が鍛えた宝具であろうとそれは変わらない。

 故に宝具を奪い取ろうと、英霊と同じように性能を引き出せるわけではないのだが――――冥馬はあっさりとその道理を覆す。

 鋭い踏み込みでルクスリアに接近した冥馬は、裂帛の気魄で刀を横薙ぎに払う。

 ルクスリアは地を蹴って紙一重で躱したが、直撃はせずとも余波だけで十分。

 

「やれやれ。これではどちらが悪役か分からないな」

 

「なんだ、悪役の自覚があったのか?」

 

「自覚がなければ、もっと曇りない心で剣を振るっていたさ」

 

 負け惜しみ、と詰ることができればどんなに良かったろうか。

 冥馬がルクスリアの腕を奪えたのは、単にルクスリアの心の方になにか問題があったからだ。ルクスリアが万全のコンディションであれば、例え璃正の突進というアシスタントがあろうと――――というより、そもそも背後からの突進すら完璧に対処されてしまったことだろう。

 維新三傑が一人、長州の生んだ稀代の志士の実力は遠坂冥馬より遥かな高みにある。華々しい戦果に目を奪われ互いの実力差を見誤るほど冥馬は馬鹿ではなかった。

 

「じゃあママに子守歌を口ずさんで貰うお時間だ。悪いが逃がさん」

 

 今の腕をもがれ刀を失ったルクスリアであれば、遠坂冥馬の実力で十分正面から打ち倒すことも出来るだろう。

 キャスターとイーラの戦いも気になるし、なによりも心配なのは父・静重だ。

 

「……ハァハァ――――ハァハァ……」

 

 静重の容態は深刻なんて次元を完全に通り越している。

 父の死など到底信じたくないことだが、遠坂冥馬の魔術師(冷酷)な顔が告げていた。父はもう死んでいるようなものだと。父がああして息をしていること自体が奇跡。あと一秒後には消えてなくなって然るべき幻想なのだと。

 サーヴァントにとってマスターは単なる魔力供給源ではない。この時代のモノではないサーヴァントは、マスターという現世の住人を頸木としてこの時代に根を下ろしている。その頸木(静重)がなくなれば、キャスターは大幅に弱体化して戦いどころではなくなってしまう。

 何としてもその前にルクスリアを廃除して、それから――――やるべきことを、終わらせなければ、ならないのだ。

 

「フッ。お前なんぞにいつまでも構っている時間はない……とでも言いたそうな顔だな。そこで提案だ。私を見逃してみないか?」

 

「なんだと?」

 

「私が此処でやるべき事は全て終えた。このまま戦っても殺されそうなことだし、私にはもうこの場に留まる理由はない。君の方も早く静重の所へ行きたいだろう。静重が……死ぬ前に」

 

「……!」

 

「念の為に言っておくとイーラは相当の使い手だぞ。生きた時代も生まれた国も違うが、彼の成してきた偉業と武勲は知っている。それが決して史書のマヤカシでないこともな。果たして頸木を失ったキャスターが数分と保つかどうか。

 だからここは私を敢えて見逃してはみないかな? 逃がしたところで、どうせ私は腕をもがれた惨めな人造英霊。大した脅威にはならんさ。ほら、オマケもやろう。鞘がなくては色々不便だろう」

 

 そう言うとルクスリアは腰に刺さった真刀・火隕の鞘を放り投げる。一瞬の迷い。ここでルクスリアを仕留めるか、それとも逃がすか。

 どちらを選んでも冥馬にメリットとデメリットのある二択。だからこそ選ぶのは難しかった。

 

(ルクスリア、いや桂小五郎)

 

 戦いの最中に垣間見えたルクスリアの心にある陰。それが最終的な決断をさせた。

 

「いいだろう。なにを企んでいるか知らないが、さっさと何処へなりとも行って来い。尤も次に敵として現れたら今度こそ」

 

「そうならないことを祈るとしよう。さらばだ――――静重、すまんな……本当に……」

 

 逃げの小五郎。そう仇名された英霊は曇りのある表情のまま戦場から離脱する。

 ルクスリアの気配が完全に周囲から消えたことを確認すると、冥馬は跳ねる様に静重の下へ駆け寄った。

 

「父上、駆け付けるのが遅くなりました。なんと詫びていいか……」

 

「…………なにを、無駄口を叩いている」

 

 しかし父は冥馬に別れの言葉を言うことも許してはくれなかった。

 

「お前も……遠坂の、魔術師だ…………ならば、今やるべきことくらい、察しておろう。早くしろ、もう保たん……」

 

「父上――――分かりました」

 

 静重の息子であり、遠坂の四代目である冥馬の責務。それは倒れた父の令呪を継承し、マスターを引き継ぐこと。

 父に促され冥馬は、令呪を移し替える霊媒手術のための詠唱を始める。この手の手術は狩麻の方が上だが、相手との合意の上での移植であれば冥馬の技量でも問題はなかった。

 手術は滞りなく完了し、静重の腕にあった令呪は冥馬の腕へ移った。

 

「―――、―――っ!」

 

 自分の体に渦巻く魔力が、外へと流れていくのを感じる。心の内側に埋没し、流れていく方向へ意識を傾ければそこに蒼い騎士の背があった。

 これが静重の召喚したサーヴァント、キャスター。マスターになったことで、キャスターのパラメーターなどの情報が冥馬の脳へ送られてきた。

 

「ふぅ……ようやっと荷を降ろせたわ。これで……やっと、一息つけるものだて」

 

「父上!」

 

 静重を生き長らえさせていたのは、契約の移行を完了するまで死んではならぬという強靭な意志があったからだ。だが目的を果たしたことで、静重の命は急速に終わりを迎えようとしていた。

 思わず父の手をとる冥馬だったが、恐らく静重にはもう手の感触など残っていないだろう。

 

「冥馬……どうもこの戦い、我々の想像を超えた、大きなものが蠢いている……よう……だ……ナチスより、もっと古く、深い何かが……。

 御三家の悲願は……此度は…置いておけ。ナチスの連中がなにを企んでいるのか。全ては……それを、暴いてからじゃ……」

 

「分かっています。元々俺はその為にここへ来たのですから。父上の仇討と聖杯戦争を穢した輩への制裁、四代目として務めあげてみせます」

 

「うむ。それでこそ我が後継者よ……璃正殿」

 

「はい」

 

「……部外者である君を、巻き込んですまなかったな。もしこの老骨の最期の願いを聞き届けてくれるのであれば……頼む。監督役として、聖杯が相応しい者に委ねられるよう……戦いを運営して欲しい。我等が祖の作り上げた聖杯は、性質の悪い連中の手に渡れば世界を犯す毒にもなりうる代物……ゆめ、忘れんで欲しい」

 

「――――承りました。元より聖堂教会の神父として、一度引き受けた任務は死ぬまで全うする所存。ご心配めされるな」

 

「ああ……――――そうだ、冥馬。お前も良い年だろう。早く嫁を貰って……いや、内縁でもなんでもいいから子供はつくっておけ。この時代……後継者候補は何人いても少ないということは……ない。ああ、何件か見合い話はあるのだ……バリュエレータに……アニムスフィアやエーデルフェルトに……遠坂が大師父の奇蹟に達するには、優れた名門の血を取り入れてより優れた……」

 

 静重がそれ以上、言葉を続けることはなかった。事切れた父の手を放した冥馬は、璃正から顔を隠しながら苦笑する。

 

「まったく我が父ながら厳しい御方だ。死の間際まで遠坂家のことばかり気にして――――息子として父親に別れの言葉を継げることすらできなかった」

 

 察した璃正は冥馬の方を見ないように、静重の亡骸に十字を切る。

 

「このままイーラとかいう野郎をぶち殺しにいきたいところだが、いつまでも父の死に引っ張られてはいられない。マスターとして最初の仕事をするとしよう」

 

 ある程度の力量をもつ魔術師なら、マスターとサーヴァントのラインを通じて思念を送ることができる。魔術師の間では念話ともテレパシーとも呼ばれるが、要するに電話線要らずの電話のようなものだ。

 

「キャスター。お前の新しいマスターになった遠坂冥馬だ。最初の命令を伝える」

 

 冥馬はマスターとサーヴァントのラインを通じて、自分自身の思念をキャスターへ送る。

 キャスターからの返答はなかったが、沈黙は了承と冥馬は受け取った。

 

「その場から離脱し、帰還しろ」

 

 


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