Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
夜の闇を両断するかのように飛来してきた魔弾。それを事前に察知することは人間である静重や璃正のみならず、英霊であるキャスターとルクスリアの二人にすら叶わなかった。
「がっ………―――――はぁ……ぐぁ……」
腹を矢が貫通し、静重はスローモーションのように地面へ倒れ伏す。
サーヴァントであるキャスターとルクスリアの両者すらが、魔弾の着弾に気付かなかった理由。それは目前の敵に全神経を集中していたというのもある。この矢を放ったのが並外れた技量の持ち主だったということもある。だがそれだけではない。もしそれだけならキャスターは別として、ルクスリアは気付けていただろう。
剣の達人であるルクスリアすら気付けなかった最大の要因、それは矢が飛んできた方向にある。
四人がいる場所は東西をビルに囲まれており、ここを狙撃するとなると南か北のどちらかの方角からしか不可能だ。無理に東か西から狙撃しようとすれば、それはもうビルの真上からやる他ないだろう。言うまでもなくそんな至近距離からの狙撃では、実行前にあっさりとサーヴァントに察知されてしまう。
でありながら魔弾の射手は東方向からの狙撃を試みて、見事に成功した。
放たれた矢が曲がった? 真上の天から矢を放った? 矢だけが空間を跳躍してきた?
どちらも聖杯戦争では有り得る光景ではあるが不正解だ。正解は真っ直ぐビルを貫通してきた、である。
その証拠に東のビルには弓矢一本分の穴が空いており、静重を襲った矢は静重を貫通して地面へと潜ってしまった。
威力の高い銃であれば壁を貫通させることくらいは容易い。貫通力の高い魔術でも似たようなことは出来るだろう。しかしビルを丸ごと貫通する〝矢〟など物理的に有り得ないことだ。まだビルごと吹き飛ばす方が現実的である。
ましてや先の矢に宝具や魔術が使われた痕跡はなかった。恐るべき事に、魔弾の射手は自身の技量のみでこれをやってのけたのである。
宝具や魔術の域にまで達した神域の弓術。現代人になせる魔技でないのならば、サーヴァントの仕業なのは明らかだ。
下手人として思い当たるのは、全サーヴァント中最も遠距離攻撃を得意とするアーチャーのクラス。実際静重を貫いているのは矢であるし、これが真っ当な聖杯戦争なら100%正解だろう。
だが正規七騎に追加して、新たに
「ちっ!」
凍てつく空気の中、真っ先に動いたのはキャスター。キャスターは背中にある擬似魔術刻印を起動させると、自分達のいる周囲の空間認識をずらす。
出鱈目な貫通力を誇る矢に、物理的結界では効果は薄い。そう判断してのことだった。次いでキャスターは透視と遠見の魔術を同時に行使することで、己のマスターを傷つけた魔弾の射手を探す。
元々隠れるつもりもなかったのか、射手はあっさりと発見できた。
ここより約2㎞先の彼方のビルに佇む烏のような黒髪に鷹の眼光を放つ男。纏うのはルクスリアと同じ漆黒の軍服で、手には大弓を構えているとくればルクスリアと同じ人造英霊とみて間違いない。
「この矢……
「不満気だな、ルクスリア。お前が俺を引き付けている間に、隠れていた射手がマスターを狙う。シンプルだが良い作戦じゃないか。お蔭で俺のマスターは半死半生だ」
「作戦などたてていない。俺のマスターは頭の中に腐った砂糖菓子が詰まってる類の人でなしだが、少なくとも狡い男じゃない。奴は〝暗殺〟と〝暗殺者〟を毛嫌いしているしな。
そもそも
「…………訳の分からん男め。薄気味悪い」
「ん? なにがだ?」
「こちらの話だ」
先程から感じていたことだが、ルクスリアはどうにも口が軽い気がしてならない。
頭まで筋肉で出来ている単細胞ならまだしも、ルクスリアはどちらかといえば頭脳派なタイプの英霊。ここまで迂闊な発言をすると逆に怪しく思えてくる。
(いやそんなことより)
キャスターは倒れている静重を振り返る。静重からの魔力供給はまだ続いており、それがまだ静重が生きていることの証となっている。しかし、
「ごほっ………―――――ハァハァ……」
「おい、マスター! お前が死のうが生きようがどうでもいいが、面倒なことに俺とお前は主従! 一蓮托生の間柄だ。死ぬと面倒だから死ぬ気で生きろ」
「………――――――」
(返事すら返せんか)
先程からラインを通じて治癒魔術を送っているキャスターだが、静重の顔色はまったく良くなる気配はない。治癒が効いていない云々ではなく、治癒魔術程度でどうこうなるダメージではないのだ。
静重を死の運命から救えるほどの神秘となると、最低でもランクC以上の治療用宝具が必要となる。そんな宝具をキャスターは持っていない。キャスターの治癒では死を遅らせることはできても、死を追いやることは不可能だ。遠坂静重はもう助からない。
「…………糞ったらめ」
騎士王としては似つかわしくない口汚い口調で毒を吐く。
死にゆく主君に、主君なくしては存在すら叶わぬ幻の体。敵には英霊が二人。
運命を覆すために聖杯戦争というか細い糸に手を伸ばしたはいいが、いきなりこんな絶体絶命の窮地に追い込まれたのでは渇いた笑いすら出てこない。
再びビルを貫通して迫ってきた矢を、キャスターは黄金の剣で打ち落とす。
結界のせいで狙いは曖昧なものとなっているが、次々に飛んでくる矢は段々と精度を増していく。きっと魔術に無知な魔弾の射手が、この短期間の間に魔術の存在を弾道計算に入れつつあるのだろう。技量のみならず学習能力も一級とは反則的だ。
矢に意識を傾けながら、ルクスリアと戦うなんて芸当。湖の騎士や太陽の騎士ならば憎らしい事に平然とやってのけるだろうが、キャスターには難しい。しかし聖杯戦争で生き残るためには無理でもやらなければならなかった。
「俺にとっても予期せぬ結果となったが、これも戦場の常。怨むなら怨むといいが、どうせなら矢を放ったイーラを重点的に怨んでくれると幸いだ」
「もう勝った気でいるのか?」
「逆に聞くが、まだ勝つ気でいるのかな?」
地面を蹴ってルクスリアが距離を縮めてくる。キャスターはルクスリアを近づけまいと魔術で弾幕を張ろうとするが、
「っ!」
刹那。キャスター自身を魔弾が襲った。キャスターはそれを対処するのに時間を使い、弾幕を張るのが遅れる。
それは縮地法を体得した剣豪相手に致命的な遅れとなった。既にルクスリアはキャスターの眼前にまで迫っている。
「立居合――――」
つい先程は神速の抜刀術で次元を断つという荒業を行使したルクスリアだが、剣術とはそもそも間合いの敵を仕留めるもの。
立居合とて例外ではなく、本来は接近戦でこそ真価を発揮する奥義だ。
此処はルクスリアの間合い。真空の刃を纏う神速の刃は、逃れることすら許さずキャスターを殺すだろう。
「こんなところで……アル――――っ!?」
キャスターは逃れ得ようのない死に憤怒を露わにした。だがどうやらキャスターはまだ運に見放されてはいなかったらしい。
魔弾の射手が放った矢がキャスターを遅らせたように、ルクスリアにも〝魔弾〟が襲った。
「――――!」
削岩機の如く高速回転しながら、赤い宝石がルクスリアの顔面目掛けて飛んでくる。
本能でそれが自分を殺すに足る威力を秘めていると見抜いたルクスリアは、キャスターを仕留めるのを停止して、向かってくる宝石を真っ二つに両断する。
瞬間、宝石が爆ぜた。
「うちの親父に酷いことしてくれたじゃないの。久方ぶりに戻って最初に見た父親の貌が、よもや死に顔とはね――――ぶち殺すぞ、貴様」
紅のテンガロンハットに同じく紅のカウボーイマント。茶色いガンベルトには日本刀と宝石。
遠き英国時計塔より、遠坂冥馬が帰還した。