Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第12話  遠坂冥馬の憂鬱

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが上官に語った『遠坂冥馬』についての情報は、実のところ概ね事実だ。

 紆余曲折あって埋葬機関の七位と一緒に死徒27祖と対峙する羽目になったこともあるし、封印指定の魔術師の一族を焼き討ちして滅ぼしたこともある。やや誇張表現が入っているのは確かだが、その程度は誤差の範囲内だろう。

 だが『現代の英雄候補』と最大限の警戒(評価)をされている当の本人はといえば、

 

「……あー、朱い月でも復活して世界が滅びやしないかな」

 

 時計塔にある談話室を占拠して、物騒なことを呟いていた。

 東洋人離れした180㎝強という身長と、それに似合った彫の深い精悍な顔立ち。学者肌の人間が多い魔術師とは反対の英雄然とした外見をもつ冥馬だったが、世界恐慌で全財産を溶かしてしまったかのような暗鬱とした雰囲気が台無しにしてしまっていた。こんな近寄るだけで不景気が感染りそうなオーラを撒き散らしているせいで、普段は大勢の人間が憩いの場とする談話室から他に人はいない。

 ただ弁護するのならば、今でこそこんな様であるが、遠坂冥馬という魔術師は基本的に社交的人間だ。

 常に余裕をもって優雅たれ、というのは遠坂家が代々受け継いできた家訓である。そして父親からの厳しい教え常に受けてきた冥馬も、この教えを実践し社交場では絵にかいたような貴公子を演じてきた。封印指定狩りや死徒の討伐など、貴族が下賤と蔑む事を率先して行い、研究資金を稼いでいる身でありながら、時計塔の子女に人気が高いのもそのあたりが理由にある。

 だが今の冥馬はそんな仮面をつける余裕がなくなるほど、精神を消耗しているのだ。

 

(どうしてこうなった……)

 

 理由は言うまでもなく聖杯戦争だ。

 聖杯戦争を制する事は、初代当主たる永人からの遠坂の悲願である。父から魔術刻印を継承して正式に遠坂の四代目当主になってから、冥馬はそれを果たすために準備を重ねてきた。

 死徒討伐や封印指定の捕縛など危険な役目を引き受けてきたのも、資金稼ぎ以外にも実戦経験を積むという目的があったからであるし。

 魔術以外に武術の鍛錬を片時も欠かさなかったのも、戦いを制する強さを得る事が一つの理由である。

 狩麻の前でこそ幼馴染で好敵手という手前、出来る限り余裕をもって平然とした態度を貫いていたが、それもここ数日で限界を迎えた。具体的には知り合いたちによる無自覚な精神攻撃によって。

 

『なんでお前まだ時計塔にいるの?』

 

『狩麻はもうとっくに帰国したぞ。いつまで時計塔にいるんだ?』

 

『なんだよ冥馬。用事があるからって今日の封印指定狩りはオフにしといたのに、予定がキャンセルになったなら言ってくれよ!』

 

『どうせまたうっかりやらかしたんだな』

 

 こんなことならば知り合い達に聖杯戦争という儀式に参加する、なんて言わなければ良かった――――なんて思っても全て後の祭りである。

 七十年後ほど未来で例えるのならば、中学受験することを周りに風聴しておきながら、志望校に全て落っこちて結局地元の公立校に入学することとなった中学一年生と同じ気分だ。

 狩麻こそ表に出しはしないものの、冥馬も彼女に負けないほどにプライドが高い。そんな冥馬にとってこの恥辱は中々に耐え難いものであった。

 

(やっぱりマスターに選ばれなくても無理矢理に理由をつけて帰国するべきだったか。だが父上からは『理由もないのに一々戻って来るな』と怒鳴られたし。あぁ~! 今年は人生最悪の年だ! くたばれ、聖杯戦争!)

 

 心の中で自分をマスターに選ばなかった『大聖杯』に野次を飛ばす。

 もしも冥馬が下戸ではなくイケる口だったならば、今頃はべろんべろんに酔っぱらって夜の倫敦を徘徊していたことだろう。それほど現在の冥馬の心は荒んでいた。

 

「おや、冥馬。どうしてここにいるんだい? もう直ぐ聖杯戦争だから帰国するんじゃなかったのかい?」

 

 荒みきった心に引導を渡す奇襲攻撃に、遂に冥馬が爆発する。

 

「うがーーーーーーーーーっ!! 時計塔に在籍している魔術師が時計塔にいてなにが悪い!! 聖杯戦争? ハッ! あんな極東の片田舎のマイナー魔術儀式なんてこっちから願い下げだバカヤロウ!!」

 

 積りに積もった鬱憤を燃料に、冥馬は口火を吐き出した。

 完全なる逆切れであったが、聖杯戦争に決して劣らぬ激戦を潜り抜けてきた遠坂冥馬の剥き出しの怒りである。そこいらの凡庸な魔術師ならば、それこそ失禁しても不思議ではないほどの威圧だった。

 だが冥馬の怒りを間近で浴びた『魔術師』は人形のように端正な眉をピクリとも動かしはしない。

 色素の薄い金髪に病的なほどに白い肌、体は花の茎のように細く華奢である。浮世離れした学生……そんなイメージを諸人に抱かせる彼は、柳のように冥馬の怒気を受け流してしまった。

 

「なるほど。いつものようにドジをこいたわけだね。ホントに君は何事もそつなくこなすのに、どうして妙なところで変な失敗をするんだろう」

 

 魔術師ガブリエル・ディオランドは、遠坂冥馬という友人を真面目に心配して問うてきた。

 これでガブリエルに自分をおちょくる悪意でもあれば鉄拳をおみまいしたところであるが、冥馬は自分の風変りな友人が『天然』であることを承知していたので、飛び出しそうになる手を堪える。

 

「……言うなよ。自覚して克服できてるなら、もうとっくにしてる。俺の父上だって克服するのに七十年の時を擁したらしいし、俺も最低でもあと二十年は付き合わないとならないだろうな」

 

 父・静重だけではない。肝心な所でうっかりミスをするという冗談めいた因果は、初代当主たる永人から現在の当主である冥馬まで脈々と受け継がれてきてしまった悪癖だ。父だけではなく二代目もこの呪いには大変苦労したという手記が残っている程に。

 この呪いめいた『うっかり』さえなければ、きっと自分は今頃冬木市で意気揚々とサーヴァント召喚に臨んでいただろう。

 

「はははは!」

 

「笑いごとじゃないぞ、ガブリエル」

 

「ははははは、ごめんごめん。けど仕方ないよ。君がどれだけ完璧主義でも、人間である以上は完全無欠に完璧なんて有り得ないんだ。君の重大事でよくやるおっちょこちょいは、遠坂冥馬が人間であるという証だよ。悲しいことにね。だろう? 完璧な(・・・・)、僕のローザ」

 

「はい、旦那様」

 

 冥馬に向けるものの百倍の親愛をこめて、ガブリエルが自分の隣に控えていた女性に語りかける。女性は恭しくほんのりと頬を赤らめて頷くと、淑やかに主人に同意した。

 風に流れるように靡く水晶のような髪。空を閉じ込めたような双眸。完璧なる均整のとれた体つきと、艶やかでありながら慈愛すら感じさせる美しい顔立ち。そして水を弾くような肌。現実離れした人形のような美しさをもつ女性だった。

 いや実のところガブリエルとは違い『人形のような』という表現は適切ではない。

 

「僕のローザ。僕の世界一可憐な妻、僕のお人形。冥馬の優雅さだって、君の完璧な均整のとれた美しさと比べれば霞んでしまうよ。

 それよりもすまないね。いつもならガーデニングの時間なのに、領主(ロード)への論文の提出なんていう些事に付き合わせてしまって」

 

「よいのです。私の命も体も旦那様のためにあるのですから。旦那様の仰ることであれば、私はなんでも致します」

 

「ああ。素敵だよ、僕のローザ……」

 

 取り敢えず時計塔の品行方正な一学生としては、ロードへの論文提出は些事ではないと嗜めるべきなのだろうか。だが筋金入りの『変人』で『変態』のガブリエルに、今更自分が何を言っても無駄だろう。

 自分を無視して完全に二人の世界に入ってしまった友人を見つめながら、冥馬は溜息をつく。このノリを目の当たりにしては、聖杯戦争に参加できなかった不景気さも吹っ飛んでしまった。

 ローザ・ディオランド。人間は誰しも完璧ではないと言ったガブリエルが、態々『完璧』という表現を用いた彼女は比喩ではなく人間ではない。彼女は奇才ガブリエル・ディオランドが己の魂をかけて作り上げた『人形』なのだ。

 医術の発展と人類全体の人体構造への理解から衰退傾向にあるとはいえ、人形師そのものは時計塔でも比較的ポピュラーな存在であり、人形を扱う魔術もまだ根強く残っている。だがガブリエルの作り上げた『ローザ・ディオランド』という名の自立人形は、凡百の魔術師が使役している人形とは格が違う。人間と全く同じような機能をもち、独自の意志と判断力、喜怒哀楽といった感情までも備えた最高峰の人形なのだ。しかも人間そのものの機能を備えていながら、生体部品を全く使っていないというのだから舌を巻く。人形作りもここまでくれば、もはや新たな生命の創造に近い。

 そしてあろうことかガブリエルは当主としての権力を最大限に活用し、生み出した人形に戸籍を与え、ローザ・ディオランドとして自分の妻としているのだ。ディオランド家の先代当主は彼の人形性愛(ピュグマリオニズム)を止めさせようと強引な手を使い、逆に惨殺されたというのだから笑えない。

 

「いちゃつくなら他所でやってくれ。悪いが俺は虫の居所が悪いんだ」

 

 目の前で洋菓子のような甘い幸せを見せつけられた冥馬は、うんざりしながら言う。

 

「言われなくても用が済んだら家に帰るさ。ローザの『調製』だってしてあげないといけないのだから」

 

「用?」

 

「ああ。これは出来れば内密にして欲しいんだけど、僕の姉が聖杯戦争に参加するらしいんだよ」

 

「な――――」

 

 いきなり投下された爆弾に、冥馬は目を見開いた。

 

「驚いたかい?」

 

「……お前に姉がいたなんて初耳だし、それについても追及したいのは山々だが…………それよりも、それはディオランド家が聖杯戦争に乗り出してきたと解釈して良いのか?」

 

 今でこそ冬木の聖杯戦争は御三家の情報統制により時計塔は『極東のマイナーな儀式』としか認識していない。だがあのエーデルフェルトに続いて、ディオランドまでもが参戦したなどという話が伝われば、時計塔の認識が変わる可能性はある。それは御三家としては実に望ましくないことだ。単純に勝ち目が下がる。

 

「その点は安心していいよ。僕の姉さんはちょっと特殊な事情を抱えていてね。ディオランド家の援助を受けられるような立場じゃないし、そもそも求めようともしないよ。

 だから聖杯戦争に参加するのは僕の姉―――エルマ・ディオランドという一人の〝魔術使い〟であり、ディオランド家そのものは聖杯戦争に関してはノータッチだ」

 

 魔術師ではなく魔術使い。『根源』を目指す探究者ではなく、魔術を己の利のために用いる者。

 分家筋ならまだしもディオランドの本家が実の娘だからといって、そんな輩を門下に入れておくはずもない。だとすれば本当にディオランド家自体は聖杯戦争に関わってこないのだろう。

 ガブリエルが嘘を吐いているという可能性もゼロではないが、もしもそうなら前提として自分に姉が聖杯戦争に参加すると言う必要はない。信じていい筈だ。

 

「それで用っていうのは、それだけか」

 

「まさか。ここで話が終わったら、僕は姉の情報を敵に売っているだけの厭な男じゃないか。さて、本題だけど……君がまだ時計塔にいるということは、戦いに参加する〝遠坂〟は君の父君でいいんだよね」

 

「隠しても調べれば分かることだから白状するが、ああその通りだよ。それで?」

 

「君の父にさ。もし姉さんを負かしたとしても、命だけは助けてくれるようお願いしてくれないかな? 姉さんは腹違いとはいえ僕の唯一の肉親だしね。出来れば生きていて欲しいし」

 

 この筋金入りの人形性愛者のガブリエルが、一応とはいえ肉親のことを心配しているのは意外――――というわけでもなかった。

 確かにガブリエルは変態であるし、ある種の人格破綻者なのは間違いない。だがそれさえ関わらなければガブリエルは魔術師の中でも比較的社交的な武類だ。少なくとも冥馬が友達付き合いする程度には、人間味を持ち合わせている。

 それに魔術師というのは俗世間から外れた存在である分、身内には寛容になるのが常だ。故にガブリエルが姉を心配するのは、別におかしいことではない。

 

「――――すまんが他をあたれ」

 

 だが友人の頼みを、魔術師たる冥馬はばっさりと断った。

 

「戦いに参加するのが俺自身ならまだしも、俺自身の友情のために、父上の戦いに水を差すような真似はできん。俺も遠坂の四代目だからな。恥というやつは弁えているつもりだ。友人のお願いに応えられないのは胸が痛いが、俺がお前の姉にしてやれるのは、無事を祈ってやることだけだよ。祈る分には無料(タダ)だからな」

 

「なら仕方ないね。僕も君に倣って祈るとするよ。ローザ、君も僕の姉の無事を祈ってくれるかい?」

 

「勿論です、旦那様。……私も、なにかお義姉様の御手伝いができれば良いのですが」

 

「ローザは優しいね。だけどどうかお願いだ、僕をあまり困らせないでおくれ。君が戦いで傷つく可能性を想像しただけで、僕は体が張り裂けそうなんだ」

 

「旦那様……」

 

「もう帰れ、お前等」

 

 再び自分達の世界に突入した二人を、半月の目で見据えながら冥馬は嘆息する。

 御三家の当主である自分ですら参加できないのに、これまで存在すら知らなかった友人の姉がまさかの参戦決定というニュースに、冥馬のテンションは落ちるところまで落ちた。癪なのでガブリエルの前で悔しさを露わにしないが、そうでなければ壁でも殴りたい気分だった。

 このまま時計塔にいても周りの視線が辛いので、暫く新大陸の方にでも放浪でもしようか。時計塔の魔術師としては異端だが、久しぶりにあちらで神智学協会の人間と交流するのも悪くはない。

 冥馬がぼんやりそんなことを考えていると、

 

「冥馬」

 

 談話室に響き渡る自分の名を呼ぶ声。その声の主に心当たりのあった冥馬は、失礼にならないようソファから立ち上がって振り返る。暗鬱さを隠すために猫を被る事も忘れない。

 果たしてそこにいたのは冥馬の思った通りの人物だった。

 

「ここにいたか、探したぞ」

 

「エルメロイ教授。なにか御用ですか?」

 

 美術館に展示されている彫刻がそのまま抜け出してきたような顔立ちに、色素の薄い金色の髪をオールバックにした姿。

 その佇まいはまるで老獅子のよう。若獅子と違い目に見える獰猛さはないが、隙を晒せば気付く間もなく喰われてしまいそうだ。

 流石は時計塔に十二人だけ存在する君主(ロード)の一人にして、名門アーチボルト家の七代目というべきだろう。貫禄が並みの名家出身の魔術師よりも数段は上だった。

 

「仕事だ。聖杯戦争とやらに参戦できず燻っているであろう君にうってつけの案件を持ってきた」

 

「……詳しく聞かせて貰えますか?」

 

 どうやら只事ではなさそうだ。

 デイネス・エルメロイという男は自分の教え子に駆け引きはしない。彼が深刻に言ったという事は、疑いようのなく深刻な事なのだろう。少なくとも封印指定魔術師の討伐程度ではなさそうだった。

 

「ここでは人目につく。続きは私の研究室でしよう。ついて来たまえ」

 

 新大陸へ行くのはお預けになりそうだ。

 冥馬はガブリエルに一瞥してから、エルメロイ教授に続いて談話室を出た。

 


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