Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第11話  候補者

 ランサーがジュリアス・カイザーとの契約を履行していた頃、ランサーのマスターであるダーニックは再びロディウスの屋敷へ訪れていた。

 

「やぁ、待っていたよ。ランサーの様子はどうかな?」

 

「現状は特に問題もなく従順に私の言うことに従っております。今頃は屋敷の地下できたるべき戦争のための『宝具』の制作に勤しんでいるでしょう」

 

「それは重畳。サーヴァントは通常の使い魔とは違って独立した意思をもっている一個の生命体といっていい。しかもその意思は歴史に名を刻んだ英雄のそれだ。最悪の場合、マスターに従うことを良しとしない可能性もあったからね」

 

「ええ。余りにもプライドが高いサーヴァントであれば、逆にこちらが従う姿勢を見せようかとも思いましたが、無用な心配でなによりでした」

 

 令呪が如何な絶対命令権といえど、そんなもので『英雄』とまで謳われたサーヴァントを完璧に御せると考えるほど、ダーニックとロディウスは馬鹿ではなかった。

 令呪すらなかった第一次は言うまでもなく、令呪が導入された第二次聖杯戦争においてもマスターに従属しなかったサーヴァントがいたという実例もある。

 だからこそダーニックもサーヴァントとの良好な関係構築には細心の注意を払っていたのだが、幸いにしてランサーにそういう心配は不要だった。

 

「一々働くことに『報酬』を要求してくるのがネックといえばネックですが、それでサーヴァントがこちらに従ってくれるのであれば安い出費です。寧ろ馬鹿正直に忠誠を捧げられるより、こちらに従う理由が明白なだけ扱いやすい。

 最初は鍛冶の始祖とまで呼ばれた男の余りの俗物ぶりに信じ難い気持ちでしたがね。今は傭兵のようなものと割り切りました」

 

「ではランサーのことはそれでいいとして、頼んでおいた件はどうかね?」

 

「それも滞りなく。完璧とはいかないまでも、最善を尽くしたと自負しております」

 

 結社は飾りでダーニックに『中佐』の階級を与えた訳ではない。ダーニック自身の政治力を最大限活用するには、尉官では役不足と判断したが故の人事だった。

 ダーニックは魔術師としても一流だが、その真骨頂は『八枚舌』という異名が示す通り政治にある。

 そして政治家にとって必要不可欠なのは決して弁舌でもカリスマ性でもない。それらも重要ではあるが、不可欠という程のものではないのだ。政治家になによりもまず必要なのは『人脈』である。

 ダーニックが時計塔において一流の詐欺師と呼ばれているのは、なにも異名が示す通りに雄弁技能が卓越しているからだけではなく、幅広い人脈を持つためだった。

 中佐になったダーニックは直ぐにナチスの資金力や自らの人脈をフル活用し、結社の……というよりロディウスの期待によく応えた。短時間で第三次聖杯戦争に参加するマスターたちの情報を事細かく入手してみせたのである。

 今回の来訪はその調査結果を報告するためだった。

 

「まずは始まりの御三家からは順当に三人のマスターが選ばれました。遠坂からは遠坂静重、遠坂家の先代当主です」

 

「先代? 当代じゃないのかい?」

 

「はい。どうやら遠坂の方も息子の冥馬が参戦する予定だったらしいのですが、令呪が当代ではなく先代に宿ってしまったことで、土壇場で変更になったようです。

 しかし先代の遠坂静重とて油断していい相手ではありません。既に息子に当主の座を渡して長いですが、魔術師としての経験値では息子以上でしょう。珍しい炎と水の二重属性で、若い時は封印指定の執行者をしていた武闘派です。そしてなにより数少ない第二次聖杯戦争を知る生き証人でもあります」

 

 第二次聖杯戦争については、まだ監督役がいなかったこともあり資料が少なく、断片的な情報しか現代には伝わっていない。だが参加者がほぼ全滅といっていい悲惨な結末に終わったことは確かな情報だ。

 その壮絶な闘争を目の当たりにして、六十年の時を経て自ら戦いに挑もうとしている遠坂静重。ナチスが野望を果たす上で大きな障害となりうる人物だ。

 

「続いて間桐からの参加者が間桐狩麻。遠坂冥馬とは幼馴染で、彼女も相当の使い手です。彼女は聖杯戦争に参戦することを想定していたのか、戦闘記録はほぼ完璧に末梢されていたので詳しいことは分かりませんが、蟲を使うことは確かなようです」

 

「KIMONO美人のYAMATONADEASIKOと蟲かぁ。私はアブノーマルなプレイは好きじゃないんだが、そういうのも偶には試すのも悪くないかなぁ。でも蟲プレイというのは……う~む、世界一可愛い私の妻はどういう反応するだろう?」

 

「…………ユグドミレニアの手の者が掴んだ情報ですが、彼女は聖遺物をフランスから輸入してきたそうです。これが確かなら彼女のサーヴァントはフランスの英霊である可能性が高いでしょう」

 

 自分にとって上官にあたる男の毎度の病気はスルーして、淡々とダーニックは伝えるべき事だけを報告していった。

 ロディウスが妻関係の話を出した時は、決して話を合わせずスルーする。それが『結社』の不文律だった。最初それを知らなかったダーニックは迂闊にもロディウスの話にのってしまい、五時間も拘束されてしまったことは忘れられない思い出である。

 

「フランスねぇ。ははははははははははは。これから我が国の踏み台となる運命の彼等だが、過去には彼の国にも尊敬すべき敵手が多くいたからね。果たして彼女はどんな英霊を呼び寄せたのか。興味が尽きない」

 

「御三家最後の一つのアインツベルンについてですが…………申し訳ありません。アインツベルンの本拠地は完全に外界と閉ざされているため、大した情報は掴めていません。ただ聖杯戦争用に調整したホムンクルスをマスターとして送り出すのは確かなようです」

 

「君の用意した資料によれば、前回の聖杯戦争でアインツベルンは早々に脱落したのだったね」

 

「はい。アインツベルンが得意とする魔術は錬金、戦いには向きません。以前の戦いでは自らのサーヴァントが足止めを喰らっているところを、敵マスターに襲われ敗退したようですね。

 もしかしたら前回の反省を踏まえて、それに対しての対応策も用意してあるかもしれません」

 

 千年間も純血を保ったアインツベルンが外部の力を頼るとも考えにくいので、大方武装した戦闘用ホムンクルスを護衛にでもつけてくるのだろう。

 ここまでは想定内だ。御三家は聖杯戦争のゲームマスターであり、決して油断していい相手ではないが、参加することが最初から分かっていたので、前々から対策をたてることもできた。

 だが外来のマスター達はそうはいかない。一体どんなマスターが選ばれるか、戦いが始まるまで予想ができないイレギュラーだ。特に今回は面倒な組織も参加してきている。

 

「外来の参加者で最も警戒すべきなのは、やはり帝国陸軍が送り込んできた相馬戎次でしょうな。帝国陸軍によるバックアップがあるのは勿論、彼自身の戦闘力にも目を見張るものがあります」

 

「というと?」

 

「彼が活動しているのは日本――――それも魔術協会と聖堂教会の影響力が届かない場所のため、こちら側での知名度こそありませんが、その戦歴は下手すれば埋葬機関クラスです」

 

 埋葬機関というのは聖堂教会に属する異端抹殺の最強戦力だ。

 所属する一人一人が主の御業そのものと錯覚するほどの力を振るい、吸血鬼の王すら彼らには警戒を露わにするという。

 それと同等の戦歴など幾らなんでも眉唾物、そう思ってロディウスが資料をめくってみれば、出るわ出るわの有り得ない戦歴。

 大陸からやってきた呪術師の軍団を一人で殲滅などは序の口。京都で暴れ出した鬼を、地元の陰陽師と共闘して討ち取ったなんてとんでもないものまである。資料によるとクーデターの首謀者を一騎打ちで破り、これを捕縛したというのが最も新しく鮮烈な戦果だった。

 

「成程。彼もまた『候補者』なのか。ベルンが喜びそうだ」

 

「大佐?」

 

「すまないね、続けてくれ。外来の二人目はどんな魔術師だい?」

 

「はい。天秤のエーデルフェルト。フィンランドに本拠地を置く魔術師です」

 

「ああ。彼女等か」

 

 世界中の争いに好き好んで介入しては、その成果を掻っ攫っていくエーデルフェルトは、既にナチスに属する魔術師たちとも何度か激突している。ロディウスとダーニックは直接対峙した事はないが、二人の部下は何人か彼女達によって痛い目を合わされてきた。

 

「ええ、あの双子姉妹(ハイエナ)のことです。大方どこからか『聖杯』の話を聞きつけて参戦することを決めたのでしょう。

 エーデルフェルトの財力をもってすれば一流の英霊の聖遺物を見つけ出すことも容易いでしょうし、彼女達自身も優れた魔術師。御三家に負けず劣らずの脅威と言えます」

 

 しかしある程度の戦力が分かっている分、帝国陸軍ほどは厄介ではない。

 ナチスが用意した破格の戦力が、カタログ通りの力を発揮すれば、問題なく対処できるだろう。

 

「最後に六人目のマスターについてはまだ確証がとれていないのですが、なんでもガブリエル・ディオランドの姉が参戦するとか」

 

「ガブリエル・ディオランドといえば確か……」

 

「はい。あの遠坂冥馬や間桐狩麻とは同世代の魔術師で、時計塔でも随一の人形師です」

 

 ディオドランド家はフランスに本家を置きながら、新大陸にも勢力を伸ばしている魔術師の大家だ。時計塔の領主(ロード)程ではないにしても、その組織力は侮れないものがある。

 当代のガブリエル・ディオランドはあらゆる意味で先代を凌駕する傑物だというが、

 

「しかしガブリエル・ディオランド――――ピグマリオンに姉がいたなどまったくの初耳でして。しかも奇妙なことに当主の姉が聖杯戦争に参戦するというのに、ディオランド家にはまったく動いた形跡が見受けられないのです」

 

「つまり聖杯戦争に参加したのはガブリエル氏の姉君の独断で、ディオランド家そのものはまったく関与していないということかい?」

 

「そう考えるが妥当かと」

 

 帝国陸軍が送り込んだ〝鬼人〟相馬戎次。地上で最も優美なハイエナことエーデルフェルトの双子姉妹。そして正体のはっきりしない六人目。

 よくもこれまで癖のある面子が揃ったものだとダーニックは苦笑した。

 

「これで君を含めて七人のマスター全員の情報が出揃ったわけだ。ディオランドの秘蔵っ子がちと気になるが、素晴らしい仕事ぶりだよ」

 

「有り難き幸せ――――と、言いたいところですが、まだ〝遠坂冥馬〟についての報告が終わっていません」

 

「彼は此度の戦いには不参加と聞いたが?」

 

「それは間違いなく。しかし遠坂冥馬は〝極東の狂児〟の渾名をとった生粋の武闘派。野蛮にも武功によって色位の階位を得た男です」

 

「分かっているとも。彼には我々の拠点を幾つか潰されているからね」

 

 ナチスとの戦争状態にある魔術協会だが、そこで最も名を馳せているのが遠坂冥馬だ。

 一族をあげてナチスに参加したエーレンバッハ家と魔術協会の派遣した討伐隊の戦いでは、討伐隊の仲間が全滅したにも拘らず、たった一人で戦い続け、遂にはエーレンバッハ一族を皆殺しにしたという信じ難い戦果をあげている。

 

「魔術師五十人を一人で殲滅。五百年を生きた死徒バウルグスを単独で討伐。悪名高い封印指定の魔術師ファルグリットを焼き打ちにして殺害。我々ナチスとの戦い以外にも、奴の武功は数多い。埋葬機関の七位と共同戦線をはって27祖を撃退したなどという眉唾物の噂まである。

 もしも奴がなんらかの理由で聖杯戦争に関わってきたのならば、帝国陸軍以上の脅威となるやもしれません」

 

「だろうね。なにせ彼も相馬戎次と同じ〝候補者〟だ」

 

「…………大佐。先ほどから気になっていたのですが、候補者とはなんのことなのです? 相馬戎次と遠坂冥馬が類稀なる戦闘力をもつことは分かるのですが、一体なんの候補だというのですか?」

 

「英雄だよ」

 

「!」

 

 あっさりと言い放たれた爆弾に、ダーニックは顔を強張らせた。

 

「革命者ボナパルトが人類の意識を『変革』して以降、一人の傑物が世界を変えてきた――――所謂、英雄の時代は終わりを迎えつつある。これはボナパルトの行った革新以外にも、科学力の発達が大きな原因だがね。大昔は一人が千人の敵を滅ぼせば英雄たりえたが、現代じゃ優れた兵器さえあれば極普通の兵士だって千人の敵兵を殺せる。英雄が、生まれにくくなっているのさ。

 ボナパルト以降にも英霊となった人間はいるが、彼と比べれば全員が小粒だよ。そしてボナパルトが引導を渡した『英雄の時代』は、これから訪れる二度目の大戦をもって終わりを迎えるだろう。だがそれまでは英雄になりうる英雄候補者が世界中にちらほらいるものなのさ。その一人が相馬戎次であり」

 

「遠坂冥馬であると?」

 

「その通り。親愛なる我らが総統閣下に至ってはもはや確定だ。尤も閣下が正英雄となられるのか、反英雄となられるかは大戦の結果次第だがね。

 他にもゲッベルス大臣、ヒムラー長官、ハイドリヒ長官、カナリス長官、マンシュタイン少将、ロンメル大佐、ハインツのやつもそうだ。ルーデル、カリウス、ヴィットマン、マルセイユ……。全員がジュリアス・カイザー閣下直々の『お墨付き』だ。

 彼等が死後に向かう先は『輪廻の輪』ではなく『抑止の輪』だ。最後の審判を受けることなく、彼等はヴァルハラへ旅立つのだ」

 

「…………」

 

 現代は人間から英雄が生まれうる最後の時代。であれば第三次聖杯戦争とは、過去の英霊と現代の英雄が交差する戦いなのかもしれない。

 ダーニックはふとそんなことを思った。

 


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