Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが正式に『結社』へ迎え入れられ、非公式ながら中佐の階級を授かって早数か月。その間にダーニックはしかと『結社』が与えた最初の仕事を完遂していた。
マスターがマスターとして最初に通らねばならぬ試練、即ちサーヴァントの召喚である。
ベルリンにある古びた屋敷の地下深くに、ダーニックの呼び出したサーヴァントの姿はあった。
雪のように白い装束とそれとは反対の艶のある黒髪。無愛想な眼鏡の奥には理知的な深い緑色の双眸がある。
この世で最初に鍛えられた刃物を触媒として呼ばれた男は、そこで脇目も振らずに鉄を鍛っていた。
聖杯へ託す祈りなど彼にはない。英霊同士の闘争にもまったく興味などありはしない。
彼は〝戦うもの〟ではなく〝生み出すもの〟である。錬鉄の英霊における最上位に君臨する者こそが彼だ。
だから彼は――――神殺しの槍を生み出した縁でランサーの枠を預かった彼は、ひたすらに生み出すのだ。方々から集めた鉄屑を『隕鉄』へ錬金し、その上でそれを超常の神秘へと鍛える。
――――〝宝具〟というものがある。
英霊とはそれ単体では英霊として成り立たない。英霊には必ず共に武勇譚を築き上げた聖剣や魔剣、または逸話を具現化した特殊能力が付随するものである。それこそがサーヴァントの持つ宝具だ。
宝具の中には常時発動し続けているタイプのものがあるが、殆どは宝具の真名することで初めて真価を発揮する。英霊の宝具は現代の魔術など及びもつかないほどの『奇跡』であり、英霊同士の戦いは宝具と宝具の激突といっても過言ではないのだ。
では錬鉄の英霊であるランサーの宝具とはなんだというのか?
ランサーの鍛冶場に散乱している剣、槍、弓などといった武具の数々。信じ難いことだが、それら全てが『英霊』という神秘を殺害しうるだけの同等の神秘を内蔵していた。
所有者をあらゆる呪いから守護する守り刀。
決して癒せぬ傷を与える呪詛の弓矢。
九つの異なる概念を秘めた異形の戟。
そのどれもが英霊が振るう唯一つの武器として不足ない代物だ。
しかしその全てがランサーという英霊を象徴する宝具ではない。
先述の通りランサーは戦うものではない。戦場で剣を振るうのではなく、英雄が戦場で振るう剣を作ることこそが彼の偉業であり伝説である。
であれば彼の宝具とは『宝具を生み出す鍛冶師としての腕』そのものなのだろう。
「トバルカイン。調子はどうかな?」
いともあっさりとランサーを真名で呼んだ男はしかし、彼の召喚者たるダーニックではなかった。
だがしかしランサーという男にとっては彼もまた自分の雇い主であることに他ならない。その出自から英霊としての誇りなど欠片も持ち合わせていないランサーだが、鍛冶師としての誇りは持ち合わせている。
その職業倫理にのっとってランサーは作業の手を止めて振り向いた。
「すこぶる良い。クライアントの払いが上等だからな。私もやる気が出る」
ジュリアス・カイザー。結社の長にして、支配者でもある男。
あのダーニックが傅かざるを得ないと確信する大魔術師であるはずなのに、存在そのものが曖昧で不確かな影。
「私の時代と比べて、この現世は娯楽が溢れているからな。酒に美食。賭け事も良いし、映画も面白い。歌劇を鑑賞するのも、本を読み耽るのも中々だ。特に女だ! 女遊びというのは太古の昔から変わらぬ男の娯楽だな。
ダーニックは私が鍛えたモノを振るう英雄の器ではないが、私のクライアントとしては上等だよ。私のような即物的な男がどうすれば喜ぶのかを心得ている!
聖杯戦争は日本で開かれるのだったな? なら日本へ行った暁にはダーニックに芸者とやらでも寄越させるか。あのロディウスが五月蠅く勧めてきたKIMONOとやらの魅力。是非とも本場で味わってみたい」
その気になれば容易く聖人となれる容貌を、ランサーは欲に塗れた笑みで汚す。
「構わんぞ。魔術の基本法則は等価交換。その程度の対価で、君が生み出す素晴らしい品々を貰い受けられることがどれほどに破格なのか分からぬダーニックじゃない」
「見解の相違だよ。現代のお前達にとって私の神域の腕は貴重なのかもしれないが、神代の私にとっては現代の娯楽こそが貴重なんだ。十二分に等価交換は成立している」
「ありがたいことだ。暴露すれば『結社』の資金も無限というわけではない。神秘を統括する魔術協会に対して戦争をしようなんていう組織の長としては、なんとも情けない上に肩の抜ける話だがね。
だが敬愛する黄金の王、英雄王とは違って我輩には永久につきぬ財をなす黄金律などありはしない。総統閣下が与えてくれた資金の内でやり繰りするしかないのだ」
「お前ならば、金などどうにでも出来そうだが?」
「買被り過ぎだ。我輩は現実を流離うただの幻人に過ぎん。世界にとって部外者であり落伍者たる我輩ができるのは、現世を生きる舞台役者に観客として野次の一つでも投げかける程度のこと。
それとて忌わしい運命の筋書を覆すには至らず、精々が針を遅めるか速めるかするに留まる。我輩は実に無力だ。故に――――」
ジュリアス・カイザーはランサーの肩に手を置く。
「此度も傍観者として君に
我輩はお前の浅ましい欲望を満たし続けよう。だからお前は我輩のつまらない願いに力を貸してくれ」
「……私を選んだ理由は、それか?」
「そうとも。他の祖ではこうはいかない。トバルカインだけが我輩の望みを知った上で叶えてくれる人間だった」
天目一箇神であれば許さなかったことだろう。
蚩尤であれば反乱を起こしただろう。
ヘパイストスであれば激怒させただろう。
ブリギッドならば従いはしなかっただろう。
そもそも彼等は神霊だ。生まれながらに完成していた、神としてしか存続できぬつまらぬ命。英雄王ギルガメッシュにより引導を渡された
人間達より生まれた『英霊』を招く聖杯戦争において、正真正銘の神霊を呼び出すことなど不可能だ。その道理を捻じ曲げたアインツベルンは、既に相応の報いを受けている。
だがトバルカインはそうではない。
他の祖と違って彼はあくまでも〝人間〟だ。
神の意向などまるで気にせず目先の欲望を求め、自分の矜持のためならば命さえ賭ける単なる人間である。
そんな人間だからこそジュリアス・カイザーは愛しく思うし、その願望とも共存できよう。
「ま、お前の言う通りだ。確かに私はお前の望みなどはどうでもいい。クライアントが私の望む報酬を支払うなら、私はクライアントが望む代物を作り上げるだけだ」
「結構」
例え自分が鍛えた剣が罪なき人々を殺めようと、逆に大勢の罪なき人々を救おうと。
自分はそれに一切関与しない。自分の鍛えた剣が成した偉業も悪徳も、全ては剣を振るった者にのみ帰するべきだろう。ランサーが気に掛けることがあるとすれば、自分の生み出した物が性能を最大限まで引き出せる使い手に巡り合えるか否かくらいだ。
その点、ジュリアス・カイザーは心配あるまい。彼の目的がなんなのかは知らないが、この男は確実にトバルカインの生み出した『宝具』を使い切るつもりだ。
「盟約を果たしてもらうぞ、鍛冶の始祖。我輩はお前を現世に呼び出すという『報酬』を支払った。その『対価』を貰い受けたい」
ランサーを実際に召喚したのはダーニックだが、ランサーを召喚させたのはジュリアス・カイザーだ。
忘れるはずがない。覚えているとも、穢土と浄土の境を超えて、抑止の輪まで響いてきた声を。
――――
まるで英霊トバルカインがどういう人間なのか最初から知っていたような口ぶりで、漆黒の軍服で蒼金の輝きを封じ込めた男は言ったのだ。
英雄ではないランサーに守るべき英雄の誇りはないが、鍛冶師として契約は遵守する。恐らくこの蒼金の男は、それすら見通していたのだろう。
故に喜べ、蒼金の王よ。
ここに
「いいだろう」
お前の欲するものはなんだ?
刃物でなくても結構だ。望みの物を言うがいい。
「生きていないのならば、神だろうと創ってやる」
最高位の〝錬鉄の英霊〟としての矜持を乗せて、トバルカインは言った。
「では、」
器を。死に至る大罪を容れるだけの器を所望する。
最初にして最古にして最高の錬鉄の英霊よ。人の身で神々と並べる腕をもつ君であれば、神々を犯す毒すら創造しうるだろう。