吹雪がんばります!(史実版)   作:INtention

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横須賀編後編。


第六話 空と海の新兵器

秘書艦という事で艤装保管庫の職員はすんなりと応じてくれた。長門が信用されているのか、そんなに危機感が無いのか。前者だと良いが…。

 

自分の大きさ程もある艤装を長門は軽々装着する。本人は気にならないとの事だが詳しい事はよく分からない。41cm連装砲4基を中心とした様々な装備の頼もしさは流石ビッグ7の一角である。いつもつけているヘッドセットのようなマストも艤装装着状態では馴染んでいる。

 

「罐を炊いてみてくれ」

「うむ」

 

ロ号艦本式ボイラーに火が入り煙突から白い煙が立ち昇る。

 

「改良した煙突はどうです」

「うむ、悪くない。排煙が顔にかかって色々支障が出ていたがこれなら問題ないだろう」

「良かった。では呉にいる陸奥にもこの改造を施します」

「そうしてくれ。陸奥のやつも喜ぶだろう」

「そういえば今横須賀にいる戦艦は長門だけですか」

「稼働出来る艦娘はな。皆出かけている」

 

艤装を外して倉庫に仕舞いながら言う。

 

「山城は旅順にいるし、金剛は練習艦娘として房総沖だったかな。榛名は近代化改装中だ」

「ああ、そうでしたね」

 

金剛代艦として建造予定だった天城型が条約で中止になったので、金剛型をリニューアルして使う事になった。当時練習役務艦だった榛名は姉妹で最初に改装を受ける事になったのである。

ボイラーを入れ替えるなど大規模な改装となるため艦娘から通常の軍艦に戻して作業している。ここから遠くのドックに戦艦のマストが見えた。

私は巨大な3万トンの軍艦と傍らの長門を見比べる。

 

「な、何だ」

「いや、どうやったらあの大きな鉄の塊が艦娘になるのかと思いまして」

「それは妖精の仕事だろう?」

 

質量保存の法則壊れる。それとも金や重金属並に密度があるのだろうか。造船畑にいるとは言え、建造に使う特殊鋼くらいしか分からない。

 

「確かに貴様の言うとおり主力艦は私だけだ。だが補助艦艇は揃っている。特にあの二組は中々見られないだろうから貴重だぞ」

「あの二組?」

 

長門はそう言って横須賀本港の桟橋に向かった。

 

桟橋では8人の艦娘が訓練していた。その内6人は水着を着用しており、装備からは内燃機関の稼働音が響いている。

潜水艦娘だ。とても小型だが他の艦娘とは異なり水中に潜る事が出来る。欧州大戦ではUボートが活躍しており、活躍の場が急成長しているカテゴリーだ。

機動性の関係で軍艦としては珍しくディーゼル機関を搭載しているので稼働音がうるさい。

その騒音に負けないように旗艦の軽巡娘が大声で指示を出した。

 

「じゃあもう一回艦船襲撃訓練するねー」

「はい!」

「よーいはじめ」

 

掛け声と共に潜水艦娘は発動機を止めて水中へ飛び込む。途端に周りが静かになった。

 

「やはりヴィッカース式発動機では限界かも知れんな」

 

桟橋に仁王立ちになって訓練を見ていた将校が呟いた。

 

「末次少将、ちょっといいか」

 

長門が将校に呼びかけた。

 

「ん?長門か…。北上!そのまま訓練を続けてくれ」

「りょーかい」

 

男は指示を出すとこちらに近づいた。

 

「こちらは艦政の藤本さんだ」

「初めまして」

「どうも。第一艦隊第一潜水戦隊司令の末次信正少将だ。艦政本部か、ちょうどいい。貴様は潜水艦にも詳しいか?」

「少しは」

「今のL4型をどう思う」

 

L4型とは最新の二等潜水艦呂60型の事で、攻撃力が向上した代わりに速度が落ちていた。目の前にいる艦娘達もL型シリーズで、その内4隻はこれであった。

 

「攻撃力が5割増になり、艦船攻撃に期待出来ます」

「確かに発射管が6門になったのはいい。だが英海軍からライセンス生産したL型潜水艦を改良し続けるのはそろそろ限界だ。より高性能なディーゼルが欲しいところだと思わないか?」

「そうですね。ですが伊号用のエンジンを積んでもいいのですがよく壊れます。耐久性ではこのヴィッカース型が一番です」

「ふむ、正論だな。本当なら駆逐艦のように一等に統一すべきだが予算がない。条約で戦艦が制限された今、我が海軍がアメリカと艦隊決戦で勝つには潜水艦による先制攻撃が最も効率が良いのだが、赤レンガは分かってくれないのだ」

 

末次は潜水艦を推進したいらしく熱く語りだした。

彼によれば潜水艦によってハワイとパナマ運河を封鎖し、西太平洋に米主力をおびき寄せて艦隊決戦を挑む。それまでに潜水艦と水雷戦隊が夜襲を繰り返して漸減するという考えが一番成果を挙げられるとの事だった。

そのためには高速で航続距離が長く、強い武装を持つ艦隊を揃える必要があると語る。

 

「なるほど。その案ですと潜水艦が大事になって来ますね」

「そうなのだ」

「あの〜」

「ん?」

 

先ほどから口を閉じていたもう一人の艦娘が遠慮がちに口を挟む。

 

「迅鯨か。どうした」

 

迅鯨は潜水母艦である。航続距離が短く弾薬の予備も少ない潜水艦はこまめな補給が大切だ。いちいち本土や泊地に戻るのは非効率なのでそれ専用の母艦がある。海軍の中でも過酷でブラックな任務に就くことが多い潜水艦娘にとって彼女は上司でありながら母親的存在となっている。

 

「訓練が終わったようですね。まだ続けますか?それならあの子達に補給が必要よ」

「そうか。おーい北上!」

 

末次は頷くと洋上で部下と模擬魚雷を回収している北上に声をかけた。

 

「なにー、提督」

「結果はどうだ」

「4割ってところかな。いいと思うよ」

「よし、今日は終わりでいいだろう」

 

そう判断するとこちらに向き直る

 

「長い間付き合わせてしまってすまなかったな」

「いえ、こちらこそお邪魔しました」

「この件は第五部だったかな?潜水艦部に言っといてくれないか」

「分かりました」

 

一潜戦のメンバーは保管庫に向かうようなので、そこで別れた。

 

「藤本大佐、後もう一箇所回ってくれないか」

「いいですよ」

 

長門はそう言って北へ歩きだした。

 

「次に見せるのは最新技術だ。見て驚くぞ」

「そんな軍機見せてもいいんですか」

「貴様も一枚噛んでいるだろうし問題ない」

 

少し歩くと洋上にもう一組訓練をしているグループがあった。

一人の艦娘を中心にして二人が後ろに控えている。

岸壁では二人の士官と通信機器をいじっている兵が三人。将校二人は揃って双眼鏡で艦娘達を見ながら集音器に指示を出している。

 

「風上に向かっているか?」

「…はい。290の方角です」

「よし、降下用意!」

 

洋上の艦娘が上空で合図すると上空を旋回していた航空機が降下して来る。それを艦娘は盾型の甲板を水平にして待ち受ける。固唾を呑んで見守る中、航空機はその甲板に着艦。縦にいつくも張られたワイヤーにフックを押し付け、ワイヤーの張りを維持するために甲板との間に挟んでいる駒板を散らしながら止まった。

 

「着艦成功です」

「よし!」

士官から安堵のため息が漏れた。

 

「これが日本初の航空母艦だ」

「彼女が鳳翔ですか。初めて見ました」

 

私達の会話に一人の将校が気づく。三角の眉にちょび髭を生やしている。

 

「長門じゃないですか。見学でも?」

「うむ。艦政本部の造船将校を連れて来た」

「大佐ですか、失礼しました!私は塚原二四三中佐です。鳳翔の副長をしております。もう一人は艦長の小林省三郎大佐です」

「藤本だ。着艦してる所は初めて見た」

「第一艦隊に配備されてますが、まだ訓練中です。しかし世界で空母を保有しているのは英国と日本だけです。かなりの先進的だと思います。ちなみに先程着艦した複葉機が三菱一〇式艦戦です」

 

鳳翔は矢になった戦闘機を矢筒を戻す

 

「矢になるのですか?」

「はい。私もよく分かりませんが甲板にいる妖精が変えるようです」

 

分からないとか大丈夫なんですかね…

 

「鳳翔は一〇式観戦を6機、十三式艦攻を9機搭載しています」

「攻撃機もあるのですか」

「ええ。偵察だけでなく爆撃や雷撃も可能です」

「ほう。魚雷も積めるのですか」

「はい。圧倒的速さで艦船に接近して雷撃をします。これからの時代は航空機とそれを運用する航空母艦ですよ」

「そんな事は無い!今世界が平和なのは我々ビッグ7がいるからだ。鈍い航空機など主砲で吹き飛ばしてくれる」

「今に戦艦でも沈めるくらいの威力になりますよ。十三式艦上攻撃機は198km/hです。英国のソッピースキャメルより速いんですから」

 

両者譲らない言い争いが続く。これは決着付かなさそうですね。間違いない。

鳳翔は戦闘機の収容を終えて攻撃機の収容に移る。先程と比べて勢いが無いのは気のせいだろうか。

 

「発動機を絞り過ぎじゃないか?」

「機首を上げて下さい」

 

矢継ぎ早に指示が飛ぶが間に合わない。

艦攻は甲板直前で失速してしまい海へ墜落してしまった。

 

「やらかしたな」

「2番機墜落!救出せよ」

 

笛の合図で後方の駆逐艦が駆け寄って沈みゆく航空機を拾い上げた。

 

「やれやれ今日は無事故で行けると思ったのに」

「駆逐艦を連れて来て正解でしたね」

「やはり鳳翔の戦隊に常時駆逐艦を付けた方がよろしいのでは」

 

士官達が互いに意見を交わした。どうやら普段は鳳翔だけらしい。それだと失敗したら自分で拾う事になる。とても大変そうだ。

 

「今日は艦攻が落ちたか」

「よくあるのか?」

「残念ながら。昨日は戦闘機が鳳翔に激突して機体は大破。搭乗員の妖精は大怪我だ」

「それみたことか。外洋は穏やかとは限らん。訓練からこれでは先が思いやられるな」

「くっ…」

 

言い争いは長門の勝ちのようである。

確かに頼りがいは無いがまだ鳳翔が完成してから数年しか経っていない。まだまだこれからだと思う。まあ厚い装甲に守られた戦艦に対空用の大砲でもつければ大した被害にはならなさそうではあるが。

 

後始末に戻った塚原と別れて鎮守府へ戻った。

 

「今日はありがとうございました」

「いいさ。潜水艦と航空母艦。両方新しい艦種だがどうなるか分からない。両者の司令は今でこそ熱意ある将校にしか見えないが、ハンモックナンバーはかなり上だそうだ。将来艦隊の提督となるのは確実だ。」

「つまり新兵器が顔を効かせる時代が来るかもしれないと言う事ですね。確かに大型の潜水艦や戦艦改造の航空母艦も建造中ですし、そう日は近いかも知れません」

「そうだな。だが最後に勝敗を決めるのは艦隊決戦だ。米国に勝つにはそれらでいかに敵艦隊を傷つけ、我ら第一艦隊と互角にするかが大切だ」

「ええ。分かっております。条約で新規建造は当分無理そうですから、既存の戦艦の改装が大事になります。今艦政でも検討中です」

「頼むぞ。そうだ、提督は赤レンガに呼び出されたから挨拶はいいぞ」

「分かりました。ではよろしくお伝えして下さい」

 

太陽が傾き始めた頃、私は横須賀鎮守府を後にした。帰ったら改妙高型の設計をしなければならない。

 

大正最後の年となったその日の翌週である25日、とある駆逐艦に第三十五号駆逐艦と名付けられ、一等駆逐艦として分類された。

 




〜補足1〜
艦娘なので陸の寮にしましたけど、長門の定位置は横須賀軍港の現在の米空母「ロナルド・レーガン」のいる岸壁らしいです。あそこには7F旗艦「ブルー・リッジ」もいますし、市街地方面からは見えない場所ですので軍機によさそうですね。

〜補足2〜
この時代の長門の艤装について。角は無く、横のマストだけで、右手首に射撃管制用の距離指示装置(時計みたいなやつ)を着けています。
これは改造中の榛名が集中射撃管制を実装し、成功するまで装着しています(という設定)。

長門型といえば2本の角のような飾りのイメージがありますが、この時はまだありません。横に伸びている物のみです。この時代の射撃管制は明治時代から変わらず、敵艦の距離を白い時計のような表示板に示し、それ見て各砲塔の砲手が照準を合わせます。この時計みたいなの、アメリカ戦艦の籠マストにもついてますよね。ちなみに各砲塔に照準を任せているので艦橋の測距儀が無く、艦橋はみんな低いです。(扶桑型も至って普通な高さ)
近代化改修前の長門の様子は丁度湾曲煙突のイラストをアニメ艦これの方が書いたイラストがあったので参考にしました。

〜補足2〜
第一潜水戦隊

北上
迅鯨
6潜(呂58、呂59)
24潜(呂64)
26潜(呂60、呂61、呂62)

〜補足3〜
鳳翔はイギリスの技師の支援によって建造されました。よって着艦方式もイギリス式で、ワイヤーを横ではなく縦にいくつも張り巡らし、艦載機につけたフォーク状のフックとの摩擦で停止します。難易度が高く確実でも無いのでアメリカと同じ横のワイヤーに変更されました。ワイヤーを長距離張るのは難しいので途中にいくつも駒板を置いて支えており、毎回置き直すので時間もかかります。
一〇式艦戦や一三式艦攻もイギリス人の援助で作られました。航空機業界ではまだまだ後進国という事ですね。個人的には三葉機(主翼が三枚)の十式艦攻を出したかったです。ちなみにこの数字は年号です。一○式艦戦(大正10年、1921年)、三式艦戦(昭和3年、1928年)など。しかしその次の九〇式艦戦は皇紀2590年(1930年)です。大正は短いので昭和初期と被る可能性があるからですかね?

〜補足4〜
 末次信正提督について
海兵27期。第一次大戦を欧州で武官として過ごしました。その経験から戦艦の変容と潜水艦の利用について考え、対米作戦である漸減作戦を考案しています。また、戦艦の主砲は中心線上に一列に並べるべき、艦艇の重心が高すぎる(友鶴事件の前から主張)など先見性がある提督だったようです。
ロンドン軍縮条約では潜水艦を重視すべきと主張しましたが、減少させられた事に反発してひと悶着起こしています。(首相や天皇に怒られて海軍次官を更迭されられた)
艦隊派(反条約派)の中心でしたが、第二艦隊司令長官、連合艦隊司令長官まで上り詰めました。
末次は連合艦隊司令長官として東郷平八郎に次いで人気があったらしく青年将校に大歓迎されました。夜戦を重視し、猛訓練をさせたそうです。

 塚原二四三提督について
海兵36期。同期には南雲忠一・有栖川栽仁王・沢本頼雄などの重鎮がいます。横須賀航空隊に所属してからは航空畑を歩み、鳳翔・赤城に乗務します。教育・実戦部隊を行き来した後、日華事変後は前線の司令になります。しかし、漢口で中国機の攻撃にあい大怪我をしてしまいます。そのせいで艦隊勤務は困難と判断されてしまい、第一航空艦隊は同期ではありますが航空に全く縁の無かった南雲忠一が司令になりました。太平洋戦争では第11航空艦隊(外地の基地航空隊の主力部隊)司令長官として善戦します。その内、ラバウルに進出した部隊はラバウル航空隊として親しまれています。敗戦が濃厚になった昭和19年に井上成美と一緒に「最後の」大将に昇格し、実戦部隊から退きました。
もし、漢口で怪我をしなければ一航艦は南雲ではなく塚原機動部隊として猛威を振るっていたのは確実です。航空に詳しい塚原が指揮を執っていればあの戦いも変わっていたかも知れませんね。

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