でも登場させたいのだけれど、本編では所属基地と時代の関係で絡みが無い艦娘や提督がいまして、この話を企画しました。
1926年(大正15)6月末 横須賀
東京から列車で1時間。横須賀は横濱とは違い、軍のための港と言っても過言ではない。帝都防衛の要でありその規模は呉にも劣らない。
省線の横須賀駅から降りるとすぐ左に
だが、湾の出口方面にある桟橋で十人程の潜水艦娘が訓練をしているくらいで民間船は見かけない。やはりここが軍港なのだと再認識させられた。
海軍施設がある半島の入り口にゲートがあり、歩哨の陸戦隊隊員に身分を証明して中に入る。
帝大卒とは言え大佐である。すれ違う海軍航海学校の学生は皆敬礼をしてくる。それに答礼をしていると目の前に少女が現れた。黒いセーラー服を着ている。しかし肩と脇が出ているしスカートが非常に短い。まだまだ子供だがなかなか過激な服装である。
「あなたが藤本さん?」
「ああそうだ。君は艦娘かい?」
「そうよ。でもおっそ〜い」
「は?」
「もう1025だよ?」
「いや、でもまだ約束の時間まで1時間はあるが」
「わたしはもう10分も待ってるし」
「10分…も?」
「じゃあ庁舎までかけっこしよう!」
「なぜだ」
「よーいどん!」
「いきなりだな。って早!」
少女はそう言うと物凄い速さで走っていった。明らかに人類には出せない速度である。すれ違った学生が何事かと振り向く。私はいきなりの出来事に呆けていたが気を取り直して庁舎へ向かった。
鎮守府内は軍服を着た将校と背広を着た軍属が歩き回っている。
館内は分からないので事務員の案内で最上階の司令長官執務室に向かう。ノックして入ると初老の将校と二人の艦娘が待っていた。
「よく来てくれた。私が司令長官加藤寛治中将である」
「艦政本部第四部長代理、藤本貴久雄造船大佐です」
「君は二人に会った事があるかね」
「はい。左の方には」
将校の横に並んで座っている艦娘を示す。
「うむ。私が秘書艦の戦艦長門だ。今回は世話になった」
「そうか、長門の改装は君の発案だったな。では五十鈴とは初めて会うか」
「五十鈴です。第二水雷戦隊を任されてるわ。よろしくね」
長いツインテールが特徴のセーラー服っぽい巫女服の少女が言った。確かに長良型の前半の艦娘はこのような格好をしている。
「そうですね。実際に会うのは初めてかも知れません」
「彼女には君の出迎えを任せていた」
「はい。部下の島風を行かせました」
「ああ、あの子が島風か。道理で速いと思ったよ。先に走っていっちゃったけど」
峯風型駆逐艦4番艦「島風」は最高速度40.6ノットを記録した日本一速い軍艦である。メートルに直すと73km/hだ。100mを4.9秒で走れる事になる。陸上でこの速度を出せるかは知らないが一般人が追いつける訳が無い。
「はあ?やっぱりあの子はあなたを置いて走って来たのね。全くせっかちなんだから。すみません、島風を信じた私がバカでした。ちょっと叱って来ます」
五十鈴は怒って出て行ってしまった。
「やれやれ。鬼怒の方が名前合ってるんじゃないかな」
「提督よ、まあそう言うな。五十鈴も責任を感じているのだ。ここには居づらいだろう」
「そうだな。二水戦の事は五十鈴と坂元少将に任せよう。で、長門よ。書類仕事は私に任せて藤本君を案内してやってくれ」
「しかし…」
「いいんだ。今は連合艦隊旗艦じゃないし気を張る必要はない」
「分かった。ではそうさせてもらおう」
長官からお許しを得た長門と二人は部屋を出た。
「改装後の状態を見たいから艤装を着けてみてくれないか?」
「いいだろう。では艤装保管庫へ向かうぞ」
艦娘の艤装は特注品であり、装備して登場するが、常に着けている訳ではない。普段は保管庫に閉まっておき、出撃や訓練の時に申請が通った者だけが装備する。日常生活に邪魔というのもあるが、勝手に持ち出して反乱するのを防ぐためでもある。
報国のために生まれたとは言え艦娘にも自我がある。忠誠心が低ければ反旗を翻さないとも限らない。欧州大戦のドイツ帝国海軍では艦隊温存作戦に不満を持った艦娘達が反乱を起こしたし、つい数年前にロシア帝国が転覆した時も一部の艦娘は共産革命の赤旗を上げて味方艦隊に発砲したという話も聞く。
我が帝国海軍ではそのような例はないが争いを未然に防ぐのに敏感になっているのかも知れない。
保管庫への道の途中に宿泊施設が並んでいる区画を通る。
「ここが艦娘達の寝床だ。艦種ごとに分かれている。談話室を兼ねた食堂までなら入っても構わないが寄っていくか?」
「いや、婦女子ばかりの建物に入るのはちょっと…」
「そうか、真面目だな。嬉々として乗り込んで皆に撃退される提督もいるらしいが」
「そんな人もいるのか…」
無鉄砲な人もいるものだ。しかしそういう人は撃退されるのも楽しんでいるような気もするが。
そう話していると、駆逐艦寮から十数人の艦娘が青ざめた顔をして飛び出して行った。先程の島風もいる。
「あれは二水戦の駆逐艦娘だな。今日の訓練は終わったはずだが」
「二水戦?あっ…(察し)」
これは五十鈴さんお怒りですね、間違いない。しかも連帯責任なのか。
「悪いが彼女らを追ってもいいか?」
「え!?…まあ私も駆逐艦は好きだからな。構わない」
なんか誤解されてるのは気のせいだろうか。
駆逐艦娘が走り去った方角に行ってみると、南東の埠頭にたどり着いた。対岸には陸に固定された戦艦三笠も見える。
腕を組んだ五十鈴の前に12人の駆逐艦娘が並んでいる。
「揃ったわね。集まってもらった理由は分かるかしら?昨日お願いしたお迎えの件よ。」
皆黙ったままだ。
「島風。あなた昨日立候補したわよね?」
「はい」
名指しで呼ばれた島風が震え始めた。
「それなのに藤本さんを置いて走り去ったらしいじゃない」
「かけっこしただけよ」
「いつも言ってるじゃない。人とかけっこしちゃ駄目だって」
競走をしたのがいけないとなっているが大丈夫か?
その後も五十鈴のお説教は続く。
「……やっぱり最近気持ちが弛んでいるわ。罰として全員の夜間訓練を増やします。明日からまた雨みたいだから丁度いいでしょ。反省なさい」
12隻はみるみる正気を失っていった。
「結構厳しいのだな」
「当たり前だ。水雷戦隊は高度な統率力が必要だ。血気盛んな駆逐艦娘を纏めるために厳しくする事は普通だ」
長門は平然としているが、私には少し辛い物があった。私は海軍兵学校を出ていない。なので陸より厳しいと言われる海軍の躾を体験していないのだ。それに艦娘は軍艦だが見た目は少女である。特に駆逐艦は尋常小学生くらいに見えてしまう。
何もしていない11隻はこの罰に対して動揺している。いくら連帯感がある駆逐艦とは言え島風を非難する目を向ける艦娘も多い。
上司の五十鈴だけでなく周囲からも責られてついに島風は泣き出してしまった。
「五十鈴さん」
私は思わず呼びかけてしまった。
「何?」
「ちょっとやり過ぎでは…。私は気にしてないし」
「これは二水戦としての矜持よ。私は畏くも…」
私を含め全員が背筋を伸ばし直立不動になる。
「陛下から水雷戦隊を預かっているの。それも帝国海軍で最新最強のをよ。規律の乱れを許す訳には…」
「遅れてすまない!」
「提督!」
突然の中年の将校の登場に五十鈴は驚いた。彼は二水戦司令官の坂元貞二少将である。
「ちょっと
「島風に藤本大佐の出迎えを頼んだら置き去りにしてしまったので、罰として訓練を増やそうと思いまして」
「それ、出迎えを島風に頼んだお前も悪くないか?」
「うっ」
「それに、29駆を一ヶ月返してくれと佐世鎮に言われたばかりだし」
「ええ!?」
思わぬ横槍に今度は五十鈴が動揺し始めた。坂元司令と部下達、そして私を交互に見る。
「だから今回の件は3駆の高橋中佐に絞ってもらう事にする」
「で、でも!それだと二水戦旗艦として示しがつかないわ!」
「じゃあ二人で射撃訓練、しよう!」
「うぅ…」
坂元少将は楽しそうに笑った。
五十鈴は恨めしそうに司令官を見上げる。
「しょうがないなあ。藤本君だっけ?」
「え、はい!」
「五十鈴を近代化改装させる時は長良型で一番早くしてやってくれないか」
「え…」
「もちろん美人にしてやれよ?」
何という無茶振り。私悪くないよね?それとも彼女の説教を止めたのが運の尽きか。五十鈴もチラチラと期待を込めた目で見てるし、坂元少将も笑顔で威圧している。完全に断われない空気になってしまっている。
「承知シマシタ…」
「仕方ないわ!今回はそういう事にしてあげる」
五十鈴がそっぽを向きながら宣言した。
麾下の駆逐艦娘達は喜びの声を上げて司令官と私に抱きついてくる。
後々響きそうな結果だがとりあえずは収まったようだ。まあ島風の孤立は防げた訳だし、よしとするか。私は安堵のため息をついて傍らの長門を見た。彼女も同意してくれたようだ。なぜか羨ましそうにしているが。
寄り道を終えて艤装保管庫へ向かう。
「付き合わせてしまって、すまなかった」
「構わない。しかし君は相当甘いな」
「軍艦の指揮官には向いていないのは分かっています。海大出てないし、今後も指揮する事もありません」
「だが、たまにはそういうのも悪くないな。駆逐艦娘がとても嬉しそうだった」
先程の様子を思い出しているのか遠い目をしている。何か不満な事でもあったのだろうか。相変わらず婦女子の考えは難しい。
という訳で峯風型駆逐艦「島風」でした。二代そろって最速記録を出しています。速度はほぼ同じですが武装や航続距離が数倍になっており、先代より重量があります。機関は進化してるのに大正駆逐艦より昭和駆逐艦の方が遅いのはこのためです。先代なので島風IIとは違うはずですけど、性格は合わせました。名前と見た目を受け継ぐとか素敵やん?(護衛艦を見ながら)
まあ先代は睦月型の制服の丈を短くした感じを想像しました。
五十鈴は二水戦旗艦として登場です。藤本と近代化改修の約束をしていますが、実際にはそんな約束はありません。確かに長良型で唯一防空軽巡に改装されており、早期に改二も実装されましたが、ただ米機動部隊に攻撃された傷を直すついでで改造しただけで、五十鈴だからという訳ではありません。
1926年(大正15)
第二水雷戦隊
五十鈴
3駆 汐風、夕風、島風、帆風
5駆
29駆
五十鈴・3駆・5駆は横須賀、29駆は佐世保所属。
〜峯風型駆逐艦
八四、八六艦隊計画で計画された、峯風型の峯風から睦月型の夕月までの数々の名駆逐艦を生み出した峯風シリーズの原型。これ以降特型シリーズが清霜まで続くと考えれば、こちらは大正時代を代表する駆逐艦と言えます。
朝顔とも呼ばれる高い艦首と艦橋の前に設けたウェルデッキ(前部魚雷発射管がある所)が特徴で外洋に出る事を前提としています。
八八艦隊が実現すれば5500トン軽巡と峯風シリーズの水雷戦隊がずらりと並んだはずでした。
45口径12cm単装砲×4
533mm連装魚雷発射管×3基 6射線
6.5mm機銃×2丁
〜第一号型駆逐艦→神風型駆逐艦
峯風型の改良版。八八艦隊計画で建造された駆逐艦。大量に作る予定だったので番号になりました。
少し大型化して安定感を増すと共にタービンや予備魚雷の数を変更しています。
45口径12cm単装砲×4
533mm連装魚雷発射管×3基 6射線
7.7mm機銃×2丁