吹雪がんばります!(史実版)   作:INtention

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お詫び
古鷹クラスの所属が分かりました。

 古鷹型→横須賀
 青葉型→佐世保

だそうです。
つまり第十三話で古鷹加古は呉では呼ばれません。直します。


第十五話 設計者

1928(昭和3)年11月

 

 

午前は座学、午後は演習という日々が毎日続く。観艦式が目前に迫っているので駆逐艦達は張り切っている。しかし今の観艦式とは違い、綺麗に一列になって航行し、すれ違う時に空砲を撃つなんて事はない。並んでいる艦隊の間をお召艦が通るだけだ。戦艦が空砲を撃ったり海軍航空隊がデモンストレーションする事はあるかも知れないが艦載ヘリが同時発艦したり潜水艦が上下運動する事はないのだ。

つまり、"その地点まで航行して敬礼するだけ"なのだ。昨年も参加した艦娘は分かっているはずなのだが、訓練に熱が入る。猛訓練の結果見栄えが良くなると信じている。健気だが、流石に巡洋艦以上の軍艦はそれが分かっているためいつもと変わらない生活をしていた。

 

特型の五人は初めての観艦式なので、どんな事をするのかよく分かっていない。司令達は即戦力としてすぐに実戦配備出来るようにとも考えているため、あえてやる気に水を差す事はしなかった。

 

今日も航行訓練をしている。一月も経つため流石に慣れてきていた。今も鬼怒を先頭に単縦陣を組んでいる。豊後水道から瀬戸内海を抜け、ついに太平洋へと出ていた。波は高いが六人はものともしない。時折頭より高い波が来てずぶ濡れになるが耐えている。

 

「よし!速度を出すよ。両舷最大戦速!」

 

五人は命令に即座に反応し、速力通信機(エンジンテレグラフ)の音と共にタービンの音が大きくなる。

速度は36ノットに達した。波に乗り上げて身体が浮き上がるような感覚だ。なんとか隊形を維持しているがまだそれ以上の余裕は無さそうである。

 

「付いて来れてるね。上手くなったよ」

「あ、ありがとうございます」

「曲がるよ。九方!」

 

ある地点を起点にして左に直角に曲がるものだが意外と難しい。本当なら航跡が一本の線となるはずだが数本の線となっている。

鬼怒はそれをチラッと見て帰投を命じた。もちろん速度も落とす。戦闘速度は燃料を食うのだ。

 

江田島を回って呉軍港へ向かう。右には呉海軍工廠のドックや船台が並ぶ。一際目立つのが戦艦霧島である。普通の軍艦の姿に戻され、中心に穴が空けられている。缶を全て新型に置き換える大工事だ。今までは石炭が主な動力源だったが今回の換装で重油がメインになる。

その横のドックでは全周を垂幕が覆っており、艦娘だと予感させる。

 

「あれが一等巡洋艦那智だよ」

 

鬼怒が説明する。

 

「確か来週完成するはず 」

「本当ですか?じゃあライバルですね」

 

吹雪が何気なく言うと鬼怒は心外そうに言う。

 

「いやいやー巡洋艦と言っても鬼怒とは違うから。彼女は20cm砲を搭載してるんだよ」

「でも魚雷の代わりに主砲が10門になったと聞きますよ?火力は下がってるのでは?」

 

後列から東雲も会話に加わる。

 

「それが軍令部の命令でお父様が飛ばされてる間に雷装も復活させたんだってさ。攻撃一辺倒だよねー」

「設計者って平賀さんですか?」

「そうそう。すっごい人なんだから!後任の藤森さんだっけ?」

「藤本です」

「そう、藤本さんと違って芯があるよね!そう思わない?」

 

笑顔で同意を求める鬼怒。吹雪達は複雑な表情をしている。自分達の生みの親をけなされていい思いをするはずがない。

白雲が抗議しようとしたが吹雪が目で制す。

吹雪は笑みを浮かべて賛同した。

 

「はい、そう思います」

「でしょー」

「でも後任の藤本さんも長門さんの煙突を直したりしてますし、すごい方だと思います」

 

東雲がさり気なくフォローする。

 

「まあそうだよね。責任者になれるくらいだし。よし、着いたよー」

 

鬼怒は気にせずに流した。特に深い意味は無かったらしい。吹雪はホッとした。

 

「岸壁に乗り上げるよ」

「え?うわ」

 

慌てて出力を切る。気が抜けて注意が散漫だったようだ。

 

「気をつけてよ。こんな所で沈みたくないでしょ」

「はい。すみません」

 

岸に上がって機関の火を落とす。全員で丸くなって反省会だ。

 

「方向転換の時は一列になるようにね」

「観艦式のためですか?」

「いや、攻撃のためかな。特に統制射撃をする時は先頭の艦に射撃諸元を合わせる時があるから一列に並ぶのが大事なんだよ」

「了解です」

「明日は射撃訓練に入ろう。いいよね艦長」

 

無線で連絡を取ると承諾が返って来た。

 

「申請書は出しとくから模擬弾薬半分と模擬弾頭の魚雷9本貰って来てね」

「はい」

「じゃあ解散!」

 

皆でおしゃべりしながら浴場へ向かう。

演習終わりのこの時間は混むので我先にと浴場へ行くのだが、鬼怒だけは指揮所へ来るように言われたため素通りする。

名残惜しそうに見ていると指揮所から提督達が出てきた。

 

「彼女らも悪気はないと分かっているはずです」

「私達でフォローしますから」

「別に叱る訳じゃない。だが言っておくべきだ」

 

他の提督が宥めるが小野は跳ね除けた。外で待っている鬼怒を見つけると、一直線に歩いて来る。機嫌が悪い事は鬼怒にも分かった。

 

「提督ぅ〜、お、お疲れ様〜」

 

恐る恐る声をかける。

 

「ああ」

 

無表情で小野大佐は答える。周りを見渡し、

 

「少し歩こう。いいな」

「うん」

 

二人で並んで岸壁を歩く。

 

「君には悪気はないだろう。だが、君は失言をしたようだ」

「え?」

「君らの設計者は誰だ?」

「もちろん平賀譲様だよ」

「そうだな。では今の設計主任は知っているか」

「確か藤本とかいう人だね」

「じゃあ完成したばかりの特型駆逐艦は誰が設計したと思う?」

 

小野は立ち止まって鬼怒の顔を見つめる。

 

「藤本…」

「そう。藤本喜久雄造船大佐だ」

「んにゃぁ゛ぁ゛ぁ゛〜〜!!」

 

突然の奇声に弾薬を運搬していた軍属がこちらを振り向く。

 

「そっかー。それはパナイ失言だね。彼女達気にしてない?」

「深い意味はないと分かってくれてるさ。それより、明日東京からお偉いさんが来るんだが、その中に藤本さんもいるようだ。特型の訓練も見るようだから明日は失礼のないようにな」

「マジかー」

 

 

 

その後、風呂に入った鬼怒は部屋に戻った。同室の阿武隈は鏡に向かっていて、前髪をいじっている。

 

「ただいま」

「おかえりー。遅かったわね」

「色々あってね。それより艦長からビール貰ったから飲もうよ」

「いいわよ」

 

髪をセットし終えた阿武隈は棚からグラスを二つ出して机に置いた。

鬼怒は栓を抜いて二人分を注ぐ。黄金色の液体がグラスの中で輝いている。

 

「じゃあ乾杯」

「お疲れ様」

 

グラスをぶつけ、中身を呷る(あおる)

 

「あぁ^〜、しみるねぇ^〜」

「おいしそうに飲むのね」

「ビール嫌い?」

「あたし的には好きよ。でもこれ高いやつよね。どうしたの?」

「艦長の奢り」

「そう。…何かあったの?」

 

阿武隈は見透かすように鬼怒を見る。鬼怒は目を逸してしまった。

 

「え、どうして」

「艦長にキリンを奢ってもらうなんて何か落ち込むような事があったのかなって」

「うん…。そうなんだー」

「あたしに話せる事?」

「まあ、そうかな」

 

鬼怒は迷っているようだったが沈黙に耐えられずに話し始めた。

 

「鬼怒が吹雪型の訓練を任せられてるのは知ってるでしょ?」

「うん」

「それで…その吹雪達の設計者なんだけど」

「うーん、藤本さんだっけ?」

「……」

 

鬼怒が固まる。

 

「う?どうしたの」

「知ってたの?」

「え、何が?」

「藤本さんの事」

「知ってる訳じやないけど今の担当者が藤本さんならそうかなって」

「あー鬼怒もそれくらい頭が良ければなー」

「何よ唐突に」

「いやー藤本さんを(けな)しちゃったんだよね」

「何してるのよ」

「悪気は無かったんだよー」

「明日謝りなさいよ」

「うん」

 

 

 

同時刻 夜行列車内

 

ハックション!!

夜闇の線路を疾走する急行列車内でくしゃみが響く。

 

「大佐。やはり風邪では?」

「いや、大丈夫だ。艦娘が私の話でもしてるんじゃないかな」

 

一緒に随行している牧野茂少佐が心配そうに聞いてくる。彼は東大卒の造船士官であり、私の後輩に当たる。今回は私と一緒に新型巡洋艦の就役を見に行く予定だ。いつもは一人で行く事が多かったが今回艦政は二人を出張させている。

新型艦が重要な戦力というのはもちろんだが、今回は特別なゲストが見に来るのだ。

 

「ほう。藤本大佐殿は人気があるのだな。軍艦とは言え婦女子だったか。羨ましい限りだ」

 

向かいの席で日本酒を飲んでいた軍人がカイゼル髭を揺らしながら冷やかした。彼は深い緑色の軍服を着ている。その胸には勲章がいくつも光っていた。

彼こそ今回のゲストである梨本宮守正王(なしもとのみやもりまさおう)元帥陸軍大将だ。名前の通り皇族だが、実際に日露戦争などに出征している現役の軍人だ。(もちろん皇族だからこそのこの階級だが)

なぜか那智の就役を見守る事になっている。

 

「いえ、そういうものでは…」

「閣下、そろそろお休みになられた方がよろしいのでは?」

 

お付きの兵が呑み続ける元帥に進言する。

 

「今はどこら辺かな」

「おそらく姫路くらいでは?」

 

昼頃に東京を発車した呉行の急行列車は半日かけて大阪まで走り、さらに夜通しかけて呉まで走る。軍港があるだけあって高級軍人が利用するために一等寝台車が連結されている。

本当なら二等車で我慢するところだが、今回は元帥と一緒なので一等車に便乗させてもらった。とは言え個室などではなく、通勤電車のような長い椅子を仕切りで区切り、夜はそれが寝台となるだけだ。閣下はまだ呑み足りないらしく、横にならずに呑んでいる。丁度向かい合う形に座る二人は先に寝る訳にはいかず、話に付き合ってるのだ。

明日はやるべき事が多いので早く寝たいのだが…。

 

「まだ構わんだろう?」

「まあ…」

 

付き合わされている二人の海軍将校と護衛の兵士は同じ事を考えながら、夜は更けていった。

 




魚雷の弾頭って黒なんですよね。ただし演習用は信管の付いてない赤です。

陽炎とか伊58とかは赤いので演習用を装備してるんですよね。見栄え的な問題でしょうけどそう考えると格好悪いです。
アーケードでも赤を装填してるんだよなぁ…。

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