IS×仮面ライダーW 〜二人で一人の探偵達+αが転生しました〜   作:prototype

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第五十一話

克己が最初に取った行動は、少女の部屋の探索だった。少女が自分に一言も残さずに消える訳が無いという確信があったからだ。

 

案の定、ベッドの下から少女の手紙が見つかった。

克己への謝罪、そしていつか必ずこちらを訪ねる旨が書いてあった。

 

それを見た克己は、特に何を言うこともなく自室に戻ると、ベッドと壁の隙間に隠す様に置いてあるアタッシュケースを手に取り、中身を確認する。

 

実は克己、この世界に来てからこのケースを開けたことは、二回しか無かった。何が入っているのかは記憶と重さで何となく分かっていたからだ。一度目は、念のためとケースから『エターナル』のメモリを抜き取ったとき。そして二度目が今回だ。

 

彼は当初、死ぬ前に纏っていたのと同じ衣服。懐に入っていたのは、長年使い死の間際も手放さなかったナイフと、エターナルメモリとの再会まで懐を離れず、自分と一緒に塵になったロストドライバー。

 

とくれば自然に、持ち物は死ぬ瞬間まで持っていたものと想像できる。まぁナイフは入院の時に没収されてしまって以来手元に無いのだが、アタッシュケースが没収されなかっただけ幸運だろう。もしかしたら寝ている間に開けられていたのかも知れないが、今確認したところ、全てのメモリを確認できたということは、何も起きなかったのだろう。

 

 

アタッシュケースに入っているのは初めて手に取った時のものだからだろうか?それとも、殆どの期間はアタッシュケースにしまわれていたからか?何にせよ、妙なところでサービスが効くものだ、と克己は思った。まあ、もし何かの入れ物に入っておらず、ドーパントが生まれたとしても、エターナルでどうとでもできるのだが。

 

 

克己がアタッシュケースに今手をつけたのは、流石に外出最中にも部屋に置いておく訳にはいかなかったからだ。克己はそのままアタッシュケースを身につけると、施設の警備室へと向かった。

 

警備員とは顔見知り…、というか、最近施設に来た克己の顔は大人にはそれなりに知れ渡っている。警備員は何人かいるが、誰もかれもが子供好きのお人好しなことは短い付き合いの克己にも伝わっていた。

 

克己は警備員達を説得しにいった。子供とはいえ、保護されている立場である上、最近まで自殺未遂を繰り返していた人間を簡単には出してくれないだろうと考えた克己は、警備員の情に訴えることにした。

 

因みにこの時言った、「あの子にもう一度会いたい」とか、「初めて出来た友達なんだ」という台詞は、子供らしい演技もあって克己の心のゴミ箱(黒歴史)行きが確定したのは言うまでもない。

 

警備員を味方につけた克己は、大人の同伴をつけることで、外出を許されたのだった。

 

 

 

しかし。

 

 

 

職員から聞いた住所を訪ねてもそこにあるはずの『オリムラ』という家は無く、別人の家が建つのみだった。

 

こうなってしまっては、可愛い子供のお願いを聞いていただけだった警備員達も穏やかではいられない。

 

すぐさま施設に戻ると、少女の親を名乗った人物へ少女を引き渡した職員に警備員達が直談判した。

 

「なぜ住所の確認もせずに少女を預けたのか?」

 

「そもそも何を証拠に親と認識したのか?」と。

 

 

職員も凄まじい剣幕の警備員にたじろぎながらも、絞り出すように答えた。

 

ー そもそも少女は、その男から預けられたものであると。

 

 

この職員は温和なベテランで、職員の中でもリーダー格でもある。この施設での経験も長いらしく、その経験の中には育てきれなくなった子供を預けられることも度々あったらしい。

 

人目につかない森の中の施設ではあるが、それでも子供を育てられない親が来るのだろう。しかし、大抵の子供が捨てられるように置き手紙を置いて施設の前に置かれているのだが、少女に関しては直接父親が預けにきたのだという。

 

そして今回、その父親が改めて訪れたので少女を引き渡したらしい。勿論いくつかの書類を書かせるなど形式的な手続きはなされていたが、何よりこの職員との面識が決め手だったようだ。

 

 

しかし職員も話している間に不安になったのか、職員室の奥から手続き書類を取って来ると、書いてある電話番号に連絡を取ろうと試みた、が。返ってくるのは、「電話番号が使われていない」というそっけない音声のみだった。

 

これには職員も焦り始め、すぐさま持っていた電話で警察に連絡を入れた。そして警備員達と今後の行動について話し始めると、克己は「後は大人に任せてくれ」との言葉で部屋に戻されてしまった。

 

克己は言い知れぬ不安を感じていた。少女が見つかるのを部屋で待っている克己ではない、と言いたいところなのだが、彼は自分が無策に出ていっても目当ての少女が見つかることなど限りなく低いと思っていたために、すぐに動くことも出来なかった。しかし人生の大半を警察などという言葉から遠い世界で過ごしてきた克己であるからか、警察への信頼も高くはない。

 

 

克己は大きく溜息をつくと、ベッドに倒れこんだ。雨が降り出したのか、外から雨音が聞こえる。

 

なんだかんだと考えつつも、結局克己は寝転んだ。掲げた少女の手紙を眺めながら。

 

 

 

 

 

 

およそ数時間が経過した。施設はとうに消灯時間を迎え、子供達は寝静まっている頃。

 

 

 

克己は施設を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

施設から少し離れ、街を二つほど越えた山の中。ひっそりと立つ二階建て民家。その真下の地下。

 

 

薄暗い病室のような一室で、とある男女がいた。

 

 

 

「………!」

 

 

そこまで広くない一室に、質素なベッドと椅子。椅子には男が、ベッドには少女がそれぞれ位置している。

 

男を今にも射殺さんばかりの視線で睨むのは、克己や施設の人間が探し求めたかの少女である。どうやらベッドに拘束されているようだ。

 

 

 

「何、そう睨むなよ。あの施設はお前の仮宿に過ぎない。お前を育てる役目を見事に彼等はまっとうした。元々の目的を達成したからこそ、お前は我が家に帰って来たのだ。」

 

 

「娘を監禁する場所が我が家だとでも言うのか…!」

 

 

「ではお前の生まれ故郷と言い直そう。」

 

 

 

男は椅子から立ち上がると、ベッドにいる少女の顔を覗き込むようにして話を続ける。

 

 

「本来なら検査の後に施設に戻しても良かったんだがな、そうもいかなくなった…」

 

 

「何故だ…!」

 

 

「大道克己だよ。」

 

 

「…克己だと?」

 

 

淡々と喋っていた男の顔が、震える手が、溢れ出る憎悪を隠さないそれへと変化する。

 

 

「お前に聞いたな? お前の成長に最も役に立ったのは誰なのかと。ああ正直、名前を聞くまでその人間には感謝していたのだ。永年お前をモニタリングしていたが、ようやく訪れた変化だ。その変化をもたらしてくれた人間には、子供だろうといくらでも報酬を与えてやったさ。だがな、その功労者の名を聞いた時の私のこの怒りがわかるまい?あの女の人形と同じ名前だと?」

 

 

「…何の…話だ?」

 

 

「あんな醜い物が私の作品に関わるなど許されない!あんな完璧な生命からは程遠い死体人形が! 」

 

 

段々と声が大きくなり、叫ぶようにそういう彼からは少女を怖気付かせるのに十分な狂気が滲んでいた。

 

 

 

「さて。」

 

 

何事もなかったかのように真顔に戻った男は少女の横たわるベッドの下から取手を取り出すと、その取手を引きベッドを移動させ始めた。

 

 

「どこへ連れてくつもりだ!」

 

 

「ああ、お前を作った理由を聞かせてなかったな。」.

 

 

男はベッドを引きながら部屋を出て、同じような部屋の立ち並ぶ廊下に出ると、部屋には立ち寄らず真っ直ぐ奥のエすレベーターを目指す。

 

 

エレベーターに乗り込むと、男は話を続けた。

 

 

「お前を作った理由は、私の夢、究極の生命の誕生のためだ。お前の存在価値は、肉体的な好条件では至ることのできない境地に至るため、精神的に豊かな環境で育てることによる肉体への影響を試験するためのものだった。」

 

 

「………!?」

 

 

「この施設で育てた子供達の能力は伸び悩んでいた。打開するためにはデザインを変えるより、環境を変えるべきだという結論に達した。」

 

 

 

「デザイン……環境?一体何のことを……っ!?」

 

 

 

エレベーターの扉が開く。ベッドに拘束されていながらも少女の目に入るその光景は、少女を絶句させるには十分なものだった。

 

大量に並ぶ、成人男性程のサイズのカプセル。

 

幼い少女にもはっきりと分かる。その中に入っているのは胎児だと。

 

 

いや、正確には胎児も、だ。カプセルを経るごとに胎児の大きさは変わり、最終的には乳児と言える大きさのものまで入っている。一様に管が繋がれ、動く気配もない。生きているのか死んでいるのかさえ判別できない有様である。

 

 

「見えるか、お前の兄弟達だぞ。最も、性能ではお前に遠く及ばん上に碌な成長も見込めない、貧弱。装置の中でなんとか生きていられるような失敗作だがね。とはいえ何人かはもう処分しなくてはならないが。」

 

滲む狂気を最早隠すことも無い。段々と早まっていく口調は少女に恐怖をもたらした。

 

 

カプセルの立ち並ぶ部屋を抜け、更に階層を下ると新たな部屋へ。

 

そこにある機械にベッドを接続し、脇のスイッチを押すと、ベッドが段々と起こされていき、少女は無理矢理立たせられる形となる。

 

男はそのまま部屋をあちこち行き来しては、機械を起動させたり移動させたりしていく。そして、ある程度の準備が終わったのか、再び少女に近づいてきた。

 

 

「まずは計測からだ。お前の性能を存分に見せてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間以上もの時間の少女の体験は凄絶だった。

一日の中で実験器具が体から離れることはなく、食事は注入される栄養液のみ。半ば拷問のような実験さえもある。

 

男が加減をわかっているのか、あるいは少女の体が丈夫なのか。少女の肉体には大きな損傷は無い。だが少女の精神は一分一秒ごとに確実にすり減っていった。

 

 

 

「素晴らしい……!このペースならば完全に成長すれば死人など敵ではない!素晴らしき一歩だぞ!やはり完全なる超人は生者の手に!」

 

 

 

「…………うあ……あ……」

 

 

「ふむ……しかし今日は限界か。休ませてやろう。」

 

 

 

男が机の上のケースに大量にまとめられた注射器を手に取り、慣れた手つきで薬剤を少女に投与した。半開きだった目は閉じられ、速やかに少女は眠りに落ちる。

 

 

 

「あのような環境で育てたことで、以前より間違いなく性能は勝っているが……、いかんせん精神が弱い、幼少の頃からの慣れが無いせいか……、ままならんものだ。次の個体は精神的強度に重きを置いてみるか……」

 

 

男は少女の睡眠を確認すると、机の機材に目をやり、何かを入力していく。どうやら少女にした実験に関するレポートのようだ。記入し終わると、また次の作業に移る。

 

 

「……チッ、今のままでは資金不足か。口惜しいがドイツ公に餌をやるか。そろそろ向こうの技術局が泣きついてくる頃だ。恵んでやろうじゃないか………ん?」

 

 

ふと、男の手が止まる。決して大きくはないが、小さくもないビィーッ、という音が部屋に響いた。この音が示すのは、男の隠れ家兼研究所のカモフラージュである小屋に人が近付いているためだ。

 

 

「面倒だな………」

 

 

警告音が出ていることから、ここに食料やら薬剤やらの供給をしているこちらの息のかかった配達員ではない。何かの押し付けがましい宣伝か、或いはこんな山奥に冒険気分で来る物好きか。本当に面倒だ、と男は思った。

 

 

下手に居留守を決め込むと、家主の死亡を疑われたり、噂を流され、廃墟やら都市伝説やらに興味を持った馬鹿が近寄って来ないとも限らない。ので、一応ここに来た人間には来た人間にはある程度の対応をすることにしていた。

 

 

 

男は部屋を出て、エレベーターに乗り込む。

エレベーターを抜け、いくつかある隠し扉をくぐり抜けると、隠れ家の床下に出る。

 

 

最低限の身だしなみを整え、予め用意しておいた夕食の準備を机に乗せ、芳香剤を服にかけ薬品臭を消す。至って普通の日常生活を送っているように装い、優男の仮面を被り、念のための装備も整える。

 

間も無くして呼び鈴が鳴らされる。

男は自然に玄関の前に立ち、扉を開ける。

 

 

 

「こんな夕べにどちらさまかな?」

 

 

 

「オリムラという家は……、ここで合ってるんだな?」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

男の前にたっていたのは、一目見て分かるほど傷だらけの子供。血の色の新しい布やら何やらが無造作に巻かれている。更にそれより特徴的なのはその目だ。とてもではないが小学生かそれより下程度の子供がする目つきではない。

 

 

「いいんだな?」

 

 

「中に入りたまえ。話をしよう。」

 

 

しかし男は怖気付くこともなく、そう言って少年を家に引き入れようとした。……後ろ手に隠したモノに手を掛けながら。

 

 

「いや。長居するつもりはない。ただ一目、アンタの娘に会わせて欲しい。」

 

 

「………娘は今眠っていてね。数時間程経てば目をさますだろう。この季節じゃあ、外も寒いからね。中に入りなさい。お茶くらいは出してあげよう。」

 

 

 

「なら寝室を見せてもらう。居るんだろ?」

 

 

「……一つ聞かせてもらう。ああなに、確認なんだが。」

 

 

「……」

 

 

「君は………大道克己君……でいいのかな?」

 

 

 

「………そうだといったら?」

 

 

 

男が隠していた銃を抜き放ち、少年へと銃口を向けた。

 

 

 

が、銃弾が放たれることはなかった。

 

 

 

「……はっ?」

 

 

 

撃鉄に掛けた男の指には、撃鉄ごと貫通するようにナイフが突き刺さる。

 

 

 

「っ…!? がぁあああああああ!?」

 

 

指の掛けた手を男が抑えようと動く前に、ナイフは首筋に向けられていた。

 

 

「……今お前が俺を撃とうとした原因はまるで分からないし、別にどうでもいい。お前が死のうが生きようがも同じだな。今ならその指だけにしておいてやる。俺をアイツのところへ連れて行け。」

 

 

 

「ひっ!? その反応速度……!やっぱりお前はあの大道克己なんだな!?」

 

 

 

「お前と無駄話をしているつもりは無い。」

 

 

「わ、分かった! 分かったから!」

 

少年……克己がナイフを握る手に力を入れると、男は怯えながら彼を案内した。

 

 

「……なぜここが……!?」

 

 

「………………」

 

 

「分かった!黙る、黙るよ!」

 

 

 

 

実の所、彼がこの場所を突き止められた理由は至ってシンブルだった。

 

 

聞き込みと、虱潰しである。

 

 

施設が入り組んだ森の中にあり、まず来訪者は車で来ている。克己は森の出口の方の民家の住民に片っ端から聞き込み、少女が引き取られた時間の車の特徴を聞き出した。

 

 

店の防犯カメラ、街道沿いを歩く人々から、車の進んだ方向を聞き出した。

 

 

しかし、人通りの少ない場所を通っていた車の痕跡はある所で途絶えてしまった。ので、克己は家を探した。街の地図を10枚、20枚用意し、確認の取れた家を消していく。

 

それも終わると、民家のない山や森に。不自然なものがあればどこまでも追求した。

 

 

 

一睡もせず、山道で傷を追いながら。

 

ようやくとある山の、ギリギリ車が通れるほどの、地図にない細道を見つけた。

 

 

 

 

皮肉なことに。この世界に来て彼の最も精力的な活動は、彼を二度目に葬った者達の生業。探偵、その仕事そのものであった。

 

 

 

 

 

「こ、ここだ、ここにお前の探しているものがある」

 

 

 

克己達が辿り着いたのは、つい先程まで男のいた部屋。

 

横たわることすら許されず、器具に繋げられ眠る少女の姿があった。眠っているにも関わらず、その表情は苦しげに歪んでいた。

 

 

 

「………これが、娘に対する扱い、か……」

 

 

「………………」

 

 

「結局どんな世界に行こうが、例え血の繋がりがあったとしても、人間は悪魔か………何も変わりはしない」

 

 

 

「…何を訳の分からん…さあ、もう用は終わっただろう!?さっさと出て行け! 私を解放しろ!」

 

 

 

「………解放……ねえ。」

 

 

克己は男を伴ったまま、少女の側に近付いていった。

 

そして少女を覆う拘束具を、ナイフで一つ、また一つと破壊していった。

 

 

 

「………こいつは貰っていくぞ。」

 

 

 

そのまま少女背負うと、克己の様子を呆然と見ていた男に改めて奪った銃を突きつけ直す。

 

 

「どうした、さっさと部屋から出ろ。」

 

 

「きっ……さま…! 貴様は! 私の夢を二度も阻むのか!」

 

 

呆然としていた男が、手を震わせながら叫んだ。

 

 

「………………」

 

 

「ぬぁああ!!」

 

 

男の拳が振るわれる。その拳が克己に届く前に、銃声が響く。銃弾が男の足を撃ち抜くが、歪な体制のまま男は拳を振り抜いた。

 

 

「チッ!」

 

 

「お前さえいなければ!お前がこいつの前に現れなければ! 最高の成果は目前だったというのに!いっそお前たちなどもう不要だ!ここをお前たちの墓場にくれてやる!」

 

 

克己の回避により拳は空を切るが、その反動のまま男は後ろに跳び込むように駆けていった。

 

 

男が目指すのは、壁に取り付けられた、入力装置が付いた真っ赤なボタン。

 

 

男は拙い手つきで装置に何かを入力、更にボタンを力任せに殴り叩いた。

 

 

男がボタンを押した途端、大音量の警報音と共に、破砕音のような物がいくつも聞こえ出した。

 

 

「本来は、カプセルから脱出した実験体の始末と、この研究所の隠滅の為の機能だが……、貴様らも巻き添えだ! その出来損ないはくれてやる! 仲良く死ぬがいい!」

 

 

 

「……自分の研究所も、命も犠牲に俺を殺そうとするのか………、俺へのお前の恨みは相当深いらしい。それもそうか、悪魔には当然なのかもな…」

 

 

 

「思い出したか!この私を!生まれ変わる前の世界のことをな!」

 

 

 

「いや、生憎とな。色々と思い出して(・・・・・)も、そもそも印象が薄いことは覚えちゃいない。悪いな。」

 

 

 

「きっ…!?さぁぁまぁあ!」

 

 

 

男はが克己に向かおうとするが、撃たれた足ではまともに動けず、その場に倒れ込んでしまった。

 

 

 

「そのまま血を流してれば、俺たちより先に楽に死ねるだろうが……、確実な安心にしておこう。」

 

 

「……!」

 

 

「……先に地獄で遊んでこい…もう迷うなよ。」

 

 

捨て台詞と一発の銃声だけを残すと、克己は少女を抱え部屋を後にした。

 

 

 

 

克己は走る。壊れゆく研究所を。研究所内の逃げ出した実験体を始末する機能という言葉に間違いは無く、ガスが噴霧されていたり、火の手があったりと、中の人間の生を許さない壊し方だ。克己は子供の体の小ささに何度か助けられながら進んでいく。

 

少女は動き回る克己の背にいるが、ぐったりとしたまま動いていない。背中を通じて克己に聞こえる心臓の鼓動だけが克己に彼女の生を報せていた。

 

天井から降り注ぐ瓦礫を避けつつ、崩落により穴の空いた天井へ向かい器用に登っていく。

 

 

そしてたどり着いた部屋は……

 

 

 

「……この部屋は…」

 

 

少女が起きていれば見覚えがある部屋だ。彼女の『兄弟』達のいる部屋である。もっとも、カプセルの残骸からなんとか推測できる程度には破壊されてしまっていた。

 

克己は一時期、財団Xの出資先の兵器の研究所を潰して回っていたことがある。その出資先よりも利用価値があることを証明するためだ。克己はこの部屋からはそういった研究所と同じ匂いを感じ取っていた。

 

 

 

「………どうせもう助からない」

 

 

瓦礫の山から僅かに見える鮮血に目を細めながら、背を向けようとしたその時だった。

 

 

 

 

おぎゃあ、おぎゃあという赤ん坊の声を聞いた。

 

 

 

克己は直ぐには向かわなかった。研究所の破壊は止まらず、破壊の目的からもそれほど悠長な時間があるわけがないのは当然だ。だが……

 

 

「…………」

 

 

 

視界の端に移る、大量の機械の鋼色の中にある、僅かな肌色。

 

 

 

 

埋もれていく肌色の物が、果たして声を上げた張本人なのか。

 

 

この背に負う少女の安全を遠ざけてでも、救うべき命か。

 

 

今さっき人を殺めたこの手で、人を救うことは赦されるのか。

 

 

 

 

少年の頭に浮かぶ数々の問い。

 

 

答えは一つだった。

 

 

 

駆け出した克己は懐からある物を取り出す。

奇怪な形状をした赤い物体を。『E』の文字が記された白いUSBメモリを。

 

 

『ETERNAL!』

 

 

腰に装着した赤い物体に、更に取り出された白いUSBメモリを勢いよく挿入する。

 

 

 

『ETERNAL!』

 

 

青い炎に包まれながら、克己の姿が変わる。

 

 

白い体、黒いローブ。振り払う青い炎と共に放つ拳は行く手を阻む瓦礫の山を粉砕した。最早落下物、炎、ガスなど脅威の内に入らない。

ローブの中に包まれる少女もまた、その中で安寧を享受していた。

 

 

瓦礫の中の小さな空間に、奇跡的とも言える偶然に入り込んだ赤ん坊を見つけるのに時間はかからなかった。

 

だが寄り道の所為か、本来克己が通ろうとしていたルートは塞がれてしまっている。

 

 

赤ん坊を拾い上げた克己は軽く辺りを見回すと、ベルトの腰のスロットに新たな白のメモリを挿入した。

 

メモリ近くのボタンを叩くと、どこからともなく現れたメモリ達が騒がしく起動音を鳴り響かせ、白の偉業はオーラとともに光弾を放つ。

 

 

同時に超人的な脚力によって、光弾の開けた大穴を抜けていくことに成功品したのだった

 

 

 

 

 

跳び出た先は、入った小屋から少し離れた場所だった。

 

 

出てきた穴から炎が吹き出す。もう少し遅れれば克己は兎も角、抱えられた二人は助からなかっただろう。

 

 

克己は小屋を後にして、山の麓まで降りてきた。時刻は真夜中。人通りも無ければ明かりもなかった。

 

克己は少女と赤ん坊を抱えながらも、かなりの距離が開く施設へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

少女が目を覚ましたのは、冷たい実験場ではなく慣れ親しんだ施設のベッド。

 

 

ただしいつもと違う物があった。

 

 

自分の片脇に寝かされた赤ん坊。

 

部屋の真ん中でしゃがみ込むよう眠る、克己だった。

 

 

 

「………克己?」

 

 

困惑した表情の少女は、ベッドから抜け出し克己に近づく。

 

 

 

「…む、眠って………いたか?」

 

 

 

足音か、踏み出した振動からか、克己が目を覚ました。

 

 

 

「か、克己!?な、なん、何だこれは!?えっと、その、私は……」

 

 

「いい…、何も言うな。悪い夢でも見たんだろ。」

 

 

 

「………そんなボロボロの体で。……お前が助けてくれたのか?」

 

 

 

「どうだかな……」

 

 

言って克己は立ち上がると、ベッドの上に乗り、窓を開けた。

 

 

「お、おい! 何を!?」

 

 

 

「ここを出る。本当はお前と話すつもりもなかったんだが、寝ちまったのは誤算だったな。」

 

 

 

「待て! まだお前には言いたいことがある!」

 

 

「何だ?どうせ聞き納めだ。聞くだけ聞いてやるよ。」

 

 

「あ、えっと………その………」

 

 

「……くはっ、何も考えてないのか?」

 

 

「……そ、そうだ! この赤ん坊は何なんだ!」

 

 

 

「知らんよ。お前の弟か何かじゃないか?」

 

 

 

「…助けてきたのか!?あの施設から!」

 

 

「………」

 

 

「お前と言う奴は……! どうしてこう……!」

 

 

 

「名前はお前がつけてやれ。」

 

 

 

 

「な、名前だと? む、無理だ!私にはつけられない!」

 

 

「そう悩む事でもないだろ。凝った名前を付けろと言うわけでもない。」

 

 

 

「だって私は………私にだって名前が無いんだぞ!どうして人の名前が付けられる!?」

 

 

 

「………名前……無いのか?」

 

 

「私は預けられた子供だし……何だかんだここまで不便がなかったからな。」

 

 

「得意顔で言うことなのか?」

 

 

 

「むぅ!だったらお前が付けろ!私に名前を寄越せ!」

 

 

「………もう時間だ、そろそろ俺は行く。」

 

 

「ま、待て!頼む!待ってくれ!」

 

 

 

窓の枠に手をかけた克己を、少女は縋るように掴みかかった。

 

 

 

「………………………」

 

 

「……お前はきっと、何を言っても出てしまうんだろうな………、だったら、何かを残して言ってくれないか?名前じゃなくてもいい。いつかお前に返す、永遠に返しきれないこの借りを忘れないために。」

 

 

 

 

 

「……永遠なんて、そんなにいいもんじゃない。」

 

 

 

窓の外を見ると、ハラハラと雪が降り始めていた。

 

 

空いた窓から、雪と冷たい空気が舞い込む。

 

 

 

 

千冬(ちふゆ)だな。」

 

 

「え?」

 

 

 

 

「お前に永遠は荷が重い。この冬を千回越すくらいで満足してろ。お前は千冬だ。精々、この地獄を楽しみな。」

 

 

 

 

そう言って克己は、暗がりへ消えて行った。

 

 

 

「克己!」

 

 

 

少女は窓からあたりを見回すが、既に克己の姿は見当たらない。

 

 

寒さが堪えたのか、少女の後ろで赤ん坊がぐずり始めた。

 

 

慌てて少女は窓を閉めると、赤ん坊をその手で抱いた。

 

 

 

「さ、寒かったよな。よしよし………」

 

 

人を撫でた経験も無い少女の手は拙かったが、なんとか赤ん坊を落ち着かせることができた。

 

 

 

「か弱いんだな……赤ん坊というものは。………この先、お前はちゃんと生きられるのか?長生きできるのか?」

 

 

 

少女は腕の中の赤ん坊を揺すりながら、穏やかに語りかける。

 

 

 

「お前の名前か………、私が千冬だから………、お前は一夏(いちか)だな。一つでも多く、夏を越せるように……」

 

 

 

 

滲む涙を堪えながら少女が名前を聞かせた瞬間、赤ん坊が少し穏やかな顔を見せた。

 

 

少女ーー千冬にはそれが、克己のいない生活のための、弟の励ましに思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

夜も更けぬ町で、彼は少女と自分の過ごした施設を遠目に見ていた。

 

 

 

赤ん坊を見つけた時。彼は確かに思った。

 

 

例えどんなことでも、少女が幸せになれるような選択肢を取ろうと。

 

あの赤ん坊一人さえ助けられなかったと知ったら、少女は実験場にいた他の人間達のために悲しんだかもしれない。

 

彼女を悲しませたくなかった。

 

それだけでは無い。少女にはきっと支えが必要だ。肉体的ではなく精神的に。友人の少ない彼女の理解者が必要だ。

 

もっとも、あの赤ん坊がそうなれるかは少年には計り知れないのだが。

 

 

 

 

 

施設から目を離し、少年は駆け出す。

 

 

少女の生みの親の残した、少女に害のある全てを抹消するために。

 

 

自分のことを恨んでいたあの男のように、自分の過去のツケを打ち消すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




随分空けました。申し訳ないです。

克己の語りのはずなのに、千冬視点とか神視点とか混ざってね?……というのは、都合のいい回想シーンということで………

次回も克己の過去編。モンド・グロッソまで書くと思います。

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