学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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みちのり

 私立巡ヶ丘学院高等学校を出発した黒のミニバンは、その運転手をオジサンに変え、荒れ果ててしまった市内を走っていた。電柱は倒れ、道路には大小様々な瓦礫が落ちていて、横転している車も少なくなかった。オジサンのドライビングテクニックなどお世辞にもいいとは言えない。走り続ける車内は、ずっとガタガタと揺れていた。しかしそれに文句を言うものは居ない。その余裕がないとも言えた。

 

 当然のように市内でもゾンビは徘徊していた。淡い希望だったが、それでも今日を生きるための希望であった。ゾンビが広範囲で活動しているという事実は、皆の表情に影を落とした。

 

 だが車が止まることはない。今も尚走り続けている。

 

「おっと、ここも電柱が倒れて通れないなあ」

 

 車の前方には、車にのしかかるように倒れている電柱があった。

 

 オジサンはショッピングモールまでの道順は分かっていたが、度々現れる横転した車や倒れた電柱により少しずつ分からなくなった。

 

「じゃあ、バックして……さっきの角を右ですね」

 

「はーい」

 

 これを見越して、佐倉と若狭は学校の近辺が記されている地図を持ってきていた。それを見ながら、助手席にいる佐倉がナビゲートを担当している。少しずつだが目的地には近づいていた。

 

「このままだと遅くなっちゃうねえ、行くのは明日かな」

 

「そうですね……夜に入るのは、さすがに危ないですし」

 

「だよねえ。出来れば明るいうちに入りたいし……モールの近くに車置けそうな場所ってある?」

 

「ええと……」

 

 佐倉は地図に顔を近づけて探している。ぴょこぴょこと髪が揺れていた。オジサンはその姿に、なんだか子供っぽいなあと自然と笑みがこぼれた。

 

「あ、ガソリンスタンドがありますよ」

 

 地図から顔を上げながらそう言った。

 

「じゃあ、今日はとりあえずそこまでかな。そこが無事ならだけど」

 

 オジサンは角まで戻ったところで右にハンドルを切る。

 

「みんなも疲れてるみたいだし、何事もないといいんだけどねえ」

 

 オジサンはルームミラーで後部座席に乗っている三人を見た。その光景を見て、オジサンは表情を変えた。穏やかな笑みだった。

 

「静かだと思ったら……佐倉先生、後ろ見てみな?」

 

「え?」

 

 オジサンに言われるがまま後部座席を覗いてみると、若狭、丈槍、恵飛須沢の三人は仲良く固まって眠っていた。規則正しい寝息を立てている。皆、その表情は笑顔だった。辛い現実なのだから、夢の中くらい楽しい世界であって欲しい。大人二人はそう思った。

 

「みんな、安心してるのね」

 

「たぶん佐倉先生もそうだと思うけど、こういうのを見ると嬉しくなるよね。信頼されてるんだなあって」

 

 佐倉は三人を見ながら頷いた。その後、少しの間寝顔を見てから体勢を戻した。その表情は笑顔であった。楽しそうに、嬉しそうに。

 

 少し走り続けると、交差点に出た。

 

「ええと、どっち?」

 

「ここは、こうだから……左です」

 

「はいはーい」

 

 少しだけ揺れが小さくなった車は、その後も走り続ける。

 

 しばらく経って、恵飛須沢の意識は徐々に浮上していった。何やら頭がはっきりしないことに気が付き、そこでようやく自分はいつの間にか眠ってしまっていたことを理解した。すぐ近くでは丈槍が幸せそうに寝ているし、その奥では若狭もすやすやと寝ていた。起こすのも忍びなかった恵飛須沢は、丈槍を起こさないようにゆっくりと離れ、運転しているオジサンに目をやった。

 

 オジサンは黙々と運転していた。隣にいた佐倉は寝ている。狭い空間の中に人が集まっているだけでも、多少安心できるようであった。車のスピードは、寝ていることに配慮してか、ゆっくりとしている。まだ着きそうもないな、と恵飛須沢は思い、瞼が落ちそうになったが、車が突然止まったことに驚いて目を開いた。

 

 恵飛須沢は小声で、運転しているオジサンに声をかけた。

 

「どうしたんだよ、まだ着いてないだろ?」

 

「ん、起きたんだね、くるみちゃん。……ちょっと窓の外を見てくれる?」

 

 オジサンは前を向きながら返した。恵飛須沢は促されるまま外を見る。

 

「……っ!」

 

 そこには、恵飛須沢と掘られた表札がつけられた一軒の住宅があった。思わず声が出てしまいそうだった。オジサンはやっぱりか、と小声で呟いた。

 

「見てくるかい?」

 

 恵飛須沢は迷った。見なければ希望を持ち続けられるし、見てしまえば現実が襲ってくる。

 

「……よし」

 

 恵飛須沢は足元に置いておいたシャベルを持った。

 

「一人で大丈夫?」

 

 オジサンは佐倉の足元に置かれているシャベルに目をやり、声をかける。

 

「平気だって。ちょっと行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 恵飛須沢は静かにドアを開き、外に出た。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 夜、学園生活部一行を乗せた車はガソリンスタンドに止められていた。夕飯はリュックサックに入れていたカンパンとお茶で済ませ、明日に備えて寝ることになった。しかし学校ではなく外である。ゾンビが近くに出ないとも限らない。故、一時間交代で見張りを立てることになった。今はオジサンの番だ。車に背中を預けて座っていた。近くにはシャベルが置かれている。

 

 オジサンは夜空を見上げた。星が綺麗だった。視線を下へずらした。瓦礫まみれの道路に、倒れた信号機が見えた。ため息がこぼれた。

 

 オジサンは憂鬱な気分を吹き飛ばしたいと思い、内ポケットから煙草を取り出そうとした。しかし、念入りに奥に押し込み過ぎたせいか箱は潰れていて、なかなか取れない。数秒格闘した後諦めたのか、上着を脱いだ。裏返して乱暴にポケットに手を突っ込み、やっと煙草を取り出した。上着は元に戻して肩にかけた。箱の中を覗いてみると、残りは三本だった。

 

 少し腰を浮かせてスラックスのポケットに手を滑らせ、マッチの箱を取り出す。マッチの残りも数えてみると、あと四本だった。ショッピングモールに行くのだから煙草位どこかに置かれているかもしれないが、そこを見られたらまた怒られそうだ。オジサンは迷っていた。とりあえずマッチのほうが重要かな、と考えを止めて無理やり終わらせた。

 

 オジサンは煙草を吸い始めた。少しの間はちょっと気分が良くなりはしたが、周りの景色を見てしまえば、そんなものも雲散霧消した。ニコチンと言えど、現実には勝てないらしかった。オジサンはまた大きなため息を吐いた。煙が舞う。

 

「……んー」

 

「お疲れか?」

 

 オジサンが独り唸っていると、近くで声が聞こえた。オジサンが驚いて声の方に目を向けると、そこには水筒と紙コップを持った恵飛須沢がいた。そのまま恵飛須沢はオジサンの隣に座った。

 

「煙草、吸わない方がいいかな? 煙大丈夫?」

 

「あたしは別に気にしてないって」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 オジサンはまた吸って、恵飛須沢とは反対方向に向かって吐いた。だが気にしていないと言われても、そのまま吸っている気にもならず、オジサンはその後コンクリートの地面に擦り付け、煙草の火を消した。

 

「あれ、いいのかよ」

 

「いいよ。すぐ近くで吸う気にもなれないし」

 

 禁煙する絶好の機会かねえ、とオジサンは思った。

 

「ふーん」

 

 恵飛須沢は大して興味もなさそうに相槌を打った。そして持っていた水筒を開けて、紙コップにお茶を注ぎそれをオジサンに渡した。

 

「ありがと。寝てなくていいのかい?」

 

「車の中で十分寝たし……それに、何か寝付けなくてさ」

 

「家に行ったから……かな?」

 

「……うん」

 

 恵飛須沢は空を見上げ、つらつらと話し始めた。

 

「前に屋上でオジサン言ってたじゃん。特殊部隊がどうたらこうたらってさ」

 

「そんなこともあったねえ」

 

「あたし、あれ結構信じたかったんだよね。私たちは脇役だから助けに来る人がいなくてもさ、他の人の救助は進められてるんじゃないかって」

 

「……そっか」

 

 オジサンも空を見上げた。星は相変わらずそこで輝いていた。

 

「でも、そんな簡単にはいかないよね。外の様子を見て、家の中を見て分かっちゃった」

 

「うん……ヒーロー……居てくれるといいんだけどねえ」

 

「ゆきならこういうだろうな、ヒーローは待つものじゃなくてなるもんだ! って」

 

 そこで二人は目を合わせ、確かに言いそうだなあ、と丈槍の姿を想像して笑った。

 

「……よーし、じゃあオジサンがヒーローに立候補しよう」

 

 オジサンは立ち上がってそう言った。上着をマントのように首のあたりに巻いた。

 

「ええー、オジサンじゃすぐやられそうじゃんか」

 

「いやいや、これが意外と何とかなるんだって。小さい頃はよくやったもんだよ? 友達と一緒にヒーローごっこってやつをさ。オジサンのヒーロー役はみんなに好評だったんだから。こう、ポーズを決めたりして」

 

 オジサンは手を空に向けて上げたり、ベルトを両手で押さえるような仕草をしたりして、恵飛須沢に笑われた。オジサンも笑っていた。若いころのようにはいかないねえ、と。

 

「頼りないヒーローだなぁ」

 

 恵飛須沢は笑ってそう言っていたが、それは面白いからと言うだけでなく、安心したからなのかもしれない。それから、オジサンはヒーローの変身ポーズを練習していた。途中からは恵飛須沢も交じってやっていた。

 

 学園生活部、車中泊。

 

 




小休憩と言ったところか。
ショッピングモールへは次回に到着する予定。

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