学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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みらい

「やっぱり、取りに行かなくちゃかしらね」

 

 家計簿を見つめていた若狭が呟くと、生徒会室で思い思いに行動していた全員が反応した。

 

「この前言ってた食料のことか?」

 

 恵飛須沢は読んでいた漫画を置いて聞き、

 

「まだうんまい棒残ってるかなー。あれおいしーんだよ!」

 

 ソファでごろごろしていた丈槍は飛び起きてうんまい棒の心配をして、

 

「もう、お菓子ばかり食べていると体調を崩すのよ?」

 

 日記を書いていた佐倉は顔を上げ、丈槍の言葉を注意して、

 

「いやあ、ごめんね。もしかして、オジサンが食べ過ぎたせいかな」

 

 窓の外を眺めていたオジサンは苦笑し、若狭の方を見て頭の後ろをぼりぼりと掻きながらそう答えた。

 

「オジサンは成人男性だから、私達よりも食べるのは当たり前だし、ちゃんと考えて家計簿をつけてるわ。ただ最近取りに行くのを怠っていたってことね」

 

「確かになあ。オジサンの授業とか受けてたし」

 

「そうねえ、それは原因の一つかも」

 

「でもそれでいいって言ったのりーちゃんだよねえ」

 

「そうだったかしら?」

 

「あっれー……どうして最近りーちゃんはオジサンに冷たいのかなあ」

 

 オジサンは以前の若狭とは違うと感じ、なぜそうなったのか、自分は何かしてしまったのかと、大して良くもない記憶力を頼りに考えた。数秒の後、オジサンは突然、あっ、と声を上げた。

 

「も、もしかして、前勝手に夜回りに行ったこと怒ってる?」

 

「怒っています」

 

「ちょ、オジサンそんなことしてたのかよ!?」

 

「危ないよオジサン!」

 

「わ、私知らなかった……先生なのに……顧問なのに……」

 

 反応からして、それを知っていたのは若狭だけであったようだ。佐倉はずーんと落ち込んでいる。

 

 そんな多種多様な反応をされたオジサンは露骨に慌て始め、今までに培ってきた謝罪スキルを発揮することにした。笑ってはいるが背後に仁王像がかすかに見える気がする若狭に、オジサンは渾身のヘッドスライディング土下座を決めることにしたのである。

 

「な、なんだ……オジサンから今までに感じたことがない凄みを感じる……こりゃあ何かあるぜ……」

 

 恵飛須沢は覚悟を決めたオジサンの様子に息を呑んだ。佐倉は二人を見ておろおろとし、丈槍は不思議そうに何かをしようとしているオジサンを見ている。一触即発の空気。先に動いたのは若狭だった。

 

「学園生活部心得三条!」

 

 若狭はびしっ、とオジサンを指さす。いきなり聞かれたオジサンは、ヘッドスライディング土下座のタイミングを外され、しどろもどろになりながらも答えた。

 

「あ、ええと、夜間の行動は単独を慎み、常に複数で連帯すべし……だよね?」

 

「よろしい。でもオジサンは一人で行動しました。だから怒ってるんです」

 

「……はい、ごめんなさい」

 

 オジサンの手札に反論するカードはなかった。故にすぐさま降参したのである。ヘッドスライディング土下座とまではいかなかったが、腰を九十度曲げた綺麗なお辞儀であった。

 

「これからはしないでね? 私は心配なのよ。オジサンだって学園生活部の一員だもの」

 

「うん、今度からはしっかり話すよ。……約束します」

 

 顔を上げた時にぶつかった若狭の眼力に押され、オジサンは約束した。そして椅子に座った。いや、座ったと言うよりは脱力して結果的に座ることになっただけのようだ。若狭に怒られて、オジサンは更におっさんになってしまっていた。

 

「……ふう。よし、この話はここで終わりにしよう。オジサンいじめは良くない。だよねえ、佐倉先生?」

 

 急に会話を振られて佐倉は肩を揺らした。

 

「えっ? あ、その……でもオジサンさんがケガをしたり、もしかしたらいなくなったりするのは駄目だと思います。だから危険なことは控えてくださいね?」

 

「その通りですよ。くるみもゆきちゃんもオジサンに何か言ってあげて? オジサンがいなくなったら悲しいでしょ?」

 

「前にも言った気がするけど、絶対嫌だぜ、あたしたちが残されるのはさ」

 

「誰か一人でもいなくなったりしたらいやだよ? もちろんオジサンもね?」

 

 オジサンはみんなの言葉を聞いて、じーんとした。年を取って涙腺が緩くなっていたからか、もう少しで涙が流れるところであった。

 

「……こういうのはずるいと思うなあ。オジサンみたいな人間には、こういう優しさを使うのは卑怯だねえ。うん、もう絶対に一人で行かないよ。何かある時は誰かに言うから」

 

 オジサンの言葉に、みんなは頷いた。

 

 丸く収まったことを確認した若狭は、一つ手を叩いて本題に入る。

 

「で、食料のことなんだけど、今日取りに行きましょう。購買部にはまだ残っているはずだから」

 

 その言葉にみんなは了解の返事をし、準備に移った。話し合いの結果、行動に移すのは夜からになった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「やっぱり、少なくなってきたねえ、物資」

 

 道中特に問題なく、学園生活部一行は購買部へとやって来た。オジサンと恵飛須沢はシャベルを持ち、それ以外のメンバーは皆物資を詰められるようにリュックサックを背負っていた。

 

「家計簿によれば、もう少しは持つけど……残り少ないのは確かね……」

 

「そっかー……外に出ないといけないのかな? ちょっと、怖いけど……」

 

 棚の上に置かれているレトルト食品やおかしなどの食料品や、シャンプーやボディソープなどの洗剤を数えながら歩いていく。心なしか、皆の雰囲気は暗い。

 

「…………」

 

「めぐねえ、大丈夫か? 何か調子悪そうだけど……」

 

 購買部の中で商品を見ながら話していると、少し離れたところで一人佐倉が俯いていた。入り口付近で辺りを警戒していた恵飛須沢は心配になり、その後ろ姿に声をかけ、近くに行った。

 

「え? あ、ううん。大丈夫よ。ちょっと緊張しちゃって……」

 

 恵飛須沢の声に気づいたオジサンも振り返り、入り口の近くで止まっていた佐倉の方に近づいて行った。

 

「あ……ごめんね、大丈夫、佐倉先生? オジサン年長者なんだからもっと気を配れればなあ……ここがオジサンの駄目なところその一か……」

 

「いえ、本当に大丈夫ですって。最近平和だったから余計疲れちゃったのかもしれません」

 

「うん……それはオジサンも分かるよ。最近運動してなかったから体が鈍っちゃってさあ。今五十メートルとかのタイム計ったら目も当てられない事態になるね、こりゃ」

 

 オジサンは苦笑して佐倉に言う。実際、元々高くもないオジサンの身体能力から考えて、学校、その中でも更に狭い範囲での生活は、オジサンの能力を下げているに違いない。

 

「あ、じゃあ後でタイム計ろうぜ? あたしはハンデでシャベル背負いながらやるからさ」

 

 話を聞いていた恵飛須沢は、にやにやと楽しそうに言ってくる。それに対し、オジサンはいやいや、と手を軽く振った。

 

「若い子に勝つのは無理だって。オジサンが本気で走ったの何てもう何十年も前だからねえ」

 

「ええー、やろうぜー」

 

「……まあ、気が向いたらね」

 

 恵飛須沢が上着の裾を引っ張って来るので、オジサンは仕方なく了承した。それと同時に、少しは運動しようかなとも思っていた。明日からはオジサンの筋トレが始まるかもしれない。

 

 恵飛須沢は約束だからな、と言って廊下に出ていった。辺りの警戒を続けるようだ。

 

「じゃ、佐倉先生、オジサンたちも仕事しようか」

 

「はい、そうですね」

 

 オジサンは佐倉と一緒に、物資の確認と確保を続けている若狭と丈槍を追った。その途中で、オジサンはポツリと言う。

 

「あと、何か悩んでるみたいだけどさ、悩み続けるくらいならいっそのこと人に言っちゃった方がいいときもあるよ? オジサンに言ってくれてもいいし、他のみんなでもいいし、まあ、結局は先生に任せちゃうけども」

 

 突然のオジサンの言葉に驚きながらも、佐倉は笑顔で頷いた。オジサンでも、少しは人の役に立ったようである。

 

 その後ゾンビの襲撃もなく、無事物資の確保は終了した。丈槍はお目当てのうんまい棒を見つけて、ご機嫌のようだ。彼女のリュックサックには大量のうんまい棒が入れられていた。

 

 若狭は今必要なものは揃えることが出来て安心していた。同時に次はない、と不安でもあった。リュックサックには洗剤類が入っているため少し重そうにしているが、歩く程度は問題ない。

 

 佐倉はレトルト類を担当し、詰め込めるだけのものを詰め込んだ。余ったスペースには雑貨類も入っている。

 

 オジサンと恵飛須沢は引き続きシャベルを持って歩いていた。

 

 購買部を出た一行は、そのまま生徒会室に帰ることはせず、図書室に行くことにした。佐倉が寄ってくれないかと提案し、皆が了承したのである。

 

「やっぱりうんまい棒はおいしーなー」

 

「久しぶりに食べたけど、本当にうんまい棒美味しいねえ。子供のころに戻った気分だよ」

 

 そんな彼、彼女らは一列に並んでおり、一様にうんまい棒を口にくわえていた。さくさくと食べ進めている。中でも丈槍は楽しみにしていただけあり、食べるスピードが速い。通常の二倍以上に見える。若狭が、さく……さく……さく……のリズムで食べているとしたら、丈槍はさくさくさくである。

 

「……おい、ゆき。お前それで何本目だよ。あたしたちと食う音が違いすぎるんだけど」

 

「えっとねー、四本目!」

 

「食い過ぎだバカ!」

 

 丈槍の前を歩いていた恵飛須沢は、振り返って丈槍の頭を軽く小突いた。丈槍は涙目になってその場にしゃがんでしまった。

 

「いたい……」

 

「駄目よくるみ。ゆきちゃんを泣かせちゃあ」

 

「だってりーさん、さすがに一人でうんまい棒四本は食いすぎだろ。まだ図書室についてもいないんだぜ?」

 

「でも、ゆきちゃんの後ろの人はもっと食べているみたいよ?」

 

 列の並びは、先頭がオジサン、次に若狭、恵飛須沢、丈槍、佐倉となっている。つまり、若狭が指している人物は佐倉である。いきなり注目を浴びてしまった佐倉は、ギクッ、と声に出して狼狽えた。

 

「……めぐねえ、それ何本目?」

 

「ろ、六本目……」

 

 冷たい風が、佐倉と他のメンバーの間を抜けた。

 

「……まあ、とりあえず歩こうか」

 

 オジサンは、そう言うしかなかった。なかったのだ。

 

 それから少し歩いて、目当ての図書室に着いた。ゾンビ騒動のせいで荒れてはいるものの、本棚に収まっているものが多いため、案外読めるものはある。学園生活を送るにあたっての、重要な娯楽を担う大切な部屋であった。

 

 一行は軽く中を窺い入っていった。

 

「佐倉先生はなんでここに寄りたかったんだい?」

 

「ゆきちゃんの数学のためになにかあるかなと思って」

 

「ええっ!? い、いらないよー」

 

 図書室に来た目的が分かり、丈槍は佐倉の服を引っ張った。精一杯の反抗である。

 

「駄目よー、先生と一緒に勉強しましょ? ね?」

 

「ううー……見つかりませんように、見つかりませんように……」

 

「じゃあ、私も探すの手伝いますよ、佐倉先生?」

 

 丈槍は佐倉を止める方法から、数学関係の本が見つからないように祈る方法に変えた。果たして、その祈りは効果があるのだろうか。それは神のみぞ知る。しかし、探す側に若狭まで入ってしまったのだから、神に祈ったところでどうにもならない気がしてならない。

 

「じゃあ、みんなは見て来なよ。オジサンは読みたい本もないし、入り口で廊下見張ってるからさ」

 

 そう言うと、佐倉、丈槍、若狭は奥に進んで行ったが、恵飛須沢は奥に行くかと思えばすぐにオジサンのところに戻った。

 

「あたしもいようか?」

 

 恵飛須沢は持っていたシャベルを肩に担ぎ、そう言う。

 

「いや、大丈夫だよ。たまには女の子だけで楽しんできなさい。それに、もし中にいたら大変だからねえ」

 

「まあ、それもそうなんだけどさ、オジサンだけだと不安て言うか……」

 

「オジサンだって男だからねえ、シャベルもあるし何とかなるよ」

 

 オジサンは恵飛須沢の真似をして、シャベルを肩に担ぐように持った。

 

「んー、分かった。でも何かあったらすぐに声を出してくれよ? いつの間にかいなくなってるとか嫌だからな? 振りじゃないぞ?」

 

 大丈夫、大丈夫。オジサンは笑顔でそう言って、恵飛須沢に三人の後を追うように促した。恵飛須沢が行ったのを確かめてから廊下へ出る。そして周囲を見回し、奴らがいないことを確認した。

 

 安全を確保したオジサンはシャベルを近くに置き、上着の内ポケットに手を入れ煙草を取り出し、スラックスのポケットからはマッチを取り出す。

 

「みんなの前では吸えないからなあ」

 

 オジサンは煙草をくわえ、マッチを擦って火をおこし煙草につけた。煙草に火が付いたのを確認すると、燃え続けるマッチは勢いよく上下に振り、すぐに消す。オジサンはゆっくりと、優しく息を吸い、そして吐いた。煙がオジサンの周りを舞う。

 

「……あと、どれくらい続くのかねえ。長くはないんだろうけど……物資も少なくなっていたみたいだし……」

 

 オジサンは誰にも聞こえないように、呟く程度の大きさで一人話し続けた。

 

「俺は、どうしたらいいんだろう。子供のころはヒーローに憧れたけど、まあ今でも憧れてるけど……そんな器じゃないしさあ……」

 

 煙草を吸い、吐く。煙が風に流され消えていった。

 

「……うん、まあ、なるようにしか、ならないか……そうだよねえ」

 

 そうしてオジサンは、四人が戻ってくるまで煙草を吸っては吐いてを繰り返し、一人これからについて思いを馳せていた。

 

 余談だが、オジサンは煙草を吸っているところを見つかり、煙草が体に与える悪影響についてみっちりと若狭と佐倉に説明され、時間にして三十分ほど怒られたのであった。

 

 本日も、学園生活部、変わりなし。

 

 




五話にして未だゾンビ現れず。
どうなっているのだろう。
次、次こそはゾンビが出るかもしれない。
たぶん、おそらく……。

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