書いたのはいいが、終わりが見えずにだらだらしている。
そしてやはり口調が安定しない。
学園生活部の面々は、その部室として生徒会室を拝借している。室内は外の惨状とは大きく異なり、しっかりと清掃がなされているため、共同生活を営む上での不自由はない。
朝になって部室に集まった丈槍を除く三人は、各々適当な位置の椅子に座って、丈槍を待つ間朝食は取らず水を飲んで談笑していた。
「いやあ、人間慣れるものだねえ。少し前までは自分以外女の子しかいなくて大変だと思ってたけど、今じゃそんなの考えることもなくなったよ」
オジサンは恵飛須沢と若狭を見ながら、笑顔でそう言った。
「考える余裕がなくなったんじゃねえの?」
「オジサンから余裕を取ったら何も残らないから、余裕だけはいつまでもなくす気はないね」
「余裕がなくなってもオジサンに残るものはあるわよ」
「あ、そう思う? いや、オジサン照れちゃうなあ」
「例えば?」
「え? えーと……、ほら、ダンディさとか」
若狭は言葉に詰まり、何とかと言った風に答えを絞り出した。
「オジサンにはそんなものないよな」
「うん、ないと思うなあ、それは」
「と、年上の安心感とか」
「安心感……安心感か……オジサンとは無縁のものだよな」
「うん、よく言われる。男だったらもっとどっしり構えなさいよ! って同僚の女の子に怒られたこともあるよ……」
「……ごめんなさい。私さっきは嘘を言ったみたい」
「やっぱりオジサンには、そのどこから来るか分からない不思議な余裕しか取り柄がないんだよ」
オジサンはその結論に乾いた笑いしか出なかった。非常事態になっても尚、オジサンには火事場の馬鹿力とか、隠された力がとか、そんな展開はないようである。凡人はどこまでいっても凡人か。
まあ、取り柄がないって言われるよりはよっぽどましだけども。オジサンはそう思うことにして、自分の無能ぶりに目を瞑ることにした。考えれば考えるほどドツボに嵌まっていくのだから、賢明な判断だと言わざるを得ない。オジサンにしてはよくやったほうだ。
「オジサンいじめはこれくらいで終わりにして、朝ごはんの用意でもしないかい? というかそうしよう。オジサンのメンタルって意外と柔らかいからね。これ以上やられたら危ないよ?」
「はいはい、いじけられたら面倒だからな。りーさん、今日はなにがあるの?」
「食料が少なくなってきたわね。また購買部のところまで取りに行かなくちゃならないけど、カンパンはまだ余りが多いから、今日のところはカンパンかしら」
言いながら若狭は蓋の付いた缶を長机に置いた。蓋を開けると、所狭しと詰められたカンパンが姿を現した。まだ缶の底が見えないほど入っている。
「カンパンかあ、味は悪くないけど口の中がぱさぱさするよねえ」
「口の中の水分全部持ってかれる感じがするもんな」
「贅沢言っちゃだめよ? あるだけましなんだから」
若狭がそう言うと、オジサンと恵飛須沢は声を合わせてはーいと間延びした返事をした。
それから少しして、部室の扉を開くものが現れた。
「おはよー! 今日もいい天気だね、お腹減っちゃったー」
入って来たのは、元気いっぱいに全身を使って挨拶した丈槍であった。今日もいい笑顔である。
「みんなおはよう。今日も頑張りましょうね」
どうやら丈槍は一人で来たのではなかったようだ。後ろから、学園生活部の顧問である佐倉慈も入ってきた。佐倉はオジサン曰くほんわか癒し系である。
「二人ともおはようさん。いやあ、癒されるなあ。オジサンここに居てよかった、本当によかった。会社クビになって路頭に迷ってこんなところに来たけど、結果よければすべて良しってやつだ」
うんうん、とオジサンは一人で頷いていた。口調はいたって普通だったが、言っている内容は酷いものである。
「会社クビになるって、一体何やらかしたんだよ……。ゆきもめぐねえもおはよー」
「二人ともおはよう、カンパンがあるから食べてね」
「カンパン! カンパンっていいよねえ、サバイバルって味がして」
「もう、めぐねえじゃなくて佐倉先生でしょ?」
口々に色々言いながら二人はパイプ椅子に座る。これでやっと学園生活部が全員揃った。全員でいただきますと言ってカンパンに手を伸ばす。一度カンパンを口に入れれば、咀嚼しているうちに口内の水分は奪われ、体が水を欲した。全員がほぼ同時に水を飲んだ。
「今日は何やるんだっけ?」
一つ目のカンパンを食べ終わったオジサンは、次のカンパンを指でつまみながらそう聞いた。
「購買部に行って食料取りに行く必要もあるけど、それは今日じゃなくてもいいし……そうね。みんなで勉強しましょう。先生はめぐねえとオジサンにお願いしてね」
若狭は次のカンパンに手を伸ばしながら応える。ひょいひょいと多くの手がカンパンの缶に入れられては出て、入れられては出てを繰り返しているが、缶の底はいまだ見えない。一缶に結構な量が入っているようだ。
「べんきょーかあ……、数学はいらないよ?」
丈槍はなんとも微妙な表情をしていた。
「ゆきちゃんには私がつきっきりで数学を教えてあげるわね」
「そんな、めぐねえひどい!」
「それじゃ、あたしたちはオジサンの授業だな。今日は何やるんだ?」
恵飛須沢はがっくりと項垂れている丈槍を横目に見て、にやにやと笑いながらそう聞いた。
「前は確か、オジサンはどうやったら社会と言う荒波に漕ぎ出でることが出来るか、って授業だったよねえ」
「そうね。結果は……酷いものだったけど」
その言葉を聞いて、オジサンはため息を吐いた。あの時は本当に、オジサンて駄目すぎるなあと感じたよ。オジサンは振り返って思った。前回の時は丈槍も含めた三人に授業をしたわけだが、話し合いの結論は『出来ない』だった。その日、オジサンは一人悲しく枕を濡らしたのである。
「じゃあ、そうだなあ、オジサンは如何にしてこうなったのか、でも話そうか。授業と言うよりもLHRみたいになるけどさ」
「いいじゃん。あたし興味あるぜ」
「私も興味あるわね。そう言う話、オジサンから聞いたことないもの」
オジサンは思いの外乗り気な反応に驚いた。そんなの詰まらないと言われると思っていたから、他の案を二、三頭の中で転がしていたのだが、その必要はなかったらしい。二人が良いのならオジサンに否やはない。
どう話そうか、何から話そうか、といろいろ考えながらオジサンは席を立った。
「じゃあ、今日の授業のテーマはそれでいこうか。オジサンは色々準備してくるから、少ししたらいつもの教室に来てね」
はーい、と先ほどのオジサンと恵飛須沢のように、今度は若狭と恵飛須沢が返事をした。その様子を見て、オジサンはほっこりとしたようで、笑顔で部室を出ていった。
そんなオジサンたちのすぐ隣では、佐倉が数学の教科書を片手に持ち、既に丈槍に授業を始めていた。丈槍は数学の難解さに声にならぬ悲鳴を上げている。
今日も学園生活部は平和であった。