学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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直樹美紀さん回、のようなものだろうか。
この後は日常回が続くと思われる。
ゾンビを出したいと思ったら出る可能性は無きにしも非ず。



こうない

 朝となり、オジサンは窓から射しこむ陽の光を感じて目を覚ました。窓を遮るものがない関係で、オジサンには光がそのまま注がれており、眩しいくらいだった。

 

 起き上がろうとして、あれ、ぎっくり腰の時ってどう起き上ればいいんだっけ、と考えた。またもやあやふやな知識で、四つん這いになってから起き上がるのがいいはず、と決めた。四苦八苦して、時間をかけながら起き上がる。オジサンはいつも若干前屈みの気だるげな姿勢であったが、腰が痛むからかピシッとした新社会人のような有様であった。ただ、以前よりは痛みが治まっているようだ。軽いもので良かったとオジサンは思った。

 

「これじゃ、本格的に足手まといだよなあ」

 

 オジサンはぽつりと呟いた。元々それほど役に立っているとは考えていなかったが、動くのが遅いと言うのは今の状況では命取りだろう。どうしようかねえ、と室内を見回していると、未だ寝ている直樹が目に入った。自然と笑みがこぼれた。オジサンが起きて物音をたてているが起きないと言うことは、少しは安心してくれているのかもしれない。

 

「さて、どうしようか」

 

 立ち上がったは良いものの、やることがない。椅子に座ろうかとも思ったが、腰に負担がかかりそうだからやめた。上着が目に入ったが、同様の理由でそのままにしておいた。

 

 数秒考えた結果、リハビリがてら歩くことにした。出来る限り音を出さないように扉を開いて廊下に出た。相変わらず汚れが酷い。一度は掃除をしようとしたが、幾らやっても終わらなくて諦めたのである。

 

「清々しい朝とはいかないねえ……」

 

 朝の空気で、肺は清々しさに満たされた気がしたが、この惨状とでも言うべき廊下や教室を見てしまえば、そんな気分もすぐになくなる。掃除すべきかなあ、とオジサンは思いながら歩いていると、前から若狭と恵飛須沢が歩いてきた。二人はオジサンを見ると、慌てて走り寄って来た。

 

「お、オジサン! 歩いてていいのかよ!?」

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

 二人とも必死な様子で矢継ぎ早に言ってくるので、オジサンは面食らった。オジサンは一歩後ずさりした。腰が曲がり痛みが走る。声が出そうになって、無理やり苦笑に変えた。

 

「あ、あはは、大丈夫、大丈夫。まだちょっと痛むけど、歩く分には問題ないって」

 

「本当? 無理してない?」

 

「無茶したばっかだから信じられないんだよなぁ」

 

「オジサンよりも直樹さんの心配してあげなよ。いきなり環境が変わるから、疲れてるだろうしさ」

 

「直樹さん?」

 

 オジサンが言うと、二人は見当がつかない様子である。首を傾げていた。

 

「あ、まだ名前聞いてないんだね。ほら、ショッピングモールにいた子だよ」

 

「ああ、あいつか。ピアノの上で気絶してたから連れてきたんだ。怪我もないようだったし、寝かせておいたんだけど、もう起きたのか?」

 

「今は寝てると思うよ。夜中にオジサンが起こしちゃってね。名前だけ聞いてもう一回寝たんだ」

 

 二人は納得したようで、様子を見て来ると言って去って行った。オジサンはまた歩き始めた。歩き始めたが、やはり目的もなく彷徨えるほどここは広くはない。すぐにバリケードの場所に着いてしまった。

 

 オジサンはバリケードを見上げた。椅子や机を組み合わせて、そこそこの高さがあるものだ。簡単にはゾンビの突破を許すものではない。数が来られると、少々厳しいかもしれないが。

 

「これ昇ろうとしたら、一気に来そうだねえ」

 

「何がですか?」

 

 声に驚いて振り返ると、そこには直樹がいた。立ち姿からは怪我をしているところは見受けられない。恵飛須沢はああ言っていたが、実際に見てみないと心配なのだ。夜中起きた時には体がシーツで隠れていたから、どうなのかは見えなかったしねえ、とオジサンは一安心した。

 

「あ、おはよう。まあ、何でもないよ」

 

「そうですか……おはようございます」

 

 挨拶を返してきた直樹だったが、まだ眠いのか目を擦っている。欠伸をしそうになって噛み殺していた。夜中のことがよっぽど恥ずかしかったのだろうか。

 

 起きてきた直樹を見て、やっぱり起きた時に音出して起こしちゃったのかなあ、と思ってオジサンは一人反省した。

 

「りーちゃんたちには会った? あの、えーと、長髪の子とツインテールの子なんだけど」

 

 直樹は首を傾げた。先ほどあった二人とあまりにも似た反応をするものだから、オジサンはばれないように顔を背けてくすっ、と笑ってしまった。幸い、直樹は気にしていない。

 

「誰にも会いませんでしたが……教室の中を見たりしていたので、行き違いになったのかもしれないですね」

 

「そっか。まあ、後で会うだろうしね。他のところも見ていく?」

 

 オジサンは踵を返し、直樹の前に進んでそう言った。

 

「いいんですか?」

 

「オジサンのセリフだよ。目的もなく歩いてもつまらなくてねえ。オジサンの暇つぶしに付き合ってもらっていいかな?」

 

 直樹は調子が出てきたようで、微かに笑って頷いてくれた。

 

「ありがと。じゃあ行こう」

 

 オジサンは来た道を戻り、最早使われていない教室を紹介する。ほとんどはあの時から変わっておらず、惨劇の後を物語るものだ。見ていて気持ちのいいものではないからすぐに出る。音楽室や放送室の特別教室もさっと流して見た。歩いている途中、腰が痛むときもあったが、動けなくなるほどではない。オジサンは構わず歩いた。

 

 ふと、オジサンはある教室の前で足を止めた。直樹は止まったオジサンを不思議そうに見上げて、同じように止まった。

 

「どうしたんですか?」

 

「いやね、今日からここで生活していくんだから、ここの紹介も必要だなあと思って」

 

 その言葉を聞いた直樹は更に上を見上げて、掲げられているプレートを見た。2―Aと書いてある。直樹は意味が分からずオジサンに言う。

 

「今までと同じ教室にしか見えませんが……」

 

 そう言われると、オジサンはニコニコして扉を開いた。直樹は教室内を見て、驚いてすぐにオジサンを見た。オジサンはいたずらが成功した子供の様に、しかし嫌みのない快活な笑い声を上げた。そして中に入る。直樹も後に続いた。

 

「綺麗になってるでしょ? ここで授業をやってるんだよ。こんな状況でもさ、今まで通りって大切だと思うから」

 

 教室内は清掃がなされており、多少の汚れがあるものの、他の教室とは比べ物にならないほどである。直樹は一瞬暗い顔を見せたが、すぐに戻った。

 

「……そうですね」

 

 オジサンは直樹のちょっとした変わりようが気になったが、こんな時だ。嫌なことの一つや二つ、あって然るべきだろう。オジサンにだってある。オジサンはその変化には声を出さず、そのまま会話を続けた。

 

「いやあ、頑張ったからねえ。直樹さんも一緒に受けてくれると嬉しいよ」

 

「気が向いたら、受けようと思います」

 

「うん、うん。楽しみにしてるよ」

 

 一通り室内を見終わった後、二人は廊下に出た。最後は生徒会室だ。若狭と恵飛須沢は分からないが、姿を見ないのだから恐らくいるのだろう。そしたら皆は直樹さんを学園生活部に誘うだろうし、にぎやかになるだろうねえ、とオジサンは思う。楽しみになった。生徒会室に向かう足が少し速まる。オジサンは柔和な笑みを浮かべていた。

 

 横に並んで歩いていた直樹は、そんなオジサンを見て微笑みながら小声で呟いた。

 

「……子供みたいな人ですね」

 

「あ、そう?」

 

 聞こえないと思ったのか、直樹はオジサンが反応を返したことに顔を赤くして慌てた。オジサンが怒ると思ったのだろうか。

 

「え、あ、その、別に悪い意味じゃありません。ただそう思ったってだけで……」

 

 直樹はやや俯き気味になり、最後の方の声は消え入りそうなほどであった。

 

「でも、そう言ってくれると嬉しいねえ」

 

「え?」

 

 予期せぬ答えに、直樹は呆けた声を出し顔を上げた。

 

「だってさ、若く見られたら嬉しいじゃない?」

 

「そう言う、ものですか?」

 

 直樹は戸惑った様子で言葉を詰まらせて言う。オジサンは調子を変えず、いつも通りに明るい声で続けた。

 

「そう言うものだよ。若さなんて欲しくても手に入るものじゃないもの。オジサンも歳でねえ。腰だってやっちゃってるし」

 

 あはは、とオジサンは笑う。直樹もそれを見て笑った。よく笑う人だ、と直樹は思った。

 

 学園生活部、今日からいつも通り。

 

 


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