あれ? これって『ラブライブ!』だよね   作:片桐 奏斗

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第8話 START:DASH!

 

 

 ライブ当日――。

 

「あー、緊張するー!」

「ホントにね。海未君じゃないけど、心臓バクバクだよ」

「二人とも、僕をバカにしているんですか?」

 

 授業を全て終えて、逸早く教室を飛び出した俺らは校門前の校庭でチラシ配りを開始する。他所では部活動の勧誘が行われていた。

 一年生に向けた部活動紹介が行われる日程なのだから、本格的に活動するのは当然。だが、その部活動紹介が終了した後に講堂を借りて、初ライブを実行する。

 

「本当に衣装合わせとかしなくていいの? ビラ配りは私一人でいいよ」

「光莉ちゃん一人に任せられないよ。俺らのライブだし、俺らも手伝いたいんだ」

「そうですよ。それに僕も人前に出る練習しておきたいですし」

 

 男子校で女子がビラを配ると注目度も高いし、お客さんもより入場してくれると思うんだよね。だから、原作時のライブは観客は誰もいなかったが、今回はお客さんが入ってくれてもおかしくはないと思うんだよね。

 段々と増えてくる『μ's』のメンバーしか客としていなかった。

 

「……お客さん、いっぱい来てくれるといいなぁ」

 

 ことりが呟いた一言が地味に俺の心に突き刺さった。

 原作の結果を知っているだけに、自分が何かしらの行動を取らないと絶対に観客は入ってくれない。

 そんな重圧と責任感に押し潰されそうになる。

 

(俺は、μ'sのために何もしてやれないのか……)

 

 未来を知っているが故に、ここでストップをかけて引き返した方が良いんじゃないのかという声が頭の中に響き渡る。

 ここが原作と一緒であれば、スタートからこける。けれど、所々だけ違うパラレルワールドであった場合を考えると動けない。

 何が最善なのかわからない……。下手なことをして、取り返しのつかないことになったらどうしようもない。

 

「よし、そのためにも今はチラシを全部配ろう! 最後まで残った人、ジュース奢りね」

 

 そういって元気よく駆け出す穂乃果。

 勝手なことを言い出して、率先してチラシを配って量を減らしていく。勝負を実行してすぐにセコイ技術を使い始めた穂乃果を軽く罵倒しながら、海未とことりもチラシを配り始めた。

 

 ……俺?

 

 俺は話しながらも通りすがりの人に一枚ずつ渡していたよ。誰も気付いてはくれない程、さり気なく、ね。

 言い出しっぺが負けるというのは結構面白いことだと思うので、俺はさっさと配り終えてことりと海未の手伝いにでもまわろうかな。

 

 

 声を出さなくてもニコッと微笑みかけただけで、相手は頬を赤くしてチラシを受け取ってくれるから楽だわ。

 穂乃果達の様子を窺ってみるに、ことりが一番早くに配り終えることが出来そうだな。

 どこでそんなにも早くにすべてを配布出来るのか、技術を教授してくれる場があるなら教えて欲しい。

 

 

 

 

「お疲れ様ー。ほら、後は俺達に任せて」

「みんなはステージ衣装に着替えて、講堂のステージに集合してね。リハーサルするから」

 

 ことりと俺の両名は制限時間以内にすべて配布出来たのだが、穂乃果と海未だけは少し残してしまい、罰ゲームでジュースを買うのは穂乃果と海未になった。

 言い出しっぺは負けるの法則だね。ただし、周りを巻き添えにして。

 

 スクールアイドルに協力的なクラスメイトが穂乃果達を呼びに来る。おそらく穂乃果の親友三人組がリハーサルの準備をそそくさと行っていたが完成したのだろう。

 

「……じゃあ、私はこれで。三人ともライブ頑張ってね」

「うん」

「はい」

「じゃあ、光莉ちゃん。またねー」

 

 また、後で。そう一言だけ告げて、俺は校舎の方へ足を進めている三人の背を見送る。

 最初に会ったときよりも一段と逞しくなったその背を見て、俺は物語が進んでいるのだと時間を得た。

 

 

 

「みなさん、これから講堂で音ノ木坂学院が発祥のスクールアイドル『μ's』がライブをしまーす。良かったら見て行ってください! お願いしますっ!」

 

 一年生を対象にチラシを配布しまくってはいるのだが、あまり結果はよろしくない。受け取ってはくれるが、街角のティッシュ配りのような雑さ加減だ。

 

「お願いしまーす!!」

「あれ、先輩。無茶苦茶可愛いじゃないですか」

 

 チラシを持った俺の手ごと引っ張ってきた男子が一人。

 俺は手当り次第にチラシを配って、ライブに来てもらう人を少しでも増やしたいんだ。そのために手っ取り早く、この変な男子を追い払わないと。

 

「いやっ、離してください!!」

「……いやって。俺も音ノ木坂学院の生徒なんだけど。不審者みたいな扱いはやめてよ。先輩♪」

 

 勢いよく懐に引き寄せられ、咄嗟に手に持っていたチラシを手放して、男子との距離を作ろうと必死に押し返す。が、所詮女子の力。とても育ち盛りな男子を押し返すには至らなかった。

 これから俺と一緒に運動部回ろうよ。そんで、マネージャーしてよ。と身勝手な発言をした後輩に付き合うしかないのかと諦めかけたその時――。

 

「その辺にしときなよ。彼女、嫌がってるじゃん」

「……げっ、西木野」

 

 俺の腕を掴んでいた後輩男子の腕を強く握り、激痛を送ることで解放させた真姫。

 フリーになった俺は、後輩男子から一気に離れて真姫の後ろに身を隠す。確かに時間は空いているけれど、アンタに付き合うぐらいなら、真姫に付き合って色々と回った方が絶対に幸せな気がするから。

 

「なんだよっ! お前には関係ないだろ。女も金も何不自由ないお前に、俺の気持ちなんてわかんないだろ!!」

「あぁ、わかんないよ。でも、だからといって嫌がってる女子に強要すんのはお門違いなんじゃないか?」

 

 真姫はやはり一年生という同じ学年であっても、一目置かれている存在なのね。進んで自分からコミュニケーションを取らないし、家柄もあって憎まれたりするのかもな。

 お金持ちイコール出会いの場もたくさんあって、異性と交流出来るもんな。しかも、許嫁がいてもおかしくないレベルだし。

 

 

(……許嫁、か。真姫にいるのかな)

 

 

 

 原作ではいなかったけど、こっちもいないとは確定出来ないもんな。

 しかも、こんなにかっこよくて、少女漫画で良くあるような俺様王子様系であったならば、世の中の女子ならキュンとしてもおかしくはない。

 そんで、西木野総合病院というネームバリューもあるわけだし。次期医院長もほぼほぼ確定ではあるだろう。そんな彼が、モテないなんてあるわけない。

 

 

(でも、なんでかな。真姫に許嫁がいると思うと心が痛い)

 

 

 心臓に何かが深々と刺さったのじゃないかと錯覚するぐらいに痛みがジンジンとくる。

 何らかの病気なのかな……。これがもしも、病気であったならば、真姫は“私”の為に看病してくれるのかな。ちょっと恥ずかしいけど、診察とかも。

 

 

(え……?)

 

 

 ――俺は今、何を考えた?

 

 そんなこと、今は考えている暇なんて一切ないのに。

 幸せになりたいなんて一回も考えたことないのに。なんで……。

 

 

「……光莉? どうかした」

「あ、い、いや。何でもないよ。それよりもありがとう、助けてくれて」

「気にしないで。それよりも、早く行った方が良いんじゃないか?」

 

 真姫が呟いた一言は俺を駆り立てた。

 

 

 “一年生の様子をこっそり見てたけど、講堂に向かう人は誰一人としていなかったよ”

 

 

 

「っ!! 真姫、ありがとう!」

 

 一目散に人混みを駆け抜けて、講堂へ向かう。

 開演時間まで残り数十分。出来る限りの人を勧誘しようと頑張っていたけど、結果は芳しくないことを真姫から聞いて、穂乃果達の傍にいることを優先した。

 もう今から悪足掻きをしても、観客が増えることはおそらくない。なら、彼らの心が折れ掛けた時、傍にいて助けてあげるマネージャーでいないと。

 

 

 

 

 

 

 ライブ会場である講堂についた俺を迎え入れたのは、一切の音が聞こえない無音の空間。

 

 

「うそ、でしょ……」

 

 本当に誰一人としていない真っ暗闇な空間。

 マネージャーである俺ですら目を疑いたくなるし、辛くて目尻に涙が溢れてきそうになる。あんだけ頑張って練習もいっぱいしたのに、誰も頑張りすら認めてくれない。

 

 こんなの残酷過ぎるし、絶対に穂乃果達に見せたくない。

 

 

 ここはパラレルワールドなんだし、原作を変えてでも良いから絶対に中止させる。そう思って、舞台に上がろうと足を動かした瞬間――。

 

 無残にも舞台のカーテンが開けられる。

 

 

 

 観客が誰もいない講堂を見渡して、彼らは絶句する。

 満員御礼とまではいかなくても、数人ぐらいはいてもいいと思っていたのに……。淡い希望が音を立てて崩れていく。

 

 三人とも、見るからに残念で悔しい想いを表に現していた。

 

「穂乃果、海未、ことり……」

「ごめん。俺らも結構、チラシ配りとか手伝ったんだけど……」

「誰も来てくれなかった」

 

 一緒に手伝ってくれたクラスメイト数人もその場にはいたが、観客ではなくて関係者。

 この場に観客は一人すらいない。

 

「……そ、そりゃそうだ。世の中、そんなに甘くない」

 

 明るい声音で言った穂乃果だが、表情は辛そうだ。

 ここで崩れてはいけないと自分を厳しく叱咤しているのがわかる。

 

 

 

 

 どんな手を使ってでも、俺が頑張っていればこんなことにならなかったのに――。

 

 

 

 原作通りにいけばこうなることを知っていたのに、何も出来なかった。

 

 

 

「……っ」

 

 

 本当なら曲を歌って踊る予定だったけど、誰もいないんじゃする意味がないよね。という満場一致な意見で、中止しようと作業をし始めたその時。

 講堂の扉が開かれ、一人の少年が入って来た。

 

「あ、あれ、ライブは?」

「花陽君……」

 

 息を切らしてここまで駆けつけてくれた花陽のおかげで、穂乃果達の表情はやる気に満ち溢れたものへと変わり、ライブを開始することにした。

 

「花陽君。まだライブは始まってないから安心して」

「あ、ありがとうございます」

 

 ライブが見やすい特等席へと花陽を誘導し、自らもライブを堪能するために壁に凭れる。

 俺は観客ではなくて、マネージャーという立場でここにいる。そういう意思表示のためだ。俺が仮に観客席に座ることになるとすれば、それはマネージメントしている方ではなく、観客として『μ’s』を楽しみたい。そう思った時だ。

 

 

 『μ’s』のスタートの曲が始まり、講堂は暗転し、彼らはスポットライトで照らされる。

 真姫が作ってくれた曲を基盤に、海未が書いた歌詞を歌い、ことりが描いた衣装を着て、自分達で考えた振り付けをする。

 全部、自作の完全なオリジナルをこれが練習の成果だと言わんばかりに『μ’s』は披露していく。それは多少振り付けが間違っていたり、有名なアイドルと比べたらお粗末なものかも知れない。けど、それらはここにいる全員の心に響いていた。

 

 

 ――純粋にアイドルに憧れている引っ込み思案な少年に。

 

 

 ――アイドルに興味を持っていなかったが、親友を追いやってきて、『μ’s』引き込まれた少年に。

 

 

 ――素直になれない少年に。

 

 

 ――同志に裏切られた経験を持つ少年に。

 

 

 ――何もかも見透かしているように神様のように『μ’s』の未来を見守っている少年に。

 

 

 彼らの活動を潰そうとしている少年にすら、今の『μ’s』の歌やダンスは心にくるものがあった。

 

 

 

 

 

「……俺、やるよ。今はゼロからのスタートだけど、もう二度と手抜きはしない」

 

 

 こんな気持ちに彼らをさせたくない。

 俺が手を抜いて、後悔するのが俺だけだったなら別に構わない。けど、俺が手抜きして、結果が『μ’s』に関わるのであれば、もう二度と手は抜かない。何事でも全力でやる。

 

 

 

 

(――もう、絶対に彼らの表情を曇らせたくはない)

 

 

 

 

 

 

 

 


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