「さーて、今日も頑張ろー! ことり君、海未君」
「穂乃果、学校へは勉学の為に来ているという事だけは頭に入れておいてくださいよ」
「あははは……。さすがに授業をほぼほぼ寝て、練習にだけ力を注ぐのはちょっと、ダメかな」
「ちょっと、所ではありませんよ。ことり」
次の日の放課後。
ほぼ一日の授業カリキュラムを寝て過ごしていた穂乃果を咎める海未、そして、その海未と穂乃果の仲裁というか間に入ろうとすることり。そんないつもの構図を視界の端で捉えつつ俺は準備をする。
穂乃果がスクールアイドルの活動に積極的になっているのも、わからないでもない。あの真姫がたった一日で曲を完成させてくれるなんて思わないのだから。
伊達に作曲の才能が開花している天才。歌詞を見ただけで、作曲してくれるなんて、ね。
「今日ぐらいいいじゃん。それよりさ、皆で聴こうよ。この作曲してくれた曲を」
「うーん。じゃあ、屋上の方がいいよね。音楽聴くのに邪魔もないし」
「そうだね。ボクも早く聴きたくてうずうずしてるから」
「実は僕もです。僕が書いた歌詞でいったいどんな曲になってるのか気になりますし」
穂乃果の提案に俺は場所を提示し、皆が納得してくれたので、屋上で真姫が作曲してくれた曲を聴くことになった。
彼らは少し準備や用事で遅れるという事だったので、自分だけが先に屋上へ向かうことになり、教室を出た。
『μ’s』の三人が遅れるとあっては、練習しても意味がないという事なので、俺も何処かで時間を潰してから屋上に向かうようにしよう。
「作曲してくれた真姫君にお礼でも言いに行こうかな」
本人は違います、とか言いそうだけど、やっぱり言いたいもんは言いたいから良いよね。
思い立ったが吉日、俺は一年生の教室へと足を進め、教室に入っていく。
急に入って来た先輩……しかも、この音ノ木坂学院で唯一の女生徒という事実も組み合わさって、注目度が半端なく多かった。
「ごめんなさい。西木野君っています?」
「西木野君ですか? 彼ならもう帰ったと思います」
正直に言って、今ここにいる中でかっこいい部類に属する橙色の髪を肩口で揃えている少年が答えてくれた。
おそらく俺の想像が間違っていなければ、この男子が『
「ありがとうね。あ、自己紹介がまだだったね。私は片桐 光莉。君達は?」
「凛。星空 凛です」
「あ、ぼ、ぼくは小泉 花陽って言います」
「凛君に花陽君ね。うん、覚えた。じゃあ、またね」
ここに真姫がいないとなれば、ここに俺がい続ける意味もないと颯爽に教室を出ようとすると、後ろから「待ってください」と声が掛かる。
さっきまで会話していた凛ではないとすれば、声を掛けてきたのは一人しかいない。
「あ、あの、片桐さんは『μ’s』のマネージャーなんですよね?」
「うん。一応はね」
「頑張ってくださいね。応援してますから」
『μ’s』という名のスクールアイドルはまだ我が校であっても浸透していないと思っていた。けど、それでも日頃の努力を目の当たりにしている人からは声援が来る。
本当ならこの言葉を直であの人らに聞かせてあげたい所だけど、俺からこんな声明が届いたよと伝えておくことにしよう。穂乃果辺りが積極的に練習だー! なんて声をあげそうな気がするな。
「ありがとう。じゃ、頑張ってくるね」
満面の笑みで返事を返すと、凛と花陽。二人して頬を赤くして絶句した。
俺の何かが受け入れられなかったのだろうか。なんて事を考えながら、足早に退室することに……。
◇
「まだ、屋上に行くのは早いかなぁ」
一年生の教室で応援のメッセージを受けて、少なからずテンションが上がった俺は、階段をゆっくりと上っていた。
慌てて駆け上がって、昨日みたいに転落しそうになるなんてもう嫌だから。それに、誰かに助けられて、落ちる前に抱き留められるなんて少女漫画的展開も正直避けたいし。
「……有名になるには、色んなことしないとダメかな」
『A-RISE』みたいにイベントでCDジャケットにサインを書いたり、サインボールの受け渡し会とか色々と。
彼らのサインボールの受け渡し会は凄かったなぁ。流石男子って感じの距離でも届かせるんだから。
「あ、サインボールで思いだした。あのサインボール何処にしまったっけ」
踊り場付近で誰かと擦れ違ったが、特に気しないままに階段を上ろうと足を掛けた時に呟く。
「A-RISEのサイン入りだから、ショーケースの中かな」
「あなたっ!」
階段を上がろうとしていた足が声を掛けられた瞬間に止まる。
誰が声を掛けてきたのかと気になって、視線を動かすとさっき擦れ違った黒髪の男子だった。結構、髪は短めに切り揃えられていた。
「今、A-RISEのサインボールって言わなかった?」
「あ、はい。言いましたけど」
その少年は間近にまで詰め寄ってきて、俺の手を真剣な面持ちでギュッと力強く握った。
身長がそんなに変わらないだけあって、そんな表情を浮かべながら至近距離まで詰め寄られたら少し照れる。
「お願い! そのサインボール譲ってくれない」
「……別に構いませんが、今は何処にしまったのかわからないですよ?」
「ああ。見つけたらでいいよ。お願いしてもいい?」
「ええ、良いですよ」
「良かったぁ。どうしても外せない用事と重なって入手出来なかったんだよな」
俺の物ではあるが、俺の物でないサインボールだし、別に渡しても良いよね。
サインボールを受け取ったのもただの偶然で、“偶々近くに立ち寄った際にサインボールの投げ渡しが行われていて、手にしただけだから”そんな俺が持っているよりも、ファンの人が持っていた方がサインボールも嬉しいはずだ。
「じゃあ、持ってきたら渡しに行きますね。え、えっと……」
「三年の『
「にこ先輩ですね。私は片桐 光莉です」
「ん、光莉。持ってきたらオレの所まで来てよ。約束な」
わかりましたと律儀に俺の返事を聞いてから、階段を下りていくにこ先輩の背中を見てから、自分は階段を上がる。
屋上につくと、既に三人が集まっており、パソコンを囲んでいた。
「ほら、光莉ちゃん。早く早く~」
「用事があったんじゃなかったの。もう!」
自分よりも先に誰か一人ぐらいはついてるだろうなとは思っていたが、三人全員が揃っているとは想像も付かなかった。それだけ、全員が全員、スクールアイドルに賭ける想いは違うと行動が示していて、俺は少しだけ嬉しくなった。
だからだろうか。いつもは絶対にしない行為をしてしまったのは。
「ひ、光莉ちゃん?」
「んー? ほら、早くしよ。穂乃果」
後ろから穂乃果に抱き着くように、出来るだけ近くによって曲を聴きたいと思って行動したのだが、穂乃果は何故か再生ボタンを一向に押そうとはしない。逆に何かに動揺して身動きが取れなくなったみたいに。
何に動揺しているのかはわからないけれど、じれったくなった俺は穂乃果の真後ろからノートパソコンを操作して再生ボタンを押す。
場所を動く気にもなれず、穂乃果の肩に顎を乗せる感じのまま静止する。
俺の頭や耳は既に曲の方に意識がいっている。おそらく穂乃果もそうなのだろう。画面を見続けたまま止まっていた。
「これが……」
「ボク達の」
「始まりの歌」
産毛の小鳥を『μ's』に例え、空をスクールアイドル界を現している。スクールアイドルの世界を『μ's』という名の小鳥が飛び立つ。
今はまだ始めたばかりで、小さな翼だけど、実力をつけて場を踏んでいくことで成長し、大きな翼になり、力強く飛んでいく。何処までも……。
「あ、見て!」
曲の途中だけど、ノートパソコンの右下にランキングが表示された。
音ノ木坂学院スクールアイドル、『μ's』に一票が入った。今はまだランキングが最底辺でたった一票しか入っていないスクールアイドルだけど、いつかはきっと名を残すスクールアイドルに――。