彼は再び指揮を執る   作:shureid

49 / 52
ただいま

周りは妙に静かだ。いや、そんな筈はある訳が無いにも関わらず、それは海の上にぽつりと一人で取り残されている様な感覚だった。大丈夫だ、背中は見えると自分に言い聞かせながら、龍驤は赤城の背中を必死に追い続ける。どれ位進んだだろうか、五分か、十分か。

もはや無線から届く筈の声も聞こえない。半分開いた目を凝らしながら、必死に水平線の先を見据え続ける。ようやく黒い点が視界に入り、敵との距離が目視出来る程まで近付いた事を理解する。赤城が何かを叫んだ後、総員が戦闘態勢に入る。恐らく自分の艦娘人生最後の戦いであろう、集大成としては申し分無い相手だ。

力が入らない右手に艤装を落としそうになりながら、渾身の力で握った巻物を口元まで持って行き、巻物の端を力一杯噛み締め艤装を展開する。残りの艦載機は全て出そう、先程と違いフラヲ改が二体。敵艦載機の数は桁違いになる。そう決意すると赤城、加賀と呼吸を合わせ空へと艦載機を放つ。また、此処に来るとは思わなかったと、暗闇の中で一人、龍驤は将棋盤を見下ろす。先程までとの違いは、もはや赤城、加賀の姿は無いと言う事だ。無傷であった時とは違い、満身創痍の自分には赤城と加賀の艦載機との呼吸を合わせるのは不可能だろう。

五分五分から始める筈の将棋は、既に自陣が有利な状態であり、龍驤は驚いたと同時に笑みを浮かべる。第三艦隊に感謝しつつ、此処が正念場と覚悟を決めた龍驤はよしと意気込むと、将棋盤を見下ろし艦載機を操っていく。

一方砲撃戦を繰り広げる主力部隊の比叡、金剛は鬼人に迫る勢いで駆逐艦を薙ぎ倒していた。

戦艦の砲撃を受けた駆逐艦二隻は跡形も無く消し飛ぶが、その際駆逐艦の砲撃は比叡の足を掠めており、艤装にやや損害があった。しかし、自分達が早く片付ければ片付ける程、空母部隊は楽になるとの信念の元、関係無いと切り捨て第二艦隊がツ級へ狙いを定めている事を確認する。ツ級は既に第三艦隊が落としており、第二艦隊にそのままもう一隻のツ級を任せると、自分達は憎きフラヲ改へと照準を向ける。同時だった。第二艦隊がツ級を撃破した瞬間、金剛と比叡は足を完全に止め、狙いを絞りに行く。

これで砲撃に晒される危険は無くなった。後はフラヲ改の艦載機だけだが、それは自分の頼れる仲間が食い止めてくれている。普段なら足を止める等有り得ない暴挙だが、それを打破する為に空母の覚悟が自分達を支えてくれている。これを一撃で決める為と、戦艦のみに持つ事を許されている牙、火力を跳ね上げる九一式徹甲弾を装填する。非常に高価なものの為弾数は一発限りしか無く、後の最深部の戦いを考えると温存しておくのがセオリーだろう。

しかし、命を張ってこの一戦に望んでいるものが居る。ならばその想いに応えるのが仲間だと、比叡と金剛は想いを込め徹甲弾を撃ち抜いた。

胃から込みあがってくるものを無理矢理飲み込みながら、何時終わるとも知れぬ局面を見下げながら、龍驤は必死に耐えていた。

恐らく一呼吸でも間を置くと切れてしまう。その細い線を手繰りながら艦載機を操っていく。

戦況は此方有利だが、非常に厄介なのが残っている。今の龍驤には味方を狙い撃とうとしている艦載機を落とす事に必死で、あのフラヲ改落とす決定打に欠け攻めあぐねていた。

耐えろ、耐えろと必死に拳を握りながら意識を切らさない様にただただ愚直に将棋盤を見下ろす。その時、ふと自分の膝元が視界に入る。そこにはあるはずの左手は無く、自分の左腕が失われてしまった事を意識する。不味い。

 

「えーあー。軽空母龍驤、貴女の事が好きです」

 

あの時、自分の想い人が決意を固めて差し出してくれた指輪。不味い、今それを思い出すな。

もう、その指輪は腕ごともがれてしまった。

 

「ッ……ハァ……ハァ」

 

気付けば龍驤は先程までと同じ風景を見ており、空は見下げるものではなく見上げるものになっている。完全に集中力を切らせてしまった龍驤は慌てて艦載機を操ろうとするが、頭痛や激痛、疲労で立っているのがやっとだった。不味い、自分のせいで仲間に被害が、と龍驤は青ざめ顔を上げるが、その瞳に映ったのはかつてより戦い抜いた戦友の背中であった。

おさげを揺らしながら振り返った北上は、優しい笑みを龍驤に向けると、右手の親指を立て頷く。

 

「お疲れ様ー」

 

その言葉と同時に耳を劈く程の爆音が鳴り響き、前方は火の海に包まれる。比叡と金剛の徹甲弾が直撃し、まだ息があったフラヲ改へ北上と大井の魚雷が命中していた。その魚雷に耐えられる筈も無く、海上から敵深海棲艦の姿は完全に消失していた。それを見届けた龍驤は一気に体の力が抜け、そのまま背後へと倒れこむ。

 

「っ、……ありがとうございます」

 

背後から赤城が龍驤の背中を支えると、腕の中で気を失っている龍驤へお礼を告げ、第三艦隊へと無線を繋ぐ。直ぐ近くで待機していた第三艦隊と合流すると、飛龍へ龍驤の事を頼むと、飛龍は真剣な眼差しで強く頷く。龍驤と共に撤退していった第三艦隊を見届けると、現状を確認し、朝霧へ報告する。

 

「提督、第一艦隊、軽空母龍驤が退避。戦艦比叡が小破。第二艦隊は夕立が小破です」

 

「……ご苦労、じき第四艦隊が到着する。合流次第進軍」

 

「了解です……それと、提督此処からは……」

 

「……んああ……無線封鎖……か」

 

最後の進軍命令を受けた後、万全を期して此処からは無線封鎖をする事を赤城は提案する。

元より最深部では無線封鎖を決定していた為、朝霧は赤城が言い出さずとも命令していたが、無線封鎖には思う所があり、中々気が進まないものだった。

 

「……提督」

 

「ん」

 

「必ず、帰って来ます」

 

「……ああ、頼んだぞ」

 

朝霧は無線を切ると、両手を目に当て顔に手の平を押し付ける。後は祈る事しか出来ない。何度経験しても此処からの感覚は慣れはしない。その時、切った筈の無線から声があり、まだその旨を伝えていない第四艦隊からだと言う事を察する。

 

「提督さんッ!?」

 

瑞鶴の焦りを含んだ声色に、朝霧は心臓を鷲掴みされた様な感覚に陥り、冷や汗を拭いながら応答する。

 

「どうした」

 

「合流地点予定地点付近で姫級を確認したわッ!離島棲鬼、軽巡ツ級elite、駆逐ハ級後期型elite、駆逐ハ級後期型elite、軽母ヌ級flagship、輸送ワ級flagshipッ!」

 

どうすべきか、朝霧は思考を巡らせる。この様な時の為に、赤城には無線封鎖後のトラブルは各自判断と伝えてある。恐らく第四艦隊と合流が難しいと判断されれば、主力部隊は進軍するだろう。そうなれば此処で確実に姫級を落としておきたい。いや、此処で落とさなければ挟み撃ちになる可能性だってある。判断は遅くなればなる程不利になる。瑞鶴に必ず敵を殲滅する様に命令する。

 

「任せて、腕が鳴るわッ!」

 

その瞬間、朝霧は無線を叩き付けると転がる様に司令室を飛び出し、階段を駆け下りていく。

工廠目掛け一直線で走り抜いた朝霧は、扉を突き破る勢いで工廠の中へと入って行く。

 

「わっ、どうしました?」

 

鎮守府待機となっている明石は尋常じゃない朝霧の様子に目を丸くしながら小走りで近付くと、息を荒くしながら床に手を突いている朝霧の顔を覗き込む。

 

「あの艤装はどうなった!?」

 

「あのって……まさかヲ級の艤装ですか?一応私なりに弄ってみましたけど、分からない事だらけですね。構造はやはり空母に近いものがありましたが……あれがどうかしましたか?」

 

「今すぐ出してくれッ!」

 

朝霧の気迫に押され、明石は首を傾げ頭にクエスチョンマークを浮かべながら、夕立が持ち帰っていたヲ級の艤装を朝霧の前まで運び出す。龍驤が抜け、第四艦隊も姫級が相手となれば本体に合流出来る可能性は低い。そうなると、圧倒的に空母の数が足りなくなる。幾ら一航戦の二人とはいえ、抑えているもののこれまでの戦いで艦載機や燃料を消費している。

かと言って他鎮守府から空母を呼ぼうにも、恐らく現在の交戦だけでも手一杯だろう、それに加え応援を待っていて他深海棲艦と対敵してしまっては、最深部までに燃料や弾薬が足りなくなる。よって赤城は進軍すると朝霧は判断しており、そうなれば一気に勝ちの目が薄くなる。

戦況は空母によって左右されると言っても過言ではなく、その空母が半分以下になると、敗戦濃厚とも言える。

 

「提督?まさか……なんですけど……」

 

明石はもしかして艦娘史上初となる、とんでもない現場を目撃する瞬間に居合わせているのでは無いかと勘繰り始める。しかし、朝霧がやろうとしている事は恐らくそれであり、明石自身にも何が起こるかは検討がつかなかった。そんな事を考え付く馬鹿は、いや、やろうとする馬鹿は恐らくこの男だけだろう。

 

「……やるぞ」

 

もし、失敗したら。いや、失敗するだけならまだいい。もし建造されたヲ級が敵深海棲艦側だったなら、確実に自分と明石、いやこの鎮守府全体が焼け野原になるかもしれない。

普通ドロップした艦を建造すると記憶が引き継がれる。しかしそれは艦娘の話である。深海棲艦に適用される根拠は何処にもない。しかし、もし此処であの朝霧を好いていたヲ級が帰ってきたなら、これ程頼もしい援軍も無いだろう。ヲ級と朝霧との間の事情を聞いていた明石は、戦況が好ましくない事を察し、かける言葉を探すが見つからず、口を噤む。

 

「戦争にリスクは付き物。だよな」

 

「……はい!」

 

自分に言い聞かせつつ覚悟を決めると、生唾を飲み込んで見守る明石の前で手を伸ばし、艤装に手を触れる。一瞬、工廠の中が光に包まれると、朝霧はその眩しさに思わず目を瞑る。此処までの様子は艦娘の建造と変わらない。ならばそこにヲ級が立っているならば、それは成功と言えよう。

 

「わっ!」

 

恐る恐る瞼を開けた朝霧は、目の前に人影がある事に気付き、とりあえず建造が成功した事に安堵する。流石に目の前にフラヲ改が居るとなると怖くなったのか、明石は短い悲鳴を上げると駆け足で朝霧の背後へと回り込む。やがて最大のリスクである、ヲ級がどちら側の存在になっているかと言う事を心臓を高鳴らせながら確認する。

目を瞑り、そこに立ち尽くしていたヲ級がゆっくりと開けたその瞳は、紛う事無き澄んだあの碧色の瞳であり、朝霧と目を合わせたヲ級は一瞬口を開け呆けていたが、やがて朝霧に向かい飛び掛ってくる。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

飛び掛ってくるヲ級に驚き尻餅をつく明石を尻目に、朝霧はヲ級を受け止めると、顔を上げたヲ級と目を合わせる。

 

「……ただいま」

 

「おかえり」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。