彼は再び指揮を執る   作:shureid

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LastEnemy海域攻略作戦

この戦争の終着点とも言える決戦を目前に控えた実感が沸いて来た面々は、何時も以上に顔を強張らせて固唾を呑んでいた。出撃ドックにて、今まさに出撃せんとしている艦隊を前に、何を話せばいいかと少しの間唸っていた朝霧だったが、変に緊張させないよう何時も通りの言葉をかけることを選ぶ。大規模作戦は何度も経験がある艦娘ばかりだが、こればかりは緊張せずにはいられなかった。

 

「あー、作戦に変更は無い。お前らが一番慣れてる正面突破だ。それと、分かってると思うけどこの作戦で最も負担が掛かってかつ危険が伴うのは第一艦隊と第二艦隊になる。しっかり支えてやってくれよ」

 

先頭に立つ第三艦隊、道中支援部隊旗艦の飛龍は力強く頷き、第四艦隊、決戦支援艦隊旗艦の瑞鶴も同様緊張に顔を引き攣らせながらも任せてと告げる。

 

「間宮さんに頼んで宴会の準備しておいて貰うから、まあ何時も通り、な」

 

朝霧のその言葉に一同は声を合わせ返事をすると、飛龍を始めとした道中支援部隊が先行する為、次々に抜錨して行く。それに続き、瑞鶴が後を追おうと海面を目前に深呼吸し、ふと壁に背を預けている朝霧へ振り返る。自分の艦娘人生で一番世話を焼いてやった男の顔をもう一度目に焼き付けておこうと朝霧を見つめる。

 

「んだよ、照れるだろ」

 

「言ってなさい。じゃ、宴会準備よろしくねっ!」

 

第三部隊が抜錨していった所で、先程から顔が強張り続けている第二艦隊旗艦のビスマルクの背後に忍び寄り、背中を突く。

 

「わっひゃっぁ!」

 

緊張と興奮が相まり、人目憚らず素っ頓狂な声を上げたビスマルクは、腹を抱えて笑う朝霧を涙目で睨みながら海面の前へと立つ。

 

「覚えてなさい」

 

「覚えとくよ」

 

海へと降り立っていくビスマルクに第二艦隊の面々が続く。次に抜錨する第一艦隊と向き合った朝霧は、とうとう此処まで来たと感傷に浸る。あの時から伸ばし続けていた手がようやく届く。本当の意味での最終決戦に、自分はただ作戦を立案するだけの無力な存在だと言う事を実感する。

 

「提督」

 

そんな朝霧の心中を察したのか、赤城は朝霧の両手を握り、手の中に包み込むと何時も通りの面持で朝霧に微笑む。

 

「いってきますね」

 

「……ああ」

 

「とりゃぁー!」

 

そんな赤城を押しのけるように朝霧に飛びついた龍驤は、両手を腰に回し、顔を胸部へと押し付ける。

 

「うぉっと、どした急に」

 

「いやぁ、もう味わえんかもしれんから、今の内にイチャついとかな!」

 

「不吉なこと言うな」

 

「あでっ!」

 

龍驤の脳天に右手を振り下ろすと、龍驤は涙目になりながら頭を抱えその場に蹲る。それに触発された比叡は、金剛へと飛び掛かり、同時に金剛が朝霧へ飛び掛り、朝霧はそれを避ける。

支えを失った金剛と比叡は床を転がり、飛び込んできた金剛に巻き込まれた龍驤も共に床を転がり、出撃寸前に三人が床を這っていると言う珍妙な光景が広がっていた。

 

「ったく……まあ安心した。何時も通りの馬鹿ばっかりで」

 

「違いないねー」

 

北上は相棒の魚雷を撫でながら、久しぶりに思う存分撃てるとうずうずし、加賀にちょっかいを出そうと背後に忍び寄るが、気配を感じ取られた加賀と目が合い、蛇に睨まれた蛙の様に停止する。

 

「おら、第二艦隊が待ってるぞ、とっとと行け!」

 

「ふふ……では、第一艦隊旗艦赤城、抜錨します!」

 

ほんの数秒の内に海へ降り立ち、水平線の彼方へと駆けて行った背中を見えなくなるまで見つめた後、駆け足で司令部へと戻って行った。

 

「視界は良好……良い天気ですね」

 

「んーお酒が呑みたいっ!」

 

先行した第三部隊の役目は所謂ヒットアンドウェイ。決戦の地までの道中に現れる敵を掃討し、主力部隊の余力を残す事である。かと言って完全に掃討しきる事は不可能であり、被害を受けない程度かつ、敵棲地まで持つように弾薬と燃料を残しながら敵を沈める。

撃ち漏らしを主力部隊が掃討する事により互いに被害を最小限に抑えながら進軍する事が可能だった。逆に第三部隊が機能しなければ、道中の敵が全て主力部隊に回ってしまう為、非常に大切な役回りでもあった。

 

「姉さん、そろそろ」

 

「そうじゃの、偵察機を出す頃じゃな」

 

まだ目視では確認出来ていないが、最初の深海棲艦と敵対する地点まで近付いた事を察し、二人は足を止め偵察機を発艦する。航空巡洋艦である利根、筑摩はいち早く接敵する為に偵察機を飛ばし、速やかに敵を発見する役回りがあり、艦種もそれに適役である。

直ぐ様偵察機から敵影の報告があり、一同は隊列を単縦陣に切り替え、目視出来る範囲まで近付いていく。

 

「如月ちゃん、他の鎮守府の皆はもう敵と出会ってるのかにゃ」

 

「うーん……如月達が最初じゃないかしら」

 

他の鎮守府の面々も同時にLE海域に進軍しているが、最深部へと辿り着く予定なのは横浜鎮守府の主力部隊である。主力部隊以外の鎮守府の役回りは、主力部隊が速やかに最深部へと辿り着く様に敵を掃討して行く事だった。その面々と違い、最深部への最短ルートであるこの海路は、非常に力を持った深海棲艦の温床になっている。目視した敵影の中にもflagship級やelite級が混ざっており、これを第三部隊だけで掃討しきる事は不可能だった。

 

「敵発見……重巡ネ級elite、重巡リ級flagship、雷巡チ級flagship、駆逐ハ級後期型elite、駆逐ロ級後期型elite、駆逐ロ級後期型elite」

 

「うっひゃぁ、いきなりきっついねえ」

 

「皆さん行きますよッ!隼鷹さん、狙いは出来るだけ駆逐艦へ!艦載機発艦始め!」

 

「如月ちゃん!ファーストマーチだよッ!」

 

「ええっ!」

 

「行くぞ!筑摩!」

 

「はい!」

 

主力部隊へ回しておきたくない無い敵として、真っ先に駆逐艦があがる。通常海域の駆逐艦は全く脅威では無いが、高難易度海域で確認される駆逐後期型の動きは素早く、加えて魚雷の威力も非常に高くなっている為、何としても此処で落としておきたかった。逆に言えば戦艦級が居る主力部隊であれば、重巡や雷巡は直ぐ落とす事が出来る。此処で駆逐を仕留めれば、主力部隊が無傷で此処を突破する可能性も出てくる。

飛龍の弓から放たれた九七式艦攻、村田隊は容赦無く駆逐艦を蹴散らして行く。続いて生き残った駆逐艦を確実に仕留める為に隼鷹の放った彗星が駆逐艦を爆撃していく。駆逐艦を空母組へと任せた睦月、如月はより攻撃が通りやすい雷巡へ狙いを定める。放物線を描きながら砲弾は雷巡に直撃し、落とせなかったものの魚雷が撃てなくなる中破まで被害を与える。

同時に利根、筑摩の20.3cm連装砲が火を噴き、砲弾は直撃しなかったものの、重巡二隻の腕を削り取って行く。

 

「敵被害状況は!?」

 

「駆逐ロ級二隻轟沈確認じゃ、ハ級が大破。雷巡チ級中破。重巡リ級、重巡ネ級が小破!」

 

その会話を無線を通して聞いていたビスマルクは上出来と不敵な笑みを浮かべると、その場からの撤退命令を下す。

 

「了解です……皆さん、先へ行きます!」

 

進路を大幅に変更し、攻撃した深海棲艦を避けるように迂回しながら、次の地点へと駆け出していく。主力部隊が接敵した時には既に敵艦隊は壊滅的な被害を被っていたが、抜かりがないよう航空戦で仕留める事を視野に入れ、赤城は加賀と息を合わせ艦載機を空へと撃ち放つ。

 

「敵魚雷に注意しつつこのまま進軍しますッ!進路は変わらず南東へ!」

 

赤城と加賀の放った艦載機により、敵リ級及びネ級が大破し、間髪入れずビスマルクの合図で一斉射撃が開始される。夕立、時雨の放った砲撃によりリ級、ネ級が大破し、大井、阿武隈の魚雷により残りのハ級、チ級を落とす事に成功した。

 

「敵影無し……では、このまま第三艦隊の後を追います」

 

敵艦隊の壊滅を確認した赤城は、すぐさま第三艦隊の後を追いつつ司令部へと無線を飛ばす。

 

「提督、初戦は全艦隊損害無し。このまま進軍します」

 

「了解。愛してるよー」

 

朝霧の返答を確認し、初戦が無事に切り抜けられた事に安堵しつつ、気を引き締めながら海を駆けて行った。大規模作戦において初戦で被害が甚大になる事も珍しくは無い。そうなれば一時撤退しなければならず、他鎮守府との足並みもずれてしまう。

朝霧は最深部まで被害は少ない事を祈りながら、次の赤城の報告を待った。

 

 

 

「さーて、結構進んだんじゃない?」

 

「そうですね……海も荒れてきました。そろそろ対敵してもおかしくありませんね」

 

そこは既に最深部へと差し掛かる海域であり、海は先程までの穏やかなものとは違い波が荒れ、雨こそ降ってこないものの空は薄暗くなっていた。時期を察した利根、筑摩は再び偵察機を出す事を具申し、飛龍からお願いしますとの返事を受けすぐさま発艦に取り掛かる。足を止めた一同は、灰色の空を飛び去っていく偵察機を見つめ、警戒態勢へと移行した。

偵察機からの報告を待っていた利根の顔が異様に渋くなり、同じく筑摩も眉間に皺を寄せる。

 

「……どうでした?」

 

「報告では敵は一艦隊。空母ヲ級改flagship、空母ヲ級flagship、重巡ネ級elite、駆逐ニ級後期型elite、駆逐ハ級後期型elite、駆逐ハ級後期型eliteじゃ」

 

「うっひゃぁー。もうフラヲ改が出てきちゃうのか」

 

ヲ級flagship、そしてヲ級改flagshipの名が利根の口から漏れた瞬間、一同に緊張が走る。

どちらも現状どの艦娘でも一撃で大破させる事が出来る艦載機を持っており、駆逐艦など掠っただけでも大破する可能性まであった。

 

「……出来る事をやりましょう。目標は駆逐艦へと絞りますッ!総員戦闘準備ッ!」

 

一度の砲撃だけでこれらを攻撃したとしても、全敵が中途半端に被害を受けるだけに終わってしまう。狙いを完全に駆逐艦へと絞り、これらを全力で落とす事を専念するのが飛龍の判断だった。荒れる海に足を取られぬよう進軍し、目視で敵を確認した瞬間、一同は戦慄する。何度見てもあのフラヲ改の蒼い瞳には嫌な思い出しか無く、こればかりは慣れないものがあった。

 

「敵艦見ゆ。行きますよッ!艦載機発艦用意ッ!」

 

飛龍の号令で一同は主砲を構えると、敵艦隊の駆逐艦へと狙いを定める。此方を目視で確認したヲ級は両手に持っていた杖を右手へと持ち替えると、左手を掲げ艦載機を空へ放っていく。飛龍及び隼鷹の艦載機と、フラヲ改二隻の艦載機が飛び交い、航空戦を繰り広げる中、以下四名は駆逐艦へ砲撃を放って行った。

放物線を描きながら砲弾は駆逐艦の頭上へと吸い込まれていくが、紙一重で砲撃を回避した駆逐艦は、間髪入れず睦月へと砲撃を放つ。旋回しながら陣形を崩さない様攻撃を回避するが、その合間に見えた飛龍の苦虫を噛み潰した様な顔に一抹の不安を覚える。

前回は上手く直撃したものの、基本一度限りの砲撃の為何度も敵艦隊に被害を与える事は難しい。飛龍は悔しさを抑えながら主力部隊へと無線を繋ぐ。

 

「……申し訳ありません。空母ヲ級改flagship、空母ヲ級flagship、重巡ネ級elite、駆逐ニ級後期型elite、駆逐ハ級後期型eliteは依然損害無し。駆逐ハ級後期型eliteが中破」

 

「感謝します。そちらの被害は?」

 

「ありません。このまま進軍します。健闘を」

 

ほぼ無傷の艦隊を相手に主力部隊は顔つきを変え、此処からが本番だと各艤装を握りなおす。

赤城は敵の正確な陣形を飛龍から受け、陣形を組み直す。

 

「第四警戒航行序列に入りますッ!敵艦は五隻ッ!行きます!」

 

「敵艦見ゆ、ね。皆!行くわよッ!」

 


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