彼は再び指揮を執る   作:shureid

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ケッコンカッコカリ

夏が終わりに近付き、夕暮れが少し早まってきたある日。未だ蒸し暑い司令室に、ガンガンと冷房を効かせアイスを食べていた秘書艦の鈴谷は、横のソファーで不機嫌そうな声を上げている朝霧をご愁傷様と言った顔で傍観していた。

 

「ったく、面倒な話だな」

 

「またお小言貰ったのー?」

 

朝霧は海域関係の書類を中央のテーブルに叩き付けると、足を投げ出し此方を向いていた鈴谷に受話器を放る。アイスを食べ終わった鈴谷が慌てて受話器を両手で受け取ったのを確認し、ソファーへと倒れこんだ。深海棲艦から海を奪還するまでに、攻略する必要のある海域が三つ存在する。最南方に存在する南方海域、そして最北方に存在する北方海域、最東方に存在するLE海域。北方海域は、かつて艦娘を犠牲にし続けていた墨田の功績により奪還し、残りは二つとなっていた。この海域はどれも最高難易度を誇り、墨田が奪還に成功した作戦時も、加賀を犠牲に進軍したからこそ攻略が成しえていた。

朝霧は司令室のソファーの上で海域攻略の作戦を漠然と立てていた。しかし、今の面々ではLE海域どころか南方海域すら攻略は難しいだろう。その要因として、ずば抜けて高い練度を誇り、経験を積んだ艦が少ないということだった。過去の第一部隊はひたすら出撃を続け、何より多大な経験があったからこそ、戦果を挙げ続けていた。現在の横浜鎮守府で主力と成り得る艦娘は瑞鶴、翔鶴、龍驤しか居らず、圧倒的に数が足りていなかった。榛名や霧島は練度そこそこで、山城、扶桑も入渠時間が長く練度が上昇し辛いのが現状だった。金剛も着任したばかりで、経験、練度共に難関海域に出るのはまだ難しく、防戦を繰り返す毎日だった。

しかし、朝霧が着任してから立てた功績である第六駆逐隊の救助、陸地での深海棲艦の撃破、圧倒的数の深海棲艦の殲滅等々、人類にとっては再び希望が垣間見える報道がなされていた。

英雄の凱旋と銘打たれた記事は人類の反感の心を諌める結果となっていた。かと言って黙って待っていれば再び人類は痺れを切らし、大本営に反感の心を抱くことになる。朝霧の下には、定期的に大本営から海域攻略での戦果を急く声が届いていた。鈴谷は他の秘書艦から、度々かかってくる電話に朝霧が苛立っていることを聞いており、その電話の主を尋ねずとも態度で理解していた。

 

「大変だねー。提督業って」

 

「良い事ねーよ。胃が痛いだけ」

 

「良い事あるじゃん。可愛い女の子に囲まれてさ」

 

「…………」

 

鈴谷の言葉に、机の中に未だ大切にしまわれている指輪のことを思い出していた。一つしか無い指輪を渡す相手も決まり、後は渡すだけとなったのだが、その機会が訪れず未だ手つかずとなっていた。

 

「なあ鈴谷」

 

「んー?」

 

受話器をデスクに戻した鈴谷は再び事務机に戻ろうとしたが、一度休憩を挟んでしまうと書類仕事をする気になれず、粗方今日の執務を終えていた為、助走をつけソファーへと飛び込む。

 

「指輪とかってやっぱロマンチックな雰囲気で貰った方が嬉しいもんなの」

 

「人によるんじゃない?鈴谷は気持ちさえあればオッケー!」

 

「そんなもんなのか」

 

「何々!?指輪鈴谷にくれんの!?」

 

「欲しいの?」

 

「欲しい!……の?……いや……まあ一応……?」

 

未だ唸りながら言葉を詰まらせている鈴谷を尻目に、朝霧は鎮守府内の放送を鳴らす為に無線機の近くに寄る。

 

「えー、翔鶴。司令室に来て」

 

それだけを告げると放送を切り、朝霧はデスクへと戻り引き出しを開ける。中にしまわれた箱を手に取ると、ズボンのポケットへ無造作に突っ込み再びソファーに腰かけた。鈴谷は意味有り気な視線を朝霧に向けていたが、空気を察したのか咳払いをするとそそくさと司令室を後にした。

 

「失礼します」

 

その時鈴谷とすれ違うように、開け放たれた扉を翔鶴が潜り、律儀に頭を下げ朝霧の前へ立つ。朝霧は翔鶴を正面に座らせると、腰を上げ背筋を伸ばしソファーに座りなおす。

 

「…………」

 

「あの、提督?」

 

呼んでおきながら、一向に話を切り出そうとしない朝霧に、翔鶴は次第に怪訝な表情を浮かべ始める。

 

「………………」

 

朝霧は先程から落ち着きがなく、そわそわと腰を浮かせ座り直しては煙草に手を伸ばし、その手を引っ込めている。この仕草を翔鶴は知っていた。龍驤から聞かされていた通り、なにか本人にとって恥ずかしくて言い辛い事を話す時、この様に挙動不審になると。朝霧が自分を一人呼び出し、恥ずかしいと言える事を自分に言おうとしているのだ。翔鶴は次第に期待が膨らみ、心臓の鼓動が徐々に増していく。室内は冷房で冷え切っているものの、握りこんだ拳からは汗が滲んできている。どれだけ静寂が続いただろうか、部屋に響くのは空調から送り出される冷風と共に鳴る機械音だけだった。

 

「翔鶴!」

 

「ひゃい!」

 

突然の朝霧の声に驚き、声が裏返る翔鶴は頬を赤く染め口元を両手で押さえる。両手で押さえていなければ、口から心臓が飛び出してしまうのではないだろうかと翔鶴は危惧してしまう程、鼓動は高鳴り、心臓は暴れだしていた。

 

「…………あー。いや、すまん!何でもないっ!」

 

「へ?」

 

朝霧は間髪入れず立ち上がると、司令室の扉を勢いよく開く。

 

「ちょっ!」

 

「きゃっ!」

 

すると廊下から部屋の中へ三人の人影が転がり込んできた。それは朝霧のプロポーズを期待し大急ぎで熊野を呼びに行った鈴谷、鈴谷に呼ばれた熊野、そしてたまたま前を通り過ぎた陽炎が折り重なるように倒れこむ。

 

「……何やってんの?」

 

「何やってるじゃないっしょ!このヘタレ!」

 

「ですわ!」

 

「ヘタレ!」

 

「………………」

 

何も悪いことをしていない筈が、散々罵倒された朝霧は居ても立ってもいられず部屋から飛び出していく。呆然と成り行きを見守っていた翔鶴は我に返ると、ソファーに深く腰掛け、背もたれに全体重を預ける。その様子を見ていた面々は、気まずそうに顔を俯かせると、床に手を突き立ち上がった。

 

「鈴谷追っかけてくる!」

 

鈴谷は咄嗟に踵を返すと、走り去っていった朝霧の後を追う。残された熊野は翔鶴と向かいのソファーに腰かけ、陽炎もつられて隣に座る。

 

「気に病むことありませんわ」

 

「気にしてませんよ……」

 

明らかに意気消沈している翔鶴に対する言葉が見つからず、二人は顔を見合わせ溜息を吐く。

朝霧に憧れ想いを抱いている陽炎は複雑な心境に陥り、顔を俯かせる。駆逐艦と言う艦種は基本的に蔑ろにされやすい。敵深海棲艦を何体も屠れるような火力も耐久も無い。朝霧が来るまで遠征と負け戦の演習ばかりだった陽炎は、艦娘としてのやる気や意思を失っていきつつあった。しかし、あの男は着任早々自分達に作戦を任せ、その後も作戦の要の一つとして起用してきた。そして、決定打となったのは加賀を発見した事から起こった横須賀でのあの事件。

後から瑞鶴に聞いた話では、朝霧が激昂したのは自分達第七駆逐隊のことを馬鹿にされたのが一番の原因だったと言う。初めて駆逐艦である自分を本気で見据えてくれる提督と出会い、陽炎は密かに朝霧に憧れた。だからこそ、横浜鎮守府防衛戦では自らの危険を顧みずその戦果を上げようとした。勿論託した仲間の為が大きかったが、その根底には朝霧に勝利と言う戦果を届けたいと言う気持ちが強かった。恐らく不知火も同じだろう、しかし朝霧からすれば、自分とは違い此処に来るキッカケを作った不知火は少し特別なのだろう。

 

(……妬いちゃうわね)

 

しかし、指輪の存在を知らない陽炎は告白するのかと思っており、てっきり告白するなら龍驤とばかり考えていた。翔鶴を選ぶということは、龍驤を捨てることになる。まさかいくらヘタレとは言え、二人ともに告白することなんてあり得るのかと、陽炎は正面の翔鶴を見ながらその行く末を想像していた。

 

その日の深夜、皆が寝静まった中、翔鶴は布団に入るものの眠れず夕暮れの出来事が脳裏に渦巻いていた。朝霧が何を伝えたかったのかは何となく分かるが、それを口にして貰えなかったことが翔鶴にとって何よりショックであった。布団を頭まで被りなおすと、起きている者にしか聞こえない程度の音で部屋の扉がノックされた事に気付いた。急いで布団を捲り、隣で寝ている瑞鶴を起こさないように扉まで忍び寄る。扉を開けた先には、今日の秘書艦であった鈴谷の姿があった。

 

「どうされました?」

 

「……やっぱり起きてたんだ。食堂に行ってみて」

 

「え?あの……」

 

「ったく……不器用な男ねぇ」

 

鈴谷は一方的にそう言い残し、欠伸をしながら自室へと戻っていった。翔鶴は寝巻のまま、首を傾げながらも食堂へと歩き始める。すると宿舎の窓から未だに食堂の電気が消えていないことに気付く。普段間宮は仕込みをする時、厨房の電気はつけるものの食堂の電気をつけてはいない。不審に思いながらも食堂への扉を開くと、中からアルコールの匂いが溢れだし思わず顔を顰める。そこには、酒臭さが立ち込める中心のテーブルに突っ伏している朝霧の姿があり、向かいに座っている隼鷹は翔鶴の姿を認めると、少し辛そうな表情で立ち上がる。

 

「いやあ、提督はかなり酒強かったよ!なっかなか酔わなくてねえ」

 

翔鶴は何の話か分からず、肩に手を置き食堂から去っていく隼鷹の後ろ姿を見送ると、未だテーブルに突っ伏している朝霧に歩み寄る。

 

「……提督。こんな所で寝てるとお体に障りますよ」

 

「あー……翔鶴?」

 

朝霧はふらつきながら顔を上げ立ち上がると、翔鶴に寄り掛かる。肩に手を回し、体を支えると食堂の厨房へと視線を移す。間宮は目で片づけは任せろと合図すると、翔鶴は申し訳なさそうに頭を下げ朝霧を引きずって行く。やっとの思いで司令室まで辿り着いた翔鶴は、体勢を崩しそうになりながら何とか扉を開けるとソファーへと朝霧を寝かせる。電気を点けた翔鶴は、意識が混濁している朝霧に何か飲ませようと辺りを見渡す。

 

「なー翔鶴」

 

「何ですか?」

 

「これ、受け取ってくれ」

 

朝霧はぶっきらぼうに言いながらポケットを弄り、中から小さな箱を取り出し翔鶴に押し付ける。その眼差しは一瞬素面に戻ったのかと錯覚するほど真剣で、真面目なものだった。それと同時にソファーに深く項垂れると、朝霧は目を瞑り寝息を立て始める。

 

「何かしらこれ……」

 

翔鶴はその箱を開け、中に入っていたものを見て驚愕の表情を浮かべると、そっと箱を閉じ深呼吸した。再び箱を開けた翔鶴の目に入ったのは、変わらず白銀の指輪だった。指輪と朝霧を交互に見比べ、鈴谷の言い残した言葉の意味をようやく理解する。何時も艦娘とセクハラまがいのスキンシップと、フランクに接しているのに、いざ本気で向き合おうとしたら奥手になるヘタレな男。そんな男が何とか指輪を渡す為に、わざわざ隼鷹を誘い酔い潰れるまで呑み続けた。それを察した鈴谷が翔鶴を呼びに行ったのだ。翔鶴は朝霧の横に腰かけると、両手で指輪の箱を握り目元に押し付ける。

翔鶴は思う。この男のことだ、自分一人を選ぶなんてことはしないだろう。恐らく龍驤にも指輪を渡すのかもしれない。自分は複数人の中から選ばれただけかもしれない。しかし、酔ってはいるものの朝霧は自分の意思ではっきりと指輪を渡した。これ程嬉しいものなのだろうか。

冷房が切られうだるような暑さの部屋のせいか。喉の奥が熱くなり、目頭も一緒に熱くなる。

朝霧の精一杯の想いに、翔鶴の頬を涙が伝う。

 

 

「私も大好きです。提督」

 


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