執事の前田   作:フリスタ

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始まりましたねお嬢様。

第2話が始まりましたが、私の過去と言うどうでもいい事に時間が割かれてしまい誠に申し訳ございません。しかし、またお嬢様が出てきた喜びと言ったらもう―――!!



第02話「少し過去の事にございます」

 

 バンッ!

 クラス委員長の雪広あやかが机を叩いて立ち上がる。どうやら前田というあの執事は委員長の知り合いという事らしい。

 

「前田、あなたどういうつもりなんですの!? 突然いなくなったと思ったら学園の教師になっている上に千雨さんの執事だなんて!!」

 

「出席を取ります。相坂さん」

 

「聞きなさい!!」

 

 教室内はHRすら始まらず、出席すらも確認されないでいる。

 

「ねぇ、千雨ちゃん。止めなくていいの?」

 

「修羅場だ修羅場~♪」

 

 知るか。委員長の執事なら戻ればいいだろう。それで万事解決だ。私の平穏な学園生活に向けて一歩戻れるわけだからな。戻ると言うなら大いに賛成だ。

 

「お世話になりました? 新しい主人を探しますので失礼します? 大変勉強になりました? 探さないでください? あのような置き手紙を残して何をしていたのです!?」

 

「あやか様。申し訳ございません。私、雪広家に仕え何年間か……。とてもではございませんが、その仕事量に日々驚いていたのでございます。私を含め、多数のメイドや使用人の方々が務めておりましたが、私はついていけなかったのでございます」

 

「どこがですか!? あなた以上に働いていた者はいなくてよ!? アレほどの仕事をして平然とし、誰よりも遅く寝て、早く起きて、異例ではあったけど、あなたが執事長になる日は近かったと言うのに!!」

 

「これは失礼しました申し訳ございません。私、その事をお嬢様は知らないかと思い、嘘をつきました。実は、旦那さまから執事長就任の打診があったので辞めさせて頂きました」

 

「何故!?」

 

「私は執事長という役職には興味がありません。仕える主人の為だけに働きたいのでございます」

 

「「「「「ほぉ~~~」」」」」

 

 クラスの連中が口を揃えて感心の声を上げる。

 ……まぁ、それだけ聞くと立派かもしれないが。

 

「雪広家は素晴らしい名家にございます。ですが、それ故にあやか様に仕えるのは私一人ではなく、他にも多数仕える者がいます。私は主人を独占したいのでございます」

 

「「「「「ほぉぉぉぉ~~~!」」」」」

 

 立派……立派なのか? ある意味、危ないヤツなんじゃないか? 普通、みんなで仕事を分散した方がやりやすいだろうに。それほどまでに、前田は一人で仕事をするのが好きなのか?

 

「……戻りたくなったらいつでも言いなさい。その時は専属で雇わせてもらいますわ」

 

「その願いは難しいかもしれません」

 

 前田が出席簿を開き、書き込みながら歩いてコチラに向かってくる。出欠確認が進まないので、目視確認に切り替えたのだろう。しかし、その歩みは私の横で止まる。そして、委員長の方をキリッと視線を投げて言った。

 

「何故なら、今のお嬢様が放してくれませんので」

 

「そこでコッチに振るなーっ!!」

 

「「「「「ほぉぉぉぉぉ~~~~~!!!」」」」」

 

「千雨さん!? くっ……手強いですわね……」

 

 何がだ。さっさと連れて行けこんなアホ執事。そして首輪でもつけて縛りつけておくんだな。

 

「さて、欠席はなしですね。しかし、あなたもお久しぶりですね。ザジさん」

 

「……」

 

 ザジは前田にサムズアップで応える。

 サーカス人間のザジとも知り合いかよ。よく喋る前田と、全く喋らない無表情の留学生のザジ。どこで知り合ったのかは知らないが、組合せとしてはいいのかもしれない。

 どこでもいいから、私以外のところへ再就職してもらいたいものだ。

 

 

 

「―――はいは~い! 前田先生は彼女いるんですか~?」

 

「残念ながら、特定の女性とお付き合いはしておりません。私は執事ですので、お嬢様が第一優先になるのでございます」

 

「あ、じゃあ私でも雇えますか~?」

 

「正直に申し上げて難しいかと思われます。しかし、何らかの要因で、釘宮さんが多いなる力を得た時、雇えるかもしれません」

 

「え? 前田先生くぎみ~とも知り合いなの? 何で名前知っているの?」

 

「覚えましたから」

 

 いつだ。

 さっき出席簿を見た時だけでか?

 

「じゃあ、私の名前は? フルネームで!」

 

「明石裕奈さん」

 

「「「「「おぉぉぉぉ~!」」」」」

 

「私から見て、その右隣りに座っていらっしゃるのが、お嬢様、その反対に座っていらっしゃるのが絡繰茶々丸さん。その後ろがエヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルさんですね」

 

「っ! (……ギリッ)」

 

「「「「「凄ーい!!!」」」」」

 

「え、エヴァンジェリンさんの名前ってそんなに長かったの?」

 

「エヴァンジェリン・アタナ……何とか? とにかく前田先生凄ーい!」

 

 うるさいクラスだ。

 しかし、右後ろの方から歯ぎしりが聞こえてきたぞ、気の所為か?

 

 キーンコーンカーンコーン♪

 

「自己紹介はこれぐらいにしておきましょうか。では英語の授業ですね」

 

 

 

 

 

「では、この訳を……ザジさん」

 

「…… ……」

 

「はい正解です。この様に動詞が―――」

 

 今、本当に答えたのか? ――授業は進んでいく。ザジの解答は置いといて、非常に教え方は上手いと思う。しかし、数分間で頭が良くなるほどの知能は生憎持ち合わせていない。なので指されても答えられる自信は……。

 

「では、次の訳をお嬢様」

 

 絶対追いだす。しかし、割と簡単な訳で良かった。

 

「……アンは冬休みに家族旅行をするつもりだ」

 

「実力を隠されるのですね。まぁお嬢様の考えもあるのでしょう。え~訳は合っていますが、訳す時にはただ日本語に直すのではなく、物語を考えましょう。そうすると自然な訳が出来ます。例えばここは『アンは冬休みの家族旅行を心待ちにしている』等ですかね。ただの教科書と思ってはつまらないでしょう。嫌々やるより、楽しんでやって行きましょう」

 

 これが私の実力だよ。マックスだよ。出て行ってほしいとしか考えてねーよ!

 

 

 

 ―――予想通り、休み時間になると話題はアホ執事一色になっていた。私は次の授業の準備をして席についていた。

 

「いやぁ~、前田先生はカッコいいし、言う事が違うね~」

「ハーフなのかな?」

「黒髪だけど、青い目してたからね。そうなんじゃない?」

「名前からしてハーフだろうけど……でも、いいんちょの家からは」

「逃げ出したんですわ!!」

 

「……回想シーンいっとく?」

「えぇ! あれはそう、約10年ほど前でしたわ……」

 

 別に聞きたくないぞ……ここで話すなよ……ったく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

「―――え、会えないってどうゆーこと?」

 

「……残念だけど……あやか……」

 

 私は弟が出来ると、嬉しさのあまりはしゃぎ回っていました……。

 結果は今に至るわけですが、あの時は……とにかく落ち込んでいましたわ。

 

 その時に私のところにやって来たのが前田でしたわ。

 

「本日からお嬢様の身の回りのお世話をさせて頂くことになりました。前田・ヴァンデンバーグ・政宗と申します」

 

「……そう」

 

「お嬢様。コチラを差し上げましょう。特別ですよ?」

 

 渡されたのは1枚の写真でしたわ。見向きもしないで返そうとしましたわ。

 

「今はこんなの……」

 

「元気を出してくださいませ。お嬢様が笑っていないと、私を含め家中の者、いえ、世界中の者が心配なされます」

 

 その言葉に、私は写真を突き返すのを止めて、

 一目だけでも見てみようと思ったのです。そこには……

 

「……これは!? 誰!? 誰ですの!?」

 

「私でございますお嬢様」

 

 写っているのは愛苦しい少年。その写真を見て、すぐに安易な想像が出来ましたわ。「弟がいたらきっとこんな……」それほどに可愛らしかった。

 

「今すぐこの姿にお戻りなさい前田!!」

 

「ん~……お嬢様が元気になったら考えましょう」

 

「もう元気になったわ! さぁ今すぐこの写真の姿に……!!」

 

「……。考えましたが元に戻るのは不可能かと存じますお嬢様」

 

「嘘を付きましたのね!?」

 

「ですが、元気になられましたね。では、お茶にいたしましょう。実は私、お菓子作りの天才でもあるのですよ?」

 

 今思えばそれはそうだと理解しましたわ。子供ながらに不思議な考え方を持っていたものです。大人が子供の姿に戻れる事は無いと言うのに。

 嘘を付かれた事には、不思議と腹は立ちませんでしたわ。

 小学年を4年ほど過ごした時も。

 

「前田! また私の、し、下着を洗濯しましたわね!?」

 

「それはしますとも……はっ! これは失礼しました! 匂いを嗅ぐのを忘れておりました!」

 

「ち、違いますわ! メイドに任せるから良いと言っていますの!!」

 

「……左様でございますか」

 

 何かにつけて前田はワザとふざけてみせて、私の世話をしようとしていましたわ。今の私があるのは、前田のおかげ。それは分かっていましたが、前田が仕事を全てこなせる人間で、全て一人でやりたいとは考えても見ませんでしたわ。

 

 

 

「あやか、前田君を執事長にしてもいいかな?」

 

「お父様、前田が執事長になったら、もう会えないのですか?」

 

 そう、また会えなくなるのかと思いましたわ。

 大事な人となっていた前田は、出来るはずだった弟と同じぐらいかけがえのない存在になっていましたわ。

 

「会う時間は少なくなるかもしれないけど、前田君は優秀だ。何でも出来るスーパーマンだ。あやかも大きくなったし、分かるだろう?」

 

「会えなくなるわけじゃないなら良いわ。我慢いたしますわ。その代わり、私が社会に出る頃には返して貰いますわよ?」

 

 そう、前田はその実力を買われて、執事長の座に就こうとしていた。私の専属から家を取り仕切る存在になろうとしていたのです。それが数ヶ月前の事。

 

 だからこそ、あの手紙が数ヶ月前に前田の部屋に置かれていたのは衝撃的事件でしたわ。

 

【お嬢様へ】

『突然ですがお世話になりました。お嬢様には沢山のメイド・執事の方がいらっしゃいます。私、前田は新しい主人を探す旅に出ます。この屋敷での事、非常に勉強になりました。では、探さないでください。ばいちゃ☆』

【前田・ヴァンデンバーグ・政宗】

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それでいなくなっちゃったんだ~」

「『ばいちゃ☆』って……最後までふざけ倒して行ったのか……」

「執事長って凄いの? お給料とかさ」

「執事長は、時にはお父様の秘書としても働くので、その忙しさは尋常ではありませんわ。お給料もそこらの会社の重役よりも上かと思いますけど……」

 

「私はお金は気にしませんが」

 

「前田! いつからそこに……何か用ですの!? もしかして、戻る決意を?」

 

 いや、用というか……お前らも戻れ、座れ。

 

「あやか様。席にお着き下さいませ。もう数学の授業の時間です」

 

 待て、数学もお前が担当するのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【学園長室】

 

「高畑君、ネギ君が来るまであと2ヶ月ほどじゃがどうかのぅ?」

 

『あと1か月ほどで戻れるでしょうから、間に合いますね。では』

 

 電話を切り、麻帆良学園の学園長である近衛 近右衛門は自分の髭を撫で、ソファーに座る少女に声をかけた。

 

「ふぉふぉふぉ、どうしたのじゃ? いつもなら早く早くと言っておったではないか?」

 

「ふんっ、奴の息子よりも今日から担任になったあの執事はなんだ?」

 

「教員免許を持っておったしのぅ、どの教科も問題なく教えられる上に、雪広家の執事をしておったそうじゃ。それからしばらくは野良執事をしていたそうじゃが、かなり優秀でのぅ……何か問題があったかのぅ」

 

「出席簿には私の名前がどの様に書いてある?」

 

 近右衛門は立ち上がり、本棚から出席簿のファイルを取りだした。

 

「ふむ……2-A……こうじゃな『Evangeline A. K. McDowell』」

 

「ジジイ、何を隠している? あの執事は私のミドルネームも知っていたぞ」

 

「……ふむぅ、隠している事は何もない。前田君はワシが面接して教員として採用しただけじゃ。高畑君がよく出張に行ってしまうからのぅ。高畑君を副担任にして、担任を前田君。ネギくんが来たら前田君を副担任にして、高畑君をフリーにしようと思ったのじゃが……」

 

 嘘は言っていない。

 近右衛門の言葉に少女は苛立ちを隠さずに学園長室を去って行った。

 

「エヴァンジェリンの名前を知っている男……少し調べてみるかのぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日に照らされながら、執事と女子学生は帰路についていた。

 

「お嬢様。本日の夕食は何がよろしいですか?」

 

「お前が寮で作るのはフランスだか、イタリアだか知らないけど懲りすぎなんだよ。弁当も気味が悪いぐらい綺麗だしよ」

 

「恐れ入ります。しかし、美しさはお嬢様には敵いません」

 

「……お前って何でも作れるのか?」

 

 下手な世辞を無視して女子学生は隣の長身の細身の男に聞く。不可能な事ぐらいあるだろう。そう思っての軽い質問だった。しかし、執事服の男は自信があるとも、不安とも取れないような、さも当たり前かのように答える。

 

「御要望があれば何なりと」

 

「焼き魚、白いごはん、味噌汁は?」

 

「和食は得意分野にございます」

 

「じゃあ、昨日のは?」

 

「フレンチでございますね。得意分野にございます」

 

「何が不得意なんだお前は……。何で執事なんてやってるんだ?」

 

「本当は料理人になりたかったのでございます」

 

「答えになってねーよ」

 

 

 

 


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