執事の前田   作:フリスタ

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おかえりなさいませお嬢様。

初めましての方は初めましてでございます。私、長谷川千雨お嬢様の執事をさせて頂くことになりました前田と申します。なにぶん出来ない事がないと言いますか、やるだけやってしまう性分でして、ご迷惑をお掛けする事もあるやもしれませんが、よろしくお願いいたします。



第01話「ワンクリックでございます」

 

 ―――――麻帆良学園。

 

 それが私の通う学園の名称だ。中学2年という肩書きもあと数カ月で終わる。中学生が終わるまでにまだ1年以上もあるということだ。

 

 しかし以前から疑問に思っていた。いや、今でも思っている悩みだ。いるもんは、いるで仕方ないかもしれないが、ウチのクラスはおかしい連中の巣窟だ。他のクラスは普通の日本人ばかりで、何でウチのクラスだけ留学生に中学生らしからぬデカいのやら幼稚園みたいのがいるんだ。窮めつけはあのロボだ! おかしいだろうがよ!? 何で誰も突っ込まないんだよ!? 耳にアンテナとか膝関節部分とかあからさまだろうが!! せめて私を別のクラスにして欲しい。

 

 はぁ、今の私の安息の場所は寮でのネットだけだ。ルームメイトにも知られない様にコスプレして! 写真を取り! フォトショでプロ顔負けの補正技術を駆使し!! ネットアイドルランキングでもぶっちぎりの1位!!

 表の世界では目立たず騒がず危険を冒さず、リスクの少ない裏の世界でトップを取る! それが私のスタンス!

 

 ―――そう、あの日が来るまでそれが普通だったんだよな。

 

 

 

「お嬢様、お弁当をお忘れです」

「ぁ、あぁ……」

 

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 あの日からルームメイトはいつの間にか別の部屋に移動しており、私の部屋には執事が住み着いていた。今日もまた私は頭を抱えて寮を後にした。

 

 

 

 

 

 ―――事の発端がアレだと言うならば、全ての原因はメールを受信したあの日の事だ。

 

 私はいつものようにブログ更新や、ネット検索したりとかして過ごしていた。

 

 ポーン♪

『You got mail!』

 

「ん? 何だ?」

 

 見知らぬアドレスからのメールだった。しかし、添付ファイルもない。迷惑メールフォルダではなく直接受信ボックスに入って来たメール。

 メールソフトを起動してみると件名には装飾文字と共に『おめでとうございます』の文字があった。

 

「迷惑メールか」

 

 迷惑メールが受信BOXに入って来た事にも少なからず疑問は持ったが、とりあえず削除しようとした時……一文が目に止まった。

 

『―――あなたに送らせて頂きます。ご了承頂ければ“コチラ”をクリックしてください』

 

 普通ならそのままゴミ箱行きだ。しかし、それが気になっていた。有り得ない事だ。何が気になると言うんだ。しかし、頭ではそう思っても手は自然と止まらなく動いていた。“コチラ”の部分にポインターを合わせる。念の為、飛ぶ予定のサイトのアドレスで検索をかけるが、特に問題は感じない。右クリックしてプロパティ等で情報を得ても問題は無いと判断した。そして、私は何気なくその場所をクリックした。

 

 カチッ

 

『ご契約ありがとうございます!!』

 

 それ以外にも文面が続いていたがクリックした瞬間に後悔した。まぁ意味は無いがワンクリック詐欺的なもんだと判断したからだ。対処法としては『無視』これだけで良い。しかし、本当に後悔するのはもう少し先の事になるのだが、その時の私はそのメールを削除し、寝ることにした。

 

 

 ―――事態が急変したのはその翌朝だった。

 

 ルームメイトが姿を消していた。荷物も全て無い状態。何らかの前置きがあるのならば個人的には広くなっていいのだが、突然の出来事に疑問ばかりが頭の中を巡っていた。そして、ソレはやって来た。

 

 コンコン……コンコン……コンコン!

 

「チッ……はーい」

 

 くそっ、こんな時ならルームメイトが出てくれるんだけどな。そう舌打ちをして返事をしながらドアに向かう。ドアを開けようとすると手は空を切っていた。ドアがアチラから開けられていたのだ。

 (―――カギは!?)

 そう思った瞬間に私は冷や汗を掻いたのをよく覚えている。

 

「失礼します!」

 

 ドフッという深く沈むような音が響いた。

「ガフッ!!」

 

 突然腹部に衝撃を感じた。衝撃はすぐさま痛みに変換され、私は立っていられなかった。ぼやけた目に映るのは、小さな本棚らしき木製の物体だった。

 

「はじめまして、私の名前は前田・ヴァンデンバーグ・政宗と申します。長谷川(はせがわ) 千雨(ちさめ)様ですね? ご契約ありがとうございます。今後は“お嬢様”とお呼びいたしますのでよろしくお願いいたします。……お嬢様? その様に笑い転げられては私といたしましても傷付くと言うものです」

 

 入ってきた男の長い台詞の中で私はお腹を押さえて転がり咳き込んでいた。息を思いきり吸い込み何とか声が出るようになる。

 

「笑い転げてんじゃねー! ゴホッ! 腹を強打して痛がり転がってるんだ!! ゲホッゲホッ!」

 

「……賊の侵入を許すとは不覚!! どこに……!?」

 

「お前だーっ!!」

 

 侵入者を探すその男の後頭部に今の全力の拳をブチかます。しかし、男は特に痛がりもせずに微笑んで振り向いた。

 

「……なるほど、初対面で緊張する私を和ませようとしていらっしゃるのですね? 何とお優しい。この前田、お優しい主人に恵まれ感激しております」

 

「ッ! 誰だお前は!」

 

 私はようやく痛みが引いて来て立ち上がれるようになった。いきなり腹にハンマーを貰ったような感覚をくれたこの……この……執事? そうだ執事の服を着ている。誰だこいつは?

 

「お嬢様、もう大丈夫です。私の緊張はほぐれております。もうボケなくて結構でございます。……よもや! 本気でボケていらっしゃるのですか!? 私です! 前田でございます! あの時の事をお忘れですか!?」

 

「ボケてるのはお前だ!! あの時も何もたった今の事だろうが!!」

 

「それは良かった。では失礼します……ふむ、ここが良いでしょうか」

 

「何だよお前は? おい、何で入って来てるんだ? おい?」

 

 前田と名乗る執事の男は木製の本棚を、昨日までルームメイトの私物が色々置いてあった隅に置き、廊下から更に荷物を運び込み、様々な本を次々に収納し始めた。

 

「おいまさかアレか? 新しいルームメイトとかが来て、それがお嬢様タイプで、金にモノを言わせて前のルームメイトを移動させたのか?」

 

「お嬢様。大変失礼かとは思いますが、心を鬼にして言わせて頂きます。少しエロゲーのやり過ぎではないでしょうか? そんな事があるわけがございません。お金持ちのお嬢様タイプが金にモノを言わせるのなら、寮に住む必要は微塵もございません」

 

 この執事むかつく。初対面でエロゲーのやりすぎとか言われるとは。しかし、言っている事はもっともではある。現実的に考えればそんな事があるわけがない。

 

「じゃあ誰の荷物だってんだよ?」

 

「私の私物にございます」

 

「それこそあるわけがねーだろうがーっ!! 何でお前の荷物を―――!」

 

「これでよし。ではお嬢様。改めましてご契約ありがとうございます」

 

 話の聞かない奴だなちくしょう。しかし、そうだ。契約とか言ってるそれだよ。

 

「契約って何の話だよ?」

 

「おや、お分かりでないご様子で……お嬢様は昨日メールを受け取りましたね?」

 

「あ? メール? あぁ、迷惑メールなら来たな。すぐに削除したけど」

 

「全文をお読みになっていらっしゃらない?」

 

「読むわけねーだろ。迷惑メールなんだから」

 

「私はご迷惑ですか?」

 

「迷惑をかけていないとでも?」

 

「それならば大丈夫ですね。ではご説明いたしましょう」

 

「いや、聞けし」

 

「お嬢様は当選したのでございます! この地球全土に住まう人類の中の一人に選ばれたのでございます!! おめでとうございます。はい、クラッカーをどうぞ!」

 

 私は渡されたクラッカーを棚に置き、話を聞くことにした。こっちの話を聞かねーならとりあえず聞くしかない。

 

「素晴らしい。事を成す前に祝ってはならぬという事でございますね。……御立派ですお嬢様。感激のあまり、私、目頭が熱くなってまいりました」

 

「いいから話を続けろ」

 

 涙を拭う前田という男は、ハンカチをポケットにしまうと、少し考えてからこう言った。

 

「……終わりましたが?」

 

「はぁ!?」

 

「ではもう一度だけ、私の名前は前田・ヴァンデンバーグ・政宗。職業は執事。御主人様はお嬢様、あなた様にございます。以上です」

 

 微笑みながら私に諭すように話す姿にイラッとする。仕方ないなぁみたいな目がイラッとする。

 

「雇う気も無いし雇う金もねーよ。何で私の名前知ってるか知らねーけどよ―――」

 

「大丈夫でございますお嬢様。当選したので金額は一切かかりません。いやぁ強運の持ち主であられる。才気溢れますね素晴らしい」

 

「だから人の話聞けよ!」

 

 こうして、何を言っても聞かない上にワケのわからない執事は私の部屋に住みつくことになった。ルームメイトは他の部屋で問題ないそうだ。学園側からも何も言われない。一体コイツは何なのだろう?

 

 

 

 ―――更にその翌朝。

 

「おはようございますお嬢様。朝食の準備が出来ております」

 

「……はぁ」

 

「その愁いを帯びた溜め息、何かお悩み事でしょうか? 私でよろしければ相談に乗らせて頂きますが?」

 

 お前の事だお前の。

 

「お前が何を考えてるか知らないが……」

 

「前田、でございますお嬢様」

 

 ……朝から疲れる。悔しいがこれは現実だ夢であるはずがない。なぜなら私は寝られなかったのだから。

 

「……行ってくる」

 

「お待ちくださいお嬢様。こちらお弁当でございます。いってらっしゃいませ」

 

 私はその弁当らしき包みを無言で受け取り部屋を後にした。この学園生活は……ダメだ。平穏な何事もない普通の生活で良いんだ私は……。

 

 

 

 ―――教室に着いた。毎朝毎朝静かな日が無い教室。何て子供な連中なんだろう。寮の自分の部屋でさえも部屋の外が気になってしまい居場所が無くなった気がする。あぁ、私はこれからどこに平穏を求めればいいのだろう?

 

「おはよ~千雨ちゃん」

 

「……あぁ」

 

 適当に挨拶を済ませ、席に着く。私はノートパソコンを開き、昨日の削除したメールをゴミ箱から取り出す。受信ボックスに戻されたメールにはそれらしい内容が書いてあった。

 

『夢のお嬢様生活をお楽しみください。執事に関する費用は一切不要です』

 

 ますますワケがわからん。少し冷静になって分析してみよう。

 

 前田・ヴァンデンバーグ・政宗。年齢、見た目からして20代前半ぐらいだろう。執事服の男で、身長は180ぐらいはありそうだ。髪は黒髪で、ルーズなようで整っていて、クールに見えなくもない。顔は、かなりのイケメンだろう。あのボケさえなければ……。

 一応、安心すべきなのか犯罪等ではなさそうで、元のルームメイトが疾走しているだとかはなく学校側にも女子寮に男がいる点も問題視されていない。寮母さんにも確認したから大丈夫だ。……それでも色々不安が残るわけだが。

 

「ねぇねぇ昨日すごいイケメンが女子寮に来てたって噂本当!?」

「あ、私も聞いた! 見てないけど凄い美形の執事らしいよ?」

「執事?」

「そうそう、確か誰かの部屋のルームメイトが部屋を移ったんだって~」

「執事って事は、そこにお嬢様でも来たのかな? 来るのかな?」

 

 お~い、噂になってるぞアホ執事。

 

「いいんちょ何か聞いてる~?」

「いえ、存じませんわ。ですが、執事ですか……」

「そう執事」

「そっか~、部屋を勝手に改築しちゃういいんちょでも知らないか~」

 

「なっ! 許可は取ってますわ!」

「いや、度が過ぎてるでしょうよ。しっかし見てみたいよね~」

 

 外を出歩かない様に言おう……。いやいや違うだろ、即刻クビにして退去させた方が良いだろう。

 しかし、そう言う事を考えていた矢先に連続して事件は起きて行った。

 

 ガラララっと教室の戸が開けられる。担任である一部では『デスメガネ』の異名を持つ高畑先生が入ってくる。

 

「おはようみんな。突然だけど僕、出張になってしまってね~。新しい先生を紹介するよ~。いきなりで申し訳ないんだけど頼めるかな?」

 

「かしこまりました」

 

 昨日と今日の朝に聞いた事がある声が聞こえてきた。止めてくれ。この展開は避けようがない。……あぁ、何故私はあの時、クリックしてしまったのだろうか。

 

「―――失礼いたします。突然ではありますが本日からこの学校で教員をすることになりました」

 

 ……止めてくれ。私は恐る恐る顔を上げた。出来れば他人の空似程度で済んでくれと願いながら。

 

「前田・ヴァンデンバーグ・政宗にございます。不得手な教科はございませんので、お気軽に何でもご質問ください」

 

 終わった。奴だ。間違いない。顔・声・名前・服装。全てが一致してしまった。

 

「「「「「キャァ~~~~!! カッコいい~~~!!!」」」」」

 

「ありがとうございます。ちなみに私、こちらの一番後ろの席にお座りになられている長谷川千雨様の執事も兼ねております。それ故、時間が取れぬ事もあるかと思いますので、よろしくお願いいたします」

 

 ……完全に終わった。

 

「千雨ちゃんどういう事!?」

「長谷川ってお嬢様だったの!?」

 

「……ま、前田?」

 

「これはこれは、お久しぶりですね。あやか様」

 

「いいちょも知り合いなの!?」

「何なに!? 三角関係!?」

 

 もう、好きにしてくれ。

 

 

 

 その日、私の夢見る平穏な学園生活は訪れる事なく、

 

 私のワンクリックによって完全崩壊した。

 

 

 

 


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