孤島の六駆   作:安楽

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3話:第二艦隊③

 目を覚ました時雨の目に飛び込んできたものは、焦げ茶色の荒い木目の色。医務室の天井の色だった。

 木造の建物で雨風を凌ぐのは久しいなと思い、しかしそんな場所に足を踏み入れた記憶はない。仲間の仇を追って浮島を渡り歩いていたのだ、そんな場所に辿り着くはずがない。

 ならば自分は、途中で力尽き、偶然通りかかった味方艦隊に救助されたと言うことになるのだろうか。

 情けなさにため息が出る。自分に失望を憶えるねと、暖かなベッドの中で寝返りを打った時雨は、横倒しになった視界に白い色が映り込む様に眉をひそめる。

 

「おや、お目覚めかな。駆逐艦・時雨」

 

 少女の低めの声、それを発した主は、何故かナース服に身を包み、パイプ椅子に足を組んで座っていた。手にはトルストイがあり、ページは最初の方からまったく進んでいない模様だ。

 この白いコスプレ艦娘を時雨は知っている。しかし、メモリーの中にある彼女とは明らかに姿かたちが違っていて、困惑に言葉も出ない。

 

「この衣装かい? 救援物資の中に紛れ込んでいたのさ。ちゃんとミニスカで白タイツでカーディガンまで付属されているなんて、いったいどこの司令官の趣味なんだろうね?」

 

 ナースが足を組み直した際に、白いタイツの奥に薄っすらと黒いレースが垣間見えた。

 「ああ、駆逐艦・響か」と、まったく明後日の方向から正解に辿り着いてしまった時雨は、気だるげな息を吐いて天井を仰いだ。

 デフォルトの姿とはずいぶんかけ離れた外見をしているのは自分と同じような事情があるからだろうとあたりをつけ、真っ先に問うのは自分の艤装は無事なのかという部分。

 

「艤装核を内蔵した腰部ユニットは無事だよ。艤装状態を解除して、自分で持ち歩いていたみたいだね」

「……ずっと肩に担いで移動していたよ。いい筋トレになるんだ」

「マッチョ気取るのはいいけれど、それにしてはキミの体はいささか栄養不足な気がするね?」

「これでも年頃の女の子だからね。少しダイエットしたい気分だったのさ」

 

 時雨が澄ました顔でしれっとのたまえば、響は鼻を鳴らして肩を竦めて見せる。それだけ言う元気があれば大丈夫だね、とも。

 

「諸々の事情は追々話すとして、当面キミはリハビリに専念することになるよ。入渠で負傷や欠損は修復出来ても、萎えや衰えは元通りに出来ないからね。特に、成長という形でそうなってしまったのならば、尚更だ」

 

 そうなってしまった先輩格が言うのだから信憑性に関しては折り紙付かと、目を閉じ頷きつつ静聴する時雨は、次いで艤装のブランクに関する話を耳にして、体の中に溜まっていた負の感情を務めて表に出さないようにと力を込めた。

 仇を追って、命令違反までして、そうして5年も彷徨っていたというのに、ここで艤装が使い物にならなかったとすれば、すべてが水の泡になる。

 叫びだしたい気持ちを抑え付ける時雨はしかし、自分の中にもうひとり、冷静な自分が居ることを自覚する。その、冷めた目をしたもう1隻の自分が言うのだ。

 艦娘として戦えないのならば、それ以外の方法で戦えばよい、と。

 そんなことが可能かどうかはさて置き、時雨は確かにその通りだと自分を納得させることに成功した。自分がどうなろうと、やることは変わらないのだ。

 

「さて、それじゃあ患者さんは入渠の時間だよ。そちらの患者さんも起きた起きた。まずは着替えないと」

 

 その時になって、時雨は医務室にもう1隻が身を横たえていることに気付く。

 窓際のベッドに居るのは重巡・高雄。上半身を起こしてシーツを肌蹴た体は裸で、右の肩から肘にかけてを包帯で覆っている。

 そう言えば自分も裸だが、今さら羞恥心などと鼻で笑う時雨は、シーツを跳ね退けてベッドから起き上がる。

 想定していたよりも体が軽く、力も入らずにふら付くところを響が支え、ようやく二足で立って伸びをする。

 「なんてはしたない……!」とでも言いたげな顔をする高雄の視線をものともしない時雨は、隣りに立つ響が口元に手を当てて思案気な顔をしている姿を見る。

 

「時雨、キミは露出の癖は?」

「残念ながら。羞恥心は建造ドックの中に忘れてきたから、丸出しで練り歩こうが大勢に見られようが、大して快感を得られないんだ」

「なるほど、同志が増えるかと期待していたんだが……」

 

 すまないねと肩を竦めて見せた時雨は、響の口にした“増える”の部分に引っ掛かりを覚える。

 それは、彼女と性癖を理解し分かち合う同志が他にもいると言うことだ。

 この鎮守府ないし泊地の風紀はいったいどうなっているのだろうかと、それほど興味も無いことに思いを馳せていたところで、医務室の扉がノックされる。

 女の、艦娘の声で入ってよいかと問う声に、響はどうぞと返し、背後で慌てている高雄を余所に、扉は開かれる。

 

 入ってきたのは割烹着風の衣装を纏った潜水母艦・大鯨と、ダンボール箱を三つ重ねで両腕に抱えた背の高い人物だ。

 笑顔で先に入室した大鯨は、素っ裸で突っ立っている時雨の姿に血相を変えて、急いでダンボールの人を医務室から追い出して扉を閉めてしまう。

 ああ、あれがこの鎮守府の提督かなと頷いた時雨は、大鯨が泣きそうな顔でバスタオルを被せてくるのを黙ってされるがままにしている。

 

「もう! 響ちゃんですか!? 露出仲間に引き込もうなんて、そうはさせないんですからね!」

「あれ、悪いのこっちかな?」

 

 ばつが悪そうに目深帽子で誤魔化そうとする響を(ところがナースキャップだ)特にフォローしようともせず、時雨は被せられたバスタオルを胸の位置で巻いて形を整える。

 これから入渠だというのだからちょうどいいとばかりの余裕の仕草に、展開の速度に付いて行けない高雄はシーツを手繰り寄せてぐったりと項垂れた。

 

 

 ○

 

 

 入渠場は医療用の個別ドックに身を落ち着けた高雄は、ようやくひと心地付けたものだと深い息を吐いた。

 時雨が目を覚ましてからの響は、なんと言うかスイッチが入ったというか、ギアをようやく三速に入れ始めたかのようになってしまい、それまで高雄と何気ないやり取りをしていたのがウソのように、涼しい顔で猥談を始めてしまったのだ。

 しかも、お互いが感情の起伏をそれほどはっきりとさせていないものだから、彼女たちが内心で興奮に猛っているのか、それとも冷めた冗談で気分を暖め直しているのか見当が付かず、発言ひとつにいちいちびっくりして気を揉むことになってしまった。

 ここの響は気分屋で、拾った時雨は皮肉屋で。

 まあ、人間として経た年数が長いとああいった成長が得られるというのは、その経験がない高雄にとってはたいへん興味深い光景だった。

 それ以上に、疲労を覚えるものでもあったのだが。

 

 しかし、これでやっと落ち着くことができる。

 時雨は隣の医療用ドックに肩まで浸かって親父のようなうめき声を上げているし、響は諸々やることがあるのだと、交代の者を呼びに行くと言って姿を消してしまった。

 見知らぬ場所で放置されるのはあまり気分が良いものではないが、ひとまずはこうして落ち着くことが出来たのだ。この隙に自分のペースを取り戻そう。心を落ち着かせよう。

 

 ところがどっこい、青葉が来た。ハイレグきつめの競泳水着姿で、その顔には満面の笑みが。手には耐水性の手帳とペンと、恐らくレコーダのような細身の機材を胸の谷間に差してのご登場だ。

 

「はい、響ちゃんと交代でやってきました青葉です。実はこの鎮守府の所属ではありませんが、皆さん同様しばらくお世話になるのでなにとぞよろしくお願い致します!」

 

 色々な部分で立派なものをお持ちの彼女に口角が引きつる思いだが、平常心を忘れてはならない。高雄は腹式呼吸で自らを落ち着ける。

 

 それよりも、軽い挨拶の中に引っかかる単語を残しているのが気になった。

 この鎮守府の所属ではないという部分だ。それは、高雄や時雨と同様に、この敵支配海域のど真ん中で救助・保護されたと言うことだろうか。

 問うてみれば大正解。青葉も装甲空母部隊の一員として、支配海域への突入作戦に参加したのだという。

 幾つか腑に落ちない点はあったが、今はそれを詮索するにも情報が足りないなと押し黙る高雄は、笑んだ青葉が間近まで迫っていることに気付いて、「ひっ」と悲鳴を呑みこんでドックの壁まで後退する。

 

「そういうわけで、皆さんの所属や趣味などインタビューしまして、プロフィール作成を任されているわけなのです。なので、質問に答えて頂けるとー、青葉嬉しいかなーと。はい」

 

 その手はすでに手帳とペンを構えて万全の態勢を整えている。

 当たり障りのないことをと頭を捻って視線を泳がせているところで(クロールで泳いでいる利根と目があった)、入渠ドックに来客があった。

 ボディの溶接跡が痛々しい自立稼働型砲塔を従えた二人組。片方は軽巡・夕張だとすぐにわかったが、もう片方が誰かは、しばらくのあいだ理解できなかった。

 青葉が「あ、天津風も入渠ですか?」と元気よく声を上げたことで、ようやく彼女の正体が天津風だと理解する。

 先の時雨や響同様、この天津風の姿もデフォルトの仕様から大きく外れたもので、一目でどの艦娘が判別が付かなかったのだ。

 特徴的な白銀のツインテールは吹き流しの代わりにバレッタで止めていて、その他にはタオル1枚身に纏わない豪快な立ち振る舞いだ。

 それでいて彼女の体躯は見ていて心配になる程のスレンダーで、それが表情に出てしまったのだろうか、真っ赤になった天津風は「栄養不足! 漂流中の栄養不足がいけなかったの! 成長期の栄養不足が!」などと、必死の弁明を始める。

 

 確かに、隣りで気持ちよさそうなうめき声を上げている時雨とは大きく異なるなと考えていると、「鍛え方が違うのさ」と、いつの間にやらしたり顔に変わっている白露型の姿があった。

 むむむと口元を引き結んで眉を寄せる天津風をからかおうとしたものか、時雨はドックに背中を預けた体勢のまま、組んでいた足を軽く開いて見せる。

 Mの字の形に足を開いたその意図は、高雄にもはっきりと理解できた。だが口にはしないし、それ以上考えないようにと目を細めて努める。

 天津風が悔しそうな顔で「来世は立派なイエティになるんだからいいの!」などと吐き捨てるが、それは乙女としてはどうなのだ。

 

 まあ確かに、ここに集った艦娘たちは量が豊富な方ばかりなので、天津風がそう感じるのも無理のないことだ。

 かく言う高雄も人一倍豊富な部類で、天津風の隣りで苦笑いしている相方の夕張とて同様。

 目の前でにこにこしている青葉はどうかと水着の股間部を引っ張ったら本気でびっくりしていたので逆にこちらが驚いてしまったが、まあ彼女とて富める者たちの一員だった。

 成長と言う形で変化を遂げたにも関わらず、その恩恵を余すことなく得ることが出来なかったのは気の毒としか言いようがない。

 

 加えて、青葉が湿った視線で天津風を上から下までねっとりと舐め回し、「ふわーお」と煽って見せるものだから、陽炎型の特殊仕様艦は相棒の連装砲くんと一緒に飛び込みからのボディプレスに移行。高雄は巻き込まれた。

 

「わあああ! ちょっと、ツーマンセルはずるいです! それに金属! 相方ほぼ金属ですから!」

「ボディは鋼! 心も鋼! 決して折れない鋼の漢気! それが私の連装砲くんよ! さあ、次は平面がいい!? それとも角!?」

「ああん! 柔らかい部分が少ないボディがダブルで青葉を打撃しますう! 肋骨とか骨盤とか角ばったパーツが地味に痛いですー!」

「……あの、こっち怪我人なのですが」

 

 修復したての右腕に触らないようにと距離を取ろうとする高雄だったが、個別ドックの入り口でファイト始めてしまったため脱出は困難だ。

 救けを求めて左右に視線を彷徨わせるも、我れ関せずの時雨に苦笑いで見せている夕張にと、どちらも期待できそうにない。

 唯一の希望の光は狙い澄ましたかのようなタイミングで戻ってきた響だったが、その体は首からタオルをかけてマイ風呂桶を頭に載せて絶妙にバランスを取った姿。

 桶の縁からこちらを見ている戦艦の艦橋(あれは扶桑型だ)、今から入渠して遊ぼうという気満々のスタイルに、高雄は呻いて天を仰いだ。

 

 

 ○

 

 

 予約済みだった四番の医療用個別ドックに身を落ち着けた夕張は、まだ硬さの残る四肢の間接を伸ばしながら、響が夕雲型たちの教練に入る姿を見る。

 実際の艦艇の模型を湯に浮かべて陣形を整え、敵艦に対してどう対応するかを駆逐艦たちに説明させている。基礎教育の一環だ。

 夕張が天津風と共に水無月島に拾われた頃から教練役は響の役割となっているようで、島で建造された艦娘たちにこうして指導する姿はよく見られる。

 

 最初の方こそ不安そうに見守っていた隣りの高雄も、今は安心しきった表情で駆逐艦たちの声に聞き入っている。

 油断しているとまた不意打ちされるんだけどなあと思う夕張ではあったが、そこはあえて言わないで置こうとひとり頷く。

 この鎮守府の空気に慣れるにはその方がいいと判断したのだ。まあ、黙って見ていられず手出し口出しはじめてしまったので、そのあたりは大丈夫だろうか。

 指導と言う名の口出しに熱が入り始めたあたりでまるゆが急浮上して、胸元押さえて過呼吸気味になっていたが。

 

 問題はその向こうの個別ドックで青葉のインタビューを受けている時雨だ。

 脱走した時雨の噂は、夕張も耳にしたことがある。

 ちょうど、この支配海域にて調査を始める直前という時期でもあり、本部の方から調査開始の日取りを見直すように命令が下ったことを覚えている。

 それもそうだと、夕張は警戒を表に出さないよう平静を装って時雨の姿を盗み見る。彼女は“命令に背くことが出来た”艦娘なのだ。

 

 艦娘にとって、提督から言い渡された命令は絶対だ。

 無意識レベルへの刷り込みや艤装のロック機能を始め様々な要因が絡まった結果、艦娘が提督の命令に逆らえないというのは、地球上の物理法則と同等のものだと夕張は考えている。

 それが何故、命令を無視できたのか。これも様々な要因が絡み合っているだろうなと脳内のリストを引っ張り出す夕張は、その中で一番危険な可能性だけを抽出する。すなわち、艦娘ではなくなりかけている可能性だ。

 

 艦娘が深海棲艦へと変質している実物を、夕張はこの鎮守府で目の当たりにしている。

 興味と危機管理の両面から彼女に関するデータを計測し検証している現状だが、その結果、変質途中の艦娘には提督の命令が絶対ではなくなったことを確信するに至った。

 と言っても、端から見れば不自然なところなど何もない光景だったろう。暁と提督が喧嘩した一部始終、困り顔の提督の頼みに、顔を真っ赤にした暁がそっぽを向いて逃げ出した、という場面。

 ふたりが人間であれば何も疑問など生じない、ごく自然な光景だったはずだ。

 しかし片方が艦娘である以上、それは有り得ないはずの出来事だ。提督の頼みを断り、その場から立ち去る。本来、艦娘はそれすらも許されない存在であるはずなのだ。

 

「ところで時雨さん、その赤い目は? 色度調整が機能していないのでしょうか?」

「わからないんだ。遭難する直前にこうなってしまったみたい。僕が単艦行動を取っていた5年の間に、この目に関して何か情報出ていないかな」

「そのあたりなら夕張さんが詳しいと思いますよ、はい」

 

 盗み聞いていたところにいきなり無茶な水向けだ。

 ストレッチ中だった肩関節が微妙な音を立てたが入渠中なので問題ないだろうか。

 それよりも、2隻してこちらを見ているのが酷く心臓に悪い。

 特に時雨の方は不気味に微笑んでいるもので、何か良からぬことを考えてはいまいかと、夕張はもはや視線を逸らすことも出来ず、苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

 

 ○

 

 

 厨房から響いてくる奇声に慄く高雄と時雨を前にして、特に表情を凍り付かせて肩を竦める時雨の姿に、天津風はひとつ優越感を得ていた。

 水無月島の食堂が初めてだという2隻にとっては、まあたいへん驚く光景だろう。かく言う天津風も最初は吃驚して椅子から転げ落ちたものだ。

 奇声の主は厨房担当兼専属秘書艦の電と、最近救助された給糧艦・間宮だ。

 敵の支配海域では通常の調理器具が誤作動を起こすため、火を使うにも細心の注意と何があっても挫けない心が必要だ。

 その心得を、敵支配海域の調理歴10年であるところの電が、新参の間宮に叩き込んでいるのだ。

 しかし、なぜ奇声が上がるのかを天津風は知らない。暁たちも首を横に振るので聞いてはいけない部類の話なのだろう。

 これで最上型重巡の四番艦など加わった日にはひどい有り様になるなと苦笑して、ため息ひとつ、小さく吐いて食堂を見渡す。

 

 最後の出撃の前に見納めしたはずの景色を、またこうして目にするとは思わなかった。

 あの時と比べて、多くのものが変わってしまっている。

 自分たちや暁型の姿がそうだし、この食堂に出入りする面々もそうだ。

 10年が経ったのだ。経ったのだが、その経過を目にしていないがため、懐かしいはずのこの場所が、どこか別の場所ではないのだろうかと錯覚する。

 厨房で奇声を上げているのは比叡と鳳翔であったはずだし、向こうのテーブルで悪巧みしているのは夕雲型の三姉妹ではなく軽巡の三馬鹿だったはずなのだ。

 大和がその巨体を揺すってそわそわしていた向いの席には、夕張が居て同じようにそわそわしていて。

 那智と古鷹が昼間から呑むかダメだとやっていたところには千歳と阿武隈がいる。

 

 過去の光景が二度と戻らないことくらい、天津風も理解している。

 だからこそ、今見ている風景を焼き付けようと、強く思うのだ。

 新参の彼女たちも含めて、誰かが欠けることがあってはならないとも。

 そうして、運ばれてきたきつね蕎麦に感涙する夕張を眺めつつ、自分のお揚げを箸でつまんで彼女の丼に送る。

 蕎麦の登場にお揚げプラスときて二乗できらきらし始めた夕張の姿に、そんなにそばが好きかと嘆息する天津風だが、そんな彼女の蕎麦好きが自分たちの明暗を分けたのかと思うと馬鹿にも出来ない。

 彼女が蕎麦好きでなかったら、もしかすると今もあの環礁地帯でモアイよろしくオブジェクトになっていたのだろうと、嫌な想像が働く。

 

 食に対する執念が壊れかけた自我を救い出し、そして修理された連装砲くんの信号が水無月島に受信され、自分たちは救助されるに至ったのだ。

 もう二度と皆とはぐれることも、沈むこともあってはならないと、そう決意を新たにする。

 そのためには、天津風自身を含め、戦うための力が損なわれた艦娘たちに、力を取り戻す必要がある。

 出来るはずだ。かつての実験艦がここに2隻、揃っているのだから。

 だからどうしたと言われればそれまでだが、要はゲン担ぎや根性の問題かなと、天津風は青葉の丼から勝手に餅を強奪して自分の丼を力うどんにする。

 

「強奪も水無月島の掟ですか!?」

「わたしの身勝手よ」

 

 「うわあ、自由ですね!?」と元気な青葉は丼を手に席を立ち、いそいそとカウンターに餅のおかわりをもらいにゆく。

 それが何故か、お団子頭の利根と最後のエビ天を賭けて野球拳を始めてしまう。

 

「……あの。野球拳もこの島の掟ですか」

「一部でやってる娘いたわね。具体的には今その辺に」

 

 高雄の問いに答えつつ、天津風は横目で隣りの席を見る。

 我関せずと言った顔で静かに麺をすする響は「私じゃないよ。酔いに身を任せた艦娘たちが悪いんだ」などと呟き視線を泳がせる。

 

「ちなみに、先に全部脱がされた方が勝ちだよ」

「詳しいですわね」

「もちろんさ。これからどうなるかもね」

 

 鋭い打撃音がふたつ響き、半裸の利根と青葉が引きずられて食堂を後にする姿を目を細めて見送った天津風は、「何もこんなところまで昔みたいじゃなくても……」と溜息だ。

 しかし、なるほどと頷かんばかりのこともある。

 人の営みは受け継がれるのだ。人に、場所に。

 そう思い至ってようやく、天津風はかつてのこの場所と今のこの場所が地続きであることを意識する。

 まあ、隣りで澄ましているこいつが繋いだのだと認めたくはなかったが、功績が大きい故、せめて小言は控えておく。

 

 そして、決闘者2隻が仕置に連れて行かれた隙を見て、時雨がちゃっかりとエビ天を掠め取って行った。

 

 

 


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