孤島の六駆   作:安楽

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13話:水無月島鎮守府の長い一日②

 密閉された空間に居ても外気を肌で感じ取ることが出来るというのは、やはり特殊な感覚なのだろうなと、駆逐艦・叢雲は“隼”の操舵室でそんなことを思案していた。

 超過艤装としての“隼”を操舵するのはいとも簡単だ。自らの艤装を中継して“隼”の管制システムに同期、意志ひとつで各機能を展開する。ただそれだけ。

 自らの肉体が、素肌は鋼に、心臓は機関に置き換わった感覚というものは、確かに大昔艦艇であった艦娘でなければ受け入れがたい感触だろう。

 以前、艤装状態で敵支配海域を彷徨っていた夕張が艦の側へ引きずり込まれて人間性を喪失していったという話を聞いて、“隼”との同期など大丈夫なのかと恐怖していた頃が懐かしい。

 実体験してみればどうと言うことはなくなった。ただ長期間同期状態になければ良いのだなとわかったからには、その役割を積極的に買って出るようになった。

 こうして超過艤装と同期して人以外の感覚と感触を得ている間は、少しばかりそういった自分の弱さから遠ざかることが出来るのだと、そうした錯覚に浸れるからだ。

 

 人の姿と艦の記憶を得て生まれた己は、どういうわけかデフォルトの叢雲よりは精神的に不安定な傾向にあるらしい。

 深海棲艦から奪取した艤装核を建造に用いた故の変調かと最初は疑ったものだが、聞けばこうした誤差はかなりの症例があるのだとか。

 単に自分が他の個体より気弱なだけだと知って、安心したし、悔しくも思った。そもそも他の皆がしっかりし過ぎなのだ。

 何故自分だけこんなに脆弱なのだ。そんなことを四六時中考えている時期もあったが、今はそればかりではいられなくなっている。

 第三艦隊の面々が、そんな不毛な時間を与えてはくれないのだ。

 

 操舵室の後部、艦娘たちの待機スペースとなっている部屋は、いつも通りに騒がしい。

 普段は漣が第四艦隊の方の操舵を担当しているが、今回は浜風がその役割を担当しているせいもあって、ピンク色が二乗で煩いのだ。

 はしゃぎ回る桃色一号と二号を熊野や初春も時折手刀や扇子で小突いて窘めるが、今は2隻とも将棋盤に意識が集中しているせいか、いつものようなキレがない。

 初春はともかく、熊野は集中すると周りが見えなくなる性質なので、漣と卯月が後ろ髪を三つ編みにしていてもまったく気付く気配がない。それに気を取られた初春が笑いを堪えて盤面から注意を逸らしてしまい、結果詰めを誤るのもいつものこと。

 「ああ! 妾の穴熊があ! 1枚1枚脱がされてゆく……!」と上がる悲鳴を背中に、穴熊が破られるなど、どれだけのへまをやらかしたのかと、叢雲は大きなため息をつく。

 

 水無月島鎮守府を出撃してまだ30分程度。最初の予定ポイントまではもう少し時間がかかる。

 操舵室の壁に掛かった地図にちらりと目をやり、改めてルートを確認する。羅針盤が働いているので航路を違えることはないだろうが、念のためだ。

 予定されたポイントは3ヵ所。海軍本部とのやり取りで、その近辺が安全にコンテナが流れ着くだろうと推測された場所だ。

 支配海域外から投下された物資は、そのすべてが水無月島周辺まで到達するわけではない。海流が完全に停止したこの環境下では、水上を行く物体は慣性の赴くままに緩やかに動く。

 もしも付近で艦隊戦などあれば、その余波で物資があらぬ方向へ流れてしまう可能性の方が高いのだ。

 敵支配海域と言うだけあって、敵艦隊も単艦から艦隊までかなりの数がこの海域を行き来している。そんな中で水無月島に物資が流れ着くように計算するのは、どれだけの演算を必要とするのか、叢雲は考えたくもない。

 これも以前、夕張が水上の物資の流れを計算しようとして断念していたので、艦娘1隻やそこらでどうにか出来る問題で無いのだろう。

 ただ、安心を得ることがあるとすれば、そうした高度な演算能力が海軍本部には健在で、そしてこちらを支援してくれる動きが生じていることだ。

 確かに「よくもこんな、どん底の環境に生み出してくれて」と提督をなじる気持ちがなかったわけではない。実際に口に出したことも一度や二度では済まないくらいには記憶にある。その度に、誰も見ていないところで泣いて謝ったことも。

 しかし、内も外もが連携して、この環境下から何かを起こそうと考え動き出している現状が、叢雲はどうしても嫌いになれないのだ。

 無論、向こうには利害だなんだと面倒くさい事情もあるだろうし、組織的にも決して一枚岩ではないと高雄たちか伝え聞いて知っている。

 それでも、「なんか、良いなあ。そういうの」と、叢雲は思い、ひそかに笑むのだ。

 

 

 三号艇の隣りを並走する四号艇から連絡が入ったのは、最初の予定ポイントへ到着しようかと言った時だ。

 祥鳳が発行信号でこちらの注意を引き、手信号にて改めて連絡する。その内容に、叢雲は慌てて“隼”の速度を絞るように思念を制御する。

 敵の航空機、その機影を千歳の艤装妖精が発見し、向こうは艦載機の発艦準備に入ったというのだ。

 背後の船室からどたどたとやってくる面々に早口で説明した叢雲は、安全が確保されるまで船内で待機せよと熊野が声を発するのを聞く。

 

「叢雲はそのまま“隼”の操舵に集中してください。あとの皆は艤装を装着して側面出撃口へ。私も補完艤装込みで後部出撃口で待機いたしますわ」

 

 各々即座に持ち場へと散ってゆく中、叢雲は窓の外、四号艇の後部ハッチより補完艤装状態で抜錨した千歳が、速度を上げて艦載機を発艦させて行く様を、驚きと疑問を詰めた視線で見送る。

 1/70スケールの全通甲板式空母。その艦橋部分がごっそりと右後方へスライドして、そうして空いたスペースに千歳本人が収まって艤装と接続している体勢だ。最低限の速度を得るための巡航形態、艦載機を発艦させるだけならばこの形態でも事足りるというわけだ。

 次々と甲板から飛び立ってゆくのは艦上偵察機の彩雲だ。腹に増層を抱えた高性能機は敵影向けて殺到し、あっという間に視界から姿を消す。

 艤装の見張り妖精の目を借りなければ目視することも満足に出来ない故に、敵機の件は千歳たちに任せることにする。

 こちらはこちらで、やることがあるのだ。

 

 “隼”側面の出撃口が開放される。命綱代わりのアンカーをパージして、初春たちが出撃したのだ。

 兵装は対空対潜強化の乙丁統合パック。ソナー爆雷と対空機銃、そして長10センチ砲と高射装置でワンセットだ。

 緊急出撃時に判断を迷わないようにと、いくつかの兵装をパッケージで用意しておけるのは装備まわりが比較的小型である故の強みだが、軽巡以上の艦種のように補完艤装が運用出来ればいちいち兵装転換する手間もかからないのになと、ため息が出る。

 駆逐艦の補完艤装は電が以前使用していたものを基礎として試作品を構築しているが、量産を見送られたこともあり、実装は難しいようだ。

 ただ、それでも試作の雛型を動かせるまでにこぎ着ける当たり、夕張が海軍本部の工廠施設に出入りしていたというのは本当なのだろう。

 そんな夕張がうちの鎮守府に居て、これでそれ専用の設備さえ整っていれば、暁たちの艤装をオーバーホールして完全に復帰することも可能かもしれないというのに……。

 そう考えてしまうのは、まだまだ自分たちだけでの任務は不安なのだなと、叢雲は自分の臆病を改めて自覚した。

 

 速度を落とせば敵潜水級に狙い撃ちされるリスクが発生するため、“隼”の速度をいつでも上げられるくらいにまで減速し、出撃した駆逐艦娘たちが対潜哨戒を開始する。

 向こうの四号艇は浜風が操舵しているので、その分も含めての哨戒活動だ。

 こういう事態に備えて、第四艦隊の方にも何隻か駆逐艦を配属させるべきだと進言してはいるが、今から建造を行い実戦に出るまでには、もう数ヵ月の時を要するだろうことは想像に難くない。ひと月前に建造された酒匂がようやく実戦に出ようかと言う頃だ。ここに飛龍の訓練と榛名のリハビリとが重なるとなれば、今から建造を始めても遅くはないはずだ。

 敵から奪取した艤装核のストック自体は幾つかあるはずだし、駆逐艦の手は幾つあっても足りないというのは水無月島鎮守府の共通認識だ。今回の任務から帰投したら改めて提督に進言して見てもいいだろうとひとり物思いにふける叢雲は、減速する“隼”の前に躍り出た卯月が「潜水艦はー、いないぴょーん」と手信号するの姿に苦笑して、「いいから前に出るな」と返す。

 卯月も妹分が出来ればもっと落ち着くだろうかと考え、一緒になって悪戯三昧になる姿が思い浮かんで苦笑してしまう。叢雲自身も同じ吹雪型の妹分がいれば、自分ももっとしっかりするのだろうかと考える。否、きっと今より無理をして取り繕ったりするだろうなと、悪い方へ思考するのはやはりいつもの臆病か。

 

「熊野、準備できましたわ。後部ハッチ展開、お願いいたします」

 

 補完艤装のチェックを終えた熊野から伝声管を通じて指示が入り、叢雲は“隼”の後部ハッチを展開する。

 左右に開いた後部ハッチより滑り落ちるようにして、航空巡洋艦型の補完艤装を纏った熊野が抜錨する。

 艦橋部及び煙突部を背面に装着して、右舷側に主砲搭載の前部甲板、左舷側には航空機発艦用のカタパルトを搭載した後部甲板、そして喫水線以下の装甲は分割変形して脚部艤装と連結。速度を抑え小回りを重視した高機動形態だ。

 三号艇と四号艇の間を縫うように航行する熊野は左舷側カタパルトを展開、しかしカタパルト自体は使用せず、甲板上で待機していた回転翼機を発艦させる。

 次々に飛び立ったカ号観測機たちは対潜哨戒に参加。駆逐艦たちに並走して上空へと昇ってゆく様はまるで蜻蛉のようだなと叢雲は思う。蜻蛉の実物を見たことはないが。

 カ号が提督のお気に入りと聞いて以来ずっと重用している熊野にも困りものだ。

 どこがそんなに気に入ったのだと以前提督に問うたところ、正面からの面構えがどことなく間抜けな顔に見えて親近感を覚えるのだとか。まあ確かにと、その場に居合わせた皆々が納得の色を浮かべた直後、何故か二式大艇を担いできた秋津洲にぶっ叩かれていたが。

 四号艇の向こうに見える龍鳳や祥鳳も、千歳同様の補完艤装を展開、その飛行甲板より固定翼機を発艦させて対潜哨戒に加わっている。

 これでようやく初期展開状態と言ったところだが、もうすでに目的地周辺に到達する頃だ。

 “隼”の操舵室、前方の窓の向こうには、水上を漂うコンテナの群れが小さく見え始めていた。

 

 

 ○

 

 

 コンテナの数は全部で4つ。どれも、長方形の40フィートタイプだ。

 外観に印字されたロゴは艤装開発を行なっている企業連合のものではなく、どうやら海外の一般企業のもの。

 水無月島へ向けて投下されたものならば、浸水や腐食を防ぎ海上を進むようにとフロート状の機構を有しているはずだが、これらにはそれが見られない。

 と言うことはだ、と。叢雲は操舵室に留まり腕組み足組みしつつ、コンテナの正体を推測する。

 恐らく、このコンテナ群は計画的に投下されたものではなく、商船などが襲われて投棄されたものだろう。

 水無月島行きの措置が成されていないことと、いくつかのコンテナに損壊が見られることがその根拠だろうか。

 まったく、護衛の艦娘は何をしているのだと愚痴りたいところだが、そう言った愚痴こそいずれ自分に返るものだと戒める。

 今のところ電探にもソナーにも敵影は無し、初春たちはコンテナとの距離を保ちつつ外周を回って目視で観察している。

 散乱した品が危険物かどうかの判断も必要だし、何より負傷した人間や艦娘が付近に居る可能性もあるのだ。

 第二艦隊の時雨などは、水無月島に救助されるまでの5年間、こうした投棄コンテナや浮島で生存するための物資を確保していたとのことで、そう言った妄執に取り付かれた艦娘がコンテナで息を潜めていてもおかしくはない。

 あるいは、コンテナの中に敵艦がぎっしり詰まって息を潜めているかも、などとは、臆病ゆえの妄想だろうか。

 破損して生じた亀裂の向こう、遠目に見る暗闇の奥に、赤い目の姿を幻視してしまい、慌てて頭を振り、目頭を押さえる。

 

 敵機の追跡に出た彩雲も未だ戻らないこの状況、出来ることは目標の観察と、今後の方針を判断することだ。

 自らも艤装を装着して海上に降り立った叢雲は、千歳が顎に手を当てて難しい顔をしている姿を見る。

 悩んでいるのは、鎮守府へ帰投するタイミングだろう。こうした漂流物回収の折りに敵機と遭遇してしまった場合、可能な限り交戦は避けて水無月島へ帰投するようにと、あらかじめ取り決めている。

 無線封鎖しているので直接電信は入れず、敵機を追跡したのと同様に彩雲を放って鎮守府に情報を知らせるのが今後の流れだ。

 

「そもそも、なんで敵機追跡しちゃったのよ?」

 

 敵機の存在に気付いた時点で、こちらの機関を停止。迷彩機能でやり過ごす手もあったはずだ。

 しかし、千歳とてその考えに至らなかったわけではないだろう。何か懸念があるのだ。

 

「……敵機の挙動にちょっと違和を感じちゃって。なんと言うか、こちらの存在には気付いているだろうなとは、思ったのだけれど、離脱のタイミングがおかしくて」

 

 どういうことかと疑問する叢雲に応えたのは、こちらも表情を怪訝そうなものにした祥鳳だ。

 

「偵察機の性質上、敵艦を発見して艦種と隻数、進行方向を確認したら、すぐに母艦へ帰投して通達しようとするものです。しかし、あの敵機は千歳が出撃して彩雲を発艦させるまで、こちらとの距離を保っていました。まるで……」

 

 こちらが同じく艦載機を発艦させて、敵を追うのを待っていたかのようだ、と。

 馬鹿なと、叢雲は口ではそう発しながらも、その可能性を笑い捨てることが出来なかった。

 では、敵はこちらが偵察機を差し向けるのを待っていたというのか。いったい何のために。

 わざわざ敵の本体にまで連れて行こうというつもりではあるまい。ならば、偵察機を引き付けてどうしようというのだ。

 黙して唸る叢雲の耳に、仲間たちの話が聞こえてくる。龍鳳と浜風だ。

 

「このコンテナを鎮守府に曳航するかどうかも決めないといけませんね。フロートが無いのでちょっと手間になってしまいますが……。浜風、彩雲が戻るまでに作業は終わりますか?」

「どうでしょう。快速の彩雲ならば、敵機の1機や2機、すぐに追い付き撃墜して帰投するかなとは思うので、もっと時間が欲しいところですが……」

 

 コンテナの方を見ながらのふたりの会話。その様子を、叢雲は息を詰めて見つめていた。

 あれ、何かがおかしいぞと。焦燥感のようなものがそう告げているが、これはいつもの臆病から来る妄想ではないか。

 ただの悪い癖だと、そう証明してくれるものが欲しくて千歳を見やれば、しかし機動部隊旗艦の表情は険しいままだ。

 視線を叢雲の方に向けて、その悪い予感を肯定するかのように頷いて見せるのだ。

 彩雲がまだ帰投していない。快足を誇る彩雲が追い付けないとなれば、敵機も相当のものだ。それなりに練度の高い敵空母が控えている可能性が高くなる。

 

「そうだ、空母だ……」

 

 何気なく呟いた叢雲は、自らの発した言葉にぞっと寒気を覚えた。

 叢雲は艦娘として建造されて以来今日まで、敵空母の姿を見たことがない。

 

 9ヵ月前、水無月島鎮守府が潜水棲姫を撃沈して支配海域を一時解除した交戦があった。

 空母・千歳と祥鳳の2隻は、その時に撃破した敵の艤装核より建造されている。

 つまりはそれ以降、敵空母級を撃破していないということになる。敵艦隊に空母が編成されていなかったのだ。

 単にこの海域に空母系の敵艦隊が数少なかった、などとは、口が裂けても言えるものではない。

 ハワイ諸島を含む中部海域には、日米双方の航空母艦の亡骸が眠っているのだ。空母級の敵艦が少ない、などあり得るだろうか。

 もしも、敵艦隊を統率するものが、空母だけを1箇所に集結させているのだとしたら。

 ほぼ同じタイミングでその考えに至ったのだろう、千歳が鎮守府への帰投を提案する。

 大事を取って逃げ帰る。臆病者と笑われても構わない。もしもこの嫌な予感がすべて的中してしまったら……。

 

「帰投しますわー! 皆さーん、帰りますわよー!」

 

 熊野が周囲を警戒していた初春たちに声を掛ける。

 緩い速度でコンテナの周辺を回っていた駆逐艦たちが手信号で了解の意を示し、こちらの物々しい雰囲気に警戒を強めながら“隼”の方へと戻ってくる。

 その駆逐艦たちの背後、叢雲は先ほどの妄想と同じ光景を見た。

 自分たちから見て一番手前側に位置する破損したコンテナ。その生じた亀裂から、白い細腕がぬるりと突き出されたのだ。

 その手にあるのは深海棲艦が体内で精製する疑似魚雷だ。

 

「後方警戒! 回避しなさい!」

 

 叫び、叢雲は即座に高速巡航形態に移行して、帰投中の駆逐艦たちに向けて吶喊した。

 初春たちはすぐに叢雲の訴え通りに後方を警戒、水中を行く魚雷の雷跡を視認、最低限の回避軌道で白い泡の線を見送った。

 魚雷と入れ違いに叢雲が初春たちの前へと躍り出る。背部艤装よりアームで接続された砲塔は既に展開済みで、後方の熊野がタイミングを合わせて砲撃をコンテナに叩き込む。

 手前のコンテナにふたつ、みっつと弾着し、あっさりと外装を吹き飛ばすと、そこには敵の姿があった。

 深海棲艦。その外見、艦種はおそらく潜水級だ。

 コンテナの中に潜み物音ひとつ立てずに艦娘たちが接近するのを待っていたというのか。

 叢雲は自らの考えにおかしいと心中で叫びながら、途切れる間もなく砲撃を叩き込んでゆく。

 普段は海中に潜む潜水級だが、コンテナ上で身動きが取れなくなっているところを攻めるならば簡単だ。

 速度と質量の雨を叩き込まれた敵艦は瞬く間に圧潰。砲弾や破片が擦過して生じた火花が敵本体から流れ出た疑似燃料に引火して爆発に至る。

 その瞬間だ。突如、パッシブソナーに無数の反応が生じたのだ。

 

「こやつ……! 否、こやつら、コンテナの底に張り付いておったのか!?」

 

 動向を見守っていた初春が背部艤装の爆雷ストッカーを展開する。

 同様に爆雷を用意する叢雲は、ならばこの敵は水無月島の艦娘たちがコンテナを回収するのを知っていたということになるぞと歯を噛みしめる。

 遠巻きに観察されていたことに驚き半分納得半分だが、腑に落ちない点はまだあった。

 敵は何故、このタイミングで仕掛けてきた。

 わざわざコンテナに潜り込み、あるいは底に張り付いて、上手くすれば鎮守府を急襲出来ただろうにと考え、すぐに違うとその考えを否定する。

 潜水級、それも現状、ざっと二個艦隊分の数だ。奇襲こそ成功するが、それだけだ。鎮守府近海は浅瀬で、彼女たちの行動範囲は大幅に制限される。すぐに緊急出撃した対潜装備の艦娘たちに掃討されるのが落ちだろう。

 ならば、最初からここで仕掛ける気だったのか。

 海中を行く潜水級を初春と挟み込むように追った叢雲は、海中の敵が扇状に散開する動作を見る。

 爆雷の檻に囚われないために僚艦との感覚を開けたのかと思ったが、その行動の意味はすぐに明かされた。

 潜水級たちが次々と魚雷を発射し、その行き先は艦娘たちではなかったのだ。

 即座に陣形を組み直した艦娘たちから大きく外れた魚雷の行き先は、投錨して停泊中だった“隼”。第一波が手前の三号艇に直撃し、爆発炎上。四号艇へと向かう魚雷は機銃で薙ぎ払われたが、潜水級たちはばらばらに動き、距離を取って雷撃を続行する動きだ。

 

「“隼”を狙うってことは、ここで私たちの足を挫くってこと……?」

 

 叢雲が思い出すのは、高雄が水無月島に救助された時の話だ。

 敵は孤立した艦娘に救難信号を発信させ、そうして救助にやって来た別の艦隊を強襲しようと試みていたらしい、という話。

 無線を傍受している可能性があるという敵、姿のわからない統率者の手先かと、足下に浮上してきた白い両手の間に、伸長展開した槍を突き込んだ。

 機雷除去を目的とした掃海具、その概念を流用した槍ではあるが、こうした近距離直下の敵に対応できるのがありがたい。

 高速巡航とまではいかずとも、それなりの速度が乗った状態での使用は、自らの負傷や欠損を招くためご法度。こんな状況でなければ使い出がないと日々思っていたが、いざその状況になってみればこれほど心強いものはない。

 

「“隼”を放棄! 敵潜水級の殲滅に専念してください!」

 

 熊野が指示し、旗下の叢雲たちは即座にその通りを実行する。

 “隼”2隻の喪失は痛いが、熊野がドラム缶型燃料カートリッジを甲板に満載しているため、燃料面での懸念は薄い。

 周囲に潜む敵潜水級を急ぎ掃討して、燃料補充の後、高速巡航形態で水無月島に帰投するのだ。急を知らせる彩雲は既に千歳が発艦させている。

 無線封鎖状態のままこの状況を切り抜けるにはそれしかないかと、最後の1隻に槍を突き立て動きを止めた叢雲は、各々が周囲の状況確認のためにコンテナや炎上する三号艇から距離を取る姿を見る。

 

 臆病だ臆病だと自分を責めててきたが、いざという時こうして動くことが出来たのは幸いだった。

 こちらに向かって大きく手を振る卯月に溜息交じりで手を振りかえしていた叢雲は、視線の先、その卯月が目を剥き急いでこちらに駆けつけてくる姿を見る。

 血相変えて、お願いだから間に合ってくれと言わんばかりの顔。叢雲の視線は、ふと自らの足元に落ちた。

 沈みゆく敵潜水級と場所を交代するように、複数個の何かが海上に顔を出したのだ。

 叢雲はそれが機雷であると直感する。深海棲艦、自立稼働型の生態機雷だ。

 白く細長い触腕のようなものが叢雲の脚部艤装に絡み付き、発光部が淡い青白から鮮烈な赤に転ずる。

 「ひぃ」と悲鳴を呑み込んだ直後、叢雲の足元で生態機雷が炸裂した。

 

 

 ○

 

 

 突如上がった轟音に、熊野が息を詰めてそちらを向いた瞬間、同時にある動きが生じた。

 砲雷撃の直撃しなかったコンテナから、何かが次々と海上に放たれたのだ。

 黒い球状の本体に白く細長い触腕がいくつか生えた姿。敵の機雷だと判断し、機銃を展開しつつ、先程の轟音はそれによるものかと歯噛みした瞬間、背後から初春の鋭い声が走る。

 

「熊野! 足元じゃ!」

 

 咄嗟に仮想スクリューを急回転させ、バラスト水を強制排出。艤装回りの海面を押し出そうとしたが、遅かった。

 脚部艤装と連結した補完艤装に纏わり着いた生態機雷が炸裂する。寸前のところで補完艤装を解除し脱出した熊野だったが、内部タンクや積載していたカートリッジの燃料に引火。誘爆が連鎖して爆炎と破片が舞い上がる。

 敵はこちらの足を挫き、絡め取ってきた。件の統率者とやらは絶対に性格が悪いに違いないと悪態突いた熊野は、海上に仰向けに倒れた叢雲を抱き起す卯月の姿を目の当たりにする。

 

「……うそ、ですわ」

 

 体から力が抜けて思わず動きを止めてしまった熊野は、初春に背中をど突かれてようやく我に返る。

 直後、背後の初春が爆炎に包まれた。

 破片と爆炎に全身を炙られ、爆発の余波で海面に倒れ込んだ熊野は、炎を纏って倒れ込んだ初春の姿に言葉を失う。

 艤装の消火機能が働いて早期に火は消し止められたが、初春は意識を失ったまま目覚めることはない。

 叢雲も初春も、これまで熊野の背中を支えてきた2隻だ。その2隻が瞬く間にこうなってしまったことを、現実として受け止められない。

 体を起こしたものの立ち上がることが出来ずに座り込んでしまった熊野は、自分がもう何も考えられなくなってしまったのだと気付くことも出来ない。

 目の前の光景に加えて、艦艇時代の記憶までがフラッシュバックを起こし、取るべきだった最善の手段をと、その手は通信器に伸びた。

 

 

 


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