孤島の六駆   作:安楽

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5話:動作試験

 

 

 

 第二出撃ドック。

 島の停泊場となる第一出撃ドックの反対側にある小規模なスペースは、艤装の装着訓練場をも兼ねている。

 とは言っても、その広さはバスケットボールのコートふたつ分が精々で、艤装を纏った艦娘が全速力で移動するには狭すぎる。

 だが、単に艤装の動作テストを行ったり、足を止めて砲雷撃の訓練をするには、この程度のスペースで充分なのだ。

 

 提督はひとりで先にドックを訪れ、鎮守府の書庫に残っていた書物を持ち込んで読みふけっていた。

 電の指示で、テーブルと椅子を待機所に運んで待機していてほしいと言われていたのだ。

 ひとりで椅子に座り、分厚い書の紙面を静かにめくる。

 古い紙の香りにどこか懐かしさを感じるものの、失われた記憶を取り戻す手掛かりには、まだ一歩、届かない。

 

 この鎮守府の蔵書は10年前の空襲でほとんどの蔵書は焼け落ちてしまったと言うが、こうして残っているものも確かにある。

 管理は電が行っているという話で、なるほど、古い本ながら紙面に傷みが少ないのも頷ける。

 そうしていると、いつの間にかテーブルに上がって来た妖精たちが、数体掛かりで別の本を運んでくる様を視界の端に捉える。

 表紙を見れば、艦娘関連の専門書だ。

 これを読んで、少しは艦娘についての知識を肥やせと言うことだろうか。

 

「ありがとう。あとで読ませてもらうよ?」

 

 提督の言葉に、妖精たちは満足したように散ってゆく。

 

 

「何を読んでいるんだい? 司令官。艦娘の運用指南書かな?」

 

 そんな時、響の声が提督に問うた。

 紙面から顔を上げた提督は、待機所から現れた響の姿を見て、思わず「ほう」とため息を吐いてしまう。

 

 響はいつものセーラー服の中に補助艤装の黒いインナースーツを着込み、背部艤装を含めた完全装備状態で出撃場に現れた。

 背部艤装の両脇には魚雷発射管と、その発射管を防護するシールドが付与。

 爆雷投射機や探照灯、右肩から突き出る連装高角砲の砲身、そして暁型艤装の特徴ともいえる大型のアンカーが尻の上で揺れている。

 脚部には魚雷発射管を防護するものよりも細身のシールドが配置され、縦に折りたたまれて収納されたそれは、膝頭までの高さがあった。

 一度艤装と同期を果たしたお陰か、完全装備状態にもかかわらず響の様子は安定して見える。

 

 思わず見惚れてしまったと言わんばかりの提督の顔に、響は照れくさそうに顔を背けて頬をかいた。

 昨日の艤装同期作業のあと、余裕を失くした響に散々なことを言われたのは記憶に新しい。

 そのことを指摘すると「……さすがにそれは恥ずかしいから、はやく忘れてほしい」と、恥じ入るように響は言うのだ。

 提督の前で余裕の無い自分を見せてしまったことと、いろいろと吐き出してしまったことが余程こたえたらしく、朝から顔を合わせる度に不自然に避けられてしまうのが困りどころだった。

 しかし、この様子ならば嫌われているのではなさそうだと、提督はひとまずの安心を得る。

 

 安心と言えば、艤装同期後の響たちが思ったよりも早く復帰したことだろうか。

 同期作業からまだ一夜明けたばかりではあるが、今朝の響たちは特に悪夢を見たり、不調に悩まされたりということはなかった。

 ただ、ひとりで眠りに落ちるのはやはり怖かったのか、昨晩は4人一緒に身を寄せ合っての就寝となった。

 久しぶりに4人で枕を並べて眠ったのだと、電が嬉しそうにしていたのを見ると、提督の方まで嬉しくなる思いだ。

 ――まあ、何故か、提督の執務室に布団を敷いて、提督が資料を読み耽っている横で眠っていたのだが。

 彼女たちの安眠が約束されるのならばそれでもいいかと、提督は微笑ましい気持ちでそう思うのだ。

 お陰で彼女たちの意外なクセも目の当たりにすることになったのだが、それはまた別の話……。

 

 

「この本かい? 海軍史だよ、響。第二次世界大戦、太平洋戦争時代の海軍の動きを追っていたんだ」

「それは、戦術を学ぶため?」

「そんなたいそうなことを独学でやるのは無謀だよ。それに、僕よりもはるかに優れた戦術を知っている娘たちが、この島には4人もいるんだから……」

「では、何故?」

「みんなの、艦としてのみんなの動きを、追いたかったんだ」

 

 艦の魂に刻まれた記憶、昨日響たちが体験した記憶を、記録としてでも自分の頭の中に入れておきたかったのだ。

 艤装と同期して、艦としての記憶に苦しむ彼女たちを目の当たりにした提督が、思い悩んだ挙句に行きついた考えが、軍艦としての彼女たちの記録を追うというものだった。

 あの苦しげな記憶を肩代わりしてやれない歯がゆさを埋めるための卑怯な行為だとは思ったが、それでも何もしないまま普段通りに彼女たちと過ごすことは、提督には出来なかったのだ。

 痛みを代わってあげられないならば、せめてどんな痛みを秘めているのかを知ることで、少しでも理解しようとしたのだ。

 

 しかし、響の目に浮かぶ感情は、呆れや冷やかさだ。

 

「司令官は少し勘違いをしているみたいだね。そうして私たちの記憶を辿って、少しでも私たちのことを理解しようしてくれているのは、ありがたいのだけれど。提督が同じ痛みを得ることを、私たちは望んではいないよ?」

 

 響は言う。

 その痛みは“響”だけのもので、誰にも負わせてはならないものだと。

 同情も憐みも、怒りも悲しみも大いに結構だ。

 しかし、その記憶を、同じ痛みを、他の誰かに与えるようなことは、艦としても、人としても、絶対にしてはならないことだと。

 

「空っぽの司令官は何か背負うものを探しているのかもしれないけれど、私は、おそらくは暁も雷も、電も、自分の痛みを肩代わりして背負ってもらうことなんて、望んでいないよ。理解してくれることは嬉しいと思うかもしれないけれど。……あんな醜態を晒した身で、説得力はないかな」

 

 それが艦娘としての、誰かを守って戦う者としての矜持だなのだと、響は言う。

 

 提督はその言葉を素直に呑み込み恥じ入るが、それでも記録を追うのをやめる気はなかった。

 このまま何も見ず、知らず、わからずのまま提督を続けることは、絶対に出来ないと考え、それだけは譲らないつもりだった。

 そう響に告げると、響は満足したように笑うのだ。

 

「背負おうとはしなくていいんだ。理解もそれほど重要じゃない。私たち求めているのは、私たちを許容してくれる人だよ。司令官がそうして理解しようとしてくれているのは、私たちを受け入れるために必要なことだからだろう?」

 

 だから、司令官が司令官で良かったと。

 笑顔でそう告げた響は「おっと、司令官が被ってしまったね」と、いつもの調子で冗談めかしてしまう。

 その反応に嬉しいものを感じる提督だったが、同時に物悲しさのような感情も抱いていた。

 艦娘たちが提督に求めているのは、痛みを肩代わりする誰かではなく、理解者でもなく、彼女たちを許容して見守る者なのだ。

 その姿勢に、その考えに、提督は尊いものを感じる。

 これまで人として接してきた彼女たちが、戦う者であるということを自覚する。

 少し物悲しくて、しかし嬉しくもあるのだ。

 

「本音で話してくれて嬉しいよ、響」

「司令官、私はいつでも本音しか話していないよ? ただ、今まではちょっと、言葉を控えていただけさ」

「ああ、そういった部分まで遠慮なく話してくれるようになったのが、僕はとても嬉しいんだよ」

「私は司令官のことが嫌いではないからね。むしろ大好きなくらいさ。とても弄り甲斐がある。暁の次くらいにね」

「だからって私を弄って楽しむって、妹としてどうなのよ!?」

 

 待機場の方から暁の怒った声が響いて来て、がちゃんがちゃんと脚部艤装が鳴る音が近付いて来た。

 響と同様の完全装備の姿。

 顔付きもいつもより少しばかり自信ありげに微笑んでいる。

 

 

「司令官。ごきげんよう、なのです」

「ごきげんよう、暁。今日は顔色が良いね?」

「もちろん、やっとこうして艤装を着けて水上に出られるんだから!」

 

 腰に手を当てて得意げに言った暁は、大きく息を吐いて第二出撃ドックを見渡す。

 

「昔はね、よくここで練習したのよ? 夜戦大好きな軽巡3人組に混じって、こっそり出撃もしたし……」

 

 暁は懐かしそうに目を細めて言う。

 その目は出撃ドックの水面を通じて、過去の風景を覗いているかのように提督には思えた。

 暁が話題にしたその“夜戦大好きな軽巡3人組”は、もうこの鎮守府には居ないのだ。

 

 当事者よりも自分がしんみりしてはいけないなと目頭を押さえる提督に、暁はおかしそうに笑って見せる。

 

「もう、司令官ったら。そんな顔しないで? レディの晴れ姿なんだから!」

「そうだよ、司令官。10年前は水上でバランスが取れずにあっちこっち転んで回った暁の晴れ姿……」

 

 提督の後ろに隠れつつ余計なことを言い始めた響が、諸手を上げて怒り出した姉から逃げつつ過去のエピソードを語るという器用な真似を披露する。

 

 響が言うには、暁がこの鎮守府に着任したのは4姉妹の中では一番最後であり、地下の建造ドックで生まれたのだそうだ。

 着任当時は当然というか、艤装の扱いが下手で、指導役の電や、件の軽巡たちの後ろをくっ付いて行き、昼に夜にと演習を行っていたのだという。

 

 背伸びして年上の組に入っていく暁の姿を想像して微笑ましい気持ちになった提督だったが、電が指導役と聞いて、あまりにその姿をイメージできずに「むう」と唸る。

 そうしていると、その電たちも出撃ドックにやって来るのを横目に捉えた。

 

 

「あー、もう。なにやってるのよ。あの馬鹿姉たちは……」

「ふたりとも、昔みたいに元気いっぱいなのです」

 

 暁と響が艤装を背負ったまま全力疾走で追いかけっこを初めてしまい(がっちょんがっちょん喧しい)、後からやって来た雷と電は、呆れと苦笑を顔に浮かべてため息を吐いた。

 どこか懐かしいと言いたげなふたりの表情に、10年前はこんな光景が日常茶飯事だったのだろうと、提督は在りし日の光景を思い描く。

 

 さて、出撃ドックにやってきた雷と電も背部艤装を装着してはいたが、先に来たふたりのように魚雷発射管や盾といった装備の類は接続していなかった。

 提督が聞くところによると、なんでも雷電姉妹は10年前当時艤装に大きなトラブルがあり、今ではまともに動かせるかどうかすら怪しいのだという。

 

「雷ちゃんの艤装は、ちょっとダメージが大きすぎて……。おそらくブラックボックスにも損傷が届いていると思われるので、本部でオーバーホールしても持ち直すかどうかわからないのです」

「それは電も同じでしょう? というか、電の場合はもう、年数が年数なのよね……」

 

 難しい顔をして言う雷に、提督がどういうことかと聞くが、電が雷の口を塞ごうと躍起になっているので、無理に聞かないよと引き下がる。

 何か聞かれたくないような事情があるのだろう察した提督は、「いずれわかるわ」と雷の渋い顔に書かれていたので、確信を得た。

 

 

 さて、そんな雷電姉妹だが、雷の方にはもうひとつの変化があった。

 いつも雷が掛けていたメガネが、今日はない。

 

「ああ、これ? 視力が戻ったのよ。艤装と同期して再び“艦娘”になったから、入渠して体の不調が治療されたのね。最適化された、とも言うのかしら?」

 

 今までの雷たちは、艦娘としての力が限りなくゼロに近い人間、という位置にいた。

 それが、艤装との同期を果たしたことによって、入渠時の治療効果を最大限に受けられるようになったのだという。

 

「これからもう生理なんかも来なくなるから、楽でいいわ?」

「これでもう、虫歯も怖くないのです」

 

 ふたり両極端な感想を述べる雷電に苦笑いを浮かべる提督だったが、どうしても雷に視線が引き寄せられてしまう。

 今までメガネをかけている雷ばかりを見てきたせいか、今の彼女に違和感というか、物足りなさを覚えるのだ。

 そんな提督の様子に気付いた雷は、ふふと笑って提督にすり寄って行く。

 

「なあに?司令官。メガネかけていた方が良かった?」

 

 にんまりと笑みを浮かべて聞いてくる雷に、提督は「そうだなあ……」と顎に手を当てて雷の顔をまじまじと覗き込む。

 提督の思わぬ反応に、笑みを浮かべたまま冷や汗をかいた雷は、視線を逸らすこともできず、顔に熱を溜め込んでいく。

 

「……うん。どちらの雷も、僕は好きかな」

「じゃあ、日替わりにする?」

 

 その光景を間近で見ていた電が「日替わりってなんだろう……」と動きを止めて様子を見守っていたが、やがて手元の作業に戻った。

 

 そうしているうちに、いつの間にか暁と響は準備を終えていたようだ。

 第二出撃ドックの1番には暁が、2番には響が立ち、艤装のアンカーを足元のフックにセットしている。

 

「それでは、艤装の動作テストを始めるのです。妖精さん、スタンバイ?」

 

 提督が出撃ドックに持ち込んだテーブルの上に、電は古びたノートPCを置いて立ち上げる。

 暁と響のモニタリングを始めるのだ。

 ふたりの艤装のデータは、内蔵された通信システムでノートPCへとデータを送っているのだと言う。

 どういう原理だろうかと目を凝らした提督は、艤装とノートPCの両方で妖精が紅白の旗を振っているのを見て、なんとなく仕組みを察して深く考えないことにした。

 

「あ、司令官さんにもPCの使い方を覚えてもらわないとなのです! 出撃時の艦娘のモニタリングは、司令官さんの役目でもあるのです」

「ぼ、僕に出来るかな……?」

 

 いまいちノートPCを扱えるかどうかに自信がない提督。

 それもそのはずで、電の手元を後ろから見ているのだが、キーボードをタイピングする速度が尋常ではなく、画面上に表示が現れては消えてを繰り返している。

 果たして自分にこれだけの動きが出来るだろうかと冷や汗をかく中、雷が笑顔で提督の背中を叩く。

 

「司令官が気後れすることないわ? 電はこう見えても、私たちの中で一番最初に竣工してこの鎮守府に配属になったんだから。前の司令官とも一番長く一緒に居て、よく事務処理やってたって言うし……」

 

 そう言って提督を慰める雷も「まあ、私もこれくらいは出来るけれどね?」と何気なく言うものだから、提督としては今からもう特訓が必要だなと決意を新たにする。

 

 

「そっちの調整はまだ!? こっちはいつでも行けるわよ!?」

 

 出撃ドックに立ち尽くしたままそう大声で問うのは暁だ。

 彼女の体や艤装には今や無数の妖精が満載され、それらが暁の指示を受けて、各艤装の中にすうっと消えてゆく。

 背部艤装や、高角砲や魚雷の妖精たちだ。

 響の方も見ると、こちらは指示が出されていないのにもかかわらず、妖精たちは勝手に動いて艤装の中へ消えていった。

 

「艤装の妖精さんたちとは思念で意思疎通が可能なのです。と言っても、こちらから一方的に指示を出して了解してもらうのがほとんどで、あとは敵機を発見した際に電探や見張り員の妖精さんが“敵機発見”って思念を送って知らせてくれるのです」

「そうなのかい? でも、暁は直接、妖精さんと話をしていたようだけれど?」

「それは、響ちゃんに比べて、艤装の操作性が落ちているからだと思うのです」

「私たちも、前はしゃべらなくても妖精さんが動いてくれていたのよ? やっぱりブランク大きいのね。暁で駄目なら、私も直接しゃべらないとダメかしら?」

 

 

 やがて電の方の準備が整い、いよいよ艤装の動作テストが開始された。

 

 

 

 ○

 

 

 

 艦娘は水上に両の足で立つことが出来る。

 それは、彼女たちが“艦でもある”という概念を得ているからであり、艤装のブラックボックスが果たしている最大の働きとも言える。

 彼女たち艦娘はそうして水上に立ち、歩くというよりは滑るようにして移動を行うのだが、それは微速であればの話、あくまで“人が水面に浮いた場合”の話だ。

 艦娘が“艦として”の移動を行う時は、脚部艤装を展開して踵の下辺りに“仮想スクリュー”と呼ばれる非実体のパーツを発生させて“巡航形態”となる。

 船舶の推進を司るスクリューのような形状をしているのだとは電談で、提督はノートPCにてその概略図を見せてもらい「青白いスクリューのお化けみたいだ」と、ひとりで頷いていた。

 

 この“仮想スクリュー”を回転させることによって、艦娘は初めて肉体の動作に頼らない推進力と、船舶並みの速力を得る。

 さらに、駆逐艦や軽巡洋艦、あるいは高速戦艦といった速力に利がある艦娘には“高速巡航形態”という艤装変形機構が搭載されている。

 特Ⅲ型暁型である彼女たちの艤装にも、その“高速巡航形態”は採用されている。

 暁型や、同YDKRテクノロジー社製である睦月型の場合は、展開した脚部艤装を連結しサーフボード状の一枚板に変形、水平二連となった仮想スクリューにて高速巡航を行うとのこと。

 

「今日のところは、その高速巡航形態に移行できるかどうかの確認がメインね。この形態取れるかどうかで、今後の作戦変わってきちゃうから……」

 

 そう言う雷は、先ほどから難しい顔を崩さない。

 まるで自分にはそこまでの力が無いと言っているようだと、提督はそういう印象を受けた。

 

 

 抜錨して水面に出た暁たちは、今や巡航形態で水上を移動している。

 足を肩幅に開いたままスキーのように直進したり、時折スケートのような滑る動きで方向転換を行ったりしているが、ふたりともその動きを苦にした様子はない。

 ただ、響が終始無言で動作を続けるのに対し、暁の方は常に口頭で妖精に指示を出している。

 思念が妖精に伝わり辛くなっているせいだろうか、指示を出し続けることでようやく響と同等の動きが出来るといった具合だ。

 

 暁たちのそういった移動に関する動作の他に、電は艤装の動作状況の確認を行ってゆく。

 ノートPCに送られて来る情報を閲覧し、それをリスト毎にチェック。

 

「……主砲、動作良し。高角砲、動作良し。魚雷発射管、展開良し。爆雷投射機、探照灯も動作良しです。……響ちゃん! 水中集音機の調子はどうですかー!?」

 

 ノートPCの画面から顔を上げた電が声を上げると、水上、ヘッドホンの様な形状の艤装を調整していた響がぐっと親指を上げてサムズアップした。

 どうやら動作は良好らしい。

 

 

 そうして打ち出された結果は、暁、響ともに高速巡航形態への変形が可能であり、操作性も全盛期の動きとほぼ同等と言えるものだった。

 

「これなら響、補助艤装のスーツ要らないんじゃない?」

 

 雷が腕組みしながら言うと、響は「いやいや」と首を横に振る。

 

「今の鎮守府では、艤装の致命的な損傷は修復できない。出撃するなら艤装も私たち自身も、両方守るつもりで戦わなきゃいけない。スーツは万が一の時のために必須だよ」

 

 至って真面目に言う響に、雷は満足そうに頷く。

 その答えが聞きたかったと言わんばかりの反応に、響はふうと息を吐いて肩をすくめる。

 

 しかし、ここで疑問を抱いたのは提督だ。

 てっきり、艦娘たちはみんなこの黒いインナースーツを服の中に着用して戦場に出撃していくのだとばかり考えていたので、雷の「インナースーツがいらない」という考えが適用される者が居るのかと驚いたのだ。

 その説明は、響が行う。

 

「まあ、最初期にはこのインナーを着用せずに出撃する艦娘も、結構な数いたよ。私たちも、本来はこれを着なくても感度は良かったんだ。そもそも、こんなもの着ていたところで、戦艦クラスの砲弾が直撃すれば木端微塵だからね?」

 

 響たちがこの補助艤装を纏う理由は、単純に体が大きくなって、敵の砲雷撃を受ける面積が増えたことと、そうして負傷した場合にでも体を動かせるようにするという部分が大きい。

 確かに、子供の背丈ほどの大きさしかない駆逐艦ならば、それだけ被弾する面積を抑えられるなと、提督は納得しかけて「いやいや」と首を横に振った。

 自分が提督ならば、そうではなくとも艤装開発者ならば、そんな小さな駆逐艦たちに有効な防護艤装を着用させないはずがないと考えたのだ。

 

 同意を求めるように暁たちを見れば「まあ、そう思うよね」と苦笑いで頷かれてしまった。

 

「10年前時点の風潮では、この補助艤装はほとんどの艦娘が着用するようになっていたと思うよ。私たちの衣装が壊れやすいという特性もあったからね?」

 

 艦娘の衣装というものは、そのほとんどが着衣としての機能“しか”有していない、敵の攻撃に対してはほぼ無力に等しいものなのだという。

 その脆さの理由というのも、被弾や負傷の箇所を即座に確認できるように破れやすくなっていると言うのだが、あくまで女の子でもある艦娘からすれば迷惑を通り越して憤慨ものの仕様だ。

 

「まあ、そういうわけでこの黒インナーをみんな着るようになったのよね。さすがに目の前に敵しかいないとは言われても、ねえ?」

 

 雷が響の説明を補足してテーブルから離れて行ってしまうが、そうするとさらに不可解なことが浮き出てくる。

 

「艦娘の衣装が破れやすいのは負傷を即座に確認できるようにとのことだけれど、このインナーを着ていたら一目でわからないのでは?」

「ああ、これ、透けるんだ。透明になるんだよ」

 

 響の言葉に提督が反応するより早く、セーラー服の腹がめくられた。

 黒いインナースーツ越しにくびれた腹部が浮き出ているが、それが次の瞬間、響の肌の色に変わる。

 驚く提督に、響はしてやったりと目元を緩める。

 

「可視波長を弄って色を変えられるんだ。だから、普段は中に着ていても透明にしておいて“着ていない”ように見せかけることも出来るし、万が一被弾して服がボロボロになってしまった時は黒に戻して隠すことも出来る。芝生重工最大の功績とも言われているね」

 

 得意げに腹を見せてくる響に、提督は視線を背けつつ隠すようにと指示する。

 

 

 さて、一方でテストの結果に満足しなかったのが暁だ。

 響と同等、全盛期の動きが出来るとはいえ、妖精との意思疎通は口頭で行わなければならない。

 それは、あらゆる動作が一拍遅れることを意味する。

 戦場においては致命傷になりかねないタイムラグだ。

 

 水上から戻り、難しい顔でPC画面に表示されているデータを睨んだ暁は、自分の艤装の上で同じようにデータを見ていた妖精たちに、いくつか指示を出してゆく。

 

「背部艤装の高角砲を、右舷側から左舷側へ換装してちょうだい。それと、補助艤装の多目的アームの増設もお願い。左右に一機ずつ、彩樹機関のやつね?」

 

 改装指示の意図に提督は思い至らなかったが、響や電は「やっぱりそうするのか……」と暁の考えを知っているような素振りだ。

 提督がその意図に言及しようとしたところで、出撃ドックから不満の声が上がる。

 

「ちょっとー!? 終わったんならこっちのサポートお願いー!?」

 

 ノートPCに釘付けになっている提督たちに、いつの間にかひとりで出撃準備していた雷が不満げに大声を上げたのだ。

 

 

 さて、そうして今度は雷の番となったのだが、先のふたりとは打って変わって危なっかしいと言わざるを得ない有り様だった。

 水上を航行時に幾度も体勢を崩し、艤装の展開速度も目に見えて一拍遅い。

 背部艤装の調整や妖精たちとの疎通を密にすることでようやく安定した航行が出来るようにはなったが、それでも暁たちの動きと比較するとだいぶ劣ってしまうと言わざるを得ない。

 

 そして、ようやく姿勢が安定したのはいいが、今度は速力が出ないことが問題となった。

 暁型駆逐艦は航行性能に利があるはずなのだが、現状の雷の航行性能は全盛期の半分近くまで落ち込んでいたのだ。

 それから時間をかけて数々の補助艤装を試したが、ついに速力が上がることはなかった。

 無論、高速巡航形態への移行もままならず、予定していた開発資材奪取作戦はおろか、出撃も出来るだけ控えるというべきだという結論に至っている。

 

 

 現実を突き付けられ「ああ、やっぱり」といった表情でしばらく俯いて膝を抱えていた雷だったが、それで終わる彼女ではない。

 電に他系統の駆逐艦の艤装データを引っ張り出してもらい、暁たちを交えて何事か提案を始める。

 それは――、

 

「……防空特化の改装って、できないかしら?」

 

 それは、砲雷撃能力を捨てて対空装備を充実させる改装だ。

 

「今の速力だと、外洋に出て戻って来るのにも一苦労だし燃費悪いしで、砲雷撃も一歩遅れて足手まといになるわ。だから、私が出撃するとしたら、この島を守るために近海に陣取る形になると思うの。敵の空襲に備えるためね?」

 

 雷の提案に真っ先に反応したのは暁だ。

 テーブルを叩いて焦りを露わにする。

 

「ちょっと待ちなさいよ! 駆逐艦1隻で敵の空襲防げるわけがないでしょう!? 第一、空襲を察知してから出撃したんじゃ遅いわ!?」

「わかってるわ、暁。わかってる……。でも、気休めくらいさせてよ?」

 

 雷の悔しそうな、残念そうな顔に、暁はもう黙るしかない。

 速力が出ない以上、艦隊に組み込めば足手まといになることは、艦娘の雷ならば良くわかっている。

 まして、今回の開発資材奪取作戦の要は速力だ。

 自分が足手まといになるわかっていて、それでも着いて行くとは口が裂けても言えないのだ。

 

 だからこそ、島を防護するための防空特化改装を欲したのだが、そもそも駆逐艦1隻で迫りくる敵艦載機を相手取ることは無謀だ。

 駆逐艦の中には防空駆逐艦と呼ばれる対空能力に優れた艦も存在するが、もちろん雷はその種類ではない。

 速力も砲雷撃能力も低下ししてる現状、そういった改装をする道しか残されていないのだろうが、改装できたとしても運用の面で難が出てくる。

 雷本人の言うように、本当に気休めなのだ。

 

 

「速力はともかく、砲撃能力は何とかなりそうなのです。もちろん、防空仕様への改装も」

 

 そう告げた電がノートPCのキーを叩くと、奥の待機所で格納庫が展開する物音が響いた。

 出撃ドックのみんなが見守る中、クレーンアームがとある艤装を運んで来る。

 それは、駆逐艦が運用する連装砲に、寸動型の砲塔部と舵、スクリューを設け、自立稼働を可能にしたという代物だった。

 

「……これは、顔の無い連装砲ちゃんかい?」

 

 響がその艤装の正体を言い当て、雷が肯定するように説明を始める。

 

「はい、島津研究所の自立稼働型連装砲なのです。島風型の予備機として、ブランク状態のものがいくつか在庫に眠っていたのです」

「こっちから妖精さんに指示を出しても感度が悪いから、自立稼働の連装砲に独自の判断で動いてもらえ、ってことね? でも、そんなのうまく行くのかしら?」

「さあ……。こればかりは、時間をかけてテストしてみないと何とも言えないのです。島津研究所の初期型はワンオフでピーキーなものが多いので……」

「そんなこと言ったら彩樹機関の艤装なんてどんなオーバーテクノロジーって感じよ? 宙に浮く艤装があるわ、唯一近接兵装あるわで……」

 

 艤装談義を始める暁たちを見て、さすがは艦娘なのだなと、置いてけぼりにされた提督はさびしそうに笑ってその様子を見守る。

 艦娘にとって艤装とは、自らの半身であり、戦うための力であり、そして女の子としてのファッションでもあるのだという。

 そう聞いてしまうとこだわるのも頷けるというものだが、暁たちの中の誰ひとりとして艤装をファッションとして見ていないことが、彼女たちの余裕の無さを感じさせる。

 

 結局、その自立稼働式連装砲とのマッチングを数日かけてテストするということで、雷の艤装動作テストは終了となる。

 まだ戦える目はあるとわかったが、雷の悔しそうな表情は変わらなかった。

 

 

 さて、艤装の動作テストは電を残すのみとなった。

 いざ背部艤装を装着して出撃ドックに立つ電は、緊張からだろうか、足が震えてしまている。

 見守る暁たちもハラハラと落ち着きがなく、先程とは打って変わって緊張感に満ちている。

 

「で、では……! 電、艤装動作テスト、開始するのです!」

 

 精いっぱいの気合を入れて脚部艤装を展開した電は、水上に大きく一歩を踏み出した。

 電は「とぷん」と気持ちの良い水音を残して、水中に沈んだ。

 

 

 


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