あまり気にしないで良いとは思ってますが、念のために皆さんの意見を聞きたいです。
こういう言い方は変だが、何というか、拍子抜けした。もっと食い下がって来ると思ってたし、今この場で戦闘になる覚悟もしていた。そうなった場合、後ろの二人だけは何としても逃がす、と。
対峙していた相手は夜。叉焼会の首領が先代の時代から側近を務め、戦闘力も陸と一征の二人を悠々相手に出来る。それ程の高い実力者なのだ。
夜が暴れている間に、在日している他の組員を呼びよせ集英組を叩くという選択肢も向こうにはあったし、今日、集英組が滅ぶというのもあり得た。だが、叉焼会は――――――羽はそれを選ばなかった。以降も集英組と友好的な関係を続ける事を選んでくれたのだ。
勿論、それは困難な道だ。格下である集英組側に首領の婚約を断られたという事実は、叉焼会の構成員にとって大きな意味を持つ。快く思わない者は多く出てくるだろう。それ程までに羽の選択は常識から外れたものだ。
(羽姉…)
傷ついたはずだ。自分が傷付けたのだ。今回の結婚は、叉焼側に黒い思惑があったのは確かだが、それだけではなかった。羽の中には確かに陸が好きだという想いがあった。それを陸は振り払い、受け取らなかった。
普通ならこれまでの関係が崩れていた。しかし羽は、これからも姉弟という関係を保ちたいと言ってくれた。なら、自分に出来るのはそのために努める――――――いや、違う。自分に出来る事ではなく、自分がしたい事なのだ、それは。羽と姉弟のままでいたい。余りに自分勝手とは思うが、それが陸の本心だ。
「陸君…」
組の、叉焼会とのこれからについて考えを馳せていた陸の耳朶を、陸に呼びかける声が打った。振り向けば、陸を呼びかけた本人である小咲が、その向こうから一征と楽がこちらを覗き込んでいた。
「あ、あー…。その…」
こうしてこの三人と改めて向き合うのが何というか、気まずい。特に小咲と楽には、はっきりと決別と言っていい言葉を吐き掛けているためかなり気まずい。真っ直ぐに顔を覗き込んでくる小咲から思わず視線を逸らしてしまう。
「く…」
「…」
そんな陸を見ていた一征が小さく笑みを噴き出した。笑い事じゃない。この件に関しては完全に自業自得だし、一征にとっては他人事だが、笑われるのは少々気分が悪い。一睨み利かせると、一征は一瞬目を丸くしてからフイッとそっぽを向いて口笛を吹き始めた。高みの見物状態である。
「…」
とにかく、今この場で何と言えばいいのだろうか。いや、謝罪をするのはもう決定なのだが何と切り出せばいいのかサッパリ解らない。陸の17年間の人生の中で一番と言っていい程、葛藤している。だって、本当に解らない。初っ端からごめんなさいと言うのは何かおかしい気がするし、かといって、ぺらぺらと前置きを並べるのもどうかと思う。
――――――待って、マジでどう切り出せばいいんだ。誰か教えてくれ。俺に答えを…ハッ!そうだ!こういう時こそ親に助けを求めるんだ!だって親父言ってたし!俺の望みを叶える手伝いをさせてくれって!また皆の所に戻るには謝罪は絶対条件!親父、一緒に考えてくれ!俺はどうやって切り出せばいい!?
――――――自分で考えろ、阿呆。
――――――ですよねー。
一征との一瞬のアイコンタクトにて出された答えは至極当然のモノだった。まあ陸も混乱していたとはいえ本気で一征に助けを求めていた訳ではないので、別段気にしていないが。
これは、誰の手も借りてはいけない。陸自身の問題なのだ。
「…すまなかった」
「…」
「最初、俺が皆から離れる事が皆の為になるって思ってた。…俺は皆が思ってる以上に手を汚してる。この手で人を殺した事だってある。そんな奴は皆の傍にいない方が良いって思って…、いや、今でも思ってる」
「陸、お前…っ」
陸の言葉はまるで、羽についていくべきだったと言っている様で、楽は堪らず口を開こうとした。だが、一征に一瞥され、更に頭を振るのを見て言葉を留める。
「現に、俺を襲ってきた奴が言ってたからな。小咲を殺す、って」
「っ…」
「なっ…!?」
小咲と楽が目を見開いて絶句している。陸の様子を横目で見ていた一征も目を細めた。
思い出すのは去年の事。確か、林間学校が終わって少ししてからだろうか。一征の命で香港に行った時だ。叉焼会と敵対する組織を潰しに行った時、相手が雇った殺し屋が言い放った言葉だ。
そう、とっくに陸は小咲達を巻き込んでいたのだ。まだ襲撃されたりという目立った被害はないが、それもいつ降りかかって来るか解らない。ならば、羽と結婚して叉焼会と繋がりを深くし、組の力を強くすれば小咲達も守れる。そう考えていた。
「…小咲、楽。俺と…ヤクザと付き合っていくってのはそう言う事だ。自分が知らない間に標的にされているかもしれない。それでも――――――」
「それでも!…私は、陸君と一緒にいたい」
どうして、そんな風に躊躇いなく、はっきりと言えるのだろう。一緒にいたいだなんて。これからも陸と付き合いを続ければどうなるか、小咲はもう解っているはずだ。それを解った上で、小咲はそう答えたのだ。
…本当に何でだよ。下手すれば死ぬことだってあり得るのに。バカじゃねぇの。
そんな心境とは裏腹に、陸の口は笑みの形を浮かべていた。
「…守るよ」
「え?」
「俺は小咲達を守る。ずっと自信なかったけど…、俺も一緒にいたいから。ここにいたいから」
「…うん」
陸が微笑みかければ、小咲も綺麗な微笑みを返した。そしてどちらからともなく手を差し出し、握り合う。指を絡め、何かを確かめ合う様に。
「…うぉっほん」
「「っ!!!?」」
一征の咳払いが響いた瞬間、二人はバッ!と音が出る勢いで二人は離れ、顔を背けた。
完全な無意識だったが、かなり恥ずかしい事をした。それも、一番見られちゃいけない奴の前で。
「イイモン見れたな、楽」
「あぁ。いやぁ、アチィなぁ~。もう秋で寒くなってるってのに暑くなってきたぜ」
「…あぅぅ~」
ニヨニヨと笑いながら揶揄い攻勢に出る二人に、真っ先に小咲が顔を真っ赤にしてノックダウン。陸も小咲に負けず劣らず顔を赤くして羞恥に耐えていた。
そんな二人を微笑まし気に眺めていた一征と楽だったが、不意に一征が立ち上がり、二度、手を叩いた。
「さて、と。話もついた事だし、とっとと出ようや。今頃、竜達が首を長くして待ってらぁ」
このまま執務室にいてどうとなる訳でもないし、話が終わった事を組員達にも教えなければ。
最初に立ち上がった一征に続き、陸達も部屋を出て行く。
「…おめぇらよぉ、居間で待ってろっつったよなぁ」
「で、ですがおやっさん!待ってろって言われても、ジッとしてられなくて…」
(あー…。気配は感じてたけど、やっぱいやがった)
いざ部屋を出てみれば、その廊下には大勢の男達が並んでいた。さっきまでの話の途中から気付いてはいたが、どうやら話を盗み聞きしていたらしい。一征に軽く叱られている竜の奥では、何人もの男達が涙を流していた。
「坊ちゃん…、いえ、若頭!あっしらは…あっしらはぁ~!」
「本当に申し訳ねぇ!若頭の気持ちを察してやれねぇで…!情けねぇ、ちくしょぉ~!」
「あ~、解った。解ったから。むさ苦しいから泣き止め」
男泣きする部下達を苦笑いを浮かべながら宥める陸。しかし一向に泣き止まない男達に、もう言っても無駄と悟った陸は溜め息を吐いてからもう無視する事にした。
「ほら、てめぇらもいつまでも泣いてんじゃねぇ。今日は陸と楽のダチも呼んで宴にすっからよ」
「…はぁ?」
竜を叱り終えた一征が泣いている男達を見回しながらそう言った。
「宴って、何でだよ」
「んなもん決まってんだろ。俺の退院祝いだよ」
「…」
陸が宴を開く理由を聞いてみれば、一征は自分の退院祝いだと答える。
何という事でしょう。とっくに容態は回復してたくせに入院期間を延ばした身でそんな事を宣うのですか、この男は。
呆れる陸と楽の冷たい視線を物ともせず、一征はニヤリと笑いながら陸を見て続けた。
「何か文句あっか?」
「…いーや、なーんにも」
文句なんかない。例え文句を言ったってこうと決めた一征がそれを曲げる筈もない。
諦めた陸は何も言わない事にする。
未だに泣き続ける男達の前を陸達は素通りして居間へと向かう。小咲は泣いている男達を心配そうに見ていたが、陸が気にしなくて良いと窘めて居間へと入った。
その後、楽と小咲が手分けして千棘や鶫達、いつも集まる面子に電話を掛けて一条家に集まるように呼び掛ける。その際に陸と羽の結婚が取り止めになった事も報せて。
そして楽と小咲が友人に呼びかけている間、一征は部下たちに命令し、この場に集まれる人数分の食事を出前で頼むよう指示を出す。陸の好物である寿司は勿論、中華等の多くの料理が机に並ぶのはもう少し後の事である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まだ十一月とはいえ、夜になれば冬の兆しが顔を覗かせる。刺すような寒さが羽が着たセーターを通り抜け、身体に伝わって来る。
「うぅ…。何か上に羽織れば良かったかな…」
寒さに身を震わせながら呟く。
陸達との会談を終えた後、羽は部屋に戻らず真っ直ぐ玄関から外に出た。
これ以上、あの家に居たくなかった。
陸も、楽も、一征も、あの家にいる皆はきっと、羽の所業を許し、また住まわせてくれるのだろう。だが、羽はそうしたくなかった。誰が何と言おうと、自分にはもうそんな資格はないのだから。
「で、どうするね首領。荷物は部下に任せて、中国に帰るか?」
「ううん。もう少し日本にはいるつもり。ここで帰ったら、学校の人達に迷惑掛けちゃうから」
夜のこれからの行動についての問いかけに、羽は間を置かずに日本に残ると答える。
羽の中ではせめて、今年度が終わるまでは教師を続けるつもりでいる。まだ楽達の前担任である日原先生が寿退職したばかりで、その上自分までまたすぐに退職となれば、かなり大勢の人達に迷惑が掛かる。その理由が理由なだけに、それだけは避けたいというのが羽の本音だった。
「…」
再び沈黙が流れる中、ふと思う。今頃、あの家ではどうなっているのだろう。陸が家に残る事、そして一征の退院祝いをする準備でもしてるかもしれない。もしそうだとしたら、きっと千棘達も呼ぶのだろう。つい先月くらい前までは、その輪の中に自分がいた事が今では信じられない。
また、あの輪の中に戻りたい。でも、あの輪を壊そうとした自分が戻って良い訳がない。
「…あっ」
「?」
そういえば、夜は何も言わない。いや、夜から何かを口に出すという事は普段からあまりないのだが、それにしても夜が進めた縁談を駄目にして、何か一言言われる覚悟はしていたのだが。夜はその事について全く口にしない。
いつもと変わらない無表情だが、その裏で何を思っているのだろう。もしかしたら、自分の決断を不満に感じてたりしてるのだろうか。
「…夜ちゃん、その…」
「…」
先程不意に羽が声を上げてからずっと見上げていた夜に、しどろもどろになりながらも話を切り出す。
「り、陸ちゃんとの結婚…駄目にしてごめんなさい」
「…」
「え、えっと…その…」
羽を見上げたまま何も言わない夜。それがまた不安を助長させる。更に言葉を続けようと、羽が口を動かそうとして――――――
「何を謝る必要があるね」
「…え?」
再び口に出そうとした謝罪の言葉を、喉奥へと飲み込んだ。
「え、だ、だって…。夜ちゃんは陸ちゃんを叉焼に取り込もうとしてたんでしょ…?だから私に結婚をけしかけて…」
「あぁ、それもある」
「…それ、
夜の答え方に引っ掛かりを覚え、聞き返す。
「けど、こうなる事は解てたね。あの坊ちゃん、小咲とかいう娘に懸想してたのは目に見えて明らかだたよ。首領に勝ち目がない事なんて百も承知よ」
「ひ、ひどい…。じゃ、じゃあどうして…」
「決まってるね。首領、アンタに踏ん切り着けさせるためよ」
思わぬ答えに目を丸くする。
「ディアナに想いを伝えたい。でも断られるのが怖い。あのままうじうじしてたら組のためにも首領のためにもならない。だから強引に結婚話を進めようとした」
「…」
「ディアナが断るのなら首領の踏ん切りがついてよし。ディアナが受け入れるならそれもまたよし。どっちにしても、叉焼にとってはメリットがあるね」
何という裏事情。まさか断られる事を前提にあの話を進めていたとは。
(…てことは、ちょっと待って?)
そして羽はある事に気が付く。
「ね、ねぇ夜ちゃん。その話って…」
「勿論、幹部連中には伝えてあるよ。そうでないと、断られた時に面倒になる」
「…」
という事は何か。これから集英組と親交を続けるためにどうすればいいか考えてたのは全部無駄という事か。
あまりにあんまりであんまりすぎる仕打ちに言葉が出ない羽。そんな羽を表情変えず横目で見続ける夜はふと立ち止まった。
「で、どうする?」
「え?あの、さっきも言ったけど…」
「そうじゃない。結婚の話よ。言っとくけど、ディアナ以外の婿候補はたくさんいるね。今、うちには首領しか血筋を継ぐ者はいない。首領が跡継ぎを生まなきゃ叉焼は終わりよ」
今すぐ跡継ぎを生まなければいけない、という訳ではない。ただ、首領の血筋を継ぐ者が羽一人しかいない以上、羽に何かがあれば叉焼は終わる。今すぐである必要はないが、急ぐ必要はある。
――――――それでも
「…夜ちゃん。振られたばかりの女の子に他の男の人との結婚薦めるってひどくない!?もう少し慮ってくれてもいいんじゃないかな!?」
「…」
ふいっ、とそっぽを向く夜。全く羽を慮る様子は見られない。
「もう…」
小さく溜め息を吐いてから、羽は小さく笑う。
「…もう少し、時間が欲しいかな」
「…」
そっぽを向いていた夜が、羽を向いた。
「ちゃんと自分で誰かを選んで、恋をして、そうやって誰かと結ばれたい。他の誰でもない、自分の為に」
すでに暗くなった夜空を見上げながら、羽は続ける。
「いつになるかは解らないけど…、それじゃダメかな」
「…」
最後に、羽を見上げる夜に視線を向けてから、そう言い切った。
それに対し、夜は少しの間黙ったまま羽の顔を見つめていた。
「…私とお前の立場から考えたら、そんなの言語道断ね」
そして、はっきりとそう言った。
やっぱり、駄目か。
羽の顔に諦めが浮かんだその時、夜が再び口を開いた。
「でもお前は叉焼会の首領で、私はその部下。首領が何かを望むのなら嘆願でなく、命令すればいい」
「っ…」
一瞬息を呑み、そして笑みを浮かべながら羽は命ずる。
「
「…
そこに確かにあったのは、首領と側近が本当に信じ合った瞬間の光景だった。
「…ん?」
その時、ズボンのポケットからスマホの着信音がした。羽はポケットからスマホを取り出し、画面に映る名前を見て一瞬、悲し気に顔を歪めてから、一度深呼吸をして通話欄をタップした。
「も、もしもし。楽ちゃん?」
『おい、羽姉!どこ行ったんだよ!』
「え…へ?えっと…」
『車の音…?羽姉、まさか外にいんのか?』
何ともタイミングが悪い。車通りの少ない道を歩いているのだが、どうしてこんな時に通り過ぎていくのか。そして案の定、その音は電話の向こうにいる楽の耳にも届く。
『ったく…。おい羽姉、これから親父の退院祝いすっから、とっとと戻って来いよ』
「え?あ、あの、私…」
『いいか?千棘達も待ってるからさっさと帰って来いよ!』
その言葉を最後に通話は切れた。有無を言わさず、楽は羽に早く帰って来いと告げてきた。
帰るも何も、もう自分はあの家に行くつもりはない――――――
「行けば良い」
「…夜ちゃん?」
「行きたい違うか?」
「…」
行きたい。それは行ってはならないという気持ちに塗り固められたもっと深くにある気持ち。
「でも…、良いのかな?」
「良いも何も、招いてるのは向こうね。まあ首領が行きたくない言うのなら別に良いが」
「…」
あの家にいるのは陸達だけじゃない。楽が言っていたが、彼らが呼んだ千棘達も居る。
また、あの輪に加われる?その資格が、自分にはある?
「…首領はどうしたい。しなくてはならない、じゃなく、どうしたい?」
それはあの時、陸が問われた質問だった。どうしなくてはならない、ではなく、どうしたい。
そんなもの、とっくに答えは出ている。
「…皆と、会いたい」
「なら、行けば良い」
それ以降、夜は喋らなかった。その代わり、羽よりも先に歩き出した。
一条家がある方向へと。
「…そう、だね。私、皆に会って、謝って来る」
そうだ。皆といる資格がない?それよりも前にまず、皆に言わなければならない事があるだろう。
そして、許されるのならば、また皆と一緒に―――――――
本当はこの回でVS羽の章を終わらせて、次話から最終章!
といきたかったのですが、一万文字超えそうだったので分けました。
その結果、100話で収まらなくなりそう…。(´;ω;`)