一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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前回の前書きにて、投稿する前に目次でサブタイトルを読み返してると書きましたが、正確には”サブタイトルを声に出して読み返してる”です。






…くっそどうでもいいな(ぼそっ










第92話 サイカイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告白された事は何度かあった。小学生の時、中学生の時。片手で数えられる程ではあるが、経験はあった。高校に入学してからは一度もなかったが、男子から告白を受けたという経験はしていた。ただ小学生の時は誰かと恋人となって付き合うというその行為が怖かったのと、中学の途中からは思い人ができたというのもあって、まだ特定の誰かと付き合うという事はしていない。

 

ちなみに、小咲は素知らぬことだが、高校に入ってから未だ彼女に告白する男子が現れていないのは陸の存在が大きいというのはとある界隈で出回っている情報である。

 

話を戻すが、今、小咲の目の前にいる上原卓実はつい先程、小咲に告白をした。好きだと、はっきりと告げた。思わぬ告白に小咲はただただ驚きの余り立ち尽くす事しかできない。目を丸くする小咲から視線を外さず、真っ直ぐに見つめる上原某。何とも言えない気まずい空気が二人を包み、秋の冷たい風が二人の間で流れる。

 

「え…えっと…」

 

正直、反応に困るというのが小咲にとっての本音だ。恥ずかしさはある。異性に好きだと告白されたのだから、当然と言えば当然だ。ただ、それよりも疑問の方が大きい。これまで小咲に告白してきた人達は、多かれ少なかれそれなりの交流があった。同じクラスだったり、同じ委員会だったりと共通点があった。この上原とも陸という共通の友人がいるにはいるが、ハッキリ言って交流はほぼゼロに等しい。

 

「…ごめん。いきなりこんな事言われたって困るよな。それに、俺と小野寺さんってほとんど話した事ないし…」

 

どうやら上原もその事については解っていたらしい。ほとんど、と言ってもあの後夜祭での会話が初めての会話なのではないだろうか。だというのに、自分のどこを好きになったというのか。

 

「でも、好きになっちゃったんだ。小野寺さんの事、好きになっちゃったんだ。…だから、あいつが許せない。好きな人にあんな顔させる一条が、許せない」

 

「っ…」

 

再び陸に対しての怒りが、上原の表情に表れる。

そしてようやく、先程から陸への怒りをあれだけ露わにしていた理由が解った。

 

「…」

 

俯いて黙り込む小咲。そんな小咲を見つめる上原。二人の横の車道を車が横切っていく。

 

上原の気持ちは小咲にもよく解る。好きな人が悲しんでいる所を見ると、苦しんでいる所を見ると自分も悲しくなる。苦しくなる。その対象が自分だというのがかなり複雑であり、恥ずかしくもあるのだが。

 

ただ、だからこそ助けたいのだ。苦しんでいる陸を。小咲の好きな人を。そんな自分の気持ちはただのお節介だと思っていた。陸の迷惑になると思っていた。でも昨日、それは間違いだと解ったから―――――――

 

(あ…)

 

ふと、我に返る。そうだ、何を迷っているのか。もう答えは出ているのに、どうして自分は考え込んでいるのだろう。昨日も皆の前で宣言したのに、忘れてしまっていた。羽の言葉で揺らいでいたが、心の奥底で定まった決意は変わらない。

 

「…ごめんなさい」

 

「…」

 

俯いていた顔を上げて、真っ直ぐに小咲を見つめる上原を見返して、ハッキリとした口調で小咲は言った。

 

「上原君の告白には応えられません。私は…」

 

そうだ。私は―――――――

 

「陸君が好きだから」

 

この気持ちだけは、絶対に変わる事はないのだから。

 

「…今、こんなに苦しいのに?」

 

「それは陸君も同じだから」

 

「悲しいのに?」

 

「それも、陸君も一緒だと思う」

 

数秒、見つめ合う。小咲の決意が籠った視線が、上原の視線と交じり合う。

そして先に視線を逸らしたのは上原だった。

 

「…あーあ、やっぱダメかぁ」

 

「上原君」

 

「解ってたさ。…小野寺さんって、意外と頑固というか…意志が固いよな」

 

まるでこうなると解っていたかのように、上原は笑いながら天を仰いだ。そんな彼の姿を見て、小咲の胸に一筋の小さな痛みが奔る。一人の男子の想いを踏み躙ったという事実を、小咲は今、噛み締める。

 

「…ごめんなさい」

 

「あー、もう謝んなくて良いよ。さっきも言ったけど、小野寺さんが一条を好きだって解ってたんだ。…それでも、気持ちを伝えないで終わるのだけは嫌だったから」

 

あぁ――――――言う通りだ。何も告げぬまま諦める。それだけは絶対嫌だ。

諦めるにしても、ちゃんと自分の気持ちを伝えて、相手に断られて、その上で諦めたい。

 

だから、上原の気持ちを受け入れる訳にはいかない。自分の気持ちに嘘を吐きたくはないから。

 

「だからさ、小野寺さんも、その…頑張れ」

 

「上原君…」

 

勇気を振り絞って告げた自分の想いを跳ね除けられ、身を引き裂かれるような思いをしているだろう上原の口から出たのは、エール。これから小咲がどうするのかを悟った上原からのエールは、小咲の力に変わる。

 

「じゃないと俺、許さないから。…一条を」

 

「そっち!?」

 

そして漲った力は直後、あっさりと霧散した。他の誰でもない、エールを送った上原によって。

 

「あっははははは!いくら振られたばかりでも、好きな人に暴言なんて吐けないって!」

 

思わず見事なツッコミを披露した小咲を見て腹を抱えて笑う上原は、すぐに笑い声を収めながら、目尻から覗いた涙を指で拭ってから再び口を開く。

 

「でも、他に好きな人がいるって断られた俺の身にもなってよ。それで相手が告白もしませんでしたとかになったら俺ぶん殴るよ?一条を」

 

「…じゃあ、絶対に陸君に告白しなきゃね」

 

怒りの対象はもう陸から動く事はないらしい。だが上原は声に出して言わないものの、もし自分が怖気づいて何も行動しなかったら自分の事を恨むだろう。

 

別に上原の為に告白する訳じゃない。小咲は自分の為に、陸に告白すると決めたのだ。それでも、自分に振られたばかりの人が苦言一つ言わずに頑張れと応援してくれた。

 

「ありがとう」

 

最後にお礼を言って、一度、深々と頭を下げて、小咲はその場から走り去った。今まで歩いていた家の方へではなく、来た道へと。

 

上原とすれ違い、小咲は後ろを振り返らず、髪を揺らしながら走る。その足取りには、もう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ。振られた振られた!」

 

振られたばかりだというのに、やけに清々しかった。ずっと言えずに秘めていた気持ちを曝け出し、それでも思いは届かず、だというのに胸に残ってるのは清々しさだった。

 

小咲にも言ったが、振られるのは解っていた。だって、ずっと見てきたのだから。好きな人が、親友の傍にいると、他の人に向けているのとは違う笑顔を浮かべていたのを。あの人の目に、自分が映る事はない。そう、あの笑顔を見る度に思い知らされた。それでも想いを捨てることは出来なかった。こんなに一人の女の子を好きになるのなんて初めてだった。

 

自分で言うのもなんだが、これまでそこそこモテてきた。それなりの数、告白されたし何度か付き合った経験もあった。だがあまり長続きはしなかった。今考えれば当たり前だ。告白を受けはしたが、飽くまで付き合っても良いかなと思っただけで、本気でその人の事を好きで付き合った事はなかったから。

 

だから、この気持ちは届かないと知った時は物凄くショックだった。想い人の目が向けられている親友を心の奥で恨んだ。何も知らないで自分といつも通りに笑って会話する親友が憎かった。

 

でも、憎み切る事が出来なかった。今まで笑い合って、時には喧嘩して、そんな親友を心の全てで憎む事は出来なかった。

 

何時しか、もう諦めようと思うようになった。もう無理だと思うようになった。それでも想いは捨て切れなかった。そんな矢先だ。陸が学校に来なくなったのは。

 

最初は何とも思わなかった。珍しく今日は休みなのか、程度にしか思わなかった。だが次の日も、その次の日も、何時まで経っても陸が学校に来ることはなかった。日にちが経つ毎に想い人の顔が暗くなっていく。

 

そして今日、上原の我慢は限界を迎えた。こんな顔は見たくない。自分といるよりも笑顔になれるなら、と思ったのに、これなら諦めようとしなければ良かった。上原は行動に移した。

 

結果、あっさりと振られた。何でいきなり告白してしまったのだろう。もっとゆっくり距離を縮めてから告白すれば解らなかったのに。そんな後悔の念がふと過る。だがすぐに、それでも無理だったよ。結果は変わらないよ。と、もう一人の自分が告げる。

 

そうだ。今日、行動に移して、小咲と話して思った。小咲が悲しんでるのは陸のせいだ。でも何であんなにも心痛めているのか。それは―――――――

 

「入り込める訳ねぇだろ。小野寺さん、一条の事好き過ぎだろ」

 

自分が思ってる以上に、小咲が陸の事を想っているからだ。

 

「ホント、マジであんなに想ってくれてる人を泣かしたらぶん殴るからな。一条」

 

そして、上原は小咲を想う最中で一つ、確信した事があった。

 

「…小野寺さんは正直に気持ちを伝えに行くぞ。だから、お前も自分の気持ちに嘘吐くんじゃねぇぞ」

 

こんな所でこんな事を言っても、言葉は届かない。それでもこれから邂逅するであろう二人を応援すべく、上原は空を見上げながらポツリと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

小野寺小咲は運動音痴である。これは覆す事の出来ない事実である。体育の球技は勿論、水泳はカナヅチ、長距離走でも課題の数の周回を熟せない時もある。そんな小咲は今、全力疾走していた。口から漏れる息、頬に流れる汗、縺れそうになる足。それでも小咲は走り続ける。

 

全力疾走する小咲を驚きながら見る通行人に構わず、信号のない交差点を左折。その交差点は、楽達と別れて上原と二人になったその場所だった。

 

もう楽達は家に着いただろうか。それとも、まだか。もしまだ外にいるのなら、早く追いつきたい。いや、家に着いていたとしても関係ない。小咲がする事は変わらない。

 

(会いたい…。早く会いたい!)

 

もう関係ない。ただ自分に正直なる。そうして良いと解ったから。小咲はもう揺るがない。

 

「はぁっ…、はぁっ…!…?」

 

乱れる息を抑えながら走り続ける小咲。すると、横の車道を黒塗りの如何にもな高級車が通り過ぎていく。と思いきや、その車は小咲の5メートル程前方で止まると、後部座席左側の扉が開いた。

 

明らかに自分に用があって止まったように見えるその車を見て小咲は立ち止まり、中から出てきた人物を見て小咲は目を見開く。

 

「あっ…!」

 

「よう、嬢ちゃん。こうして顔合わせんのは久しぶりだな」

 

車の中から出てきたのは和服を着こなす熟年の男性。想い人の面影があるその男は、小咲を見て快活な笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「り、陸君のお父さん…!?」

 

そこに立っていたのは、陸と楽の父、一条一征だった。修学旅行中に倒れ、未だ容態が芳しくないはずの男が、今目の前に平然と立っていた。

 

「ど、どうして…!?まだ入院してるはずじゃ…」

 

「あー。その話は、まあ…とりあえず乗ってくれや」

 

「え?」

 

小咲がそう言うと、一征はバツが悪そうに蟀谷を掻いた。そして不自然に話を誤魔化すと、車の方へ小咲を手招きした。

 

首を傾げる小咲。いや、本当にこの人は何をしているのか。どうしてこんな所にいるのか。容態はどうなのか、外に出ても大丈夫なのか。頭の中でグルグルと巡る疑問が小咲の足を縫い止める。

 

「だー!こっちは急いでるんだ!悪いがついてきてもらうぜ!」

 

「え…、え!?ちょっ…、きゃああああ!」

 

傍から見れば明らかな誘拐だ。和服を着た男が黒塗りの車に女子高生を無理やり乗せる。もし近くで第三者がこの光景を見ていれば間違いなく通報されていた事だろう。だが幸運にも目撃者はおらず、小咲自身も悲鳴こそ出したものの相手が顔見知りという事もあって抵抗する事なくすんなり車に乗せられた。

 

後部座席で隣り合って座る小咲と一征。そして運転席には、小咲が一条家に行く度必ず見かけた、陸と楽は竜と呼んでいた男が座っていた。

 

「よし竜、出せ。急げよ」

 

「へい!」

 

一征の命を受けて竜が車を走らせる。小咲が乗っているせいか、急げと言われたにも拘らず車はゆったりと優しく発進した。…そのまま穏やかにとはいえ加速しているが。

 

「え、えっと…」

 

「ん?…あぁ、さっきの質問に答えてなかったな」

 

遠慮気味に一征に視線を向けるとすぐにそれに気付かれた。

いや、確かにその事も気になるが、まずそれよりも何故自分は車に乗せられたのか。そしてどこに向かっているのか。今の小咲はそっちの方が気になっていた。

 

「俺の容態だけどな、まあ…とっくに良くなってたんだよな」

 

「え…えぇ!?」

 

さっきと同じように、バツが悪そうに言う一征。外に出ている時点で容態は良くなっているとは思っていたが、しかしとっくにとは一体何時からなのか。

 

「てか、ぶっちゃけ過労で倒れただけでどっか悪くなった訳じゃねぇから、退院の許可は二日後には貰ってた」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

もう驚く事しかできない。というか、退院できたのなら何故今まで姿を現さなかったのか。

 

楽は父の事をずっと心配していた。一征が入院している間、陸は一人で苦しんでいた。

その間、この男は何をしていたのか。

 

「…嬢ちゃんが気ぃ悪くすんのは当たりめぇだな。けどよ、こうでもしなきゃ何時まで経っても叉焼の奴らが尻尾出さねぇからな」

 

「…?」

 

再び、疑問。叉焼…恐らく叉焼会の事だ。その事については小咲も少しではあるが聞かされている。羽を首領とした中国をある意味支配していると言っていい大マフィア。しかし、一征が姿を隠す事と叉焼会にどういう関係があるのか。

 

「あいつら昔っから陸に目ぇ付けててな。弱体化した組織をまた強化するために陸を引き入れようと躍起になってんのよ。そんで、その方法とやらが…陸と羽を結婚させる」

 

「っ…」

 

息を呑む。羽達との会話が頭の中で蘇る。

 

「まあ、羽の奴は昔から陸に想い寄せてたからな。多分、陸と一緒になりたいって気持ちは本気だろうよ。が、その結婚を周りの奴らに利用されるのは我慢ならねぇ。けどあいつら、俺が頭にいる間は全然行動に移そうとしねぇんだ」

 

「…だから」

 

「そうだ。だから、俺は入院し続けた。容態はとっくに良くなっちゃいたが、院長してる知り合いに頼んでな。そしたら案の定動き出しやがった。なーにを焦ってんだか」

 

そうか。一征は父として、陸のためを思って姿を見せていなかった。それが解り、小咲は胸を撫で下ろす。…それでも。

 

「…二人にはちゃんと、謝ってくださいね。騙してた事を」

 

「…あぁ、そうするつもりだよ」

 

二人を、陸と楽を騙してた事には変わりない。その事だけは受け入れられなかった。例えどんな理由があろうとも、二人に謝るべきだ。

 

一征も解っていた様で、小咲の言葉に頷きながら答えた。

 

小咲はふと窓の外に目を向けた。かなりの速度で走っている。法定速度?ナニソレと言わんばかりに車は猛スピードで走っている。見覚えのある景色が横切っていく。

 

目的地は、決戦の地はもうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




見えてきた…。シリアスの終わりが見えてきたぞ…!

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