一条家双子のニセコイ(?)物語   作:もう何も辛くない

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友人たちと旅行に行ってきました。
とはいっても、あまりお金がないので遠い所にはいきませんでしたが…。







第82話 ハタラク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陸君!」

 

 

不意に呼ばれたのは、昼休み。昼食を済ませたものの、まだ物足りなく感じた陸は購買へと向かっていた。

 

教室を出て廊下を歩いていた所で、陸の背後から自分を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。

 

 

「おう小咲。どうした?」

 

 

振り返ると、片手をひらひらと振りながらこちらに駆け寄ってくる小咲の姿があった。

小咲は陸の前で立ち止まり、ふぅ、と一息吐いてからこちらに向き直る。

 

 

「えっと…。あのね?今度の週末なんだけど…、予定空いてないかな?」

 

 

「え?」

 

 

こちらを見上げながら問いかけてくる小咲。

そういえば、こんな聞かれ方を何度かされたことがあった。

そういう時は、いつも─────

 

 

「またバイト、頼めるかな…?」

 

 

自分にバイトを頼んでくる時だ。

 

陸は体ごと小咲の方へと振り向かせて口を開く。

 

 

「別に予定はないから大丈夫だけど。何だ、また和菓子屋の手伝いか?」

 

 

「いや…それが…」

 

 

陸は、和菓子屋おのでらのバイトを頼まれているのだとばかり思っていた。

だが何故か、そう言った陸の前で小咲が苦笑を浮かべている。そして、手を合わせてお願いしてきた。

 

 

「今回は、温泉旅館でのバイトなの…」

 

 

「…はい?」

 

 

 

 

 

 

小咲との約束の日、土曜日。陸は先日小咲が言っていた温泉旅館へ、小咲と一緒にバスに乗って向かっていた。

 

 

「ウチがよく和菓子を卸してる旅館なんだけどね。親戚のおばさんがそこの女将さんをやってて、この時期は人手が足りなくなるの。私も何度かお手伝いに行ったことがあるんだ」

 

 

「ほー…」

 

 

バイト先の旅館について説明する小咲と、その隣に座って話を聞く陸。

 

 

「でも、俺なんかで良かったのか?旅館のバイトなんて…、ぶっちゃけ知識ゼロだぞ」

 

 

「陸君に頼むのはほとんど力仕事らしいから…。陸君が考えてるような接待とかは頼まれないと思うよ。それに…」

 

 

旅館の仕事といえば、宿泊客を相手に接待などがイメージのほとんどを占めていた。

そのため、頼みを受けたは良いものの、陸は後になってバイトの事を考えて不安に駆られていたのだ。

 

だから、そんな言葉を口にした陸に、小咲は微笑みながら返事を返した。

そして、少し間を置いてから続ける。

 

 

「ホント言うと、ほとんどお母さんの指名だったんだけど…。あの子なら役に立つわよって、向こうに言っちゃって…」

 

 

「…それ、もし俺に予定があったらどうする気だったんだ?」

 

 

「…強引に連れてきなさいって」

 

 

「…」

 

 

結局、そこに収束してしまうのか。さすが小咲母ともいうべきなのか。

小咲の表情を見る限り、小咲も何かしらの苦労をしたようだし…。

 

 

(はぁ…。まあ、力仕事だけなら何とかなるだろ)

 

 

そんな事を考えながら陸は、ちょくちょく小咲と会話しながら目的地に着くのを待つ。

二十分ほど経っただろうか、バスが目的地近くのバス停の到着する。そこからさらに十五分ほど温泉街を歩いて、陸と小咲はようやく旅館に辿り着く

 

正面門から入り、すると具多利湯(ぐったりゆ)と書かれた看板、そして暖簾がかけられた建物が。

その建物こそ、陸と小咲がバイトをすることになっている旅館。

 

 

「いらっしゃい、小咲ちゃん!久しぶり!いつもいつも悪いわね~」

 

 

旅館へと近づいていくと、建物の中から花柄の着物を着た綺麗な女性がこちらに歩み寄ってきた。

 

 

「こんにちはおばさん!今日はよろしくお願いします!」

 

 

その女性が立ち止まると、小咲が一歩前に出てぺこりと頭を下げる。

 

そして頭を上げると、小咲は手を女性の方に向けて、陸に紹介する。

 

 

「陸君、この人が女将さんの…」

 

 

「あ…。一条と申します。今日はよろしくお願いします」

 

 

目の前の女性が女将だと紹介された陸も、頭を下げて挨拶する。

 

すると、女将さんは一瞬、ぽかんとした表情で陸を眺めると手を口元に当てて口を開いた。

 

 

「あ、君が菜々子ちゃんの言ってた一条君ね?期待してるよ~。菜々子ちゃんがずいぶん買ってるみたいだから~」

 

 

「…菜々子ちゃん?」

 

 

「あ。お母さんの下の名前なんだ」

 

 

「…へー」

 

 

何やらすごく期待されているみたいだ。小咲母の下の名前を頭の隅に入れておきながら、改めて頑張らなければと意気込む陸。

 

 

「それじゃ早速で悪いけど、すぐに仕事に入ってもらうわね。まずは着替えてから、後で小咲ちゃん、いろいろ教えてあげてね」

 

 

「は~い」

 

 

「はい」

 

 

挨拶を終えて、すぐに旅館の中に入る陸たち。

女将さんの指示に返事を返した陸と小咲は、別々の部屋で仕事着に着替える。

 

 

「さて、着替え終わったけど…。小咲はまだか」

 

 

着替え終わった陸が、ここに来る道中で着ていた私服を畳んで端に置き、まだ着替え終えていない小咲が来るのを待つ。

 

大体、五分ほど待っただろうか。陸の耳に障子が開く音が届き、振りむいて目を向けると、着物に着替えた小咲が廊下に出ていた。

 

 

「あ、陸君。上手く着替えられた?」

 

 

「あぁ。和服の類は慣れてるからな」

 

 

こちらに歩み寄る小咲の問いかけに答える陸。

こういう和服は、昔から毎日着ていた物だ。特に手間取ることも無くさっさと着替えることができた。

 

 

「そっか。前、陸君の家に行った時も、文化祭の時も凄く似合ってたもんね」

 

 

「あ…、あぁ…。そう…?」

 

 

にっこりと微笑みながら言う小咲に、陸は思わず僅かに頬を染めてしまう。

そして小咲もまた、今自分が言ったことを自覚したのか、みるみる頬が赤らんでいく。

 

 

「…あ」

 

 

だがそれは一瞬。小咲は陸の襟元に視線を向けた時、何かを見つけたのか声を漏らす。

 

 

「ちょっとよれてる」

 

 

小咲は両手を伸ばし、いつの間にかよれていた陸の襟元をキュッと直す。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

そして先程と同じように、すぐに自身が何をしたか自覚する小咲。

先程よりも早く、先程よりも真っ赤になる小咲の頬。

 

 

「あ、あー…。じゃ、じゃあ早速仕事の説明するね?こっちに来てくれる?」

 

 

「お…おう」

 

 

ささっ、と陸から離れて先導する小咲。

そんな小咲に、僅かに頬を染めながらついていく陸。

 

廊下を歩く足音だけを響かせ、陸と小咲はある一部屋に入っていく。

二人の最初の仕事は、この部屋の掃除と敷布団の片付けらしい。

 

 

「おっとと…」

 

 

「あ、そういうのは俺やるよ。せっかくの男手なんだから」

 

 

陸が宿泊客が使っていたと思われる湯呑をお盆に載せていると、持ち上げた敷布団が重かったのか、よろける小咲の姿が目に入った。

 

陸は立ち上がり、小咲から布団を受け取るために歩み寄る。

 

 

「ありがと。じゃあお願い…きゃっ!」

 

 

小咲は、お礼を言ってから陸に布団を渡そうと振り返ろうとする。

だがその時、畳に置かれたシーツに小咲が足を滑らせてしまう。

 

 

「小咲!」

 

 

後方に小咲の体が傾いていくのを見て、慌てて陸は駆ける。

 

陸は小咲の背中を受け止め、小咲が持っていた敷布団を支える。

 

 

「ふぅ…。大丈夫か?」

 

 

「うん…。ありが…と…」

 

 

小咲の目を覗き込みながら陸が問いかける。

その問いかけに、小咲は頷いてからお礼を言った。

 

しかし、お礼を言い切った時、小咲は今の自分の体勢を見る。

どこからどう見ても、小咲は背後から陸に抱きしめられているようにしか見えない。

 

 

「ふわぁっ!?」

 

 

「あ、ちょっ…」

 

 

慌てて離れる小咲。だが思い出してほしい。今、小咲は自分がよろけてしまうほど重い敷布団を持っている。

そんな状態で、慌てて動かそうとすればどうなるか。

 

まず小咲は陸から離れて、再び体勢を崩した。

だが今回は、背後に押し入れがあったため小咲は助かる。

 

しかしこれで終わりではない。小咲が寄りかかった押し入れには、まだ宿泊客が使っていない敷布団が入っていた。

その敷布団が、小咲が寄りかかった際にバランスが崩れてしまったのか、外へと傾いていく。

 

 

「「え」」

 

 

敷布団が崩れ、陸と小咲目掛けて落ちてくる。

咄嗟に陸が、小咲の体ごと自分も倒れ、落ちた敷布団が頭に当たり、首の骨に負担がいくという事態を回避する。

 

小咲を押し倒す形になってしまったが、この時の陸は四つん這いの体勢で、まだ小咲から距離が離れていた。

だが、次々に敷布団が陸の背中に落ちていく内に、思わず肘を崩してしまう。

 

その結果、陸と小咲は重なる形で、超至近距離で目を合わせることになる。

 

 

「ご、ゴメン!すぐに離れるから!」

 

 

恥ずかしさに蹲りたい気分だが、それを我慢して陸は布団の中から抜け出して小咲から離れる。

小咲も、陸が離れてからすぐに布団の中から抜け出す。

 

 

「小咲、その…」

 

 

気まずい。気まずすぎる。

とりあえず、この空気を何とかしなければと小咲に声をかける陸。

 

 

「大丈夫…。大丈夫だから…」

 

 

大丈夫、大丈夫と繰り返す小咲。だが、小咲は陸に背を向けてこちらに目を合わせてくれない。

 

そして─────

 

 

「気にしてないから~~~!!!」

 

 

「あ」

 

 

陸に背を向けたまま、勢いよく駆け出して行ってしまう小咲。

陸はその姿を、呆けた声を漏らしながらただ眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

結局、陸と小咲は気まずい雰囲気のまま、別行動で仕事を続けた。

休憩時間中、陸は小咲に話しかけたのだが、すぐさまどこかへ小咲は行ってしまう。

そして、そのまま夕暮れ時にまでなってしまった。

 

 

「…やれやれ」

 

 

女将さんに少し待っててと言われている陸は、夕焼け空を見上げながらその指示に従っていた。

その頭の中で、小咲と自分の間に流れている気まずい空気をどうするかと考えながら。

 

 

(…しかし遅いな)

 

 

女将さんに言われて待っている陸だが、いつまで経っても女将さんが来ない。

 

まさか、忘れられてる?と、考え始める陸。

 

 

(…ちょっと探しに行くか)

 

 

流石に心配になり始めた陸が立ち上がった、その時だった。

 

 

「大変!」

 

 

「!?」

 

 

小咲の声が聞こえた。

陸はすぐに駆けだし、その声が聞こえてきた方へと向かう。

 

 

「どうかしましたか!?」

 

 

その声が聞こえてきたのは厨房からだった。

暖簾を分けて、顔だけを覗かせながら陸は中の人に問いかける。

 

厨房には小咲、女将さん、そして板前さんと思われる老人の姿があった。

 

 

「陸君…、それが…」

 

 

小咲と女将さんが、どこか浮かない表情を浮かべて陸を見る。

 

 

「板前さんが、急に腰を悪くしちゃって…」

 

 

「どうしよう…。もう夕食の準備を始めなきゃいけないのに…」

 

 

二人の言う通り、もうこの時間帯から夕食の準備を始めなければ間に合わないだろう。

しかし、板前さんは腰を押さえたまま動けない。

 

 

「でーじょーぶだ俺ぁ!こんなもん…、あだだだだ…!」

 

 

「ほらもう、無理なさらないでください…」

 

 

それでも、長い間厨房を守ってきた意地があるのか、何とか立ち上がろうとする板前さん。

だが腰が痛むのだろう、それは叶わず椅子に腰を掛けたまま。

 

 

「困ったわ…。今日はお弟子さんも来てなくて、代わりがいないのに…」

 

 

「…」

 

 

どうやらかなり八方塞がりな状況のようだ。

板前さんは立てない。いつもはいると思われる弟子も今日はいない。

 

御客に出せる料理を作れる人がいないという状況だ。

 

これは、どうするか。陸も何とかしなければと、女将さんと一緒に考え始めたその時、声が響いた。

 

 

「…陸君なら、できるかも」

 

 

「え」

 

 

厨房の中で沈黙が流れる。

陸も含めて、厨房にいる誰もが小咲へと視線を向けた。

 

 

「陸君はとっても料理が上手なんです!お母さんも認めるくらいの腕なんです!」

 

 

「へー、あの菜々子ちゃんが?」

 

 

当然、小咲の両親が和菓子屋を営んでいることを女将さんは知っているだろう。

だからか、目を丸くしながら陸の方に視線を向けている。

 

だが、板前さんはそうではなかった。

 

 

「けっ、板前を舐めんなよ嬢ちゃん。ガキのままごとで務まるような、そんな甘っちょろい世界じゃねえんだ」

 

 

何も知らない板前さんからすれば、陸は多少料理ができる子供としか思えないのだろう。

 

 

「できます!」

 

 

だが、小咲は決して意見を曲げなかった。

 

嫌味ではなく、信念に基づいて口にした板前さんの言葉に、真っ向からぶつかった。

 

 

(…それしかないか)

 

 

睨み合う小咲と板前さんを眺めながら、陸はふぅ、と息を吐いてから口を開いた。

 

 

「あの、代わりが務まるなんて思ってません。でも、言われた事は何でもします」

 

 

方法は、もうこれしかないだろう。何とかできるのは、自分しかいない。

 

 

「やらせてください。お願いします」

 

 

言ってから、腰を折ってお辞儀をする陸。

 

小咲にあそこまで言わせながら、ここで引くなんてこと、できるわけがないだろう。

 

 

「…手加減しねえぞ」

 

 

「望むところです」

 

 

最後の忠告とばかりに言う板前さん。それに対し、陸は顔を上げてただ一言だけ返した。

 

 

「…すぐに着替えな」

 

 

「っ、はい!」

 

 

陸は今着ている仕事着から、女将さんが貸してくれた白衣に着替える。

 

そしてすぐに厨房へと戻り、板前さんと共に調理を始めた。

 

 

「よし、まずは出汁をとれ」

 

 

「はい」

 

 

板前の仕事は甘くないと、わかっていたはずだった。

だが、陸自身、どこか甘く見ていたのかもしれない。

 

 

「ダメだ、遅い!雑味が出ちまってる!もう一度やり直せ!」

 

 

「はいっ」

 

 

家で作る時は、多少失敗しても、少し味が崩れた程度なら気にせず料理を出していた。

しかしここでは違う。どこまでも完璧を求められる。少しの失敗も許されない。

 

それだけではなく、陸自身、上手くいったと思えた出来でも板前さんにとってはそうではない事が多々あった。

 

 

「切るのが遅ぇ!野菜の繊維に逆らうんじゃねえよ!」

 

 

「ダメだダメだ!切り口が死んじまってる!」

 

 

「これじゃねえってんだよ!何遍言わせりゃ気が済むんだ!もう一度!」

 

 

板前さんの怒声が、何度も何度も響き渡る。

その怒声に、陸はただひたすら従い続ける。

 

 

(陸君…!)

 

 

「…っ」

 

 

両手を組んで祈る小咲。そんな中、少しずつだが板前さんの言葉が変わってきていた。

 

 

「いいぞ、様になって来たじゃねぇか!次はてんぷらだ!まずは小麦粉を軽くつけて…」

 

 

怒声だらけだった板前さんの言葉が、陸を褒める言葉へと変わっていく。

それは、この短時間で確かに、陸の料理の腕が上がっている事を示していた。

 

 

「おい坊主。飾り切りは出来るか?」

 

 

「あ…。いえ、それは…」

 

 

すると、少し欲が出てきたのか、板前さんがそう口にし始めた。

 

陸は、板前さんにできないと返事を返そうとする。

 

 

「あっ…、私がやります!」

 

 

だが、ここにいるのは陸と板前さんだけではなかった。

そして、飾り切り。まさに、適材なのはこの人しかいないだろう。

 

手を上げて名乗り出た小咲が、早速飾り切りを実行する。

 

 

「おぉ~!やるじゃねぇか嬢ちゃん!じゃあ次は菊を作ってくれ!」

 

 

小咲の腕に板前さんはご満悦だった。

そのまま小咲は、陸が完成させた料理の飾り切りを続ける。

 

初めは出汁をとる事すら手こずっていた陸は、今では板前さんに指示を一度でこなし続け。

さらに小咲の手も加わり、調理のペースがさらに上がっていく。

 

そして─────

 

 

 

 

 

 

「あー…。すごくドキドキしちゃった!」

 

 

「俺も…。調理中、ずっと膝がくがくしてたわ…」

 

 

夕食の予定時間を少し超えてしまったものの、無事に調理を終えた陸と小咲は、女将さんから仕事は以上だと告げられ、外で腰を下ろして休んでいた。

 

 

「陸君、大活躍だったね。全部陸君のおかげだよ」

 

 

「…いや。あそこで小咲が、俺ならできるって言ってくれなかったら…」

 

 

陸を褒める小咲。

だが、もしあそこで小咲が、陸ならできると言ってくれなかったら。

きっと陸は、名乗り出もしなかった。

小咲が信じてくれなかったら、あそこまで上手くいかなかった。

 

 

「それに小咲も頑張ってただろ。俺は飾り切りとかできなかったし…」

 

 

「…ううん。私も、陸君とだから頑張れたの」

 

 

小咲も頑張っていたじゃないか、と陸が言ったが、小咲は首を横に振る。

そして、微笑みながら小咲は口を開いた。

 

 

「ありがとう、陸君。すごくかっこよかった」

 

 

「…それはどうも」

 

 

たまに無自覚に。こっぱずかしい事を口にするからホントに困る。

陸は頬を染めて、思わず小咲から視線を逸らしてしまう。

 

 

「あっ、いけない!私たちもう帰る準備しなきゃ!早くしないとバス無くなっちゃう!」

 

 

「マジ?なら早く女将さんに挨拶して帰ろう」

 

 

気付けば、辺りもすっかり暗くなり。時間も八時を超えている。

最終バスは八時半。すぐに着替えて、急いでバス停に向かわなければ。

 

陸と小咲は建物内へと入り、女将さんの姿を探す。

 

 

「あ、いたいた二人共!こっちこっち~!」

 

 

陸と小咲が女将さんを見つけた時、女将さんもまた陸と小咲を探していたようで、二人を見つけると笑顔を浮かべてこちらに手招きしてきた。

 

 

「はい、これ。少ないけどバイト代」

 

 

「あ。ありがとうございます」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

女将さんからバイト代を渡される陸と小咲。お礼を言ってから、挨拶をしようと口を開く。

 

 

「それじゃ準備は出来てるから、こっちに来てくれる?」

 

 

「…準備?」

 

 

だが、二人が言葉を発する前に女将さんが口を開いた。

女将さんは陸と小咲を先導して、とある一室へと案内した。

 

 

「あの、準備って何ですか?俺達、早く帰らないと…」

 

 

もしかして、まだ何か仕事があるのだろうか。

そう思った陸が女将さんに問いかける。すると、振り返った女将さんはどこか生温かい笑顔を浮かべていた。

 

 

「な~に言ってるの。菜々子ちゃんから聞いてるでしょ?」

 

 

「「…?」」

 

 

まるで、照れちゃって!と言わんばかりの女将さんの様子に、陸と小咲は目を見合わせながら首を傾げる。

 

そんな中、女将さんは部屋の障子を開けながら言う。

 

 

「今回のバイトのお礼に、無料でペア一泊プレゼント~!」

 

 

「「!!?」」

 

 

ぶわっ、と陸と小咲の髪の毛が逆立った。

 

 

「も~、小咲ちゃんたら隅に置けないんだから~。菜々子ちゃんから恋人ができたって聞いた時は私まで嬉しくなっちゃって♪」

 

 

本当に嬉しそうに女将さんは語るが、陸も小咲もそれどころではなかった。

女将さんが障子を開けた部屋の中には、ちゃっかり布団が敷かれていた。それも、二組。

そう、二組だ。

 

ようするに、陸と小咲に一部屋に二人で泊まれと言っているのだ。

そしてこの事態を作り出したのは、今頃テヘペロ、とお茶目な顔をしているであろうあの人。

 

 

(何やってんのお母さぁぁ~~~~~~~ん!!!)

 

 

ちらりと横目で見る陸の視線の先で、小咲は心の中で絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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